この記事を読みました。
1.「輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。」という文と、
2.「輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ。」という2つの文の指す意味は同じかどうか、という問題。答えは「同じ」らしい。
簡単に解説します。
この問題は、一言で言うと「文章の構造を読み解く力を試す問題」です。文章の構造というのは、具体的には「どの言葉がどこにかかるのか」という話です。
例文となっている文章を改めて並べてみましょう。
1.「輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。」
2.「輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ。」
最初の「輸出が伸び悩む中でも」というのは、どちらの文にも共通している言葉なので一旦除外して考えていいでしょう。
除外した上でもう一回並べてみると、
1.和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。
2.和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ。
ぱっと見ごちゃっとした文章を比較しつつ読み解くには、まず共通した結論部分を見るのがポイントです。
この文章の結論は、「〇〇は好調だ。」という形になっています。何かが好調みたいですね。何が好調なんでしょうか?
ここで、「AやBは好調だ」という、二つの言葉に対して共に「好調だ」という結論がついている構造に気が付けるかどうかがポイントです。「Aは好調だ」と「Bは好調だ」という二つの文章を合体させて、「AやBなどは好調だ」という一つの文章にしているわけですね。
となると、例文1と例文2、それぞれでAとBの中身が変わっているかどうかを考えれば、二つの文章が同じ意味になるかどうかが分かります。この問題のポイントはそこだけです。
で、例文1において、AとBの中身はそれぞれ下記のような感じです。
・和牛が人気の牛肉
・和食ブームを反映した緑茶や日本酒
これらはそれぞれ、「和牛が人気の」「牛肉」というペア、「和食ブームを反映した」「緑茶や日本酒」というペアの二つに分けることが出来ます。
じゃあ、例文2の方は、AとBの中身はどうなっているでしょう?
・和食ブームを反映した日本酒や緑茶
・和牛が人気の牛肉
これ、例文1と変わらないですよね。単に「日本酒や緑茶」と「緑茶や日本酒」で順番が違っているだけでして、言っている内容は等価です。
つまり、例文1と例文2は、「AとBは好調だ」と「BとAは好調だ」といれかえているだけであって、意味としては「同じ」と判断できる、ということになります。
以下、冒頭の文章の方の疑問にお答えします。
「輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。」「輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ。」2の文では、[和食ブームを反映した]のは[日本酒][緑茶][牛肉など]ということになるが、1の文では、[和食ブームを反映した]のは[日本酒][緑茶]であって、[牛肉]は和食ブーム以前から好調であるというふうに読み取れる。
通常、読点は言葉と言葉の関連を区切るために使われます。一般的には、読点で区切られている部分で言葉の関連は一旦切り離されます。おそらく、この点を明確に意識されていないことが誤解を生んでいるのかな、と思いました。
この文章において、「和食ブームを反映した日本酒や緑茶」と「和牛が人気の牛肉」の間は読点で区切られている上、「日本酒や緑茶」にかかるのは「和食ブームを反映した」という言葉、「牛肉」にかかるのは「和牛が人気の」という言葉で、それぞれ充足しています。言い方を変えると、読点でわざわざかかりが明確にされています。
つまり、2の文であっても「和食ブームを反映した」という言葉は「日本酒や緑茶」にしかかかりません。「和食ブームを反映した日本酒や緑茶」と「和牛が人気の牛肉」は読点で区切られているのでそれぞれ独立した言葉だ、ということになります。(ちなみに、ちょっとややこしいのですが、仮に「和牛が人気の」という言葉がなく、「和食ブームを反映した日本酒や緑茶、牛肉などは好調だ」という文章だった場合、「和食ブームを反映した」という言葉は牛肉にもかかります。これは読点の使い分けですが、この問題にはあまり関係しないので割愛します)
「和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。」という文。「和食ブームを反映して、緑茶や日本酒などは好調だ。」なら通ります。
上で書いた通り、通常読点は言葉と言葉の関連を区切るために使われます。元の例文の場合、「和食ブームを反映した」という言葉と「緑茶や日本酒」の間に読点がないので、「和食ブームを反映した」という言葉は「緑茶」と「日本酒」両方にかかるものだ、ということが分かります。特に文法的におかしなところはありません。
後者の「和食ブームを反映して、緑茶や日本酒などは好調だ。」も、別に文章として問題はありませんが、和食ブームという言葉は緑茶や日本酒に直接はかかっていない形になるので、ニュアンスは若干変わってきます。「和食ブーム」という広い言葉をふわっと使って、その中の例として緑茶や日本酒を提示する、ということなら後者の文章の方が適していると思います。
上記の例文だと、「和食ブーム」と「緑茶や日本酒」を直接関連づけているので、後者の文章よりも言葉同士の関連が強くなります。
ブームというのはにわか人気のことですから、2つの文は”牛肉が好調な時期の長さ”という点で違うと言えるはずです。
上で書いた通り、「和食ブームを反映した」がかかるのは「日本酒や緑茶」ですので、牛肉には直接関連しません。また、ブームがにわか人気という意味だということは、文章の構造を読み解くというこの問題とは特に関係がありません。
緑茶や日本酒はもともと和食のものなので、和食ブームを反映するというのは常識的に考えたら不思議な文章です。
和食が和食ブームを反映して好調になることは特に不思議ではないと思います。洋食が和食ブームを反映して好調になった場合は不思議です。
また、「和牛」が特定のブランドを指す名前で、「国産牛」とは違うということをどれだけの人が知っているのだろうかとも思いました。「和牛」=「国産牛」のことだと思っている中高生には、「和牛で人気の牛肉が輸出で好調」という文章は難解になると思います。
和牛が特定のブランドを指す名前だというのは、「文章の構造を読み解く」という点ではこの問題と特に関係がありません。
ということで、国語的には特に悪問ではないと思われるところ、「問題が悪い」と断言されるのはちょっと違う気がしたので解説させていただきました。
以上、簡単にご説明しました。よろしくお願いいたします。
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続きを書きました。
これ、「和食ブームを反映した」のかかる対象として「牛肉」だと「和牛が人気」によって別の理由が示されているので和食ブームが理由ではないと読めますが、「和牛が人気の牛肉」という纏まりで捉えると、それも「和食ブームを反映した」の対象として読みようがありますね。
そのように理解すると、「和食ブームを反映した」対象が緑茶と日本酒だけなのか和牛が人気の牛肉まで含むか、という差があるように思える、と。
僕が出会わなかったような底辺の中学校・高校ではそんなこともあるのかと思い』って言っているのがまた・・・
リーディングスキルテストを全世代でやるとまたおもしろい結果が出そうですね
この『など』は"和食ブームを反映した"にかかるのか"輸出が伸び悩む中でも好調"にかかるのかが確実に判断できない。
つまりこのエトセトラ・アイテムが、必ず"和食ブームを反映した"属性を持っている前提で考えて良いのか、悪いのかを読み解けない。
対して「和牛が人気の牛肉『など』」の『など』は"和牛が人気"カテゴリに入るものが牛肉以外考えづらいことから、"輸出が伸び悩む中でも好調"にかかることがほぼ確実である。
つまりこのエトセトラ・アイテムは、"和牛が人気"属性を持つとは限らないアイテムだと判断できる。
そりゃそういう人種は読めないのもやむなしという気もする
労力を惜しんでマル・バツを即座に判断したいという問題作成基準もレベルが落ちている証拠。
そんないまの教育者達に付き合わされ馬鹿に育つ子どもがかわいそうだ。
文章の構造自体が一般的な日本語様式からかけ離れているのだから悪問とみなさざるを得ない。
そんなことはないのでは……
「萌えが人気の日本アニメ」とか「携帯ゲーム機が人気の任天堂」とか、いくらもそんな表現あるでしょう。
もしかしたら「国産牛肉はすべて和牛なんだから『和牛が人気の牛肉』という表現はおかしい、とお考えかも知れませんが、和牛というのは和牛種の肉を指すのであって、たとえば国産でもホルスタイン種は和牛に入らないので、この表現はこれでいいんですよ。
(個人的な肌感覚では、長いが、許容範囲)
この文章を読みやすくしなさい、であれば
「輸出が伸び悩む中でも、日本酒や緑茶、そして牛肉など(の輸出)は好調だ。
日本茶と緑茶(が好調な理由は)は、日本食ブームを反映している。
また、牛肉は和牛人気を反映している。」
などに内容ごとにぶつ切りにするとよい気がしますが、
この問題で指摘する内容ではないなと感じました。
同じ/異なる であれば、ほんの僅かな差異でもあれば「異なる」だと思うんですよね。
語順が違うというのは筆者がそこに意味を込めている(かもしれない)わけなので、
「同じ」と断言することには違和感がありますね。
単に「同じ」「異なる」と言われても、どのレベル(細かさ)で? となっちゃうと思うんですよね。
だから「大意が同じ」という表現で「細かいことは目をつぶっていいよ」としたりとか、
「次の中から内容が同じものを選べ」というふうに「次の中に答えがあるよ(一番近いものを選んでね)」
というのであればまあいいと思うんですが、そこをすっ飛ばして単に「同じか異なるか?」だけだと
答えようがないというか、どちらとも答えられてしまうかなあと思いました。
憲法解釈みたいで笑ってしまうよ
@「輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。」
A「輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ。」
@は「和牛が人気の牛肉」と「和食ブームを反映した緑茶や日本酒」とは別個のものだと考えられます。
しかしAでは、「和食ブーム」を反映したのは「緑茶や日本酒」だけでなく、「和牛が人気の牛肉」も和食ブームのひとつであるという解釈もできます。
なぜなら、「和食ブームを反映した緑茶や日本酒、和牛が人気の牛肉」の文中にある読点は、必ずしも言葉と言葉の関連を区切るために使われるとは限らないからです。むしろ言葉と言葉の関連を表す意味で使われることもあるでしょう。この場合、「や」と同じような意味合いになります。
「和食ブームを反映した緑茶や日本酒や和牛が人気の牛肉」つまり、「和食ブームを反映した【緑茶】【日本酒】【(和牛が人気の)牛肉】」←こんな風に解釈できる余地はあると思います。
もしその読点が、言葉と言葉の関連を区切る以外の働きは絶対にないのであれば、上記の解釈は成り立ちませんが、言葉と言葉を逆に関連付けるような使い方もある以上、上記のような解釈もできないことはありません。
ブログ主さんは、
通常、読点は言葉と言葉の関連を区切るために使われます。一般的には、読点で区切られている部分で言葉の関連は一旦切り離されます。
と言っていますが、ということは「通常」ではないケース、「一般的」ではないケースもあり得るということですよね。そしてその通常ではないケース、一般的ではないケースは、文法的に間違っていると断言できないと思います。
もちろんブログ主さん(しんざきさんでよろしいでしょうか?)も次の『え、これ悪文ですか?どこが?』で
読点の仕事は勿論それだけではないと言及していますが、つまりそれだけではないケースも考慮する必要があるということだと思います。
で、私は思うのですが、これは文法構造的な問題だけでは解決できないと思います。
「和食ブームを反映した緑茶や日本酒」をA、「和牛が人気の牛肉」をBとして記号的に考えるということは乱雑な置き換え方だと思います。
なぜなら「和食ブームを反映した緑茶や日本酒」という文言は、Aという無味乾燥な記号ではなく、特定の意味合いを持っている文言だからです。
「和食ブーム」である、「緑茶」「日本酒」これらは和食というジャンルの中ではメジャーである。
(厳密にいうと飲み物であって食べ物ではないですが、食事という文化には飲み物も含まれるという意味でこれらは食べ物の一部でしょう)
すでにこういった意味合いが含まれています。
では「和牛が人気の牛肉」はどうでしょう。「和牛」という言葉は「和食」と密接な関係を見出すことができます。
和食の中には和牛を使った料理もあるだろうなと想像できるわけです。そういった常識的な知見から、「和牛が人気の牛肉」という文言は「和食ブーム」に係っている可能性があるとも考えられるわけです。
そうすると@の文とAの文では、和食ブームを反映しているのが「緑茶」や「日本酒」だけなのか、「和牛が人気の牛肉」も和食ブームを反映しているのかという内容の違いから見て、@とAの文の内容は「異なっている」と言えると思います。
しかし、答えは「同じである」ですね。この程度の異なりは同じと見なしていいということでしょうか。そうすると「同じ」とは何をもって「同じ」といえるのか、明確な基準があるのかという疑問が出てきますが。
ところで、一般生活でAの文を読んだところで、日常生活にはほぼ差し支えはないでしょう。
なぜなら「和牛が人気の牛肉」がその和食ブームによってもたらされたものなのか、あるいは和食ブームとは関係のないところで和牛の人気が出たのかなんて大して重要ではないからです。
一般的な読者は「輸出が伸び悩んでいるけど和食ブームがあるから日本酒とか緑茶とか和牛などは好調なんだな」という大意を掴めればいいのです。
それにもっと言えば、和牛人気と和食ブームって現実的に考えると、そんなに分けて考えられるものではないんじゃないでしょうか。
例えば、先に和牛人気があったとしましょう。外国人が和牛美味しい〜といってたくさん消費している。
その後、和食ブームが起きました。寿司とかソバとか懐石料理とか食べる外国人が増えました。これはまさに和食ブームです。
でも、和牛を食べていたころから、実はすでに和食ブームって始まっていたとも言えるのではないか?
和牛をワサビつけて醤油で食べていたら?それはもはや和食と言えるのでなないか?たとえそれがステーキであったとしても。
そもそも和食の定義とはなんだろう?黒毛和牛のすき焼きだったら、これはもう和食じゃないか?
このように、文の意味は単語それぞれの持つ意味のイメージのようなものに影響されるのではないかと思います。決して、文法構造だけで語れるものではないと考えます。今回の文の場合、読点の役割が言葉と言葉の関連を区切るということだけではない以上、文中のそれぞれの単語が持つ意味のイメージに影響されて、語順によって文章のニュアンスが微妙に異なってしまうと思います。
よって、この問題は「同じである」という答えにはならないと思うのですが、どうでしょう?
和食ブームを反映した緑茶や日本酒や和牛が人気の牛肉、と言い換えた場合も和牛ブームが牛肉にもかかってると思うかもしれないけど普通はかかってないと思うよね。
などが好調だ。のなどは両方の文で緑茶や日本酒、牛肉のどっちの文にもかかっているからこれで意味は変わらない。
和食ブームを反映した緑茶や日本酒や和牛が人気の牛肉、と言い換えた場合も和牛ブームが牛肉にもかかってると思うかもしれないけど普通はかかってないと思うよね。
などが好調だ。のなどは両方の文で緑茶や日本酒、牛肉のどっちの文にもかかっているからこれで意味は変わらない。
○和食ブーム
1.「和食ブームを反映した緑茶や日本酒など」
2.「和食ブームを反映した日本酒や緑茶など」
1は、緑茶の中でも和食ブームを反映したものに限定していると解釈。
2は、日本酒の中でも和食ブームを反映したものに限定していると解釈。
下記のように書いていれば、「和食ブームを反映した」が緑茶と日本酒の両方に係っていると解釈しただろう。
「和食ブームを反映した、緑茶や日本酒など」