もう皆さんとっくにご存知かも知れないんですが、ビッグコミックスピリッツの「リボーンの棋士」が面白いです。最初の頃は正直そこまで注目していなかったんですが、どんどん面白さが増してきていまして、今は「アオアシ」に次いで、スピリッツ購入事由第二位の位置を占めつつあります。
作者は鍋倉夫さん。ちょっと調べてみたんですが、どうもこの作品がデビュー作の方であるようです。
リボーンの棋士は、勿論タイトルを手塚先生の「リボンの騎士」になぞらえていると思うんですが、作品的にはそれを意識しているように思えるところは全くなく、実にストレートな将棋漫画です。ただ、「奨励会を年齢制限で退会した」いわゆる「元奨」の人物が主人公であることが、ストーリー上の大きな特徴になっています。ハチワンダイバーの菅田なんかも元奨でしたよね。
以下、折りたたみます。
皆さんご存知の通り、プロ棋士養成機関である「奨励会」には、「満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会」という、いわゆる「タイムリミット」の規程があります。四段に昇段することがいわゆる「プロ入り」とみなされるので、「四段に昇段出来ずに退会」というのは「プロへの道を断たれる」こととほぼイコールになります。当然のこと、人生全てを将棋に投じてきた人が、勝負の世界でその道を阻まれるということが一体どれだけの絶望なのか、私には想像すら出来ません。
「リボーンの棋士」の主人公は、元奨励会の棋士である安住浩一。子どもの頃から将棋が強く、将来を嘱望されていた安住ですが、奨励会では年齢制限の壁に阻まれ、26歳の誕生日を迎えると共に奨励会の退会を余儀なくされます。その後安住は将棋を忘れて生きる道を選び、物語当初はカラオケで働いています。
物語は、安住が「将棋を捨てる」というこだわりを捨てて、自分の将棋好きを再確認すると共に、将棋への熱意を取り戻すところから始まります。
これなんか実にいい表現だと思うんですが、駅のベンチに座っている時、目の前のタイルに将棋盤が見えて頭の中で棋譜をトレースしてしまうシーンです。徹底的に物事にはまっていると、どんなものでもそれ関係のものに見えてしまうんですよね。私も、トイレの壁の模様がダラ外の背景に見えてそのまま復活砲台に打ち込み始める、とかよくありました。
つまり安住は、自分では「将棋へのこだわりを捨てて新しい人生を歩み出した」つもりだったけれど、実際にはまるで将棋へのこだわりを捨てられていないし、それを自覚もしているわけです。そこを、カラオケで働いている同僚である女の子、森さんとの行動を通して吹っ切った安住は、改めて積極的に将棋と向かい合うことを選びます。
まずはこの、「安住が将棋への情熱を取り戻して、実力を発揮していく過程」がとても良質なカタルシス展開であることは間違いないところです。
元々安住は、奨励会時代も「実力はあるのに、プレッシャーによって自由な将棋を指せなかった」という経緯をもっているんですよね。将棋がガチガチになってしまって、本来なら勝てる将棋も勝てなかった。その安住が、何も持たなくなった今、「将棋を楽しむ」ことによって以前以上の実力を発揮できるようになり、周囲を瞠目させていく展開は、王道でありながらやはり非常に燃えるものがあります。
将棋の情熱を取り戻した後の安住は、結構メンタルお化けというか、どんな場面でもポジティブかつ真摯に将棋を向かい合っていくので、その点非常に好感が持てるキャラクターになります。読者はごく自然に安住に感情移入できるし、安住を応援出来るんですよね。
ところで、ただそれだけでは、この漫画はそこまで面白い漫画になっていなかったと思います。「元奨の現実」を逆転するヒーロー展開にはなっていたと思いますが、ただそれだけでは「普通の将棋漫画」になってしまう。
ここで私は、この漫画きっての萌えキャラ、かつ燃えキャラである土屋貴志さんを紹介したいと思います。
画像右が土屋さんです。
奨励会時代の同期で、安住と同じく年齢制限に阻まれて奨励会を退会したのち、とある将棋道場で安住と再会します。
安住と違って、土屋はガチガチの「元奨コンプレックス」の持ち主です。「将棋にすべてを奪われて、将棋を憎んでいるのに将棋を捨てられない」「素人を負かして憂さ晴らししている」などと自ら口にする彼は、安住からは「相変わらずヒクツだな」なんて言われてしまうのですが、「子どもの頃から人生全てを将棋に捧げてきた」人がその道を敗北によって絶たれてしまえば、そういう思考になっても全然不思議ではないと思うんですよね。自分がその立場であってもそうなってしまうかも知れない。
安住が「将棋コンプレックスを克服した物語上のヒーロー」であるとすれば、土屋はいわば「読者視点から見たリアルな元奨」とでもいうべきキャラクターになります。
ただ、彼の行動や描写自体は、端的にツンデレです。何に対してかというと「将棋に対して」。口では「今更勝っても負けても何の意味もない」なんて言うんですが、負けたら悔しくて涙を目に浮かべることもありますし、
大会になれば安住に滅茶苦茶熱い台詞を投げかけたりもします。
とにかくこの土屋というキャラが、安住との対比もあって作品上滅茶苦茶いい味を出しているんですよ。ビジュアル的にも、さわやかイケメンである安住に対して、いかにも将棋オタクといった外見を割り振られてしまっている土屋が、時には重要な引き立て役、時にはライバル、時には解説役、時には意外な側面を見せる役へと、殆ど「準主人公」といっても良さそうな縦横の存在感を放っているのは、「リボーンの棋士」の面白さにおいて非常に重要だと思います。
いかにもヒーロー然とした安住に対して、モブのようでモブでなく、憎まれ役のようで憎まれ役でない、ある意味では実にリアルな土屋。この対比を自然に作品に描き出している点、鍋倉夫先生実に上手いなーと感心しきりである訳なのです。皆さんに、是非土屋さんの萌え/燃え度を体感していただきたい。
ちなみに、いい味を出しているキャラは土屋だけでは勿論なく、指導対局で安住に当たり、途中から完全に本気になってしまう明星六段とか、アマ三冠であり「アマ竜皇戦」で安住の初戦の対戦相手となる片桐なんかも、非常にいい感じのキャラクターになっています。いい感じジェットストリームアタックです。
片桐は一流企業で働きながらプロ編入を目指しているアマチュア名人なんですが、彼は彼で「親に説得されて奨励会に入れなかった」というコンプレックスを抱えているんですよね。勝負に敗れた安住や土屋と違って、そもそも勝負に参加出来なかった。その点、彼も奨励会や「元奨」に対して、嫉妬のような羨望のような侮蔑のような、複雑な思いを抱えています。
そんな片桐が、コンプレックスを既に克服した安住と対局した時の心の動きなんかも、敵役でありながら実に共感できる部分があり、良質なカタルシス展開もあります。安住の態度には好感を持ちながら、それでもどこかで安住を甘くみていた片桐が、安住の強さを体感するシーンが熱すぎる。片桐さんいいキャラです。
作品としての「リボーンの棋士」に一点だけ要望があるとすれば、難しいところだとは思うんですが、「もう少し盤面を細かく見せて欲しいなー」というのは正直なところです。勿論戦法や戦術の話は色々と出てくるんですが、盤面はそこまで細かく描写されないので、どこがどのような戦況になっているかディテールは分からないんですよね。その点、ガチの将棋好きな人にはやや物足りない点かも知れませんが、逆に将棋をよく知らない人でも楽しめる、という点では長所かも知れません。
単行本は現在一冊だけ出ているのですが、スピリッツ本誌で進んでいる展開も更にパワーを増しているように思えまして、土屋さんも相変わらず萌えキャラとしか言いようがありませんので、将棋漫画お好きな方はぜひいかがでしょう、「リボーンの棋士」。かなりのお勧めです。
今日書きたいことはそれくらいです。