2018年11月16日

さくらんぼ計算は、出来ない子を出来るようにするための最終兵器でした

これの話なんですけどね。

これ、大人が「くだらんこと」って言っちゃうのは分かるんです。6+7を計算する為に、なんでこんな面倒くさいことをするんだ?って思いますよね。実際、小学1年生の時点でも、「こんなこと何でするの?普通に計算すればいいじゃん」って思う子、結構いると思います。

ただ、このやり方自体は、一概に「くだらないこと」とは言い切れない。実際、算数の一番最初で躓いちゃう子にとって、このやり方が救いの糸になったりするケース、あるんですよ。

そもそもこれ、何のためにやるかって皆さん分かりますか?要は、「10を作れるペアを覚えましょう」「足す数を分解して、取り敢えず10を作りましょう」「残った数を10に足しましょう。そしたら簡単でしょ?」っていうやり方なんです。

***

何度か書いてるんですが、昔、補習塾で講師のアルバイトをしていました。補習塾っていうのは、進学塾の対義語みたいなもんで、学校の授業についていけない子を救い上げることを主な目的とする塾です。

そこで知ったことが、「世の中には、想像以上に初歩の段階で勉強に躓いじゃってる子がたくさんいる」ってことでした。算数は特にそれが顕著でして、躓いたところを解決出来ないままなんとなく先に進んでしまって、あとから取り返すのが困難になる程負債を抱えてしまった子、たくさんいました。小5で二桁の掛け算が理解出来ない子もいれば、中学生なのに割り算の筆算が曖昧、という子もいました。

で、「元を辿ればここで躓いたね」っていうのを一つ一つ発掘して、それを最初の方から潰していくことが主要なミッションになるんですが、その一つのポイントとして「足し算の繰り上がり」「引き算の繰り下がり」って結構バカにならない頻度であったんですよ。つまり、早い学習段階で、「繰り上がり」っていうものをいい加減に済ませてしまったばかりにあとでめっちゃ苦労する、っていう子です。小4くらいでも普通にいました。

足し算の繰り上がりって案外バカにならない概念でして、子どもって基本「自分の指」を基点に計算するんで、10を超えない足し算、引き算はそんなに苦戦しないんですね。少し繰り返してると大体丸々覚えちゃう。「頭の中に回路が出来る」ってやつです。

けど、「10を超える数」を机上で計算するのって、いきなり子どもにとってのレベルが上がるんです。つまり、「数のやり取り」というのを頭の中でやらなくてはいけなくなるからです。

***

「わかんない」ことに向き合うのって、すっごく辛いんですよ。しかも、学習の初歩の段階で、周囲がさくさく出来るようになっていって、うっかりすると先生にまで「なんでこんなことわかんないんだ?」って言われると、本人的にもすっごくストレスになる。だから、子どもによっては、6+8とかの問題の前で固まっちゃったりする。これがトラウマになって勉強自体嫌いになったりすると、更にリカバリが難しくなる。分かりやすい悪循環ですよね。

時間がない側の大人が、痺れを切らして「ほら、6+8は14でしょ?」とか言っちゃって、本人もなんとなくそれで宿題とか出しちゃって、誰も拾えないまんま学習段階が進んじゃう、とか凄いあるあるなんです。

実際、これを解決する方法って「数をこなして反射的に出来るようになる」しかないんですけど、数をこなすためにもハードルを下げてあげないといけないんですね。

その、「ハードルを下げる」手法って色々あるんですが、その一つがこの「さくらんぼ計算」なんです。私が塾で教えてた頃は、そもそも「さくらんぼ計算」とは呼んでなかったし、教えてない小学校も普通だったと思うんですけど、今学習要領とか変わったんですかね?すいませんその辺は曖昧なんですが。

このやり方、「10を作ることは出来る」「10に一桁の数を足すのは簡単」なんで、辛うじて「答えを導く」ところまではもっていけるんですよ。

これを突破口にして、とにかく数をこなす。で、パターン学習みたいな感じで、その内繰り上がりに対する苦手意識が消える。繰り上がりが分からない子を救い上げるための最終兵器だったんですよね。

ちなみにこれ、考え方自体はもっとでかい数とか、あるいは引き算にも応用できます。384 + 86を384 + (16 + 70)にしちゃう、みたいなやり方ですね。繰り上がりってとにかく引っかかりやすいところなんで、なるべく楽に計算できるようにしましょう、ってのは割とスタンダードな考え方なんですよ。

***

勿論、これは「分からない子の為の補助器具」みたいなものなんで、別に強制する必然性はありません。分かる子は普通にやっちゃえばいい。それについて異存はありません。

ただ、小学校の先生ってのも大変な仕事でして、能力も要領のよさもバラッバラな子を30人とか一度に教えないといけないんで、一人一人の学習段階を細やかに気遣うって正直結構無理ゲーに近いと思うんですよ。私なんて3,4人でも十二分にしんどかったですもん。

そういう点で、「躓く子を出すよりは低い子に合わせる」という選択をとるのは、一つの止むを得ざるやり方だと思いますし、後々の応用範囲を考えれば「取り敢えずさくらんぼ計算のやり方はきっちり覚えておきましょう」というケースが発生することも、そんなにおかしな話ではないと思います。

まあ、こういうやり方もあるよ便利だよ、けど違うやり方でやってもいいよ、という方が教え方として理想だとは思いますけどね。結構難しいんですよ色々。

算数嫌いの小学生が、一人でも算数苦手を克服出来ますように、と祈らずにはいられません。うちの長女次女もぼちぼち繰り下がりのある引き算とかやってるんで、宿題を観ながらそんなことを考えていたわけです。

「さくらんぼ計算」自体は決してくだらないやり方じゃないよ、これを早い段階で教えるっていうのもアリだと思うよっていう話でした。

今日書きたいことはそれくらいです。






posted by しんざき at 12:07 | Comment(12) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
これに物申してる人って
学校の教育方法にケチをつけたいという感情が先行してるだけじゃないかと。
だからさくらんぼ計算自体は有用性ある、という話をしても
強制するのが良くないという話にシフトするだけです。
Posted by at 2018年11月16日 13:16
これ、この方法で計算しなかったから減点するってのが問題だったんだと思う。
自分で工夫して10を作る子は結構いる。その方法のほかにさくらんぼ計算覚えなきゃってとこで混乱してしまう子もいるって話。先生もたいへんなのはわかるけど一つだけのやり方強制するのはよくないと思う。
Posted by bassface at 2018年11月16日 18:20
上の人も書いてるけど、元はこれ以外のやり方やったら減点ってのがおかしいって話なんですよね

記事にある通り補助具としてはいいけど、そのやり方以外減点っていうのは本末転倒だと思います
Posted by at 2018年11月16日 22:18
この計算方法を謎と言い切れる人は、計算がある程度得意という意味で恵まれた頭脳なんですよ。その代わり計算できない人の気持ちはわからないので永遠にわかりあうことはできない。こんなところから人は分断されている。
Posted by at 2018年11月17日 16:00
補足ですけど、2つ目の数字に限定するのではなく
少ない数字の方を選んで分解する方がもっと簡単だと思います。
Posted by at 2018年11月23日 21:01
こういった指導法批判は度々出ますが、
こと義務教育の場では根拠がある指導法が採られます。

例えば、かけ算で立式する際の順番。
大人の視点で『可換な乗法ではナンセンス』と見えるのですが……、
求めたいものの単位に注目して立式することを『作法』とすることで、
習熟を客観的に評価し、指導に活かせるわけです。
さらに、除法の応用や割合という概念の布石にすると。

どうしても、算数や数学は、
『具体的事象を抽象化する』というプロセスが
低いレベルの段階で求められます。
だから、理系科目に苦手意識を覚える人も多いわけですが、
そのプロセスを可視化することで、少しでも学ぶ者の負担を減らし、
また教える方からも躓きを発見しやすい指導法が研究されてきました。
そういったことが、もっとアピールされていればなぁ、と思います。

Posted by at 2018年11月24日 13:06
はがねの剣を手に入れたのに、錯乱坊計算というひのきの棒を使わないと減点されるのは、おかしいですよね?

後、掛け算の入れ替え問題はキチンとした単位を使わないから話が変になっているとしか思えないんですよね。
/人とか/個の部分を省略していることを無視して説明するから、挟み込みとかの謎な法則が出てきたり
Posted by at 2018年11月25日 15:29
「このやり方以外減点なのはおかしい」というのも
「問題文に指示がないのに減点なのはおかしい」という論点にシフトします。
「さくらんぼ計算を習得できているか」を確かめるためのテストなら、減点するのは変でもなんでもないからです。

結局この手の人は「学校の教育を批判したい」という結論が先にあって、それに合わせた都合のいい方便がほしいだけです。
計算方法に蔑称つけるのなんか真面目に議論する上では論外ですけど、叩きたいという気持ちが先行するからわからないんでしょう。

彼らには「さくらんぼ計算が有用か」とか「算数についてけない子供たちにはどのように教えるべきか」といった教育についての興味はありません。
Posted by at 2018年11月26日 23:16
上の絵の3+8と8+3の分け方が違う時点でおかしいと思わないのかなあ。そういう硬直性を強いるのがいけないって話なのに。
Posted by at 2018年11月27日 12:59
>「さくらんぼ計算を習得できているか」を確かめるためのテスト

そんなもんは何の役にも立たないどころ有害


大体「4+9」を「4を10にするために10−4=6を9から引いて3 それで13」

等とふざけたことをやるより「9をたす1して110にして、4から1ひく」ほうがずっと頭の中が簡単

つまり「出来ない子を出来るためにする」方式としてもだめ。

こんなもんを擁護してるのは「先生に言われたとおりにやる」のが教育だと勘違いしてるバカのやること
Posted by at 2018年11月28日 20:27
算数とか数学って、出来るようになると
出来なかったときのことを忘れてしまう教科だということが、
コメント欄から見て取れます。

挙げられた具体例は、この場合はこの方法がより『適切』というものですが、
それらは経験による『気付き』が前提なんですね。
そしてそれらは、積み上げられた経験から特殊性をそぎ落とし、
体系化・抽象化された概念を持つに至ったから、判ることなのです。
当然、人によって得手不得手があって、『適切』な方法も人によります。

特に初等教育の場で重要なのは、
場合によっては迂遠であっても「この方法を使えば確実に解けること」で、
より適切な方法の選択は次の段階、しかも自分で気づくべきことなのです。

なお、元々のトピックは、指導方法を論じているのであって、
その通りに出来たかどうかの評価については触れられていません。
まして別の方法を試みた場合に、評価を下げるということは、
教育の場では行われていないと思います。
Posted by at 2018年11月30日 12:06
寡聞ながら、さくらんぼ計算というものを初めて知りました。繰り上がり計算のメカニズムがわかりやすく図式化されており、興味深く感じました。
昔から、抽象的な概念やフローを、直感的に理解できるようにあらわした図表が好きです。言葉にすれば百万言を必要とするような複雑な内容を、ひと目でわかるように書かれている図式を見ると感動すら覚えます。このサイトやBooks&Appsのしんざきさんのエントリにも、曖昧模糊として言語化の難しい事象を、平易で具体的な思考法に落とし込んで解説しているものがあり、上質なゲームの攻略記事を読んでいる時のような楽しさがあります。

補習塾で働いている方々は、さくらんぼ計算のような技術というかコツをたくさんご存知なのでしょうね。いろいろと理由があって、こういうのは、あまり表にでてこないんでしょうけど、もったいないことこのうえない。いや、許せないとすら思う。全ての補修塾講師の脳をこじ開け、中に入っているものを喰らいつくしたい。
真面目な話、これからの時代には、補習塾のような存在が、もっと世間に認知されていくことが必要なのではないかと感じます。
今、補習塾に通っている子というのはまだいいと思うんですよ。補習塾の社会的認知度が低くて、「落ちこぼれの子が通う塾」程度のイメージしかないと、プライドの問題から補習塾に通わない子どももいるのではないでしょうか。
しかし、真に根深い問題は、大学受験等のイベントを無難にクリアしていて、本人も周囲も落ちこぼれとは認識していないにも関わらず、基礎的な読解力や論理的思考力を身につけていない者がとても多いということです。控えめに言っても、日本国民の半数は、簡単な文章を読んで趣旨を読み取ることができないと感じています。
「最近の若者は〜」といった話ではなく、いつの時代もそういった人たちのほうが多数派だったのだろうと思います。単に、これまでは、そのような能力に欠けていても、家族を養っていけるだけの金と誇りを得ることが可能だったため、社会問題として認識されていなかっただけでしょう。しかし、これからは「優秀じゃない人」にやってもらうべき仕事はどんどん縮小していくと思われます。
そこそこの暮らしを得るのに最低限必要とされる能力のハードルが上がっていく流れの中で、学習につまづいた者をその長幼を問わず掬い上げていく、そんな社会システムが重要になってくるのではないかと。そのためにも、現在、補習塾のような最前線で働かれている方たちの意見が、広く世間に知られるようになればよいと思います。
Posted by at 2018年11月30日 18:09
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: