「終わらせられない」を逆手に取ることが実は可能なんじゃねえか、とFF14をやっていて思ったんですよ。
いやすいません、とっくの昔に既出議論だったりしたら申し訳ないんですが、ブログなので気にせず書きます。
まず、「ストーリーを語る上でのMMORPGの弱みとは何か」という話なんですが、それはもう何と言っても「きっちり終わらせられない」ということです。
つまり、サービスが続く限りはそのゲーム上でストーリーを続けないといけないので、きっちりと「ここで〆」ということが出来ない。「一区切り」としてのプチエンディングみたいなものは流せるかも知れないけれど、その後もまだまだゲームは続く訳で、「物語はまだまだ続く」ことにしないといけない訳です。例えば「新たなる強敵」を用意しないといけないし、あるいは「実は生きていた設定」をつくらないといけない。ストーリー上は区切りがついているのに連載を続けなくてはいけない週刊少年漫画みたいなもんです。
「大団円でごまかせない」という話もあります。例えばの話、パッケージの買い切りゲームであれば、多少のアラや回収していない伏線が残っていたとしても、どーんとエンディングを出して「まあ細かいことはいいやんけ」で逃げることも可能なんですが、MMORPGではそれが出来ないわけです。
プレイヤーキャラクターがいくら頑張っても、「大団円」に行きつくことはなかなかできない。新たな敵は発生し続けるし、世界は完全には平和にならない。サービスを続ける為にはそうしないといけない。
これ、作劇上は相当どデカい縛りだと思うんですよね。
あと、これは今回の本筋ではないんですが、「ストーリー進行度が異なるプレイヤーが複数同じ世界に存在する」というのも相当大きな縛りであって、複数のPCに関係するNPCは、すっきりと退場させることが非常に難しい訳です。
当たり前ですが、あるキャラクターは世界に一人しか存在しない筈なのに、あるプレイヤーのストーリー上でその人が死んだからといって、他のプレイヤーのストーリー上でもそのキャラを抹消する訳にもいかない。勿論キャラクターの出しわけである程度制御することは出来るんですが、システム上のキャラクターなんかにはそういう制御でコントロールすることが難しいキャラクターもいます(ショップの店主とか)し、「同じ世界で動いている複数のPC」を消すことはどうやったって出来ないわけです。
「ある程度メインストーリーをちゃんと描いているMMORPG」だと、多かれ少なかれこの二つの問題に突き当たりますし、この問題を解決しようとして頑張っていたように思います。大航海時代オンラインもそうでしたし、マビノギもそうでした。多少ストーリーに歪みが出てしまうことこそあれ、多かれ少なかれ、大きな矛盾のない形で物語は語られ続けていました。
大航海時代オンラインでは、メインストーリーと呼べる国別のストーリーはそれ以外のストーリーと独立しており、それ以外のストーリーは極めて細かい粒度でそれぞれ個別に展開するようになっていました。マビノギは、「終わらない」ながらも一つ一つのストーリーをきちんと区切り、最終的な黒幕はある程度物語から切り離すことで自然と大団円を遠ざけていました。
ところでFF14なんですけど、このゲームのストーリー、「すっきり終わらない」については逆に一つのテーマにしてしまっているように思えたんですよ。勿論、完全にこの二つの問題を解決出来ている訳ではないんですが、少なくともある側面では、これらの縛りを逆手にとっている。
例えばイシュガルド編です。以下、ちょっとネタバレが入ってしまうので、未プレイの方は気を付けて頂ければと思うんですが。
イシュガルド編のストーリーって、「皇都の民がずっと信じていた、誤った歴史館観を正す」というのが一つのテーマになっているんですよ。黒幕側が作ってきた欺瞞を打ち破り、正しい史観に立った上で龍と融和を果たす、というのが一つの大目的なんですね。
ただ「大団円」にするだけであれば、この「誤った歴史観を打破するまで」で一区切りでも良い。「色んな紆余曲折があっても、最後には新しい歴史を受け入れる」から龍の融和に繋いで、それで終わっていい。特に問題はないと思うんですよ。
ただ、作中で主要人物自身が語っている通り、「実際にはそれで終わりではない」んですよね。「誤った歴史観の上で戦い、死んでいった人たちの思いにどう向かい合うんだ」という話は絶対になくならないし、結局最後の最後まで新しい歴史観を受け入れられない人もいる。
つまり、「大団円にならない部分もそりゃあるよ」ということを、ストーリー自体に組み入れてあるんです。
新生編でも、紅蓮編でも同じなんですよね。主人公が一人でいくら頑張っても、解決出来ない部分はどうしてもあるし、政治的に少しずつ進めていく他手がない部分もある。「すっきり終わることばかりじゃない」ということがことあるごとに語られているんです。特に政治的な話、FF14では実に多いんですね。英雄一人で全部は解決出来ないので、政治的に少しずつ解決を図る。
これ、「終わらせられない」というMMORPGの構造的問題を、逆手にとったストーリー作りなんじゃないかなあ、と。こういう解決法が出来るのはすげえなあと。
いや、勿論、プレイヤーの側としては「すっきり片付けさせてくれよ」と感じるタイミングもあるんですよ。この「実は生きていた」は余計だよなーと思ったこともありますし、この矛盾解決、ちょっと力業過ぎるよなーと思ったこともあります。それは間違いないんです。
ただ、MMORPGのストーリー展開問題に対応する上では、こういうアプローチもありなんだなあ、と、一つ感心したという話なんです。勿論これがFF14独自の話だという気はないんですが、面白かったので考えをまとめる為にも書いてみました。
あと、これは話としては本筋ではないんですが、「ストーリー進行度が違うプレイヤーが複数いる問題」については、FF14は「多少の矛盾は気にしない」という完全に力業のアプローチに徹しているように思います。なんで今ここにウリエンジェがいるんだよ!!!!とかなんでエスティニャンが初対面みたいなことになってるんだよ!!!!!とか。あーゆーそれ。「まあええやん細かいことは」的な解決で、これはこれでまあ一つのアプローチとしてありだと思います。
FF14面白いですね、という、それだけの話でした。
今日書きたいことはそれくらいです。