まず最初に、「昔のサントラ事情」について話さないといけない。
ゲーム音楽というのは、今でこそ随分とメジャーになり、サントラが発売されたり音源が公開されたり、あるいはspotifyでBGMが聴けたりというのも全く珍しくはなくなったが、私が子どもの頃、具体的に言うと1980年代〜1990年代序盤くらいまではまだぜーーーーんぜん一般的なものではなかった。そもそも「ゲーム音楽を単体で聴く」という楽しさ自体、きわめて狭い範囲にしか認知されていなかった、と言うべきだろう。
「ゲームの音楽が聴ける媒体」が発売されるのは、一部の特殊な販促(ハイドライドスペシャルとかサイコソルジャーとか)を除けば、それこそ「FF」や「ドラクエ」などの超有名ゲームが殆どだった。それも、当時は殆どがアレンジアルバム・ないしイメージアルバムで、原曲がそのまま収録されたサントラ、というのは本当にごく少数ではなかったかと記憶している(少なくとも家庭用ゲームでは)。「オリジナルサントラ」というものがある程度一般的になってくるのは、少なくともスーファミ時代以降のことである筈だ。
これは恐らく、「ファミコンの音をそのままCDにして売り物になるのか?」という疑念が、少なくとも販売側にはあったからではないか、と推測している。実際には、「ファミコンの音をそのまま聴きたい」というニーズも、間違いなく存在したのだけれど。
1990年当時、ファミコン少年だったしんざきは、めっきりファイナルファンタジー3にハマっていた。ガルーダを相手に竜騎士4人でジャンプしたり、暗黒の洞窟で分裂する敵相手に大混乱したり、進んでも進んでもゴールが見えないクリスタルタワーで目を白黒させたりしていた。
ファイナルファンタジー3は言うまでもなく大名作であるわけだが、何よりもまず、そのBGMがひたすらに素晴らしかった。
上から下まで透明感の塊、「ウネとドーガのテーマ」。荘厳さと緊張感の完全な融合、「クリスタルのある洞窟」。シャープなメロディがどこまでも続く「クリスタルタワー」。ファミコン音源で「哀愁」を表現し切ってみせた「古代人の村」。
そして勿論、歴代FFの全てを見渡しても、これ以上のフィールド曲があるのかと思わせる「悠久の風」。
当時、たった3音+ノイズという構成で、あの「FF3」音楽の世界を演出し切ってみせたあのBGM群は、今でも奇跡の産物としか思えない。くらやみのくもについにたどり着いた時には、BGMのあまりのかっこよさに操作を止めて延々音楽を流し続け、親に「音が大きい」と怒られたものだ。
「テープでファイナルファンタジー3の音楽が聴ける!!!」ということを知ったのは、少しあとのことだったと思う。親にねだり倒して買ってもらった「悠久の風伝説」は、私が生まれて初めて手に入れた「サントラ」だった。
実をいうと、最初は面食らったのだ。
持っている人はご存知だと思うが、「悠久の風伝説」はアレンジアルバムだ。しかも、ゲームBGMのアレンジアルバムとしては恐らくそこそこ挑戦的な作りであって、曲ごとにストーリーの解説をするナレーションがついているし、オリジナルのボーカル曲が2曲も入っている。
当時、「すっごいいい曲だから!!」と言いながら、親に乗せてもらった車のカーステレオにテープを突っ込んだのが、私の「ゲームサントラ原体験」ということになる。
突如、スピーカーから「ごごごごご…」という音が響いてきた。少したってから始まる、渋い声の男性の英語ナレーション。きょとんとしている小学生の私を前に、恐らく親も心配したに違いない。「このテープでいいの?」と聞かれたような気がする。私自身、「もしかすると、ゲーム音楽のテープを買ったつもりで、何か間違ったものを買ってしまったのでは?」と思いもした。
しかし、暫時の後、スピーカーからは、ひどく耳慣れた「プレリュード」の音が響き始めた。「やっぱりこれだった!」とひどく安心すると共に、ハープの裏のコーラスに聴き入った。
「ゲームの音とちょっと違う」とは間違いなく思った筈だ。期待していたものと違った、というのも否定は出来ない。
しかし、テープの展開が進むと共に、私は「ゲームとはまた違ったFF3の音楽」の世界にどんどん引き込まれていった。
1トラック目、「邪悪の胎動」いわずと知れたプレリュードから、ボス敵を模したアレンジ曲、そしてあの「クリスタルのある洞窟」の聴きなれたメロディに収束する展開。メロディの緊張感と荘厳さに震えた。
2トラック目、「風の啓示」。ウルの村の穏やかなメロディに続いて、言うまでもない「悠久の風」が、ゲームとはまた少し違った展開で響き渡る。この瞬間、間違いなく、「このテープを買って良かったんだ」と心から納得した筈だ。
3トラック目「彷徨の旅路」。ここで流れる「Roaming Sheep」は、まさかの透明感あふれる女性ボーカル曲だった。ゲーム内では流れないメロディなのだが、何度か聴く内に私はこの曲をひどく気に入り、一時期は何十分も繰り返しリピートしていた。それも、トラックなどないから、自分でテープを巻き戻して、「ここだ」というところで再生ボタンを押すのだ。丁度よく曲が始まるところで止められると、それだけで何だか「勝った」気がした。
4トラック目、「その大いなる導き」こちらは別の意味で度肝を抜かれた。同じくゲーム未登場のボーカル曲なのだが、ひどく儀式的な男性ボーカルに途中から女性コーラスが重なり、正直当時、小学生の自分は「怖い」と感じたと思う(今聴くとこれはこれでいい曲なのだが)。ところが、その怖さを抜けた先に、私がゲーム中でももっとも好きな曲の一つだった「ウネとドーガのテーマ」が待っていたのだ。これはまさに、ダンジョンを超えて目的地にたどり着くゲームの展開をなぞっているような気が、少なくとも当時はしたものだ。
5トラック目、「陰と陽の攻防」。飛空艇インビンシブルの、駆け抜けるような爽やかなテーマから、ハインの城で流れるメロディに繋がるのだが、恐らくアルバム的には、同じ曲が流れる「暗黒の洞窟」をイメージしているのだろう。これ、インビンシブルのテーマの最後にさり気なくFF1のマトーヤの洞窟のフレーズが入っており、これに気付いた時妙に嬉しくなったものだった。
6トラック目、凶々しき渇望。静かな、あまりに静かな導入から、闇の世界のあの怒涛のメロディ、そして「くらやみのくも」戦へとつながる構成。このトラックだけ最初のナレーションがない、というのも実に「分かっている」ところであって、これは間違いなく「クリスタルタワー」から闇の世界間でセーブポイントがないことを模しているのだと私は思っているのだが考え過ぎかもしれない。何にしても、この二曲が実に実に格好よく、このCD全体を見てもクライマックスであることは論を俟たないだろう。
7トラック目、「新たなる世界」。最後のナレーションの後半から、かぶさるようにエンディングの曲が始まるのが本当に本当に素晴らしく、ただサントラを聴いているだけなのに不思議な達成感に包まれ、この時私は「サントラ自体が「体験」なんだ」ということにようやく気付く。最後にもう一度インビンシブルのテーマが流れ、そしてフィナーレに繋がる展開の中、私は間違いなくインビンシブルの船上でアルス王やサラ姫と会話していたのだ。
多分、この「悠久の風伝説」が私にとっての「ゲームサントラ原体験」だったことは、この後のことを考えると、とても大きな意味をもっていたのだろうと思う。結局、当時私が思っていた「FF3のオリジナルサントラ」が販売されたのはこの何年も後であって、そこでクリスタルタワーやエウレカの曲に巡り合えた時はそれはそれで狂喜乱舞したわけだが、それでも私にとっての「FF3のサントラ」は間違いなく「悠久の風伝説」だったのであって、そこにはBGMを通じたゲーム体験が間違いなくあった。その後、私が聖剣3の曲を吹く為にケーナ吹きを志したのも、今でもゲーム音楽演奏の一端に関わり続けているのも、もしかするとこの「悠久の風伝説」の原体験あってのことかも知れない。
FF3の曲ってめっちゃいいよね、という本当にそれだけのことであって、もしこれを読んだ人のたった一人でも、また「悠久の風伝説」を聴いて頂けるのであれば、これ以上幸いなことはない。
今日書きたいことはそれくらい。
私はCDで買い求めたクチですが、やはりエンディングの余韻が格別でそれを味わいたいがためにできるだけ1枚通して聴くようにしていました。
サントラCDで追体験するゲームの記憶は画面がそこにないぶん凝縮していますが「悠久の風伝説」はその没入感をもたらしてくれる貴重な1枚。
同じFFのアレンジでもFF4ケルティックムーンやFF5ディアフレンズでは得難い体験かもしれません・・・ちなみにその方向性ではFF外伝こと初代聖剣伝説のアレンジ版「想いは調べにのせて」が個人的にはさいこうです。
あとボーカル曲の素晴らしさは紛れもなく本物ですよね。FF9・Melodies of Lifeの源流になっていると思います。
長文失礼しました・・・
ナレーション?!歌?!ゲームに出てこない曲がバンバン流れてくる!
最初は「普通にゲームの曲を入れて欲しかったな」と思ったものの、聴いてるうちにハマりました。
インビンシブルから暗黒の洞窟のつなぎが熱過ぎて鳥肌が立ったのを思い出しました。
非常に楽しく読ませて頂き、また聴きたくなりました!
ありがとうございます!