しかしうまいから好き、よりさらになにか、私の根源に関わることが潜んでいるような気がするんだ。もしかしてと思ったことは、この食品はおんなじ味で安全に食べられる。大量生産できるから皆んなお腹が空いたら食べられる。という、そういうでかい話の安心だったのかなということ。私めっちゃいいやつ…本当に?なんかこう…上手いこと説明できる人いない?
私は勿論エスパーではないので、この増田が感じていること、この増田の嗜好を完全に理解することは出来ません。
ただ、私自身も同じような感覚というか、嗜好を持っているので、もしかするとそれと同じようなものではないかなー?と推測して、それについて書いてみます。
兵糧丸、というものがあります。主に戦国時代で使われていた携行食で、忍者がよく用いていたという伝説もあります。実際には、忍者だけではなく一般の兵士もよく用いていたらしいです。
これの「材料および製造法」のところ、ちょっと参照してみて欲しいんですけれど。
主に以下のものが含まれる。炭水化物として晒米(水で晒した白米)
蕎麦粉
キビ粉
はったい粉
きな粉
葛粉
タンパク質、海洋性ミネラル、動物性ビタミン類、油脂成分として脂質及びタンパク質が豊富な穀物および豆類
鰹節およびにぼし粉などの魚粉(略)
これらにより味を整え、つなぎとする。材料としてニンジンも一部で使われていたが、実際にはトチバニンジン等が中心であり、デンシチニンジン、オタネニンジン類はあまり使われることはなかった。こうした配合のもとに材料を混合し、こねて小さい球状にまとめる。兵糧丸はカロリーの摂取に重きが置かれている。携行でき、非常食になることから、軍用レーションあるいはスナックバー (菓子類)、半生タイプのダイエットクッキーの原型と見ることもできる。
なんというか、めっちゃわくわくしませんか? これ一つに色んな栄養が詰まっていて、これ一つ食べるだけで「食事」になるんですよ。一つ食べれば、一食分のエネルギーを得ることが出来るんです。色んな素材、色んな栄養が詰まった、「食事の玉」。実際美味いのかどうかはよく分からんが、とにかくすげえ。
もう子どもの頃なんで、何の本に書いてあったかよく覚えてないんですが、読みかじりの製法をまねて似たようなもん作って、食べてみたらあんまり美味しくなくて親に怒られたりもしたもんですけど。
あと、もう一つ妙な話なんですけど、ゲームブックってあるじゃないですか。創元推理文庫とか社会思想社のヤツ。
ファンタジー冒険もののゲームブックだと、作中に「食料」っていう描写があることがあって、そこでは大抵「食料×1」という、「食料というアイテム」が登場するんですよ。私、これにも妙に憧れまして。ドルアーガとか、ネバーランドのゲームブックなんかで、「食料」を買えるシーン、「食料」を食べられるシーンが大好きだったんですよね。
中身は恐らくそれぞれ違うんだけど、アイテムとしては一つの完結された「食料」。その「食料」を食べると食事一回分済ませたことになる。なんか、ここに得体の知れない憧れみたいなものを感じたんですよね。
これは別にゲームブックだけの話ではなく、例えば十五少年漂流記とか、ロビンソンクルーソーとか、いわゆる「冒険もの」小説にも同じようなものを感じます。
冒険もの小説って、勿論食料を確保して料理をして、みたいな描写もあるんですが、突き詰めると「どうやって生き残るか」が話の主題になるんで、たまに「食料」を「生き残れるエネルギー源のパッケージ」として描写することがあるんですよ。あと何回分の食料があるか。残りライフゲージとしての「食料」。最近だと、「火星の人」なんかもそれが顕著でしたね。
そこでは、細かいことは置いておいて、「食事」というものが「一食分の食料」としてひとまとめにされます。生き残る為の、一回分のエネルギー源。なんか、凄い重要なもの、凄い貴重なものに思えますよね?いやまあ、当事者にしてみればそりゃ貴重なのは当たり前なんですが。
私自身に関して言えば、こういう「一食分の食料」に対する憧れみたいなものが、「一つのパッケージとして完結している食べ物」に対する嗜好に紐づいている、という話なんです。
これは単なる自分での推測なんですが、根本にあるのは、恐らく「男の子回路」なのではないかなあ、と思うんです。冒険とか、サバイバルとか、そういうのに憧れる心理。
携行食とか、レーションとかって、「何が入っているのかはよく分からないが、それ一つで食事が完結する感」みたいなものがあるじゃないですか。それが、自分の中のどこかで「冒険」や「サバイバル」と紐づくんですよね。
3食の「食料」を持っていけば、1日生き残ることが出来る。20食もあれば一週間は持たせられる。これ、「兵糧丸」にせよ「食料」にせよ、子どもの頃に憧れた「冒険」が、食事というものを一つの「パッケージ」として描写していたからこそ、それによって形成された憧れなんじゃないかなーと思うんですが。
つまり、私は増田を読んで、「それだけで食事として完結する物体」 がお好きなのではないかなあ、と推測した。そして、それが私と同じ感覚であるとすれば、 「冒険やサバイバルもので言うところの、「食料」」に対する憧れがその淵源なんではないかなあと考えた、という話なんです。
勿論全然見当違いである可能性もあります。その場合はすいません。
全然関係ないんですが、冒険ものやサバイバル小説の食事シーンって、それがどんな粗末な食事であっても、めちゃめちゃ美味しそうに思えますよね。火星の人読んでたらめちゃジャガイモ食べたくなってきます。
今日書きたいことはそれくらいです。