2022年03月08日

無力感をずっと感じながら生活するのは健康に悪い

個人的な所感を書き残しておきます。本当に単なる所感であって、それ以上のものは何もありません。

余りにも無力感を感じる情報を観測し易くなっているので、適宜情報をシャットアウトしないとしんどいな、と思っています。以前から「自分の適量に応じて情報の流入量を加減する」ということの大事さは認識していたんですが、今回はその度合が強い感じです。

2月下旬からこの方、一応自分としてもいろいろ情報を収集して、「まさかここまではいかないだろう」という自分としての予想みたいなものはしていたのですが、恐らく多くの方と同様その予想はことごとく外れて、予想の最悪をはるかに上回ったラインで情勢が流れ続けています。

当初の予想よりもウクライナが善戦していることなど、僅かに希望が持てる情報もあるとはいえ、一つ一つの情報の真贋を判断出来る程の前提知識があるわけでもなく、しかもこの情勢の混乱を考えれば、多少の前提知識があったとしても「事実」「真実」をより分けるのは至難の業でしょう。

となると、起きていることに対して何もできない、という無力感をただただ感じるだけとなり、ウクライナにわずかながらの寄付をした後は、情報の蛇口を締めて粛々と日常を送っています。ただただ、一人でも多くの方の命が救われることを祈りつつ、自分のメンタルの為に適宜情報からは逃げる、という感じです。情けない話ですが、PCの前に張り付いてメンタルを壊すよりはなんぼか健康的でしょう。

それでもちょこちょこいろんなニュースが目に入ってしまうし、それに応じて感情が揺り動かされてしまうのは、それはもうどうしようもないというところなのでしょう。

ただ一つ思うこととして、「他人の不幸を自分の主張を補強する材料にする」のはちょっと好きではないなあ、と感じる機会が増えています。ただ「大きなニュース」というだけで、ここぞとばかりに自分の主張を展開して共感稼ぎをする、というか。情勢について語るのは当然個人の自由なのですが、控えめにいっても「それウクライナ関係ないよね」「ウクライナの話を枕にして自分の言いたいこと言ってるだけだよね」と感じてしまうと、ちょっと眉根が寄ってしまいます。

とはいえ、それだって個人的なファールラインの話であって、そんなことにこだわるくらいなら自分が書きたいことの一つも書けと。「自分があまり触れたくない言説が溢れているなら、対抗する為にちょっとでも自分が触れたい情報を流せ」という、発信者の端くれとしての本分にぼちぼち戻ろうと考えているわけです。

「自分に出来ないこと、したくないことで思い煩うくらいなら自分に出来ることをしろ」という言葉を、当面は金言にしようと思います。

個人的な話をすると、1月下旬から2月いっぱいまで、仕事や私生活でやることがやたら多く、割と死んでいました。まだいろいろとここでは書けないこともあるのですが、いろいろと新しい世界を見せていただいているので、これを糧にして淡々と通常営業に戻ります。引き続きよろしくお願いいたします。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 19:07 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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