この本が出た当時の空気というものを、私はもうよく思い出すことが出来ない。
創元のシリーズで言えば、ゲームブック普及の立役者となった「ソーサリー」のシリーズは既に4冊出揃っていた筈だ。
双葉社の「やや対象年齢低め」系、ファミコンタイトル群のゲームブックシリーズも既にぼちぼち出始めていた様であるし、創元からもナムコの「ゼビウス」が既に発売されていた。
創元系のゲームブックにくっついていた、ファン同人ノリの小冊子「アドベンチャラーズイン」は既に賑やかなファンの声で埋め尽くされていたが、日本語版の「ウォーロック」はまだ姿を見せていなかった。そんな時代だった。
新しく生まれた「ゲームブック」という市場のファン層は沸き立っていて、市場としてのポテンシャルはかなり高かったと思うが、この当時のゲームブックはまだまだ「RPG」であり、つまりは「D&D」とか「T&T」、あるいは「ドラゴンスレイヤー」の眷属だった。ゲーム「ブック」としての本来の強み、コンピュータゲームに対する圧倒的な優位性であった筈の、「ストーリー性」を前面に打ち出した作品はまだまだ姿を見せていなかった様に思う。
「洋ゲー」と「国産ゲー」の違いというものは面白いことにゲームブックにも存在しており、ゲームブック晩期においても「主人公に顔がある」ゲームブックは洋ものでは少数派だったと思う。日本の二大RPGの一柱であるFFが辿った道を考えれば、「物語的な」ゲームに対する需要、というものは日本においてはかなり広範だったと判断するべきだろう。
そんな中、創元推理文庫から満を持して発売されたのが、後に日本人著作ゲームブックの代表的な存在となる「ドルアーガ三部作」である。
「悪魔に魅せられし者」。後に「伝説のレトロゲーム」と呼ばれるナムコの「ドルアーガの塔」を原作とするゲームブックであり、60階を3冊に分けて書き切った、ゲームブック前〜中期における不朽の名作でもある。
私が思うに、少なくとも創元のゲームブックシリーズにおいて、「物語的なゲームブック」の草分けとなったのは林友彦氏であり、そして鈴木直人氏だったのではあるまいか。
ドルアーガ三部作のすごいところは、なんといっても「圧倒的なキャラ立て」である。
以前にも一度書いたが、「ファミコンタイトルをゲームブック化する」時、本来一番のメリットだったのは、「ファミコン側のストーリー・キャラクターが薄いこと」だった筈なのだ。
当時のファミコンのゲーム群は、今のゲームよりも遥かぶっちぎりで「遊び」に近く、その分想像の余地は無闇矢鱈に広かった。当時、コロコロだのボンボンだので、ファミコンのタイトル由来の漫画がざくざく連載されていたのはその為だ。ファンアートは、素材が単純であればあるほど工夫をこらしやすい。ほんの数ドットのキャラ、たった数色の色の組み合わせだったからこそ、そこに存在した想像の余地はまさに無限大だったのである。
しかし、ファミコンタイトルを元ネタにしたゲームブックの中で、その「想像の余地」を生かし切れたゲームブックは、残念ながらどこまでも少数派だったと思う。ジャンル自体が未成熟な内に美味しいタイトルが消費されてしまった、という側面もあると思うのだが、「ゲーム」ブックであることにこだわり過ぎて、本である強みを生かし切れなかった素材の、なんと多かったことか。惜しいジャンルだったという他ない。
そんな中、「ドルアーガ三部作」は、「ドルアーガの塔の中に自分が入ったら」という想像を、すさまじいまでの精度で具現化してくれるゲームブックだった。そこにはモンスターがおり、宝箱があり、謎があり、しかも生活感があった。モンスターの一体一体がきちんと「キャラクター」であり、喋るわ、だますわ、反対にギルの引っ掛けにあっさりと引っかかるわ、その生き生きとした描写には圧倒されるばかりだった。
一冊目の「悪魔に魅せられし者」は、まだ「迷宮」という側面では本気を出されていなかった様にも思うが、それでも塔の中の描写はどうしようもなく魅力的だ。敵がいたし、仲間もいた。
一巻では顔見せ程度のドルアーガに、双頭のリザードマン「ゴルルグ」。5階・牢獄での登場で「塔の中の生活」を強烈に読者にイメージさせ、19階で「操られている敵→頼りになる仲間」というケレン味たっぷりの再登場を果たした、東洋剣士クルス。名前だけの登場の魔術師メスロンから、最初っから仲間割れをしているコボルト、老魔女の双子、敵に捕まっている老剣士からレストランの怪しげな店長に至るまで、どれをとっても「キャラが立っている」。ドルアーガという一級品の素材があったとはいえ、一冊目で既にここまでの舞台道具を整えている点に関しては、鈴木直人氏の手腕に感嘆する他ない。
その一方で、「キャラ立て」という舞台から、本来はヒロインだった筈の「カイ」が殆ど抜け落ちていたことは、敢えて特筆すべきだろう。3巻まであわせても、敵の中ボスゴルルグの半分にも満たない存在感。女性キャラ人気に安易に走らないと称えるべきか、勿体無いと考えるべきか。これも時代の反映の一つだったのかも知れない。
「ゲーム」ブックとしての出来も一級品である。私が思うに、ドルアーガ三部作のゲームとしての特徴は二点にまとめられる。
・装備品を「手・頭・靴・鎧・剣」と細かく分けたことによる、アイテム入手の楽しみ
・多様な特徴をもった各階のダンジョン
つまり、種類が多いが故に多様なアイテムが存在できるし、「ドルアーガの塔」であるが故に60階分のダンジョンが楽しめる。これ程の武器をもったゲームブックは、そうそう無い。
上記二点のいずれも、プレイヤーが迷宮を「うろつき回る」強烈な動機になった。宝を見つけた時の嬉しさ、マップが完成していく嬉しさ。Wizardryにも通じるこの楽しみが中毒的な魅力をもっているのは、今更言うまでもないことだ。どちらも「ドルアーガの塔」という素材があってこそ成立する楽しみではあるが、ウィングブーツにせよポーションにせよ、ゲーム本編と巧みに絡ませてくるアイテム探しには格段の楽しみがあったと思う。
一巻のダンジョンにはまだ気合を入れたマッピングが必要な階が余りない代わり、各階の特徴が際立っていたことも付け加えられるだろう。7階の温泉プールでレッドソードを見つけた時には、思わず目を見張ったものだ。一方で、11階でのウィルオーウィスプ出現の演出には本気で焦らされたし、12階の謎解きは実にスリリングだった(初プレイは1階に直行ルート)。
立体的な構想というか、舞台背景を膨らませつつ存分に使い切るという鈴木氏の手法は、以後の作品にも継続して現れることになる。
と、ちょっと長くなったので、今回はこの辺で区切る。次回は引き続き鈴木氏ものを書くか、あるいは創元の別の代表作の方に一旦移るかも知れない。
2007年08月06日
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「ドルアーガの塔」というタイトルよりも
「悪魔に魅せられし者」であったり、
「魔宮の勇者たち」であったり、
「魔界の滅亡」であったりといったタイトルのほうが
オレには印象的なのですよ。
なにげに悪魔に……は今年の頭に復刊しているので
要チェキですよ。
ISBN: 9784789301510
いやー、あの三部作はタイトルからして燃えますよねー。復刊存じておりますが、書店で全然みかけねえがっでむ。でかい本屋に行かなきゃダメなんでしょか。
パンタクル2.01は、表紙だけちょっとアレでしたが。
あとはTRPGとか扱ってるホビーショップ?
一番てっとり早いのはamazonで発注かけることかとw
うあち。なんとなくamazonって苦手で使ってないんですよねー。
紀伊国屋にいってなかったらamazon漁ってみます。
創元最高。
SBOネタお願いしますw
お褒めの言葉、恐縮です。
パンタクルとSBOと林友彦で迷ってますw
>難波のジュンク堂書店が在庫だだあまり。新刊なら梅田のジュンク堂でも数冊は入荷しますね。
あー、やっぱ在庫余ってるんですか。仕方ないのかなあ、仕方ないですね。ちなみに私自身はおかげさまで入手出来ました。旧作もどうせ持ってるけど。