2007年10月11日
Webの波間に消えた、一人の天才の物語
彼は天才だった。
彼が紛れもない天才だったことは、昔から彼を見続けていた私が保証する。世に言う天才が備えているもの、全てを彼は欲しいままにしていた。凡人には想像もつかない着想と閃き、並外れた集中力と人間離れした思考力、魔的な影響力。
同時に、世間からの無理解、紙一重の狂気、一般的な生活を送る適性の欠如、そういったものも彼の属性の内だった。それ程広くない彼の人間関係の内、彼を狂人扱いしていない人は一握りもいなかった。
無理もない。彼が長くもない人生を費やして作り出そうとしていた、それはタイムマシンだというのだから。
「僕は変人だけど、君も大概変わったヤツだなあ。僕の話を真面目に聞くなんて、端的に言って人生の浪費だと思うよ」
メモ用紙に奇怪な数式(らしきもの)を書き付ける手を止めもせずに、彼はそう言って笑った。作業を始めると一週間ばかり飲み食いしないのが普通な男だったので、私は暇を見ては彼に食事を作ってやっていた。別段深い理由もない。彼の話の9割方は私には意味不明だったけれど、彼は天才だったし、彼の笑顔は見ていて気持ち良かった。
「タイムマシンに、未来に行く機能は必要ない。未来なんて、氷漬けになってその辺で転がっていれば黙っていてもいけるんだからね。僕は過去に行きたいんだ。一度過去にいければそれでいい」
彼が珍しく私にも分かる話をしていたので、私はついでに聞いてみた。随分前から疑問に思っていたことだ。
「過去に戻って、何をしたいの?」
何気なく聞いたつもりだったが、その問いに彼は凄く微妙な表情をした。嬉しい様な、はにかんだ様な、子供が大好きなおもちゃを自慢する時の様な表情。
その表情のまま、彼は口を開いた。
「僕は、アルファブロガーになるんだ」
「・・・・・・」
3秒くらい返答に詰まった。彼は気にする様子もなく、目を輝かせながら喋り続ける。
「考えてみてくれ。今いるアルファブロガーの記事を、ありったけダウンロードして過去にもっていくんだ。まだ彼がブログを始める前の過去にね。そして、記事の日付より一日前にその記事をアップし続ければどうなる?アルファブログの作者は僕、ということさ」
私が「これはひどい」と言うか「鬼才現る」と言うか迷ったとしても、私を責める人はいないと思う。
取り敢えず私は、こう聞いてみた。
「アルファブロガーって言ってもたくさんいると思うけど、誰になりたいの?小飼弾?切込隊長?」
「誰でもいいよ。とにかく、PVをたーくさん集めてて、ブックマークも山ほどついてるブログならどこでもいい」
やっぱり天才の考えることは良く分からん、と私は思った。
彼がブログを書いていることも、私は知っていた。彼の才能に比して(いや、才能に応じてというべきだろうか)、彼のブログはそれ程注目を集めてはいなかった。年に二回程、「これはひどい」や「ネタ」のタグがついて、辛うじて3ユーザーにブックマークされているところを見たことがある。その内一つは私、一つはセルクマだ。
「NINJA TOOLで毎日毎日PV数を眺めながら、微妙な顔をする必要も無くなるんだ」
でも、そう話す彼の顔があまりに嬉しそうだったので、私は何も言えなくなった。私は心の中で、彼の話に「あとで評価する」タグをつけてそっと胸にしまっておくことにした。
夏が終わる頃だったと思う。
私の部屋に飛び込んできた時、彼は笑えるくらいに息を切らしていた。私はあまり物事に驚かない方だと思うけれど、彼が走っている所なんか見たこともなかったから、流石に驚いた。
「どうしたの一体?」
「完成したんだ」
彼の返事は一言だったけれど、その言葉がどれだけ重要な一語だったのかは、凡人の私にもすぐ分かった。
「完成したって・・・タイムマシンが!?」
「うん。ついさっき。それで、今までたくさんお世話になったお礼を言わなきゃ、と思ってね」
そうだった。彼は、タイムマシンを完成させれば過去に行ってしまうのだ。多分、アルファブログのログがたくさん詰まったCDRを携えて。
「・・・すぐ行くの?」
「そのつもり。それで、お世話になりっぱなしで本当に申し訳ないけど、ちょっとWebを見させてもらえないかな」
「いいけど、自分のうちで出来るんじゃないの?」
「ちょっとネットを止められちゃっててね。23時前にアクセスし過ぎたもんだから」
私は、彼が未だにテレホーダイを使っていたことにかなり驚いた。今日は驚きっぱなしだ。
あんまり驚いたせいで、彼が私のSpiderZillaを使ってブログを丸々ダウンロードしている間、私は半ば呆然としていた。おそらくだけど、人類初のタイムマシン。でも、そのタイムマシンの開発者は、ブログのログを持ってこの世界から姿を消そうとしている。人類にとってそれ程有益とも重要とも思えない目的を胸にしながら。
「ありがとう。君には本当にお世話になった」
けれど、CDRを手にして振り向いた彼の笑顔が余りに嬉しそうだったから、私は声をかけることも出来なかった。「・・・元気でね」と言って、彼の差し出した手を握った。
彼がドアから外に出ていく時、私はようやく振り向いて、私のfirefoxに映っているページを見た。
絶句した。
「・・・え、ちょっと、このページGigazine・・・」
声をかけようとしたけれど、もう一度振り向いてみるとドアは閉まった直後だった。足早に玄関に寄って、ドアを開けて左右を見回してみても、彼の姿はもうどこにも無かった。
・・・あの後。
私は今でもGigazineを追っているが、Gigazineのアドレスが変わった様子はないし、そのニュース内容が一日早くなった形跡もない。ヘッドラインニュースの記事も全てタイムリーな内容だ。
タイムマシンは失敗だったのだろうか。それとも、彼がいった過去はどこか別の世界の過去で、彼は一日早いGigazineを書き続けているのだろうか。もしかすると、私の記憶が丸ごと摩り替わって、今Gigazineを書いているのは、実は彼なのかも知れない。
理屈で考えると、彼がもっていったログは夏の終わりのあの日、私の眼前で彼がログをダウンロードした日までのログの筈だ。その日を境にGigazineの記事の内容が変わった気もしない。
私には真相は分からない。多分死ぬまで分からないだろう。
ただ、一つだけ、気になることがある。
私はSpiderZillaの動作ログの見方を知らない。でも、後からGigazineをダウンロードしてみると、彼がダウンロードにかけた時間よりもだいぶ短いのだ。
彼がダウンロードしたブログは、一つだけではないかも知れない。
もしもあなたが、内容はやけに面白いんだけれどたまにフライングする、時には一日ニュースを先取りしている、そして今年の夏の終わりに急に「これはひどい」タグしかつかなくなった様な、そんなブログを知っていたら、そっと私に教えて欲しい。
もしかすると、そのブログを書いているのは彼かも知れないから。この世にただ一人の紛れもない天才、CDR一枚を持って過去に分け入っていった彼かも知れないから。

この記事へのトラックバック
貴重なお時間を消費させてしまってすいません。いやマジで。
しんざきさんの文章ってやっぱ好きだなぁ、と改めて思ったよ。