2007年11月23日

ゲームは何故野球を越えられないのか。

「趣味」としての認知度の話ですよ。

例えば、職場でエレベーターに乗っているタイミング。あるいは、会議や打ち合わせの前のちょっとした待ち時間。そういった、「準パブリック」とでもいうべき空間。

相手のごひいきを見定めた後で、という条件つきではあるが、プロ野球の人気がこれだけ凋落した今でも、「野球のお話」が飛び交うことは結構ある。どこどこが調子いいですねー、とかどこどこが勝ちましたねー、とかドアラがキモカワイイですねー。とかそんな。未だに、あるのだ。(業種にもよるのかも知れないが)

ただ、そういった席でゲームの話が取り上げられることは、プロ野球の人気がこれだけ凋落した今でも、無い。無いのだ。個人単位では、あの人もあの人もゲームをやっているし、かなりの年長さん、お偉いさんでも自宅にはWiiが置いてあったりする。

ゲームの「存在」自体は、ファミコンからの延長線を考えると、社会の至るところに広まっている筈なのだ。かつてのファミコン小僧が、今では普通に30歳、40歳になっている世の中なのだから。「ゲームを遊んだことがある」人口というのは、既に「草野球で遊んだことがある」人口と比べて遜色ない筈だ。それでも、ある程度以上パブリックな場面でゲームが話題にのぼることは滅多にないのだ。


何故だ。


私が考える答えは二つ。

・ゲーム業界とマスコミの金のやり取りが極めて薄いから。
・趣味としてのゲームが細分化されすぎているから。


前者は、もうホント読んで字の如く。

野球を含む様々なスポーツが「青春の象徴」であり続けられる最大の理由は、メディアとの金のやり取りがあるからである。メディアにスポンサードされ、メディアに利益供与をしている。もうちょっともってまわった言い方をすると、中継・報道を含めた重要なコンテンツとしてメディアに用いられ、メディアに金を流し、一方でメディアからの金のパイプもある。

コンテンツとしての魅力は随分衰えつつあるとはいえ、新聞社が直接金を出している高校野球やプロ野球なんてその最右翼だ。

コンテンツの露出があり、メディアで好意的に取り上げられるからこそ、教育をはじめとする社会の各所でプラスの材料として取り扱われる(この辺はタマゴとニワトリだけど)。丁度その逆に位置しているのがゲームで、金のやり取りがないからコンテンツが恒常的に露出することもなく、むしろ少年犯罪の報道といった、他の重要なコンテンツの受け皿として使われたりする。

つまり、「準パブリックな場面にはふさわしくない話題」という意識自体が根強い、という前提が一個ある訳だ。


これはまあいいのだ、今更の話だ。問題はもう片方である。

ゲームは趣味として細分化され過ぎている。

改めて野球の話をするが、趣味としてざっくり分類すれば、野球は「プロ野球」「高校野球」「MLB」くらいにしか分かれない。そして、野球のルールは万国共通だから、セリーグが好きだろうがパリーグが好きだろうが、たとえ社会人野球観戦を趣味にしている人でも、草野球を自分でするのが好きな人でも、話自体は通じる。

一方で、ゲームには数限りない大分類、中分類、小分類がある。「家庭用/業務用」の括りに始まって、アクションゲーム、シューティング、RPG、パズルゲーム、アドベンチャーやらなにやかや。格闘ゲームや恋愛ゲーム、戦略シミュレーションから巨大昆虫島脱出アドベンチャーに至るまで、ありとあらゆるジャンルがある。(参照:Daily Portal)「RPGが好きなんです」という人と「パズルしか遊びません」という人の間には、高尾山よりも高い壁がある。

既にこの時点で「共通の話題としての取り上げ難さ」は火を見るよりも明らかなのだが、それに加えて、ゲームにおいては「タイトル間の共通事項」も極めて薄い。同じアクションゲームが好きな人でも、マリオが好きな人と塊魂しか知らない人の間では、殆ど話が通じないのである。これは「話題としての趣味」としては殆ど致命的な欠点だ。


故に、ゲームがメジャーな話題にのぼるには、「誰もが知っているキラータイトルが生まれた瞬間」であることが第一条件となってしまう訳だ。かつてのスペースインベーダーが、テトリスが、ドラクエが、ストIIがそうであった様に、である。

ただ、ここでもジャンルの壁が邪魔をする。


ジャンル間の壁が高すぎて、その一方で「ジャンル自体のもつ求心力」が希釈されて、「誰もが知っている傑作」というものが生まれにくくなっているという風に感じる。

かつてバーチャ2が爆発的に流行ったのは、「格闘ゲーム」というジャンル自体に物凄い求心力があったからだ。同様、ドラクエがかつて社会現象にまでなったのは、RPGというジャンルのまさに勃興期だったからである。ジャンル自体のもつ潜在能力というのは重要で、現在はジャンル分けというものが物凄く流動性の低い区分けになっている割に、「ゲームといえばこのジャンル」というものが薄い様に思う。ネコも杓子もRPG、という時代もぼちぼち終わったし、格闘ゲームも、その、アレです。なかなか難しいですよね。脳トレが唯一の希望、というのも色々とアレだけど。

この辺り、音楽の話も意外にパブリックな場で話題に上りにくかったりするが、それと近いものがある様な気がする。洋楽とj-popの接点の問題とか。


ちょっと方向性は違うが、面白い記事をこの前みかけた。

なぜエロ漫画に傑作はないのか?
・ 個人の欲望に直結するジャンルだから、共通認識としての傑作ってのは出にくいんじゃないのかな。
俺個人としては傑作だと思っている、っていう作品はあってもさ。


エロ漫画とはだいぶ話も違うと思うけど、ジャンルの壁が「傑作」というものの発生を抑止する側面というのは、案外大きいんじゃないかと思う。個人の欲望というのは凄くその通りで、個人的にはまあシューティングが遊べればそれでなんでもいいやという感覚満々ではある訳なのだが。


・じゃあ、どうすればいいのか。

どうすればいいんでしょう。


メディアとの金の流れというものは、今更作れるもんなんでしょうか、とか思わないでもないけど、マイクロソフトが何かトチ狂ったりするのを期待したりしなかったり。コンテンツとしての魅力は意外に出せる様な気もするんだけど。

その一方、ジャンルの壁すら吹き飛ばす名作、かつてのテトリスの様な突然変異的な傑作に関しては、生まれることを祈ってやまない。その辺のゲーセンが会社帰りのサラリーマンを大量捕獲していた、あの光景を是非また見たいものだ。



まあ結論としては、皆さん取り敢えずシューティングやろうぜ、ということで。

いや、超楽しいですよシューティング。ガチで。


関連:レトロゲーム万里を往く その47 テトリス
人間力が低い人の為のシューティング講座
posted by しんざき at 23:30 | Comment(11) | TrackBack(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
テレビゲームは家庭のテレビの画面を占有して遊ぶという形態ですから、マスコミがテレビゲームを敵視するのも当然かなと。
「テレビでゲームで遊ばれたら、視聴率取れへんやないか」と、思ってる人いるみたいですから。
Posted by 佐とさん at 2007年11月25日 15:30
>佐とさん
>「テレビでゲームで遊ばれたら、視聴率取れへんやないか」と、思ってる人いるみたいですから。

正直、今はもうテレビとゲームって、「食い合う」様な客層をもってない様な気もするんですけどね。テレビはテレビ、ゲームはゲームで、もっと強力なライバルがそれぞれいるだろ、みたいな。

ただ、メディアの人の意識としては、そういう考えをもってる人もいるのかもですね。
Posted by しんざき at 2007年11月25日 23:33
他にも要因はありそうです。
・野球のテレビ視聴は万人ができる(これが一番の原因のような)
・ゲームにはエンディングが存在するため飽きがある(話題として賞味期限がある)
ちなみに年齢が下がれば下がるほどゲームの話題は多いですよw
Posted by at 2007年11月26日 03:01
ていうか超える云々の前に比較するのが間違ってると思うけど?
1Kmと1kgってどっちが強いのかといるようなものだろ。
現在の日本では野球を見るもしくは遊ぶ人よりゲームする人の方が多いと思うが。
Posted by Routes at 2007年11月26日 03:35
うむ。どっちかってと、小説、漫画と同列に見るべき話じゃないでしょうか?
小説や漫画を見る層がいくら多くても(特に漫画とかは世界一の先進国だけど)
エレベーターで話題にはしにくいですよね。皆が同じモノを読んでる訳でなく。

でも多分、ドラマならありです。じゃ、違いは何かってと、マスが配信してるから。
個人の趣味を超えて、向こうが押しつけてくるからこそ、興味が無くてもある程度
話題にする素地があるのではないでしょうか。なら、ここに同列で置くとしたら
アニメの話題、って事になりますね。

あるいはゲームもマスが配信する何かとくっつければアリかもしれません。
小説や漫画を原作にしたドラマを話題にするように。あ、ゲームを原作にした
アニメなら旬の話題としてアリですね。特にオタクの間なら。
Posted by any at 2007年11月26日 05:33
ユーザー層の厚さの問題が一番かと思います。
ゲームを共通の話題にするとなると、層も限られます(40代以下とか性別とか)。自分のクライアントでは、この話題は無理です。
あと、ゲームは子どものするもの、のような位置づけがありますから、話題にすると恥ずかしいというのもあるかもしれません。漫画でもその傾向はあるかと思います。
逆に、野球嫌いの自分に野球を振られても、困りはするものの適当に相槌を打ちながら流すことは可能です。嫌いでも、球団の名前くらいはわかりますから。でも、ゲームとなるとやったことのないものがたくさんあるので、話題を膨らませることはおろか流すことも難しいかもしれません。
小説や漫画と一緒で、比べるものが違うような気がします。
Posted by ゴルゴさんから飛んできますた。 at 2007年11月26日 17:40
>Routesさん
>1Kmと1kgってどっちが強いのかといるようなものだろ。

そーですか?野球とゲームには、「話題になる頻度」っていう、見えにくいけど割と明確な比較基準があると思いますが。

>現在の日本では野球を見るもしくは遊ぶ人よりゲームする人の方が多いと思うが。

私もそうだと思うんですけどね。

>anyさん
>でも多分、ドラマならありです。じゃ、違いは何かってと、マスが配信してるから。

そこが「マスコミとの金のやり取り」の重要なところですよね。
ゲームをコンテンツとしてマスコミに売る方法、ってのは、実は考えてみたことあります。CXはちょっと違うだろ、とか思いますけど。

>ゴルゴさんから飛んできますたさん
>ゲームを共通の話題にするとなると、層も限られます(40代以下とか性別とか)。自分のクライアントでは、この話題は無理です。

それはそうなんでしょうね。ただ、これだけファミコンが出てから時間が経てばあるいは、とか思ってたんですけど。
実際、今40くらいで役員やってる人でも、通勤の時にDSやってる人っているんですよ。それと話題への取り上げやすさはまた別、ってことかと。

>小説や漫画と一緒で、比べるものが違うような気がします。

趣味としてのレイヤーを厳密に考えると、確かに「ゲーム」と「野球」は食い違いますよね。むしろ、スポーツの一種目でしかないのにこれだけ話題に上る野球の底力に戦慄します。
Posted by しんざき at 2007年11月26日 17:47
シューティングは嫌いだ。
疲れる。先に進めない。下手なやつはいくらやってもだめ。弾多すぎ。新参者が入れない。上手いやつが偉そうにする。どうしてできないの、こうすれば簡単だよとこちらができないことを当たり前のように言ってくる。
死んでいいぞ、相手のレベルに合わせたやり方を教えることのできない、自慢するだけの馬鹿ども。
Posted by at 2007年11月28日 21:10
>名無しさん
どもです。コメント二重になってたので一つ消しときました。

上手い人が偉そうにしてるタイトルを避けるのがいいんじゃないかと思いますよ。
Posted by しんざき at 2007年11月29日 00:21
Routesさん>
>1Kmと1kgってどっちが強いのかといるようなものだろ。
尺度が「話題」なので、その例えはちょっと適切ではないような。(つまり、単位は同じなわけなので)
強いて「話題」を「重さ」にして例えると、野球は100Kgのバーベルが3個くらい、ゲームは20Kgの鉄球が30個くらいある、という状況なんではないでしょうか?
総量としてゲームの方が重いけど、1つ1つは野球のほうが重い、という具合。
(無理やりのコジツケであることは承知の上なので、「判り辛い」等の批判はスルーさせていただきます)
Posted by NOBIE at 2007年11月29日 20:57
>NOBIEさん
>野球は100Kgのバーベルが3個くらい、ゲームは20Kgの鉄球が30個くらいある、という状況なんではないでしょうか?

なんだか分かりませんがなんとなく納得してしまいました。例え話というのはコジツケてなんぼだと思います。
Posted by しんざき at 2007年12月01日 22:47
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Tracked: 2007-11-24 14:59

最初パワプロのことかと思った
Excerpt: 不倒城: ゲームは何故野球を越えられないのか。 アー確かにあるねー
Weblog: ゲーム攻略秘話
Tracked: 2007-11-26 22:07