史上初、3校途中棄権=指導法などに批判も−箱根駅伝
こちらを経由で見ました。大筋で異議はないとはいえ、若干違う印象をもったのでメモ書き。
大会会長の発言は、指摘されている通り余り響きの良い言い方ではないとは言え、「選手が倒れるという事象について、明確に問題視している」という点では一応評価できると思う。あと、青葉昌幸という人が大東文化大で教えている人だ、という点も考慮に入れるべきかと。つまりこれ、「身内への苦言」なんですね。
まず第一に、報道姿勢が色々とアレだ。東海大に関しては、シード権争いの日大・東洋のデッドヒートの影に紛れて目立たなかったという印象はあるけれども、例えば大東大の住田選手が棄権する場面。盛り上げ方が凄く妙な方向に行っていたと思うのだな。まるで走れメロスの実況中継と言うか、メトロクロスのリアルタイム放送というか。そこは選手の体調を気遣うべき場面でこそあれ、ドラマを盛り上げる所じゃないだろう、と。
「ボロボロになって走る姿」というものをドラマの格好の素材として、ここぞとばかりに盛り上げようとすること自体が色々とどうかと思う。選手にしてみればたまったもんじゃあない。私も昔長距離やってたけど、20キロ走の終盤にドラマを求められてもホント困る。ドラマはいらない、血中酸素をくれ。乳酸ならいくらでもくれてやるけどな。
箱根駅伝の「過酷な状況」がそのままであり続けていることの一因は、その過酷さにドラマを求めてしまうメディアの悪癖にあるんじゃないか、と私は疑っている。メディア主催の大会の悪い所だなーとか思ってしまう訳だが。まあ、元々が地味な競技だから、盛り上がるところで盛り上げてやれって姿勢になってしまうのはある程度仕方ないのかも知れんし、伝統は伝統だといわれればそれまでですけどね。
ただ、本来箱根駅伝って、「世界に通用するランナーを育成」する為の場の筈なんだよなあ。そういう意味では、大会本来の意義をきちんと考えた方がいいんじゃね、という思いはある。
一言で言うと。箱根駅伝の過酷さを是正するとすれば、選手がボロボロになって走っている姿を、喜び勇んで盛り上げようとするメディアの報道姿勢をどうにかする必要があるんじゃないか、ということで。
余談だが、学連選抜の恐るべき躍進っぷりには割と腰を抜かした。すげえなあ。
2008年01月04日
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箱根の過酷さについては、報道云々の前に20kmまともに走れる大学生を各大学が10人も準備できるわけないじゃん!というところで私は落ち着いてしまいます。元旦にある実業団のニューイヤー駅伝でさえ往路より短い距離を7人で走っているのにさあ。
学連選抜は、10位以内に入れば来年の予選からの参加枠が1つ増えることもあって今年はモチベーションが違いましたよね。
駅伝というスポーツを報道するとき、どうしてもタスキの重さをクローズアップせざるを得ないのは否めない。だから、それを伝えるという行為に多大な負荷がかかり、その負荷により選手はスポーツの世界を超えて走り続ける。
ただ、フラフラになっているのは明らかに危険な状態だ。監督や身内が止めにくいのであれば、レフェリーストップもひとつの方法かもしれない。それを選手が後に恨んだとしても仕方がない。さもなくば、駅伝もマラソンもスポーツとしては成り立たないのだから。
もっとも、報じる側がスポーツを求めているわけではない。要するに求められるのは売れるコンテンツとしての箱根駅伝である。恐らく過酷というファクターがなくなれば魅力が損なわれ、現在のようにメディアで大々的に扱われることはなくなるだろう。確かに箱根駅伝のスポーツ性は増大するが、現在のような規模で箱根駅伝を実施するのは不可能になる。
結局のところ石川や福原、浅尾に頼るゴルフや卓球、ビーチバレーもそうだが、スポーツは全て同じ問題を抱える。スポーツ性と分かりやすさ。そのバランスの取り方が後者に偏っているのは否めないが、視聴者のレベルを考えたときにやむをえない部分もある。要するに卵と鶏の議論なのだ。過酷さと頑張りにスポットが当たるのは、結局どちらにも原因があるとしかいいようがないように思える。
>順大全体のコンディションの悪さは尋常じゃなかったと思うのです。
私、実は往路の方を見られなかったのです。そんなにひどかったのですか。
コンディションが悪い状態で箱根、というのはちょっと色々とヤヴァイですね。
>箱根の過酷さについては、報道云々の前に20kmまともに走れる大学生を各大学が10人も準備できるわけないじゃん!
やっぱそうなんでしょうか。いや、私大学では陸上やってないんで、大学の陸上部ってものがどれくらいの厚さなのかちょっとイメージ出来ないんですが。
>g3
>フラフラで走るのはもはやスポーツではないから、その頑張りに対する賞賛は優れたアスリートに対するものとは別であると解されるべきだろう。
「もはやスポーツではない」というのは同感。それがいまいち認知されてない気はするなあ。
>監督や身内が止めにくいのであれば、レフェリーストップもひとつの方法かもしれない。
まあ、止めにくいってことはそれ程ないと思う。今回も、大東大の監督とか止めてたし。
>要するに求められるのは売れるコンテンツとしての箱根駅伝である。恐らく過酷というファクターがなくなれば魅力が損なわれ、現在のようにメディアで大々的に扱われることはなくなるだろう。
そういうことなんだろうなあ。
ただ、過酷さ以外の点でももうちょっとクローズアップの仕様はあるんじゃないかなあ、とか思うんだけど。選手の走る技術についてとか、競り合いについてとか。
あまり興味をもたれない分野かもな、とも書いてて思った。