実は前回のは前置きだったりする。ゼルダの伝説に引き続き、今回はシリーズ第二作の「リンクの冒険」。1987年1月、任天堂より発売。ゼルダの伝説と同じく、ディスクシステムからの発売である。私はけっこーこのゲーム好きなのだが、初代「ゼルダ」の伝説的な好評価に比べると、どうしてもこのゲームの評価は分かれる。
好みの話はさておくとして。私はこのゲームのことを、任天堂ゲームの中ではかなり「異質」なゲームであると考えている。鬼子とまで言ってしまっては言い過ぎだと思うが、ゼルダシリーズの一作としてみてもかなりの異色作だ。数ある任天堂ゲームの中で、「遊び易さ」というものがかなり弱い部類に入るタイトルであることは確かだと思う。
まず時代背景の話からいこう。
・「86、7年同窓会」の途轍もない面子について。
以前、ロックマンについて書いた時にも述べたが、86年、87年という年はファミコン業界におけるカンブリア爆発の年である。この年に出ているタイトルというものはホントーにバラエティに富んでいる。
繰り返し書くのもアレなので、ちらっと以前のエントリーから引用してみよう。手前味噌だが。
例えば、新感覚パズルと呼ばれた動くジグソーパズル「きね子」や謎のマガジンディスク「ナゾラーランド」。音ゲーの元祖と言われる「オトッキー」、スクウェアの暗部「アップルタウン物語」。話は勿論ディスクに留まらない。たけしの挑戦状が出たのが86年の12月だし、理不尽アドベンチャーの代表作といわれる「時空の旅人」、非ドラクエ型RPG「ヘラクレスの栄光」、喋る野球ゲーム「燃えろ!プロ野球」、偉大過ぎた親をもつ「ウルティマ」、ファミコン史上初の恋愛ゲーム「中山美穂のトキメキハイスクール」。
お腹一杯。いや、他にも触れなかった作品が山ほどあるんですよ、この年。ディープダンジョンとかさ。後の時代にシリーズものとして受け継がれる名作の初代もいれば、些かビミョーな部類のタイトルも多かった。
個人的に伝説となっている1986年の12月なんてもうものすごくって、「たけしの挑戦状」「トランスフォーマー コンボイの謎」「水晶の龍」「魔鐘」「謎の壁」「時空の旅人」この辺りみーーーんな86年12月である。なんつーか、ファミコン大河の大氾濫というか特殊作品ズのハイメガ粒子砲というか。今から考えると正気の沙汰とは思えない。ある種のゲームを好む人々が、この時代にファミコン一つ背負ってタイムトラベルをしたとしたら、一体何にお金を使えばいいか迷いに迷って悶絶するであろう。
この86年・87年って年の特異性に関してはいずれまた述べることもあろう。なんにせよ、この二年間の「ファミコン業界ジャンルスパイラル」とでも言う様な時期の、まさにど真ん中に誕生したのが「リンクの冒険」なのである。
・何故リンクの冒険の評価は分かれるのか。
多分幾つか理由がある。
前回も述べたが、任天堂ゲームの最大の持ち味は「遊び易さ」であろーと私は思う。任天堂ゲームの中で、「とっつきにくい」という言葉が形容詞として飾られるタイトルはそうそうざらにあるもんではない、のだが、リンクの冒険は率直に言って裾野が広いゲームではない。
一つは操作性だ。
「リンクの冒険」のシステムはゼルダとは全く異なる。広大なフィールドをリンクがうろつきまわるのは前作と異ならないのだが、今回リンクはフィールド上では戦わない。例えば敵のシンボルマークに接触するなり、洞窟や街中に入ると画面が急に横スクロールに切り替わる。そのフィールドの中で、突如4頭身くらいに変身したリンクが、ジャーマフェンサに下突きをブッ刺したり街中で女性に誘惑されたりする訳だ(そして体力全快)。
この「横スクロール画面」がリンクの冒険のほぼメインパートを占める訳だが、まずはこの時の操作性が、前作「ゼルダの伝説」とは比べ物にならない程とっつきにくい。
勿論奥は異様に深い。上突き・下突き、上段斬りに下段斬りにジャンプ斬り、シールドやリフレックスなどの魔法。リンクは様々な技を使い分けて敵を倒していかなくてはならない。上達すれば上達する程この細かいアクションが楽しくなっていくのは確かなのだが、ゼルダの伝説の極めてシンプルなインターフェイスに比べて、些か間口が狭いことは否定出来ない事実である。
もう一つ、このゲームがいかにも任天堂っぽくないなーと私が思うところが、一種独特な成長システムである。
このゲームにおいて、リンクはATTACK(攻撃力)、LIFE(生命力)、MAGIC(魔力)の三つのレベルを持っている。経験値を稼いでこの三つに割り振り、それぞれを成長させていくというシステムなのだが、ゲームオーバーになってやり直す際に三つの内一番低いレベルに統一されるというルールがある。
私には今もって、このシステムを任天堂が何の意思で持ち込んだのかさっぱりわからない。このルールが一つ噛んでいる為に、例えば力が強くて魔力はさっぱりなリンクとか、プレイヤーがリンクを自由に「成長」させるという遊びが妨げられている。海外版では修正されている仕様の様だが、これに関しては実に任天堂らしからぬ失策だなーという思いが確かにある。
任天堂ゲームとしての「異質」さの所以は大体この辺りだ。プレイしたことがある人はどう考えるだろうか。
・それでもリンクの魅力を追い続ける人々よ。
いや、でも結局面白いんだよねこのゲーム。
たとえデスマウンテンで必死こいてハンマーをとった直後に赤ダイラにブッ殺されようとも。青アイアンナックとの斬り合いにカンカンと10分近く時間をとられようとも、街を出た直後に左キー押しっぱなしで「シバラクオマチクダサイ」の連続攻撃を食らおうとも、このゲームには「異質」ならではの魅力が確かにあった。ヘタレアクションゲーマー(私とか)に、泣きながらカギを求めてダンジョンをさまよわせる魅力がこのゲームにはあったのだ。
それは神殿の破壊的に耳に残る音楽であり、苦労の果てにボスを倒した時の達成感であり。リンクの動きに慣れて来た時の嬉しさであり。多分、とっつきにくさと「ゼルダ」の奥深さが出会った所に、一種の麻薬的な中毒症状が生まれていた部分もあるのだろう。
リンクの冒険を好きになった人にも好きになれなかった人にも、様々な意味で忘れがたい、記憶に強く残る一作だったことは確かだろう、と思う。
だがな、最後に一つだけ言わせてくれ。たった一言でいい。
「青フォッカーだけはガチだ、坊主。」
勝てねーーーよあの鳥頭フザケンな!!(私怨)
限界でした。子供には難しいゲームだと思うよあれ。
そういやロトの墓があったことを記憶してる。
確かにむずかしーです。いや、まあ、ディスクゲームって時点で既にある程度敷居は高いんですが。
私がガキの頃にはデスマウンテンが一つの壁でした。
いらっしゃいませ。レトロゲームネタでまったりやってますので、良かったらまたおいでクダサイ。
>レベルアップシステムは、みんなが攻撃力だけ上げていくのを良しとしなかったんですかね。
そうですねー。ただ、普段ならプレイヤーの気持ちよさを一義にしている任天堂が、「一個上がったら他のレベルも上がるまでやめられない」というプレイスタイルを強いたのはらしくないなーと思います。
下突き連射はひじょーに気持ちよかったですね。
ちなみに、青赤フォッカーはジャンプした所で上突きすると簡単に倒せます。ジャンプを使うともっと簡単です。
アイアンナックはジャンプして着地寸前に攻撃すると防御されないとか。
邪道ですけどねヽ(・∀・)ノ男なら10分戦え!
コメントありがとうございます。
>青赤フォッカーはジャンプした所で上突きすると簡単に倒せます。ジャンプを使うともっと簡単です。
十年来知りませんでした。SHOCKだ。
奇々怪々でやってきたのですがここで引っかかりました。昔からパワーアップのあるアクションゲーム大好き人間でしたのでリンクも発狂するほどやりました。(昔はよかったです)
赤青フォッカーですが、上突きでも簡単ですが、大体出現前後に壊せるブロックの壁があることが多いのでそこまで引っ張ってくればあとはフォッカーのジャンプ頂点にあたるところぐらいにリンクを配置するつもりでブロックを壊してやればあとはそこでしゃがみ突きし続ければ勝手に当たって死んでくれたかと思います。
大神殿を歩いてて壊せるブロックの列に当たったら大体ヤツがいると思っていました。
うーん懐かしい。
あ、あとアイアンナックと影リンクはなんとなくジャンプしゃがみ突き連発が当たりやすかったような気がしました。
やっぱり正面からずっと斬り合いもいいんですけどね。
コメントありがとうございます。
>大神殿を歩いてて壊せるブロックの列に当たったら大体ヤツがいると思っていました。
なるほど、その辺が任天堂の上手さというかなんというか。攻略法を見つけさせようとしていたわけですね。
アイアンナックは、私もしばらくやっている内にコツが掴めた覚えがあります。アクションが多い分、色んなアクションによる攻略をさせてくれるゲームでしたね。