2008年02月13日

レトロゲーム万里を往く その75 ファイアーエムブレム

ノルダの町近くの山中、とある戦士が斧を片手に傭兵を追い掛け回していたのだが、ある時泉に斧を落としてしまった。

すると不思議なことに、泉の中からたおやかな女神が現れ、こう言われた。

「バーツよ、あなたが落としたのはこちらの使い古しの鉄の斧ですか?それとも武器屋で高く売れるこちらの銀の斧ですか?」

「女神様」

戦士は静かに答えて曰く、

「ぶっちゃけどちらも要らないので、むしろハンマーを下さい」

〜レトロゲーム箴言集「消えたペラティ連続殺人事件」より一部抜粋〜



ワルキューレの時のコピペじゃね?


いや、素で思うのだが、ファイアーエムブレムは何の草分けって「リメイクに伴う悲喜劇」の草分けじゃあるまいか。


最近でこそメタルマックスのアレとかヴァルケンのソレとか、「レトロゲームのリメイク」とそれに伴う色々というのは珍しくもなんともなくなったが、この当時はリメイクもの自体がまだ殆ど見られなかった。ユーザー達は、「移植」と「続編」という二つの単語だけ記憶していればそれで事足りた。

そこにちらほらと「旧ハード作品のリメイク」というものが姿を見せ始めたのが1993年頃の話だ。ある程度手を加えた、「過去の名作」の再利用。スーパーマリオコレクション、ドラクエ1/2、メタルマックスリターンズ辺りと前後して、「ファイアーエムブレム 紋章の謎」が姿を見せた訳である。

家庭用ゲーム史上に現れた「リメイク作品」の影。今回はその辺の話も書いてみようと思う。

ファイアーエムブレム。任天堂のシミュレーションRPG。第一作「暗黒竜と光の剣」がFCで発売されたのが1990年の4月であり、その後92年の「外伝」を経て、第一作のリメイク+αとして発売されたのがSFCの「紋章の謎」である。

簡単すぎず難しすぎずの適度な難易度、魅力的なキャラクターとヒロイックファンタジー風のシナリオ、確率を絡めた育成要素など、様々な点で丁寧に作りこまれているのがシリーズを通した特徴であり、どのタイトルをとっても完成度は非常に高い。紋章の謎〜聖戦の系譜でファン層を完全に確立し、現在でも続編が出続ける長寿シリーズとなった。


「紋章の謎」が発売されるに至って、任天堂としては異色のシリーズに化けたと言っていいだろう。つまり、ファイアーエムブレムはある程度「キャラゲー」としての側面を持っていると思う。ゲーム自体の出来も勿論いいのだが、キャラクターに入れ込む層がファンの内のかなりの部分を占めるゲームというのは、任天堂の歴代タイトルの中では極めて珍しい。これは、紋章の続編「聖戦の系譜」が出るにあたって、より明確な流れになったと思う。

この辺、私の様な腐れレトロゲーマニアは「中山美穂のトキメキハイスクール」なんか想起しちゃったりする訳だが、まあ取り敢えずそれは置いておこう。

一応参照URLなど挙げておく。Wikipediaで、このシリーズの足跡は殆ど追いかけることが可能だ。

Wikipedia:ファイアーエムブレム

キャラクターのグラフィックの変遷、成長率などのデータに関しては、こちらのページが非常に詳しい。

ファイアーエムブレム「暗黒竜と光の剣」&「紋章の謎」人物列伝


なにはともあれゲームの話だ。



・FC黄金時代、晩年の輝き。


上でも書いたが、ファイアーエムブレムはシミュレーションRPGである。プレイヤーは、亡国の王子「マルス」と彼の部下達を操り、マップ上の盗賊や海賊をなぎ倒したり、アーマーナイトにブリザーをかましたり、敵のパラディンに手槍を投げたりする。


ファイアーエムブレムの面白い所はどこかというと。つまり「戦闘をしてレベルが上がった時、わくわくする楽しみ」であり、「戦闘で敵に攻撃する時、敵から攻撃を受ける時どきどきする楽しみ」であり、「クラスチェンジの後、ステータス画面を開いてみる喜び」であったろう、と思う。


シナリオこそ剣と魔法、ヒロイックファンタジー風の味付けがされており、ペガサスナイトだのマムクートだのがばっさばっさと活躍しはするが、ファイアーエムブレムの基本的な部分はそれまで発売されていた戦術SLGとそれ程変わらない。キャラクターをそのまま「大戦略」のシステムに乗せたとしても、ゲーム自体は成立する筈だ。

強いてシミュレーションゲームとしての特色を挙げるとすれば、

・武器やアイテムの存在と、武器-兵種間の相性、耐久度の存在
・キャラクターのレベルアップと、それに伴うステータスのランダムな成長


この二つが大きな要素だったろうと私は思う。この辺のバランス調整、味付けが絶妙だったところが、まさに任天堂の凄みだった。

武器の相性の存在は、即キャラクターの個性づけに繋がる。


超絶強力なドラゴンナイトに対抗する為には、どうしてもゴードンやカシムやジョルジュといった弓兵を育てる必要がある、とか。

マリクのエクスカリバーが死ぬ程TUEEEEEEEけど、使い過ぎるとなくなるから対ボス最終兵器的な運用をされる、とか。

マルスのレイピアでSナイトをばっさばっさと突き倒すのが凄い気持ちよかったりするんだけど、調子に乗りすぎて最前線で斬殺されたりだとか。

敵のクリティカル率が1%だからといって安心しきっていたら、パラディンのぎんのやりの一撃でアベルが殺されたりであるとか。


ファンタジー風な世界観が味方して、この辺りは実にRPG的な、「イメージしやすい説得力」を演出していたと思う。各キャラクターの個性づけはキャラクターへの感情移入につながり、感情移入はキャラクターの育成のモチベーションに繋がる。そこに、ランダム性という調味料が加わり、ファイアーエムブレムの戦闘は実に味わい深いものに仕上がっていた。


当時ファイアーエムブレムを遊んだ人で、レベルアップの際に「ちから」や「しゅびりょく」が上がるかどうか、固唾を飲まなかった人はおそらくいないだろう。

キャラクターの「成長率」というものがこのゲームのもう一つの個性づけであり、最初は弱いキャラクター(ジュリアンとか)を育ててみるとばかすか「ちから」や「すばやさ」が上がったりであるとか、なかなか成長してくれないキャラクター(ドーガとか)をドーピングアイテムで無理矢理強化したりであるとか、そういった部分も重要な楽しみの一つだったと思う。

当時、シーダがレベルアップする度「わざ」と「すばやさ」しか上がらず、意気消沈したプレイヤーは山ほどいた筈だ。一方、成長率の低いジョルジュを無理矢理使って頑張っていたプレイヤーもたくさんいた筈だ。

「闘技場」とか、「秘密の店」といった、「さあ、やりこめ」と言わんばかりの育成要素もこのゲームの魅力の一つだったと思う。マップクリア直前で闘技場に通いつめ、敵の必殺の一撃でナバールが倒れて泣く泣くリセット、といった人が当時どれだけいたことか。


「キャラへの感情移入」と「確率」。ファイアーエムブレムというゲームの肝はこの二点だ、とひとまず言い切ってしまおう。



・リメイク騒動一代記。


率直に言って、リフとかダロスよりもマチスの方が気の毒なんじゃないかと思うんだ。


上でも書いたが、ファイアーエムブレムは家庭用ゲームにおける「リメイク」の草分けの一角である。ファミコン版からスーファミにリメイクされるにあたって、第一部「暗黒竜と光の剣」はほぼ丸々移植される訳だが、この際のアレンジっぷりが当時様々な話題を産んだ。

キーワードは二つ。「美形化」と「キャラクター・マップの一部切捨て」である。

まず美形化。先ほど挙げたサイトを参照して頂けば分かるが、これがもう凄かった。

海外児童小説の挿絵風の絵柄にも見え、聊か古い絵柄だった様に見えたFC版だったが、もうどのキャラもこのキャラも美形化の嵐。主人公たるマルスはもとより、若干悪党面だったオグマ、ちょっと緑髪のスネオっぽかったアベルに至るまで、これでもかと言わんばかりの美形化が施されており、SFC版のマルス軍はちょっとした少女漫画と化していた。

特に、美形化に加えてパオラ・エストとの三角関係まで導入されたアベルの躍進っぷりには、瞠目するべきものがあったと思う。

メインキャラであるアリティア軍はともかくとして、FC版ではどっからどう見てもやっつけコンパチキャラであったトムスとミシェランにまで、まあまあ見える顔グラが割り当てられたことは特筆するべきだろう。4年の間にどんだけ男を磨いたらこうなるのか。リカードなんかちょっとショタキャラになってるし。


その一方で必ず取り沙汰されるのが、リフやダロス、ロジャーといった「抹消キャラクター」達である。

FC版では唯一の「男僧侶」だったリフであるが、「ライブの杖」と同一視されている彼は一体何故抹消されたのか。開発者インタビューでは「クラス一個を確保すると容量がキツかった」という理由説明がされてはいるが、私は正直これを疑っている。実際の所、「何をどうアレンジしてもこのキャラ浮いてるから、えーい消しちゃえ」という理由だったんじゃねえか、と邪推したりする訳である。

キャラクターどころかクラスごと削除・変更の憂き目にあったジェイクやベック(シューター)も気の毒ではあったが、そんな中何故か一人だけ「冴えない化」を施されたマチス。役回りから顔グラまで劣化修正された、彼の不遇さは聊か際立っている。FC版ではそこそこいい顔だったのに(ビラクとコンパチだったけど)。

と、この辺の種種様々なエピソードも、ファイアーエムブレムの重要な魅力の一つであるとはいえるだろう。取り敢えず、チキ・マリアといった一部キャラクターに、やたらと入れ込んでいた私の某知人にこの章を捧げつつ、一旦筆をおく。


・演出とか音楽とか。

ちょっと付け加えになるが、上の様な様々な中核を固める「周りの要素」も、このシリーズの魅力の一つだったと思う。

オープニングやゲーム中の「耳につかないし飽きない」BGMもその一つだし、戦闘画面での動きの激しいグラフィックもその一つだ。SFC版になってやたらと格好良くなった勇者のクリティカルヒット見たさに、オグマやナバールを鍛えまくっていた人も結構いるのではなかろうか。

一方、チキ(変身前)やジュリアンが「二回連続で避ける」と特殊な戦闘グラフィックが見えるということなのだが、実は私、結構長いことこのゲームをやっていて、まだ一度もその場面に突き当たっていない。変身前のチキとか大抵一発で死ぬんだけど、どうすればいいんだ一体。ドーピングしまくれば見られるんだろうか。


と。例によって長文になり過ぎたので、今回はこの辺で。
リメイクものについてもうちょっと書くつもりだったのだが、それはまた項を改めることにしたい。

posted by しんざき at 19:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
あえてキャラに関して言えば
カシムもかわいそうな事になったと思うのですよ、詐欺師だなんて・・・
Posted by napo at 2008年02月14日 23:15
>napoさん
え、カシムってFC版暗黒竜の頃から割とアレな扱いだと思ってましたが、そうでもありませんでしたっけ。あんまり劣化したっていう印象ないんですが。

まあ、紋章のEDはちょっとどうかなあ、とは思いました。
Posted by しんざき at 2008年02月14日 23:57
わっはっはははー
Posted by at 2010年07月16日 21:23
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