2017年06月13日

今日のしんざきが西荻ゲームパワーに行った件とか旅行に行った件とか 17/06/13


ただの日記です。

〇西荻ゲームパワーに行ってました

@fc_runner_AKさんが主宰する、レトロゲーム&ミュージックイベント「西荻ゲームパワー」。ちょくちょくお邪魔させて頂いているんですが、今回も面白かったです。


西荻ゲームパワーは、月一で開催されている

・お酒を飲みながらAKさんDJの色んなテーマレトロゲームBGMを聴きながらだべる
・オープンマイクでやりたい人が何かやる(演奏だけでなく朗読やら漫談やらオールジャンル)
・色んなゲームで遊んだりゲーム大会があったりする

という感じのイベントです。誰でもふらっと行って楽しめるイベントだと思いますので、気が向いたら皆さんもいかがでしょうか。こちらから予定が見られると思います。


で、6/11の西荻ゲームパワーでは、久々のグループ形式のゲームBGMセッションがあったりしました。といっても、西荻ゲームパワー自体が極めてフリーダムな催しなので、事前に作られた音源を流す方、空耳アワーっぽいネタを披露する方、その場で演奏出来そうな人に声をかけてほぼアドリブで演奏させる方など、内容はとてもカオスです。

しんざき自体は、@fc_runner_AKさん、@hagefatさんという同年代組とたびたびやっている「三兄弟」というミニバンドで、ほぼぶっつけ本番5曲くらい、主にケーナで演奏させて頂きました。テーマは「世界の車窓から」。

・ダブルドラゴンのテーマ(アメリカ・ニューヨーク)
・飛竜の拳2 ジャングルのテーマ(南米・ペルー)
・天地を喰らう2 攻城戦(中国)
・奇々怪界謎の黒マント 2面(日本)
・クレオパトラフォーチュン メインBGM(エジプト)

こんな感じです。天地2のBGMめちゃくちゃ熱いですよね!!うん、その国の雰囲気が実際に出てるのって強いて言えばクレオパトラフォーチュンくらいだと思うんですが、まあ気にしないでください。

あと、@kimu120さんが行った謎の試み、「ゲーム攻略本の朗読のバックでそれぞれがイメージしたBGMを演奏する」というステージにも、主に酒瓶(空の酒瓶に息を吹きいれて音を出す)で当日参加させて頂きました。なんかカオス過ぎてさっぱり分かりませんでしたが面白かったです。

体調があまりよろしくなかったので早めに帰還。皆さんまた遊んでください。


〇栃木に旅行に行ってました

今回は私の家族旅行というわけではなく、私と兄の二人で、老父と老母を旅行に連れ出してやるかーというイベントです。栃木は板室温泉の「大黒屋」という宿に宿泊させていただきました。


料理がめっちゃおいしかったですし、部屋も大変綺麗でくつろぎまくりました。料理が部屋出しなんですが、食事をするエリアと寝室が完全に分かれていて、食事をするエリアでは外の風景を眺めながら食べることが出来てとても気持ちよく過ごせました。

部屋から見える風景。

ブログ用


お湯が沸いていて、いつでも自由に庭でお茶が飲めるんですね。この向こうはちょっと歩くと川原で、その向こうはすぐ山という、自然一杯でとても風流な場所でした。秋は紅葉が綺麗なんだろうなあ。川原でケーナ吹いてたら宿の方が興味もってくださいまして、歌に合わせてケーナ吹いた末色々お話したら宿の社長さんだったりしてびっくりしたりしました。

あと、観光で東武ワールドスクウェアにいきました。


入場料2800円はちょっと高いかなー?と思ったんですが、見ごたえは凄かったです。世界各地の世界遺産や史跡、建造物が1/25の縮尺で作られているんですが、そのクオリティがものすごい。

パルテノン神殿とか。

東武ワールドスクウェアにいってきました。パルテノン神殿とか超凄かった。ビバ栃木。

サン・ピエトロ大聖堂とか。

ブログ用

彦根城とか。

ブログ用

いや、これ全部ミニチュアですよ?航空写真じゃありませんよ?

人のミニチュア含めて、その当地の色んな要素が再現されていて超細かくて面白いんですよ。イギリス赤服兵がいたりとか修学旅行の学生がいたりとか。

世界遺産についてはciv4感も満載で超面白かったです。なかなかお勧めです。


ということで、今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

seesaaの広告について一言

誤解してる人がいるみたいなんですがseesaaのあのスマホ用クソ広告がクリックされても収益はseesaaに入るだけで私には一円も入らないし、私これでも2004年からseesaa使ってるし、あのクソ広告が実装されたのは使い始めて何年も経ってから、多分8年目とか9年目くらいなんでそんなもん予想出来るかって話だし、クソ広告だけの為になんで俺が長年使ったseesaaブログからの引っ越しのコストを負わなきゃいけないんだって話でもあるし、あのクソ広告で幾ら収益出てるのか知らないけど俺のブログから出てる収益分くらいなら俺が払ってやるから頼むから非表示オプションを実装してくださいよseesaaお願いしますよ、でなきゃかなりひどめにおなかこわせこの野郎ぶっ転がすぞ。って感じです。
posted by しんざき at 17:15 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「アドブロック入れてる人にはコンテンツ表示しません」AntiAdBlockに大変好感を覚えるし広まって欲しい

アンチアドブロックという機能があります。Ad-Blockなどのプラグインを入れて、広告表示を拒否しているユーザーに対して、コンテンツを非表示することによってAd-Blockの解除を促す、とかそういう機能だと思います。よく知りませんが、多分JavaScriptでやってるんですかね。





「広告イヤなら見るな」を実現している機能ですよね。

で、これ私にとっては大変好感度が高くって。つまり、「私にとってはこのサイトは全く読む価値がない」ということを、最初の時点で明示してくれている、実にWin-Winな機能だと思うんです。素晴らしいです。

サイト主は、「広告収益に貢献しないユーザーには来てほしくない」。訪問者は、「広告目当ての記事は読みたくない」これ完全に利害が一致してませんか?素晴らしい機能じゃありませんか?Win-LoseやLose-Loseの関係が多くて殺伐とした世の中、ここまで見事なWin-Winの構図は少ないと思います。心が温まります。


私は、webでお金儲けをすることが悪いことだとは全然思いません。マネタイズする上で広告やアフィリエイトをしたい人がいればすればいいし、サイトをそれに特化したければそうすればいいと思います。それは当然の権利です。

ただ、それとは何の関係もなく、私自身は広告が嫌いですし、「広告を踏んで欲しい」という目的が透けて見える記事を読んで面白いと思ったことが一度もありません。広告第一の記事は、少なくとも私にとっては全く読む価値がないんです。単純に読んでて面白くないので。(「コンテンツのついでに広告も貼ってあるサイト」と「広告の為にコンテンツがあるサイト」ないし「コンテンツ自体が広告のサイト」は別物です)

広告の存在は認めるけれど、広告や、広告目当ての記事自体は嫌い。これ、別に全然矛盾しないと思うんですよね。なんか、たまに「矛盾している」と思う人がいるみたいですけど、なんでそう思うのか私には不思議です。

広告を載せる権利はあって然るべきだし、一方広告を見たくない、踏みたくない側の権利も担保されるべきです。私はそう思います。


だから私は、自分のブラウザにAdBlockを入れているんですが、AdBlockには一つ重大な問題がありまして。つまり、「広告自体が表示されなくなってしまうので、広告目当ての記事の識別がしにくくなってしまう」という欠点があるんです。読んでしまってから、「あーこれ広告目当ての記事だったか、時間無駄にした…」というひどい徒労感を感じる頻度が非常に高いんですね。本来であればタイトルで識別できるようにして欲しいんですが、なかなかそうもいかないようなので。


それに対して、アンチAdBlockは、「このサイトは広告嫌いの人には見せたくない記事を載せています」ということをちゃんと宣言してくれるんです。とても誠実なことだと思います。ちゃんと事前にそう宣言してくれていれば、広告目当ての記事を読んで時間を無駄にすることもありません。広告収入目当てにブログやサイトをやっている人は、どんどん積極的にアンチAdBlockを入れていくべきだと思います。

そういう意味で、「アンチAdblockキラー」とかいう機能には全く有用性を感じません。「広告嫌いだけど、広告目当ての記事を読みたい」とかいうのは自己矛盾以外の何者でもない。何欲張ってんの?それとも余りにも暇過ぎて広告目当てのしょーもない記事も読みたいの?ドブに捨てる程時間余ってるんならその時間私にくださいお願いします、と思うくらいです。「お前には見せたくない」って言われてる記事無理してみようとすんなよ変態か。


広告嫌いの人はどんどんAd-Blockを入れていくべきだし、それによってアンチアドブロックももっともっともーーっと広まって欲しい。広告目当てな人と広告嫌いの人のすみわけが出来るようになって欲しい。


広告目当ての皆さまも、広告嫌いの皆さまも、健やかなweb生活を楽しめることを願って止みません。


今日書きたいことはそれくらいです。


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(追記12:26)
上の話とあまり関係ありませんが、seesaaをスマホで見ると出てくる、なんか上から下にスライドする広告は私も死ねばいいと思います。

ただアレ消せないんです…アレ以外はいいんでアレだけなんとか消させてくださいseesaaさん、有料サービスでもいいです…。

posted by しんざき at 07:39 | Comment(36) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

Books&Appsさんに寄稿し始めて一年経ちました


シロクマ先生ことid:p_shirokumaさんが上記のような記事を書かれていたので、私も書いてみようかと思いました。

Books&Appsさんに寄稿させていただくようになって、一年が経ちました。最初に寄稿させていただいた記事はこれです。


以下、私が寄稿させていただいた記事はこのページで色々読んでいただくことが出来ます。気が向いたら皆さんどうぞ。


実は私は当初、シロクマ先生づてにお声がけを頂きまして。「ライターが集まってやるメディアではなく、ブロガーが集まってブロガーとして活動する、ブロガーなメディアを作りたいと言っている人がいる」「その人がしんざきさんと話したいと言っているがどうか」というような紹介を頂いたのです。

シロクマ先生は勿論ブログを通じても存じ上げていましたし、ブクマを通じてキャッキャしていることもしばしばあったのですが、直接お声がけを頂いたのはたぶんこの時が初めてに近く、そこそこびっくりしたことを覚えています。

そのお話自体面白そうでもありましたし、シロクマ先生が乗るというなら多分実際に面白い話なのだろう、と思いまして、Books&Appsを運営されている安達さんと会ってお話をすることになりました。確か銀座かどこかの喫茶店でお会いしました。

私はブロガーではありますが、そこまで志が高いブロガーではありません。単に書きたくなったことを書きたくなった時に書き散らしているだけのブロガーですし、専門分野はレトロゲームであって、Booksの話もAppsの話もする自信はあんまりありません。

とはいえ、ブログを読んで、ブログを書くものとして、ブログがこんなものだと面白いし楽しいのになあ、というようなイメージは私もそこそこ持っていて。安達さんとは、ブログをネタに随分色々お話させていただきました。

安達さんとお会いして、私が取り敢えず聞いてみたのは、

「私多分仕事術とか、ビジネスの話とかあんまり書ける気しないんですが大丈夫ですかねー?」

「いや、いつも不倒城に書いているようなことを書いて頂きたいんです!」

ちなみに、そのころ不倒城で書いていた記事はこういう記事です。


大丈夫なのでしょうか。

つまり安達さんは、「メディアに合わせたものを各自が書くわけではなく、ブロガーの味をそのままメディアに出す」ことで、文字通りのブロガーメディアを作ろうとされているようだったのです。

Webメディアは、一般的には「ターゲットを設定して、そのターゲットに響くような記事を集める」形で作られます。だから、Webメディアのカラーや方向性というものは基本的に明確であって、その方向性から外れた記事はそれ程アップされません。

ただ、私自身は、ブログに「その人しか書けないこと」を読みたいなーと常々思っています。だれでも書けることしかブログに書かれない、という状況はあまり面白くない。そういう意味では、書く人が「何かの方向性に沿ったものしか書けない」というのは、その時点でブログの魅力を若干減じてしまうような気がしていたのです。勿論、方向性に沿ったうえでちゃんと自分の味を出せる人もいますけどね。

その点、ブロガーがブロガーとしての主張をそのまんま出力する、いわばブロガー闇鍋とでもいうようなBooks&Appsの試みは、とても面白そうなものでしたし、闇鍋の具の一つということであれば私も協力できそうだなーと思った次第です。

ということで、不倒城と変わらず、書きたくなったものを書かせていただき続けて、いつの間にやら1年になります。あれ以来、私は闇鍋の具を提供し続けていますし、ブロガー闇鍋としてのBooks&Appsも、順調に闇鍋としての味を出し続けているのではないかと思います。

webでの試みというものも色々ありますが、Books&Appsの試みもその中の一つの、それもなかなか面白そうな試みであり。これからも、メディアの方向性というものは全く意識しない、なんか好きなことを好きなように書いているような内容を寄稿させていただければなーと考えている次第なのです。引き続きよろしくお願いします。


今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 21:36 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

増田の痴漢についての認識にアホかと思ったのでつられてみます

釣られてみます。ちなみに書いている人は30台後半の妻子持ち男性です。

だって痴漢がそんなにひどいなら車なり自転車なりで通勤するなり徒歩圏に引っ越すなりすればいいじゃないですか
現状で均衡しているならその程度の脅威ってことでしょう

・痴漢が電車だけで発生するものだと思っている(参考:こんな時間、場所がねらわれる)
・「徒歩圏で引っ越す」「車なり自転車なりで通勤する」ということがそもそも不可能、ないし極めて困難な人の存在をガン無視している(車を持っていない/持てない人が、例えば東京なら山手線圏内の職場の「自転車圏内」「徒歩圏内」に引っ越すことがどれだけ困難かは少し考えれば分かる)
・痴漢の為にライフスタイルを変えることを被害者側に強いることがそもそもおかしい
・そもそも「痴漢に遭いたくなければ〇〇すればいい」ということ自体が不当な自己責任論以外の何物でもない
・というか何で痴漢の存在をそんなに矮小化したがるの?冤罪の話するなら、「冤罪もひどいけど痴漢もひどい」「どっちも改善しないといけない」でいいじゃないですか

指摘したくなったことはそれくらいです。

なんつーか、別にこの増田に限らないんですが、痴漢被害を「大したことない問題」ないし「被害者側の問題」にしようとする人ってwebでもかなり頻繁に見かけるような気がします。個人的には、痴漢加害者でもない人が、痴漢被害を矮小化したくなる意味がよくわからないんですけどね…。痴漢冤罪はそりゃ大きな問題ですが、基本的には司法や警察の守備範囲の問題であって、痴漢と痴漢冤罪を対立させて考えるような話じゃないじゃないですか。なんで自己責任論にしたがるんですかね?

まあもちろん、例えば解決策の方向性の一つとして、企業が通勤困難でない地域にサテライトオフィスを作って女性はそこに通ってもらうとか、SOHOを推進するとかならそれはそれでアリだと思いますが、「その負担を被害者側に負わせ」「しかも、それをしていないことを理由に痴漢被害を矮小化しようとする」のはアホかとしか言いようがないのではないでしょうか。

取り敢えずそれくらいです。

下記は関連エントリー。

posted by しんざき at 10:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

アニメやラノベだけがオタクコンテンツではない、という話

こんな記事を読んだんですが。

これは実際に90年代の後半をオタクとして過ごした人に聞きたいんだけど、『スレイヤーズ』より大きなオタク向けコンテンツってなかったよね。
『ポケモン』『もののけ姫』『エヴァンゲリオン』『ビバップ』とか、一般向け人気も伴ってその後に格付けが入れ替わった作品も多いけど、当時、実際に生きていたころは『スレイヤーズ』以上の大きなものってなかった気がするんだ。
だって、そのころオタクやってた人で『スレイヤーズ』ノータッチって無理でしょ。

色強調は筆者。

一つの例として、世の中には「ゲーム専従オタク」というのがいて、そういう人はアニメにもライトノベルにも脇目も振らずにゲームばっかりやってた、というのは知っておいていただきたいなーと思いました。

私はゲーマーというかゲーム専従オタクでして、特にアニメというものは昔から殆ど見ていません。別に嫌いだったわけではなく、単にゲームをやり過ぎてアニメに回すリソースがなかったのです。「エヴァンゲリオン」も観ていませんし、多分その辺の有名どころのアニメは軒並み観ていません。何が有名なのか自体よくわかっていないのですが、最後にちゃんと見たアニメが「トムとジェリー」と「オズの魔法使い」だったので観ていないことは間違いないです。

ゲーム専従オタクである私の印象で言うと、90年代後半というのは格ゲーの黄金期であり、「ストZERO・ストZERO2」「ヴァンパイアハンター/セイヴァー」「KOF」「サムライスピリッツ 斬紅郎無双剣」「バーチャファイター3」「鉄拳2」辺りがもの凄い盛り上がりを見せていました。どれが最大のコンテンツか、というのは難しい話ですが、99年に出た「ストリートファイターIII 3rd ストライク」が、格ゲーブームの一つのマイルストーンになったというのは間違いないところでしょう。

家庭用で言えばプレステ/セガサターンを中心に「デジタルノベル」「恋愛ゲーム」というジャンルが全盛を迎えた頃だったと思います。ときめきメモリアルのPCE版が出たのは94年なので90年代後半とは言えないかも知れませんが、成人向け・全年齢向け問わず、滅茶苦茶な盛り上がりを見せたコンテンツはたくさんありました。恐らく、家庭用で言えば「サクラ大戦」「サクラ大戦2」PC畑で言えば「同級生2」か「To Heart」「Kanon」「AIR」辺りが最大のコンテンツだったのではないでしょうか。センチメンタルグラフィティなんかもすごい盛り上がってましたよね。

参考になりそうなサイトを見つけたのでリンクしてみます。


一方、90年代後半というのは、格闘ゲームの影で滅茶苦茶面白いSTGがガンガン生まれていた時代でもありました。96年の「レイストーム」「バトルガレッガ」「19XX」97年の「怒首領蜂」「Gダライアス」98年の「レイディアントシルバーガン」「グラディウス4」辺りは、どんなに間引いて考えても絶対に外せないところです。STG自体がゲームのメインステージとは言えなかったので、最大のコンテンツというくくりで考えるのは難しいところですが、個人的には「俺の90年代後半はレイストームと共にあった」と言ってしまいたい気分です。

PS/SSを中心に家庭用RPGが滅茶苦茶に盛り上がった時期でもありましたよね。元記事でもポケモンの名前は出ていますが、97年の「FF7」を筆頭に、「サガフロンティア」「女神異聞録ペルソナ」「幻想水滸伝」「ゼノギアス」「ゼルダの伝説 時のオカリナ」辺りのタイトル名は挙がってもいいような気がします。



すいません、単に「オタクコンテンツの話をするならゲームも仲間に入れて欲しいなー」と言いたいだけの記事でした。というか、私はゲーム専従オタクなのでゲームの話しかできませんが、他にも色々オタクコンテンツというのはあったと思います。ミリオタとか歴オタとかSFオタとか、安易にひとくくりにすると多分戦争が起こります。オタクコンテンツ広過ぎ問題。


一旦それくらいです。


posted by しんざき at 10:57 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

人力キャベツ太郎botが、カールの東日本での販売停止を受けて思ったこと


いつ、いかなる商品であろうとも、「売れないから売られなくなる」「売れないから手に入らなくなる」ということはあり得るのだ、ということ。

だから我々は、「なくなったら困る」という程度に好きな物には、積極的にお金を使っていかなくてはいけないのだ、ということ。

お金を使う以外にも、その商品を支える手段は多分色々とあるのだ、ということ。



勿論、今回のカールの一件が、果たして消費者層の努力で回避できたのか、というのは正直難しいところです。カールの売り上げは、ピーク時の年間190億円から、直近では60億円規模まで落ちていたそうです。130億円の売り上げ減というのは、そんじょそこらの根性論で取り返せるものではありません。消費者からすれば、そもそも売上の推移自体観測しにくい。それは勿論、そうなんです。

ただ、カールの地域限定販売停止で嘆いている人たちの数を見ていると、これ本当にもうちょっとどうにかならなかったんかな、というのは思わないでもないです。中には、「カール好きだったのになー全然買ってなかったけど」みたいなことを言う人までいて、「いや好きなら買おうよ、買って食べようよ」とはどうしても思ってしまうんです。


だって、お菓子は、食べる人が買わないと売れないのだから。在庫が溜まってコストがかさむだけで、企業はどんどんダメージを受けていくのだから。当たり前の話ですが。

確かに、個人の力はたかが知れています。一人が何千円、何万円分もカールを食べることは(短い期間では)出来ない。が、消費者は純然たる「個人の集合」であって、わけの分からない概念的な代物ではない。結局、個人が買わなければ売り上げは出来ないのです。「個人の力はたかが知れている」からといって、結局個人が買わないと何も始まらない。たかが個人、されど個人です。

そして、買うだけがその商品を応援する手段ではない。



ところでここにキャベツ太郎というお菓子があります。さくっとソース味でとても美味しく、かつ小袋でも20円で30玉程度が摂食出来るという超絶好パフォーマンスを誇っている素晴らしいおやつです。あとおなかが減った時に食べると空腹を癒すことが出来る。素敵。日本人は、いや地球人類はもっとキャベツ太郎を食べるといい。


私は勿論、個人的にキャベツ太郎を愛好しており、しょっちゅうキャベツ太郎を大人買いしては摂取しています。

そして、恐らく日本全土でもトップ100くらいには入るであろうというくらい普段からキャベツ太郎について話したり、ツイートしたり、ブログ記事を書いたり、欠かさずキャベツ太郎に関するツイートをふぁぼっています。

私はこの活動をキャベツ太郎botとしての業務と定義しており、普段からキャベツ太郎botを名乗っています。特に「Twitterでキャベツ太郎ツイートをふぁぼった数ランキング」を作ったら銀河系全てを見回してもトップ3からは落ちないでしょう。この点には自信があります。


たかがふぁぼ、と思いますか?私は、されどふぁぼ、だと思います。


お菓子は、特に大人になってしまうと、そこまで日常的なものではありません。むしろ、段々と手にとる頻度が落ちていってしまうものです。駄菓子なんか特にそうです。

だから、ふとコンビニなりスーパーなりでキャベツ太郎を見かけた時、「あ、そういえばこれ美味いって言ってたヤツがいたな」と思い出してもらう効果、というのは決して小さなものではないと思うのです。そういうことが積み重なって、波及して、バカにならない売上にならないとも限らない。


実際に効果があるない以上に、私は「この商品が無くなる前に、もっと頑張っておけば良かった!!」と思いたくないのです。出来ることがもっとあったかも知れない、と思いたくない。だから出来ることをやっている。それだけの話なのです。


私はいつも、キャベツ太郎ツイートをしたり、キャベツ太郎ツイートをふぁぼる時、「私利私欲の為にやっています」と言っています。これは偽悪でも露悪でもなんでもなく額面通りの事実でして、みなさんが「美味しい!」と思うかどうかには全く関係なく、1円でもキャベツ太郎の売り上げにつながるなら何でもやる、と思っているからやっていることなのです。

あと本当に会社の直下のファミリーマートはいい加減キャベツ太郎を入荷して欲しい。アンケート30枚くらい「キャベツ太郎を入荷するべき」と投書したくらいでアンケート箱を撤去しないで欲しい。

いつか、儚くもキャベツ太郎が販売停止になる、ということもあるかも知れない。そうなったらあとはもう自作するしかねえな、と思ってはいるのですが、それでも、そんな未来が来ないように、少しでも先になるように、私は私に出来ることをやっていくつもりです。


そして、これは多分、お菓子の話に限らない。ゲームでも、漫画でも、音楽でも、その他あらゆることについて、「好きなものが無くなる前に、出来ることをやる」というのが消費者のあるべき態度なのだ、と私は考えています。だから私は、好きな漫画や好きなゲームは、買うだけではなく、読んだ人が買いたくなるような情報を発信したいと思い、そうやっています。


好きなものにお金を使いましょう。好きなものの話をしましょう。好きなものの為に。自分の為に。


私は、そうするべきだ、と思います。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 07:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

天の川を見ようと思った。

天の川を見ようと思った。


何がきっかけだったのか、もうさっぱり覚えていない。私は8歳か9歳だった筈だから、もう30年近く前のことだ。父は出張に行っていた。兄と私は22時には就寝だし、エレクトーンの先生をやっていた母は、授業がある日にはほぼ私たちと同じ時間に寝てしまう。その日は確か、普段しない昼寝までして、夜寝ずに家を抜け出す計画を立てていたのだ。


天の川を見ようと思った。


よく覚えているのが、「夜でも、周りが明るいと天の川は見えない」「明るいところで見えるのは明るい星だけ」という話を聞いたことだ。それと一緒に、例えばシリウスとか、北極星とか、金星とか、明るい夜でも見えやすい星を幾つか教えてもらった、と思う。父にだったか、母にだったか。もしかすると兄にだったかも知れない。

ただ、その中に天の川は含まれていなかった。なんでも、天の川は、周りに明かりがないところでしか見えないらしいのだ。当時住んでいたのは関東地方のとある地方都市で、都会とまでは言わないにせよ、田舎というには若干人口が多い都市だった。夜でもそこまで星が見えるような場所ではなかったのだ。


じゃあ、裏山に行けばいい。


当時住んでいた家には、「裏山」があった。家から出て5分もダッシュすれば、すぐに道は上り坂になり、幾つか枝分かれしながら山の中に入っていく。自分たちが裏山と言っていただけで、多分緑地公園か何かだったのだろうと思う。ただ、子供の視点からすればそれはまさしく「山」であって、ちょっと入り込むとすぐにアスファルトが消えてなくなる道も、転校した友人からの連絡のようにふっつりと途切れる街灯も、私にとってみれば秘境といって良かった。当時私は、しょっちゅうその裏山に入り込んでは、狸を見つけて追いかけたり、道ですっ転んで頭を8針縫ったりしていた。

裏山に行けば、街灯がないところがたくさんある。見晴らしがいい場所の心当たりもある。裏山に行けば、きっと天の川が見えるに違いない。私はそう思った。


4月だったか5月だったか。夏になる少し前だったと思う。晴れた日だった。

多分なのだが、無意識下では「裏山に行ったくらいで天の川は見えない」というのはわかっていたのだろう、と思う。そうでなければ、親に連れていってもらえば済む話だ。

なにせ自宅から5分の場所だ。空の明るさは、家の真ん前の道路から空を眺めるのとそれ程変わらない。「天の川なんて見えないよ」と言われることが、おそらく頭のどこかではわかっていたからこそ、親にも兄にも内緒で、一人夜の山に抜け出すなんて無鉄砲なことを考えたのではないか、と今では思う。


なんにせよ私は、「天の川を見るんだ」と固く決意して、夜、寝静まった布団部屋から抜け出した。重たい懐中電灯まで持ち出して、音が立たないように気を付けながら、家の玄関のドアを開けて、閉めた。


夜の街が広がっていた。夜の街の道路の色は、普段と違って真っ黒だった。


私の家はそこそこ厳格な家で、特に子どもが寝る時間については厳しかった、と思う。夜22時以降に起きていていい日は大晦日だけで、その日だけは私と父二人で「ゆく年くる年」を見るのが通例になっていた。だから、21時過ぎに外出したことなど、当時一度もなかった。

わくわく半分、怖さ半分くらいだったと思う。裏山につくまではちゃんと街灯もあり、懐中電灯など必要ないのに、わざわざ懐中電灯をつけて、足元を照らしながら歩いた。人通りも殆どなかった。今から考えると、良く誰にも見とがめられなかったものだと思う。変質者の一人もいなかったことも、幸運という他ない。随分無鉄砲なことをしたものだと思う。

裏山までに、何度か懐中電灯を消して空を眺めてみた。多分、今、東京で見るよりは多少星の数も多かったろうとは思うが、頭の上に広がっているのはいつもとなんの代り映えもしない夜空だった。それでも裏山に行けば綺麗な星空が見える筈だと、そう信じて足を進めた。

行く場所は決めてあった。以前も書いたことがあるが、その裏山には、ちょっと道から外れたところに、ぽっかりと空いた空間のようなところがある。そこであれば、開けた空が見える。そこからなら天の川が見えるに違いない。

無謀もいいところだ。その空間に出るためには、結構長い距離茂みの中をガサゴソと通り抜けなくてはいけない。昼であればまだしも、夜、懐中電灯の光を頼りにたどり着けるような場所ではない。小さな山とはいえ、切り立った場所もあれば穴もある。小さいけれど川だってある。冗談抜きで、遭難していてもなんの不思議もなかったのだ。


あの瞬間のことは、今でもよく覚えている。何度か懐中電灯の光を消して、空を眺めては、木々に阻まれて殆ど空も見えないことを確認していた。足元は既にアスファルトではなく、むき出しの地面だった。風で草が鳴る音だけはひっきりなしにしていた。


何度目かにスイッチを入れた時、光が急に小さくなって、そして消えた。


最初はよく状況が呑み込めなかったと思う。スイッチをしょっちゅう切ったり入れたりしていれば、電池を消耗しやすいのは当たり前のことだ。暫くは、無意味に懐中電灯のスイッチをオンオフし続けた。スイッチを切って、少し待ってから入れなおせば、一瞬小さな光はつくのだが、それもすぐにつかなくなった。


真っ暗闇だ。時間は23時に近かったと思う。


えらいことになった、と、思った筈だ。進むどころか、戻ることだってままならない。昼間だったら目をつぶったって歩ける、と思っている程度に慣れた裏山だったが、夜の山は完全に別世界だ。真っ暗な中、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。

確か泣きはしなかった筈だが、完全に頭が真っ白で泣くどころではなかった、というのが正直なところだと思う。


明かりが見えたような気がした。


裏山の道は曲がりくねっている。林を隔てて、だいぶ下の方だった。確かに、木と木の隙間に明かりがちらちらと見える。

人魂、みたいな代物ではない。間違いなくライトだった。ただ、車のヘッドライトなのか、自転車のライトなのか、懐中電灯のライトなのか、そこまではわからなかった。道を歩いて、上に上ってきているように思えた。


母か兄が探しに来たんだろうか。最初そう思ったのだが、流石に裏山を真っ先に探しにくる、なんてことはちょっと考えにくいと思った。見回りの人か、警備の人か、あるいは怖い人か。前者なら助けてもらえるかも知れないが、後者だとまずい。

そのころには、目もだいぶ慣れていた。最初に書いたが、夜だからといってそこまで暗い場所ではない。目が慣れていなかったから真っ暗闇に思えただけで、最初から歩こうと思えば歩ける程度の光量はあったのだ。


ライトの正体がわからない。


なるべく足音を立てないように、静かに下の方に歩き始めた。夜の山の中を、多少の光はあるにせよ、懐中電灯もなしで歩く。これも相当無鉄砲な話で、今同じことをやれと言われても絶対やりたくない。

しばらく歩いた。ライトの主が見えたら、とりあえずは道の脇に隠れて、相手がなんなのか確認するつもりだった。


ところが、私は最後までライトの主に遭わなかった。


この理由だけが、今でも分からない。その位置までの裏山の道は一本道だ。上に上ってきているのなら、降りる途中で出会わない訳がない。ライトの主が誰であれ、急に引き返したのでなければ、途中で出会わない筈はないのだ。

しかし私は、誰にも出会わないでアスファルトの道まで戻った。そこからは普通に街灯がある。人に遭わないようなるべく注意しながら家まで駆け戻って、気づかれないように布団部屋に戻って、布団に潜り込んで寝た。母と兄はずっと寝ていたようだった。鍵をあけっぱなしにしていたのだから、その点でも不用心な話だ。


今日、夜のコンビニに買い物に行った時、ふと感じた風の温度があの時と同じで、急に上のようなことを思い出した。


全然大した話ではない。子どもが一人、夜の街を探検に出かけて、途中で明かりを無くして慌てて帰ってきた。たったそれだけの話。ただ、「ライトの主は誰だったのか」ということだけが、小さな、ほんの小さな謎として残っている、たったそれだけの話。


私が天の川を実際に見れたのは、そのずっとずっと後。確か、大学生になってから、サークルの合宿での話だったと思う。白く煙ったような夜空を見て、「あー、これが天の川なのかー」と、随分単純に感動した記憶がある。


ちなみに、懐中電灯はいつの間にかなくなってしまっていた。普段は使いもしない懐中電灯で、かなり長いこと無くしたことにも気づかれなかったが、多分数年経ったくらいの頃、母が「あれ、懐中電灯どこいったっけ…」といったことがあった。私もその時まで、上の話をほとんど忘れていたが、急に思い出した。知らない振りをした。


それだけの話なのだ。

今日書きたいことはそれくらい。



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2017年05月26日

長男の一言から、ジョージ・マロリーの名言について考えた話

ところで先日、「神々の山嶺」を全巻買ってきて読んだんです。超面白かったです。

めっちゃ面白かったです



夢枕獏先生原作、谷口ジロー先生の作品ということもあって以前から気になっていたんですが。

先日、全然関係ないところで、長男(9歳)と「ジョージマロリーがエベレストに登れたのかどうかはまだ判明していない」という話をしてみたら、謎好きな長男が「マロリーの話気になる!」と言い出しまして。ちょうどいいので、マロリーのカメラが物語のキーアイテムになっている、「神々の山嶺」を買ってきたんです。

私と、長男と、あと登山が好きな奥様まで読みまして、全員一致で「超面白かった」という感想に。面白いですよね、神々の山嶺。長男は特に5巻の展開に感動したみたいで、しばらくはその話ばっかりしてました。

とはいえ、漫画の感想自体はまた別のタイミングで書こうと思ったんですが。今日書きたい内容は別件です。


皆さんご存知の通り、ジョージ・マロリーはイギリスの登山家で、後に「そこに山があるから」という言葉として伝わる名言の主として著名です。


これ、実際にはこういうやり取りだったそうで。

取材者:「Why did you want to climb Mount Everest?」

マロリー:「Because it's there.」

つまり、「何故あなたはエベレストに登りたかったのですか?」「そこにあるからだ」っていうことですよね。この言葉が、後に名言として残り、日本では「そこに山があるから」っていう言葉として残っていたりする、という訳です。実際にマロリーの発言なのかどうか疑われる部分もあるみたいですが、まあ一旦気にしないことにしましょう。


ところで、先日しんざき奥様のお菓子作りの話になりまして。しんざき奥様がお菓子作りに並々ならない熱意を燃やしているという話で、奥様「そこにケーキがあるからだ!」って言ったんですね。

その時長男、

「マロリーみたいに適当なこといってるー」

って言ったんです。

この「適当発言」って解釈が、個人的に結構新鮮でして。つまり長男は、マロリーの「Because it's there.」を、「適当に返された言葉」とみなしたらしいんです。

一般的な感覚だと、「そこに山があるから」ってガチの名言じゃないですか。普通に考えれば、「適当」なんて感覚じゃないわけですし、凄い荘厳な言葉のように思えるわけです。

ただ、改めて冷静に考えてみると、


「何故あなたはエベレストに登りたいのですか?」


って本当に「いい質問」でしょうか?

私の所感としては、これどっちかというとインタビュアーが楽をしているような、あまり筋が良くない質問のような気がするんですね。プロの領域に踏み込んでない。答えの内容を相手に全投げしている。それ聞いてどうすんだよ、インタビュアーとしてどんな答えを期待してるんだよ、みたいな。例えばイチローに「何故あなたは野球をするのですか?」って聞いてもそれはただの愚問じゃないですか、多分。

それに対して、たまたま返された「Because it's there」というシンプルな言葉が、たまたま美しく、たまたま印象的で、しかもその後の経緯もあってたまたま有名になった。これ自体は、インタビュアーの功績かって言われると多分違うと思うんですよ。

そこから考えてみると、マロリーの視点からすれば「くだらない質問がきたから適当に答えた」だったのかも知れない。

いや、「かも知れない」ですけどね。実際どうなのか分かりませんよ。ただ、真面目にいい質問だと思ったのなら、もうちょっと語数を費やして答えそうな気もしますけれど。

既にその言葉を「名言」として認識している我々大人には、そういう発想がしにくいと思うんですね。


一方、先入観なんて何もない9歳児である長男は、その名言を「しょーもない質問に返された適当な返答」と解釈した、と。

なるほど確かにそうかも知れない。言われてみれば、この短いシンプルな三語は、「答えても仕方ない質問をシャットアウトする為の三語」とも解釈出来ないことはない。子どもが先入観なしにエピソードを摂取するとこうなるのか、と。結構感心した次第なのです。


自分が面白いと思った作品を、家族も読んでくれるというのはとても楽しいです。「面白い」という感想が一致すると更に嬉しいです。だから私は、自分が好きな作品を、奥様や子どもたちにもお勧めするのが好きです。

けれど、単に共有出来るという以上に、自分が気付いていなかった視点まで子どもから出てくると、こりゃ本当に面白い、すげーエンターティメントだなーと思うわけなんですよ。子ども視点超面白い。


今後とも、色んな作品を家族と共有していって、あーだこーだ作品について言い合いたいなーと思った次第なのです。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 12:26 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

怪文書を頂いたので折角なので記事上で回答してみる

滅多にないことですが、怪文書を頂きました。

メール.png

メールアドレスを公開しているのにろくにメールが来ず、たまにきたと思ったら「あなたに100万ドル当たる権利を差し上げます」とかそんなメールばっかりでして、非コミュ勢としては日本語で意志疎通出来そうなメールが来ただけで舞い上がらざるを得ないので、折角だからということで記事にしてみました。

当初コピペなのかと思ったんですが、ぐぐってみるとそうでもなさそうです。正直ガチなのか釣りなのか判断に迷うところですが、面白いのでガチと考えて反応させて頂きます。


>あなたのブログは広告を貼っていないですよね?

スマホで見ると、ページ真ん中あたりから下の方にスライドする、どう考えてもいやがらせとしか思えないタイプの広告が出現するみたいです。アレ、私自身本気でうざいと思ってるんで、有料サービスでもいいから非表示に出来ないか悩んでるんですが…seesaaさんなんとかなりませんか。

面倒だし特にブログで稼ぐ気もないのでPC版には広告貼ってないですね。


>では検索順位に上になっていてもメリットないですよね?

特にないですね。大昔「マネジネント」ってtypoしたエントリーが、未だに当該単語でトップに表示されるのは本当にどうにかして欲しいと思ってます。おいいい加減にしろよGoogle。


あとてにをはには気を付けた方がいいと思います。


>何のメリットもないのに検索順位が上にきていてとても迷惑です。

そうですか。ちなみに参考までに、どんな単語で私の検索順位が上になってしまっているんでしょうか?迷惑をかけてしまって申し訳ないので是非教えて欲しいです。

多分、一般的な単語でこのブログが上の方に出てくることってあんまりないと思うんですが…「ムスカさん」とかですかね?


まあ個人的な所感としては、Googleに言ってくださいってのとSEOの一つもやってないブログに負けてどうすんのもうちょっと頑張ったらどうですかってのが半々です。


>他のブログをやっているひとたちにもとても迷惑だと思います。

存在しない不特定多数を自分と同意見とみなして説得力ドーピングを行おうとする手法にはあまり感心しません。一人の力でがんばりましょう。


>公益のためにもブログを消してもらえないでしょうか。

知らんがな。


>誠意のある回答と対応をお願いします。

以上、真心を込めた回答とさせていただきます。よろしくお願い致します。



posted by しんざき at 12:50 | Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

今日のしんざきがデスクトップPCとNintendo Switchを買った話 17/05/12

ただの買い物自慢記事です。だいぶ散財してしまったのでしばらく節約モードになります。



〇Switch買いました

長男(9歳、7月が誕生日)の今年の誕生日プレゼントがスプラトゥーン2に既に内定しておりまして。当然、switchをそれまでに確保しなくてはいけません。

「4月になれば在庫も落ち着くだろうし、本体はスプラトゥーン2と一緒に買えばいいや」と気楽に構えていたんですが、なんか一向に品薄が解消される様子がありません。それどころか、7月のスプラトゥーン2発売までに品薄状態が加速するのでは、という観測まである始末。ネットショップとか見ててもいつも在庫切れで、でも転売屋からは絶対買いたくないのでどうしようかなーと思っていたところ、たまたまマイニンテンドーストアで在庫を見つけました。


なんだあるやん、と思ってサクッと注文。後から知ったんですが、10分くらいで瞬殺だったみたいですね。ラッキーでした。

で、昨日スイッチが届きました。ばばん。

ブログ用         1スイッチ届いたー!

seesaaに画像をアップするのがどうも面倒で、ついInstagramをブログに画像挙げるだけの為のツールとして使ってしまいます。seesaaさんなんとかならないでしょうか。

ということで私もSwitch持ちになりました。よろしくお願いします。

ただ、長男にはまだ秘密、ということになっているので、万一任天堂の箱が見つかって「この箱何!?」と聞いてきたら「おっきな花札だよ」と教えることにします。ゼルダやりたいけどまだ我慢。

あと、全然関係ないんですが、転売問題本当になんとかならないですかね…こう、どのネットショップも品薄になっていて、たまに在庫が入った直後に1万円くらい上乗せした商品がAmazonやらヤフオクやらに並ぶ、っていう状況、物凄いグロテスクだと思うんですが。転売屋にお金払いたくないし任天堂にお金払いたいです。


〇デスクトップPC買いました

4年程使ったデスクトップPCが大トラブルを起こしまして。起動時にめっちゃ異音を出すようになり、連続起動してると大体5分くらいで欠かさず電源が落ちる様になりました。多分マザボの問題だと思うんですが未確認。

元々埃がいささか多い環境でして、あーいかんかったかーと思いながらエアダスターで埃吹っ飛ばしても状態は復旧せず。仕方ないのでデスクトップPCを買い替えることにしまして、発注したのがゴールデンウィーク直前の5/2。あれこれ情報収集して色々迷ったんですが、今回はFrontierさんで購入させていただくことにしました。音静かなのがいいし、for Honor遊びたいからGPUも要るしー、とか考えて決めたモデルがこれ。


色々カスタマイズして、スペックはこんな感じにしました。BPOショップであれこれパーツ入れ替えて構成悩むのめっちゃ好きです。

Windows(R) 10 Home 64bit版 [正規版]
インテル(R) Core(TM) i7-7700K プロセッサー (4.20GHz/4コア/8MB)
LEPA 水冷CPUクーラー【AQUA CHANGER120 / LPWAC120-HF / 冷却ファン1基】
32GB(16GB×2) PC4-17000(DDR4-2133) DDR4 SDRAM
【SSD】275GB Crucial製 MX300 シリーズ
【ハードディスク】1TB S-ATA
NVIDIA(R) GeForce(R) GTX1060 6GB【DVI-D x1 / HDMI2.0 x1 / DisplayPort1.4 x3】
850W ATX電源 80PLUS GOLD【日本製コンデンサ仕様】
DVDマルチドライブ
マルチカードリーダー
【ASUS製】インテル(R) H170 チップセット搭載マザーボード


で、PC到着したのが9日で。ゴールデンウィーク明けから一週間くらいはかかるって当初の見積もりだったので、早く届いてびっくりしました。

SSD起動のPCを初めて使ったのですが、流石にめっっっちゃ起動速いですね。動作も速く、起動時以外は音もすげー静かで、for honorやらciv4やらもサクサク動き、現在のところ使用感は非常に良好です。デスクトップPCを使いやすいようにカスタマイズしていく過程ってなんでこんなに楽しいんでしょう。

ただ、買う前から分かっていたことなのですが、大航海時代IIを…Windows定番シリーズの大航海時代IIを起動する手段がなくなってしまった…!!!(256色モードでないと起動しないヤツ)

個人的には大打撃なので、可能な限り早急に、Steamのシブサワコウアーカイブスで大航海時代IIが遊べるようになることを強く、強く祈念しております。コーエーさんよろしくお願いします。


維新の嵐とか太閤立志伝とか超面白いですよ!!皆さんも遊びましょう!!!!

ということで、今日書きたいことはそれくらい。


posted by しんざき at 07:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

今日のしんざきと、いつの間にか累計6万ブクマをいただいていた件 17/05/06

ただの日記です。

はてなブックマークのカウンターを右下に設置しているんですが、昨日くらいに確認したらいつの間にか6万ブックマークを越えていました。皆さんいつもありがとうございます。


長くやっていればその内数というものは積みあがるものであるとはいえ、6万というのはまあなんかそれなりに大きい数のような気がします。ただ、65535に比べるとちょっとキリが悪いですね。不倒城はすでに過分なブックマークをいただいているので、今度レトロゲームネタ以外の記事をブックマークしたくなったらその分で他のサイトの記事をブクマしてあげてください。

とはいえ個人的には最近若干忸怩たる思いがありまして、本来しんざきはレトロゲームブロガーなのですが、レトロゲーム記事は書きたいことがありすぎて、一方自分に対するハードルは若干高い側面がありまして、なかなか最後まで書ききることができておりません。その為、ある意味時間稼ぎ的に、他に書きたくなったことをその場のノリで書いてみたら、そちらの方でなにやらご反響を頂いて、一見すると育児ブログであるかのように見えてしまう程です。

レトロゲームブログ!不倒城はレトロゲームブログです!!!そこについてはよろしくお願いいたします!

ということで引き続き、読んでくれる人のニーズについては全く勘案せず、自分の書きたいことだけ書きたい時に書いていこうと思いますので、読みたい人だけ適当によろしくお願いします。


〇ゴールデンウィーク中のしんざき

奥様方祖父母と共に、しんざき一家で長野県は蓼科に行っておりました。とても楽しかったです。

蓼科の桜はまだ見頃でした

この時期蓼科に行くのは毎年の恒例のようなものでして、いつもは桜満開よりも若干時期が早かったりするのですが、今年は程よい咲き具合で大変桜が綺麗でした。

子どもたちとは、諏訪湖沿いの屋内プール施設「すわっこランド」に行って遊び倒したり、

長男と釣り堀にいって釣りをしては「パパ!網!網で魚とって!」と使役されたり、

長男と釣り堀

蓼の海公園というアスレチック公園にいって湖沿いをお散歩したりしていました。

蓼の海公園にきた!!湖めちゃくちゃ綺麗

蓼の海は、もともとは水田灌漑用の人造湖だったということなのですが、今行ってみるとめっちゃ綺麗です。周囲を散歩するだけでも面白いんですが、すぐそばにはフィールドアスレチックが整備されておりまして、そちらで遊びまわるのもまた楽しい。

釣り堀では、マスやらイワナやらを釣ってその場で塩焼きにしてくれるというサービスがありまして、滅茶苦茶美味しかったです。

で、その間長男は「逆転裁判2」に挑戦しておりまして、最後の「さらば、逆転」はご存知の通りのシナリオなので、「これ一体どうすればいいのーーーーーっ!?」と叫びながらごろんごろん転がりまわっていました。悩みに悩んだ末のクリアは感動ひとしおだった様です。とてもよいことだと思います。

で、昨日東京に帰ってきまして、今日は流石にへたばってダラダラとしておりました。長男と二人で床屋に髪切りにいったくらい。

関係ないのですが、最近は「Books & Apps」さんにちょくちょく寄稿させていただいておりまして、そちらでも色々私の記事が読めるので気が向いたら読んでやってください。


ということで、今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 19:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月28日

何故みんな、「親の重荷をなるべく軽くする」という方向に言葉を使わないのだろうか

なんていうのかな。

例えば私は、以前からも色々書いている通り、子どもと接する時、子どもが感情を高ぶらせてきーっとなってる時、「まず待ってあげる」というのを可能な限りやっていきたいなー、と思っていて。

・「感情に整理をつける」ということはどんな人間でも大変であって、特に子どもにはその練習をさせてあげたいから。
・「ちゃんと聞いてもらえている」「ちゃんと待ってもらえている」という認識は、自己肯定感の獲得の中で凄く大事だと思うから。

だからなるべく、「待ってあげる」「聞いてあげる」ということはやってあげたいな、と思うわけです。

ただ、そういうのは、別に子育てに普遍の話じゃないし、いつでもできること、どんな家庭、どんな親、どんな子どもでも出来ることじゃないし、どんな場合でもいい方向に育児を持っていく魔法の杖ではない

当たり前のことですが、あと3分以内に家を出ないと幼稚園に遅刻するような状況なら子どもをせかさないと生活は周りませんし。

子どもがせっかちな性格で、逆に「早く早く!」と親をせかしてくるなら、それに応じてあげた方が教育上もいいかも知れませんし。

そんなのは文字通りケースバイケース、家庭にも子どもにもよることで。「たまたま、今のしんざき家で上手くいっていて、これからも続けたいと思っている方針」というだけであって、それをどんなご家庭にも勧めたい、とは私はこれっぽっちも思わないわけです。

だから私は、「こんなやり方もありますよ」「こんなやり方で、今のところ上手くいっていますよ」と書きたい。それ以上の書き方はあんまりしたくないですし、そういう書き方をしてきたつもりなんです。

だって、例えば「子どもは待ってあげないとダメ」なんて書き方をしたら、それは単に「親を追い詰めるだけ」のテキストじゃないですか。待てない事情、待たない方がいい事情があるかも知れないのに、「ああ、うちは待ててない」なんてことを親に思わせてしまったら、そのテキストは一体誰を幸せにするんでしょう?


育児に「選択肢」はあるけれど、「正解」はありません。どんなやり方が一番「正解」に近いのか、なんてことは無関係の他人に簡単にわかることじゃない。そして、育児はとても大変なことで、「小さな生き物を、ちゃんとした人間に育てていく」ということに、親は並々ならぬ労力を払うわけです。色んな選択肢の中でもがきながら、ギリギリのところで、ギリギリの育児を、どんな親だってしているんだろうと思うんです。

なのに、そんなギリギリの育児をしている親たちに対して、「〇〇なんてことをやるとダメ」「××は子どもに対してひどい悪影響」「▼▼が出来ないような親はダメ親」みたいな言葉を投げつけまくっている人たちは、一対何がしたいんでしょうか。よっぽど親を追い詰めたいんですかね?ただでさえ重荷が一杯のお父さん、お母さんの背中に、もう一束藁を放り投げて、結果親がつぶれちゃったらそれで満足なんでしょうか。

ネグレクト家庭とかで話を聞くと、「最初は必死に育児をしていたけれど、周囲の無理解に追い詰められて結局」みたいなケース、山ほど聞きますよ。親を追い詰めるって、子どもの為にもならないんですよ。子どもだって、親の心に余裕がある状態の方がのびのび成長出来るに決まっています。「子どもの為」というお題目で投げつけられている言葉が、親を介して結果的に子どもを追い詰めている、そういうケースがどれだけあるんでしょう。


だから私は、こう思うんです。

「こんな子育てはダメ」「こんな親はダメ」的な論法を振りかざしている皆さんは、お願いだから、ちょっとでも親が余裕を持てる方向に路線変更して頂くわけにはいきませんか、と。

「こんな子育ての方向もあるよ」「こんな選択肢もあるよ」という方向の方が、なんぼかは親も余裕を持てると思いませんか、と。


誰よりも子どもの為に、周囲は「親にこそ」余裕をもってもらうべきなんじゃないかと、私は思うのです。

posted by しんざき at 18:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

【MHXX】最近のダブルクロスの話やら三国志大戦の話やら 17/04/25

ただの日記です。

〇モンハンのお話

色んなことの合間を縫って、ゆるゆるとソロハンター稼業を続けております。

先日は、闘技場でラージャン + イビルジョーと戦う「感動が生まれる瞬間」に挑戦してみました。相変わらずのカマキリ装備、スキルは「抜刀会心・集中・超会心・耐震・対防御低下」です。(対防御低下は別に要らないけどお守りの都合上つけられるので一応つけてる)

たまに分断柵のタイミングを間違えて阿鼻叫喚になったりしつつ、いい加減慣れ切っているラージャンをざくざく切っていき、

ラージョー.jpg

16分でラージャン撃破。闘技場でラージャンって思ったよりやりにくいですね。何かケルビステップやらデンプシーに何回か引っかかったりしました。

ラージョー2.jpg

残り13分でジョー撃破、一応無乙でクリアできました。30分くらいかかったけど。

何故かわからないんですが、私イビルジョー未だに苦手なんですよね…ラージャンも昔は苦手だったところ、4Gでひたすらギルクエやってラージャン以外の倒し方忘れる頃にはそこそこ得意になっていたので、イビルジョーももうちょっと回数をこなさないといけない感じなんでしょうか。


その後、G級オストガロアにも突っ込んでみました。だるま無効に高級耳栓を付けられればいいんですが無理なので、スキルは耐震をだるま無効につけかえただけ。

ガロア.jpg

色々あって2乙しましたがなんとかクリア。

あれですね、オストガロアは、未だに何やっていいのかよくわかりません。。。弱点はりつくとなんかスリップダメージでガンガン体力減らされるし、溜め3当てようとすると下がって外された上に突進もらうし。どうすればインダー。ブラックX作りたいので気長にやろうかと思います。

あと、最近地底火山でブラキを倒すとサブタゲ報酬でお守りがたくさんもらえるクエが配信されたと聞きまして。ちょっと様子を見に行ってみようかと思います。


〇三国志大戦の話

よーーーーやく、三品に初昇格しました。

そういえばようやく三品になりました #三国志大戦


環境も変わって、今は手腕天啓が強いらしいですね。しんざきは基本呂布ワラしか使えない人なので、「その環境で呂布ワラがどれくらい戦えるか」しか判断基準がありません。取りあえず、現バーではそこそこいけそうな感じです。

三大.png

あんまりゲーセンに行けてないので、そこまでプレイ回数も増えてません。とはいえ、4品ルーパーをやっていた頃よりは一歩前進なので、引き続きゆるゆる頑張ってまいろうかという所存。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 18:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

今日のしんざきが、長男と東急ハンズ謎解きに挑戦してきた件について 17/04/24

面白かったです。


土曜日は野外ゲー音部。こちらは別途レポート書こうと思ってますが、大変に楽しかったわけです。

日曜は、長男がやりたがった東急ハンズ謎解きに挑戦する為、一家で渋谷は東急ハンズに行ってきました。

奥様は以前から東急ハンズめぐりが趣味で、長女次女を連れてハンズ探検。その間私と長男が謎解きをするというパーティ編成だったわけですが、思ってたより手応えがある謎解きでして、ハンズの店内を駆けずり回ることになりました。

ネタバレにならない程度に感想を書きますと、

・最初の謎解きは簡単だった
・その後、ハンズの店内で指定された商品を探しては謎が展開する、という形に
・これが、意外なくらい商品と謎解きが上手い具合にリンクしていて大感心
・渋谷のハンズはそれ自体迷路みたいなものなんで長男にはそれも面白かった様子
・総合的に見るとちょうどいいくらいの難しさだった
・ただ、子どもだけでやるのは結構厳しいかも

という感じでした。

謎解きキットが1000円ちょっとする為に、どんなもんかなーと思っていたらキット自体もかなり手が込んでいて、複数のキットを組み合わせたりでよく考えるもんだなーと感心しきり。調べてみたら、ハンズの謎解きイベントって最近恒例みたいですね。また同じような企画があったら挑戦してみたいです。

今日書きたいことはそれくらいです。




posted by しんざき at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

長男が二度のセーブデータ消失の悲劇を乗り越え、GBA版の「逆転裁判」をクリアした

クリアしたみたいです。

長男、9歳。小学4年生。

現代のゲームと昔のゲームのどこが最も異なるか、というと「オートセーブが一般的になったこともあり、「ふっかつのじゅもんを書き間違える」「セーブデータが消える」「セーブデータを誤って消してしまう」という悲劇が起こることが極端に少なくなった」ということが挙げられると思います。

セーブデータを誤って消してしまうことは今でもあるかも知れませんが、前者二つが発生する機会は、今となってはもう殆どないのではないでしょうか。

ファミコン時代にRPGをやっていた人達の中で、「パスワードを書き間違ってしまった」「なんかセーブデータが消えてしまった」という事態を経験したことがない人は、果たしてどれくらいいるでしょうか。我々は、時に「ゲーム内で全滅した」「めっちゃ強いボスに大苦戦、ないし敗北した」といった記憶以上に、「セーブデータ消失」という悲劇を胸に刻み込まれています。


ある時には「おきのどくですが」に始まる、ごく短いメッセージと耳に残るBGM。

ある時には、何度入力しても画面に表示される「じゅもんが ちがいます」という冷酷なテキスト。


積み重ねた時間が一瞬で吹っ飛ぶ感覚。努力が一瞬で無になる無常感。時には、とても取返しが付かないほどの、キャラクター自体の「喪失」になることも珍しくない悲劇と、我々は常に隣り合わせの状態でゲームを遊んでいたのです。セーブデータ消失と同時に、そのゲーム自体に挫折してしまった人、というのもいたでしょう。二度とRPGなんてやるもんか、と固く決意してしまった人だっているかも知れません。


今、あの悲劇を味わう機会が極端に減った、ということが、現代のゲームプレイヤーにとって大いなる福音であることは間違いない、と思うんです。それは間違いない。


ただ。

「あの経験」が自分の心の中に何かを残しているかというと、それは確かに、なにがしかの耐久力の源泉にはなってるんじゃないかなあ、と。悲劇に甚大なダメージを喰らいながら、それでも歯を食いしばってもう一度立ち上がる、そういう経験にはなったんじゃないかなあ、と。

今もう一度、ああいう経験が日常的に発生するような環境に戻りたいかというと、そりゃ「絶対ヤだ」の一言ですが、昔あった悲劇が決して無駄じゃなかった、少なくともそういう側面もあるなーとは思うんです。


ところで最近、長男が逆転裁判にハマりました。


きっかけはアニメの逆転裁判のようで。私、こっちを観測してなかったんですが、なんだか「逆転裁判2」の内容がアニメ化されたんですかね?

謎解きや推理が大好きな長男は、私のゲーム棚に「逆転裁判」の文字を見て、「ぼくもこれやってみたい!!」と言い出したんです。まだ携帯機でゲームをやらせたことはなかったもので、目を休める為の時間制限は設けた上で、やらせてあげることにしました。

1章から4章まで、一週間くらいはかかったんでしょうか。「相手の証言を読んで、矛盾を考えて、証拠品をつきつける」という流れは、長男にとってひじょーーに魅力的だったみたいです。「「異議あり!」の時さ、正解だと音楽止まるよね!あれ気持ちいいよね!!」というのは長男の言葉。

時折どうしても詰まって、一言二言アドバイスをしてあげたことはあったんですが、基本的には自分の力で、時に小中大に憤り、時にはおばちゃんに突っ込み、時には成歩堂と真宵の漫才に大笑いしながら、「逆転、そしてサヨナラ」の最終パートまでたどり着いたみたいなんです。


で、みなさんよくご存知の通り、第四章、すげえ難しいじゃないですか。一度、もう殆どクリアする直前くらいまでいってから、「有罪確定してから間違ってセーブ」ってのをやらかしてしまったらしいんですね。


逆転裁判は、コンティニューでその章パートの最初まで戻ることが出来るので、大人視点からしてみれば大した時間の喪失でもなかった、と思うんです。ただ、それでも長男にしてみれば、初めての「自分が頑張って積み上げた努力の喪失」だったんです。やってしまった後には泣きそうになって、必死に我慢していたので、しんざき奥様が抱っこしてあげたら大泣きしてしまったとか。ひさびさですよ、長男が大泣きするなんて。

で、頑張ってやり直したら今度は、「友達に「はじめから」でプレイさせてあげて、間違って(友達が、ではなく自分が)セーブしてしまう」というまた古典的な失敗をしてしまい、流石にどかーんとへこんだようなんです。



それでもその後、(寝てる間ちょっとだけ手伝ってあげたりもしましたが)めげずに長男はプレイを再開しまして、昨日ついに、「逆転、そしてサヨナラ」の最後の証拠品をたたきつけて、エンディングを迎えることが出来た、という話なんです。



私、「それがゲームであれ漫画であれ小説であれ、コンテンツを摂取して心を動かすのはいいこと」だと思っていまして。ゲーム自体を楽しむのも勿論なんですが、時には悔しさを、時には執念を、時にはこだわりを、ゲームに大して全力でぶつけるってことも、心を育てていく上で大きなプラスになるんじゃないかなーと思ってるんですね。


そういう意味では。今となっては滅多に遭うことがなくなってしまった「セーブデータの消失」という悲劇に、二度も見舞われてしまい、しかも立ち直ってエンディングまでたどり着いたということも、彼にとっては一つの、結構大きな経験になったんじゃないかなーと。逆転裁判をやらせてあげて良かったなあ、と。


ちょっと前のゲームをやらせてあげるというのも、「今のゲームとは、また全然違った経験が出来る」という点で、なかなかいいもんだなあと。是非ディスクシステムのゲームとか実機でやらせてあげたい、と思ったんですが、今我が家のディスクシステムはゴムが溶けてて動きません。アレ、ゴム変えればまた動くようになるんでしょうか。



ちなみに、二度のセーブデータ消失を経て、ついにたどり着いたエンディングは、やはり長男にとって特別なものとして映ったみたいです。「面白かった?」という私の問いに大きくうなずいた後の長男の言葉は、しみじみと一言、「ヤハリは懲りないねえ…」でした。


矢張は全く懲りないですよね。うん。「3」までプレイした後、彼の感想がこれと変わるのか変わらないのか、私としても楽しみにしたいと思います。


今日書きたいことはそれくらいです。






posted by しんざき at 12:57 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

推定無罪の原則ってちゃんと常識として共有されてるんだろうか

こんな記事を読みました。


しかし、「見守り役の犯行」は、現時点では「仮定」であって「前提」ではない。大半のメディアは、この被疑者男性が「取調べに黙秘している」と報道している。しかし、男性は「逮捕された段階で否認し、その後は黙秘している」というのが正しいようだ。

ところが、この保護者会長の男性は逮捕されてただちに「有罪」の審判が下されてしまったかのごとき報道ぶりである。「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という原則を無視するどころか、捜査機関より前のめりになって、この”犯人”を社会的に懲罰せんがごときである。今回に限らず大事件であればあるほど有罪推定報道に傾きがちであるが、これでは捜査活動をチェックできず、万が一違っていたときも引き返せなくなる。そうした可能性を少しは考えないのであろうか。
ここに書いてあることは本当にその通りだなあ、と思いまして。私、スタンス的には「被害者も加害者も、同じようにプライバシーは守られるべき」という意見の持ち主でして、被害者加害者双方の実名報道に反対する立場なんですけど。下記は昔書いたエントリーです。


いや、今更の話なんです。今に始まった話ではなく、30年くらい昔からずーっと言われ続け、批判され続けていることではあるんですけど。今回の事件の報道を観測していて、改めてつくづく感じたことがありまして。

当たり前のことですが、法治国家には、「有罪判決が確定するまでは何人も犯罪者として取り扱われない」という原則があります。これは、国際人権規約にも明文化されており、日本もそれを批准しています。「無罪の推定」とか、「推定無罪の原則」と言ったりします。

そして、これも当たり前のことですが、逮捕されてから無罪/有罪が確定するまでにはそれなりの時間がかかります。少なくとも、逮捕されて即日、その日の内に有罪確定、なんてカジュアルな話では断じてない。

「結果としてその被疑者(容疑者)が犯人であるかどうか」ってことはなんの関係もなく、たとえその被疑者がどんなに「実際に犯人である」可能性が高かったとしても、被疑段階では罪がないものとして扱われないといけない、この推定無罪の原則が、昔からものすっごく軽く扱われているような気がするんです。

これ、軽く扱われているどころか、下手すると認識すらしてない人も結構いたりしねえか、と。


今回の事件は勿論痛ましいとしか言いようがない事件であって、私も人の親として、犯人が逮捕されて、厳正に裁かれることを望みます。再発を防止する魔法の一手なんて存在しないとしても、どうしたらこのような事件を少しでも減らせるか、そういったことも考えなくてはいけない。

けれど、それとは何の関係もなく、何にも矛盾せず、「罪が確定するまでは、その人は無罪である」ということは堅持されなくてはいけない。

そういう意味で。私、「被疑段階で実名が報道される」こと自体どうかと思うんですが、その人の立場、顔写真、普段の行状やら人間関係やらプライバシー的情報に至るまで、事細かに報道されている現状、ひど過ぎて物もいえないと正直思うんですよ。

これ、万一「実は無実でした」ってことになったら、だれがどう被疑者の名誉を回復するんでしょうか?断言しますが、今報道しているメディア側の人たちが、「俺たちの責任です」ということは絶対にない。昔から、何度も何度も何度も繰り返されている光景で、その度に何度も何度も何度も何度も批判されているのに何も、何も変わらない。


で、報道を受け取る側としても、今更であろうがなんだろうが、常に、しつこいように、こう言い続けなくちゃいけないんじゃないか、と思うんですよ。


何故お前らは、罪が確定もしていないのに有罪であるかのような報道を続けるんですか、と。

もし万一、誤認逮捕だったとしたら人ひとりの人生を完全にぶっ壊した責任をお前らはどう負うんですか、と。


繰り返しになりますけどこれ、「被疑者が犯人だったら結果オーライ」の話じゃないですからね。被疑段階では、そもそもその人は無罪である。これが原則です。つまり、今の報道は、現時点では「無罪の人に対する報道」なんです。

その原則の上で、こういう報道見てると「ひっでえな」と思いませんか。


「"別宅"監禁か?」って、はてなマークつけてりゃいいって話じゃねえよ、ってところなんですが。

止めっぱなしのキャンピングカーは同容疑者のいわば“別宅”。誰にも邪魔されない空間にリンさんを連れ込み、監禁でも考えていたのか。おぞましい限りだ。
「現時点で無罪」の人相手にこんな報道垂れ流すのはおぞましくないんですか、って話ですよね。せめて有罪判決が確定してから報道しろよ、と思うと有罪判決が出た時にはさらっと数行しか報道されないんだから、いかに「視聴率が稼げる、旬な内に報道しよう」というメディアの都合がまかり通ってるのか伺い知れると思うんですが。

これ、決して不要な心配ってわけじゃなく、実際に誤認逮捕、ないし冤罪だった例ってのも今までに山程ありますからね。それで人生ぶっ壊された人達のその後の報道がどうだったのかとか、ここでは長くなるんで繰り返しませんが、ちょっと調べてみると呆れる程名誉回復なんてされてないですよ。


ただ、これも多分昔からの話なんですけれど、上のような認識や疑問を共有していない人というか、被疑段階で被疑者を犯人扱いすることに違和感を感じない人、というのもたくさんいるような気がするんですよね。たとえば、冒頭挙げたエントリーに対してでも、「もう確定なのかと思ってた」というようなコメントしてる方いますしね。「容疑者」への報道についてのコメントなんてよりいっそう、ひどいもんです。


となると、たとえ常識のように思えても、出来る限りこういう声を上げていくことに意味はあると思うんです。


「罪が確定するまではその人は無罪なんだよ」と。

「あなたは今、「無罪の人に対する報道」を読んでいるんだよ」と。


犯罪者が正当に罰せられるのと同じくらい、無罪の人の名誉が傷つけられないようになることを、願って止みません。



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2017年04月13日

長女次女の絵の傾向の違いが面白い、あとGoogleのお絵かきアプリの話

長女次女、5歳の双子。春から幼稚園の年長さんでして、「年少さんたちのお世話してあげないとねー」と言ってみたら、「もうおねえちゃんだからね!!」とやる気フルスロットルの答えが返ってきました。頼もしいです。

幼稚園では終わった後に希望者向けに習い事の時間があるそうで、長女と次女は「アトリエ」という習い事をしております。アトリエというとなんか仰々しいですが、早い話お絵かき教室です。

で、ちょくちょくアトリエで描いた絵を持って帰ってくるわけですが。長女と次女は二卵性とはいえ双子なので、やっぱり描く絵も似通ってくるのかなあ?と思いきや、その傾向がぜんっぜん違っていて面白いです。

こちらが、「お花」をテーマに長女が描いた絵です。

長女絵.jpg

見てすぐ思ったのが、「ちゃんと花の輪郭を描いて、その中に色を塗るという方法をとっている」ということなんですね。形をとって、それを絵として仕上げていくという手順にちゃんとなってる。小さなお花についても、「花の特徴」というものをきちんと絵に起こしているように見えます。これ、アトリエでそういう指導でもしてるのかと思ったら全然そんなことはなく、基本的にはテーマだけ決めて後は園児の好きなように描かせているそうです。

一方、こちらが同じテーマの次女の絵です。

次女絵.png

こちらは、輪郭がどうとか細部の描写とかは全く気にせず、とにかく「お花がたくさん」という構成というか、構図を絵に落とし込もうとしているなーと感じました。これはこれで、「お花!」というイメージが見た瞬間に伝わってくる、説得力のある絵だなーと思います。

傾向が全く違うんですよね。

長女の絵は、とにかく「お花の描写」というところにフォーカスしているなー、と感じました。輪郭の点もそうですが、基本的な方向性としては細部の描写に向かっている。「お花」というものを実際に絵の形に起こそうとしている、ディテール志向とでもいうんでしょうか。

次女の絵は、「イメージを表現する」というところに集中しているなー、と思います。「お花」というところからイメージを膨らませる。すると、「お花畑」「お花がいっぱい」というようなイメージになる。そのイメージを全体の構成として、細かいところは気にせずに、とにかく画用紙に表現する。

どちらがいい、どちらが悪いという話でないことは勿論ですが、二卵性とはいえ同じ環境で育った双子でも、全然違った傾向のイメージを捉えるんだなあ、と、大変興味深く思った次第なのです。

これは奥様からの聞きかじりなんですが、一卵性双生児を同じ環境、別々の環境でそれぞれ育ててみたところ、「同じ環境で育った一卵性双生児は性格が異なって成長した」「別々の環境で育った一卵性双生児は性格が似通った」というような実験があるそうです。同じ環境で育つと、お互いを意識し合ってむしろ違う人格になろうと成長するのではないか、とかなんとか。すいません、聞きかじりなんであんまり正確じゃないかも知れないですが、面白いなーと思いまして。


お互いを適度に意識しつつ、それぞれの持ち味を活かしてのびのび成長して欲しいなーと考えるばかりです。


全然関係ないんですが、なんかGoogleが「絵を描いたら、その内容を元に「こういう絵描きたいの?」と提案してくる、というサービスを始めたそうです。


こりゃ面白そう、と思ってちょっと試してみたんですが、

剣士.png


私が描いたこの「剣をもったかっこいい人」の絵が、


エビかよ.png


どういうわけかエビだかザリガニだかで提案されました。なにこれどういうことなの?

私が絵を描いてあげると「パパちゃんと描いて!!」と次女からダメ出しされるのでつらい。お絵かき道は厳しいと思いました。しんざき奥様は絵がとてもうまい(しかもかわいい)ので、絵の腕前については是非私ではなく奥様に似て欲しい。


今日書きたいことはそれくらいです。


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2017年03月27日

今日のしんざきがモンハンXX始めました

始めました。


事前情報を全然入れてなかったんですが、クロスに対するG級タイトルと考えていいっぽいですね。クロスの感覚でそのまんま出来るのでスムーズに入れてなかなか楽しいです。

なんか最近はソロ専感が出てきてしまっているので、今回も取りあえずG級はソロで行くところまでは行ってみようと思います。流石に素材集めに苦労したら誰かと一緒に狩りに行きたいですが、まあ当面は。

で、まずはG級を進めてから楽に村をクリアしようと思いまして、取りあえずG3まで進めてみました。

そういえばラオシャンロンなんとかソロクリアしました

超久々のラオシャンロン。いつ振りでしたっけ、もしかするとP2G以来でしょうか?砦の設備の使い方がよくわからなかったので適当だったり、最後の最後で撃龍槍を外したりしましたが、なんとか撃退は出来ました。

武器は大剣、G2までで強化出来る範囲のジークリンデLV6にブラックS耐震つきで、

・大砲は一通り当てた
・巨龍砲は2回当てた
・バリスタはあんまり使ってない
・拘束は出来るタイミングでは大体した
・撃龍槍は見事に外した

という感じで砦残耐久10%でギリ撃退、という感じでした。撃龍槍外さなかったら討伐出来たのかなあ。

で、ジークリンデを強化してLV7にしてじゃあ村やるか、と思ったらあまりにも簡単に敵が死に過ぎるので、流石にこれはどうかと思い、急きょ弓装備をでっちあげて弓の練習も兼ねて村攻略をすることにうしました。こういうのを本末転倒といいます。

武器はクモ弓が強いと聞いたのでスキュラルハガー。溜め3で連射5が発動するので装填数要らずです。

弓

こんな感じで、MHXで稼いだ素材でそのまま作れる防具に、一部G級装備を追加して装備を寄せ集めてみました。見にくいですが、通常弾UP・特定射撃強化・集中・フルチャージが発動してます。お守りはなんの変哲もない通常弾+5闘魂-3スロ3です。痛撃つけたい。

見た目

フィリアSの頭だけ見た目合成して、見た目はこんな感じです。当面、この装備で一通り村クエをやってみようかなーと思っております。

村クエが終わったらG級に戻ろうと思います。取りあえず、初回は一通りソロでクリアしようと思ってますが、それ以外でソロにこだわるつもりはあんまりないので、良かったらどなたか遊んでやってください。

今日書きたいことはこれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

「時間つぶしにゲームをする人」との感覚が違い過ぎて辛い

ある人がゲーマーかどうかを分かつラインは、「時間を作ってゲームをしている」と「時間潰しにゲームをしている」との差ではないか、と感じています。

私は昔からのゲーマ―ですし、ゲーム大好き人間なので、かなり必死に時間を作ってゲームをしています。

育児とゲームの両立というのは結構大変でして。子どもを風呂に入れたりご飯食べさせたり寝付かせたりといったことは可能な限り私もやりたいので、仕事を終えて帰ってからの時間は当面それで埋まります。勿論これはこれで楽しいのですが、寝付かせてから一緒に寝落ちすると翌朝まで時間が飛ぶので頑張って起きます。で、奥様とお茶を飲んだりゲームをしたりします。そこが主なゲームの時間です。


なので、思いがけずに空き時間が出来た時には、「おっしゃああ!この時間であのゲームやあのゲームが遊べるぜーーーーっ!!!」というハイパーテンションになります。今でいうとフォーオナーとか、三国志大戦とか、モンハンダブルクロスとか、プリニーとか、イーアルカンフーがそれに該当します。

そんな感じなので、私には「暇つぶしにゲームをやる」という感覚が理解できません。スタンスが人それぞれというのは重々理解しているつもりなのですが、それでも肌感覚で言えば、「暇潰しでゲームなんてゲームが勿体ない」と思ってしまいます。潰すくらいならその暇私にくださいお願いです、と思ってしまいます。

私は、ゲームは積極的に、真剣に、主体的に遊ぶものだ、と思っています。だから、主体的に遊べないゲームはあんまり好きではありません。最近のソーシャルゲームはそうでないものが多いのかも知れませんが、ひと昔前のソーシャルゲームがあまり気に入らなかった理由もそれでした。

(注:6年前に書いた記事です)

ただ、恐らく、ゲーマーでない人にはそういう感覚こそ理解出来ないんですよね。

例えばゲームを遊ばない人に休日の予定を聞かれて、「ゲームをやる」と言ったら「暇なんじゃん」と言われた経験というのは、ゲーマーであれば誰でもある経験ではないでしょうか。彼らにとっては、ゲームは「暇だからなんとなくやるもの」であって、「わざわざ時間を作ってまでやるもの」ではない。時には予定の優先度の話、「暇なんだからこっちに付き合ってよ」とねじ込まれることや、「暇なのにこっちに来てくれないというのは、自分の優先度はそんなに低いのか」などと勘違いしてしまうことすらあります。

そうではないのです。あなたに付き合う時間はそれはそれでとても貴重なのですが、ただそれはやっぱり「今の予定」にとって代わる予定になってしまうのであって、既存の予定との調整案件になってしまう、ということは理解頂きたいのです。

いや、勿論、時にはゲームより優先するべき用事、というものはあります。たくさんあります。ゲームしないで飲みにいく時間が貴重なこと、ゲーム以上に楽しいことだってそりゃある。ただ、それでも、「ゲームをやる予定」というのは、ゲーマーにとっては他の予定と同じくれっきとした「予定」であり、決して「暇な時間」という訳ではない。他の予定と同じく、優先順をつけて考えるべき時間割なのです。

人間は、自分で理解出来ない時間の使い方について、時に尊重出来ないことがあります。自分の時間の使い方が、他人から軽んぜられてしまうととても悲しい。

勿論これはお互い様なのでしょう。私は私で、他人にとっての「時間の使い方」の価値を理解出来ないことはあると思います。自分に理解出来ない時間の使い方でも尊重するよう努めてはいますし、これからもそうするつもりですが。

ただ、世の中の非ゲーマーの皆さんにおかれましては、「ゲームやる」と言われた時、それが一足飛びに「暇な時間なんだな」と思うことについては慎重であって頂きたいなあ、と考える次第なのです。それはもしかすると、その人にとっては何よりも貴重な時間なのかも知れません。ない時間を必死にひねり出した、血の二時間なのかも知れません。

理解は出来ないが、尊重する。そういったスタンスをお互いにとれると、幸いなことこの上ありません。

世のゲーマーの皆さんが、幸福なゲーム生活を送れることを願って止みません。



今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 06:58 | Comment(27) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする