2007年05月03日

レトロゲーム万里を往く その62 格ゲー「衰退」を考える。

格ゲーが衰退した訳じゃない。衰退したのは対戦台だ。

というより、究極的には「ゲーセンの衰退」とリンクしてくる話の様な気がする。

まず、リンク。かーずSP様経由で拝見した。

格ゲー衰退の根本的な問題点と解決策とは?

今の状況については、
ゲームセンターの対戦台は、今現在既に強い奴が金と時間を独占する構造になっているので、元々新規開拓には向いていない。飽きて辞める奴は毎日出るが、新規は増えないので当然先細りする。
この構図、まずは当たっていると思う。

そして、こっちだ。
格闘ゲームは旧作をベースにした細かい拡張で新作を作っているので、新規が負うペナルティは年々増加している。

歴史の話から始めよう。
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2007年04月22日

レトロゲーム万里を往く その61 「映画を目指した」ゲームの災厄


なんか久々にゲームタイトルを冠してない万里など。調べてみたら1年半ぶりだった。

知はうごく:コンテンツ力(7−3)日本の戦略

細かいところなんだが、ちょっと違和感があったんでつきつめて考えてみた。

で、違和感を感じた対象がここだったんで自分でも若干呆れた。本筋から外れた部分であることは一応理解している。
アニメや漫画は感動をもたらすけれど、ゲームは、お金だけ持っていって、子供の時間奪ってますね。その人生にプラスアルファがない。宮崎さんとか他のアニメ見て、人生変わったという人はいると思います。心ふるえるほどの感動とか、ゲームは若干難しい。

当たり前だっつの。ドンキーコングやアイスクライマーで心がふるえる程感動する子供がご近所にいたら、まず性癖の心配をしろ。将来ミスター味っ子(初期)みたいな人になるから。

と第一感では思ったんだが、良く考えてみると。アニメや漫画、あるいは(宮崎さんの名前が示している通り)映画と、ゲームがこういう文脈で比べられること自体、私の認識とだいぶずれている。というか、おそらく私の認識の方が世間からずれている。私の脳回路が8ビットで動いていることは私も認知している訳であって、認識がずれていることを認めるにやぶさかではない。


つまりこれは、「近年、ゲームはいつの間にか漫画やアニメと同じ土俵に乗せられてしまった」ということを意味しているんだろうか。


そもそも、「心ふるえるほどの感動」とか「人生へのプラスアルファ」がゲームにはない、などというテキストが書かれるのは何でか。それは多分、ゲームに対してあまりにも「物語」を期待しているからだ。

良質な物語は心に響く。良い小説は人生を豊かにする。多分五十年くらい前から、国語の先生が言い続けてきた言葉だ。

ここ数年、ゲームのCMや店頭広告を見て「何の映画だ?」と思うことは多くなった。実際、ゲームの中身そのものも「アニメ的」あるいは「映画的」であることは多い。スクエニのアレとかナムコのそれとかを引き合いに出すと分かりやすい。「ストーリーを一番の具材として、その周辺にゲーム要素をばら撒く」という作り方をされているゲームは、一昔前程ではないかも知れないが、今でも結構ある。

「見た目」である程度映画やアニメに追いついてしまったゲーム業界の、少なくともその一部は、「内容」でまで映画やアニメを目指してしまったのだ。これは改めて言うことでもなく、ここ十年ばかりずーっと指摘されてきたことだと思う。

しかし勿論、「映画もどき」は永遠に映画にはなれない。映画的な外見に釣られて、映画以上の感動をゲームに期待する人は、多くの場合がっかりする。「遊ばせなくてはいけない」という巨大な制約を抱えたゲームは、「物語」を描き切るのに適したプラットフォームだとはお世辞にもいえないから(ノベルゲームの様な例外も存在するが)。そして、「物語」を描く土壌に関しても、ゲーム業界と映画業界ではそれこそ数十年の差があるから。

ところが、なまじっか映画を目指してしまったせいで、世の中には誤解をする人が出てきた。ゲームのことを、「劣化映画」とか「劣化アニメ」と判定してしまう人が現れる訳だ。そういう人が、例えば「物語の内容が薄い」こととか、「キャラクターの内面描写が足りない」ということに対してケチをつける(参照:FF12に関する論議について。→まこなこさんのコメント欄も参照) そして、例えばメイドインワリオみたいな、もうちょっと純粋に「遊び」に近いゲーム群は、「子供向け」とか「ミニゲーム集」みたいな括りの元、「大作」の影に押し流されていく。

多分、冒頭引用での「若干難しい」というのは、そういうことも含めての「難しい」なんだろうなあ、とは思う。


本来ゲームは「遊び」であって、つまり鬼ごっことかかくれんぼとかじゃんけんとか、そういったものの延長線上にある存在だった筈なのだ。だから、ゲームをやって何か得るものがあるとすれば、それは「遊び」をする上で得るものである筈だ。「遊び」をコンテンツと考える際、アニメや漫画の土俵で比較すれば、そりゃゲームの魅力は薄いだろう。「遊び」と「物語」は本来全くの別物なのだから。

結果的に「ストーリーが評価される」名作というものは、ゲーム業界にも多分たくさん存在する。だが、最初から「ストーリーを中心に」ゲームを作り、ゲームを遊び、ゲームに期待するなど、本末転倒なんじゃないだろうか。


と、本エントリー一旦ここまで。「遊び」的分類について、レトロゲームでやってみようかと思ってたんだが、ちょっと長くなりそうだったので次回に回す。

手前みそだが、以前書いた似た様なテーマのエントリ。ご参照頂けると幸い。
レトロゲーム万里を往く その24 〜エンディングの呪縛〜
レトロゲーム万里を往く その25 〜エンディングの呪縛・2〜
レトロゲーム万里を往く その27 〜エンディングの呪縛・3〜
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2007年01月10日

レトロゲーム万里を往く その60 奇々怪界

音、なのである。

「ハイドライドスペシャル」でも同じ様なことを書いたが、「音」の話を主軸にしないといけないゲームの話は厄介だ。音声や音楽は、文章による説明を受け付けない。

奇々怪界の筐体の前に座って、コインを投入し、スタートボタンを押したことがない人に、あのオープニングの音声の展開を説明することは出来ない。

それを承知の上で、言ってしまおう。奇々怪界は音ゲーである。そして、「効果音と、BGMと、世界観との調和」という面に限って言えば、ありとあらゆる和風ゲームの中でも屈指の名作である、と。

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posted by しんざき at 22:23 | Comment(9) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

レトロゲーム万里を往く その59 ワルキューレの冒険 時の鍵伝説

アファ大陸西部の山中、斧を片手に山をざくざくと切り崩していたワルキューレは、ある時泉に斧を落としてしまった。

すると不思議なことに、泉の中からたおやかな女神が現れ、こう言われた。

「ワルキューレよ、あなたが落としたのはこちらの使い古しのおのですか?それとも幾ら使っても壊れることのないこちらのパワーおのですか?」

「女神様」

ワルキューレは静かに答えて曰く、

「ぶっちゃけどちらも要らないので、むしろパワーロングソードを下さい」

〜レトロゲーム箴言集「富の国の歩き方」より一部抜粋〜


っつーかパワーおのは罠アイテムです女神様。


「サンドラの冒険」を最近久々にやったが、サンドラはつくづくワルキューレシリーズにおいて(出番の多さの割に)冷遇されていると思う。初代「冒険」なんか、ブラックサンドラがもう不憫で不憫で(レベル上げに大量殺戮)。サンドラはサンドラでアイテム扱いだし。


1986年という年は、コンシューマー業界におけるRPGの黎明期である。初期のFCのゲームは無論アクションとシューティングの寡占市場であって、FCオリジナルのRPGもまずは「アクションRPG」という形をとるのが必然の成り行きだった。

85年8月の「ドルアーガの塔」の発売を背景に、86年2月の「ゼルダの伝説」がこの路線を固めたことは論を俟たないだろう。3月の「ハイドライドスペシャル」5月に現れた非アクション型RPG「ドラゴンクエスト」を挟んで、8月に発売されたのがワルキューレである。


ナムコは割と頻繁にゲーム業界におけるオーパーツを輩出するメーカーだが、ワルキューレもその一種だったんじゃないかと私は思う。


このゲームは、この時期のFCタイトルとしては一種異様な「深さ」をもったゲームだった。ゲームの展開、武器やアイテム・術の豊富さ、ダンジョンの広大さから謎・隠し要素の多さや成長パターンの多さに至るまで、「冒険」は明らかに同世代のタイトルと比べて浮いている。浮きまくっている。

勿論ゲームは深けりゃいいってもんでもなく、ワルキューレはある程度のとっつきにくさや攻略のしにくさも抱えることになってしまった訳ではあるのだが、こと「詰め込まれた要素の多さ」という点に限って言えば、このゲームはゼルダを軽く超えていたかも知れない。

出る攻略本出る攻略本みんなデータがいい加減だったことや、後に業務用に「逆移植」されたことなども、その一つの現れである様にも思う。


「ワルキューレの冒険」。アクションRPG。1986年8月1日、ナムコより発売。ゾウナを倒して「時の鍵」を取り戻す為、主人公のワルキューレは剣を振り回してフルータジア全土を駆け回る。

当時はまだまだ少なかった「濃いストーリーとED」を持ったゲームでもあり、アクションの分かりやすさや成長要素、また壮大なBGMや富士宏氏が描くワルキューレのキャラクターなどもあって好評を博した。続きを読む
posted by しんざき at 15:51 | Comment(5) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

レトロゲーム万里を往く その58 アフターバーナーII


実はゲーセンの絶頂期ってこの頃だったんじゃねえかなあと、今になって思う。


およそ、「アフターバーナー」以上に「ゲーセンでしか出来ないゲーム」ってのは後にも先にも存在しなかったんではなかろうか。そして、アフターバーナー以上に「リアル」なゲームも、ゲーム史上にそうそう存在しないと私は思う。そこには、グラフィック面での「リアル指向」なんて軽く笑い飛ばす様な、何か圧倒的な存在感があった。

「最強のゲーム」という言葉に個人の感想文以上の実態はないが、私は幾つかのジャンルでは「最強のゲーム」を明確に表明することが出来る。私にとって、「最強のアクションパズル」はソロモンの鍵だ。「最強の横シュー」はダライアス外伝だし、「最強のRPG」というと多分Wizardryだろう。そして、私にとって「最強のセガゲー」は何かというと、バーチャでもファンタシースターでもアウトランでもゴールデンアックスでもなく、アフターバーナーIIなのである。

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posted by しんざき at 23:45 | Comment(4) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

レトロゲーム万里を往く その57 グラディウス

以前、知人と上司論を話している時に、何故かレトロゲーの話になったことがある。

「だからさ、上司が何でもやっちゃうのもアレかと思うわけよ。ゾーマとか上司だったらさ、スライムとか自分の存在意義に疑問抱かね?「マヒャドでも何でも唱えてろよ」とか思わね?」
「いやお前、実際仕事やってたら絶対そっちの方がマシだって。上司ゴーファーよ?マジ何もしねえよ?モアイでも下克上出来そうじゃん?」
「・・・お前ら、それ以前にゾーマやゴーファーが上司ってことに疑問は抱かんのか?」


呪いのゲーム、だと思う。

1990年過ぎくらいまでの横シューの歴史というものは、一言で言ってしまえば「グラディウス」との戦いの歴史だった。そう言い切ってしまっても多分あんまり問題はなかろう。

1985年というとんでもない早期にこのゲームが出てしまったが故に、その後生まれてきた横シューは「いかにグラディウスとの違いを作るか」「いかにグラディウスを超えるか」に腐心せざるを得なかった。そして、超克するにはこのご先祖様は余りに偉大過ぎた。いってみれば、グラディウスはシューティング業界に掛けられた呪いだ。

グラディウス。 横スクロールシューティング。1985年、コナミより業務用発売。翌86年にはファミコンに移植され、FC黄金期キラーソフトの一翼を担った。超弩級移植度のX68000を始め、ありとあらゆるハードで移植作が作られたことも挙げるべきだろう。

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2006年06月16日

レトロゲーム万里を往く その56 ファイナルファンタジーIII

「ペンは剣よりも強し、という。知性は常に暴力への勝利者となる。我らはまさにペンで戦い、頭脳で戦い、本によって戦うのだ」
「しかし先生、我らの力も時には及ばぬ時があります。書の力をもってしても抗し得ぬ強大な暴力に立ち向かう時、我らはどうするべきでしょう?」

学者はこともなげに一言、こう答えた。

「辞典を装備せよ。両手に」

〜レトロゲーム箴言集「ある学者集団の対話(ミシディア出版)」より抜粋 〜


本の角で殴られるととても痛い。少なくともミスリルソードより。(攻撃力32)

歌うと何故か敵がダメージを受ける吟遊詩人や、自分の頭よりもでかいベルで敵をぶっ叩く風水士も大概といえば大概だが、それも学者には及ぶまい。

何故彼らは、商売道具である筈の本や辞典でクラーケンをがんがん殴りつけるのか(しかも戦士より強い)。ワンピースのオハラも、FF的イメージの学者であったら海軍の一個小隊や二個小隊軽く撃退していただろう、と思うと残念でならない。

FFの旧作の紹介というのは様々な意味でやりにくいのだが、DSでの発売が控えている昨今、今書かないと時期を失しそうな気配がある。丁度FF5などのらくらとやっている最中であることもあり、まずは私が最も気に入っているタイトルである「3」についてつらつらと書いてみたいと思う。


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2006年06月07日

レトロゲーム万里を往く その55 メタルスレイダーグローリー

ダモン様:ところで私の出番は一体いつ来るのだ?
側近A:申し上げにくいことですが、二巻の音沙汰がないままもう十年経つところから考えると、続刊の見込みは少々・・・
ダモン様:な、なんだと・・・!で、ではE・Gコンバットの四巻はいつ出るのだ!?
側近B:それは秋山瑞人に言うべきかと。
キャティ:・・・私の生還は?

〜レトロゲーム断章「よしみる概論(漫画篇)」より抜粋〜



要するに、死ぬほど手間と金と時間がかかった同人ゲーム、という見方がある種正しいのかも知れない。

このゲームは、大体以下四つくらいの視点のどれかから語られる場合が多い。

・レトロゲームにおけるレア・プレミアムタイトルの代表格としての視点
・FC最後のSFAVGとしての視点
・FC最強のグラフィックゲームとしての視点
・FCでも数少ない開き直った系美少女ゲームとしての視点

この四つの内どれを重視するということでもないが、私が考える限り、「デッドゾーン」や「ジーザス」「水晶の竜」の路線が最後にたどりついた場所、としてこのゲームを捉えるのが妥当な様には思う。

多分、FCでアニメ要素が入ったSFアドベンチャーを製作していた開発者達は、皆が皆このゲームのグラフィックを仕上げたかったんじゃなかろうか。ドット絵にかける情熱というか「マクロス」に血道をあげたマニア心というか、アニメ系SFというものにはとかく製作者の趣味がストレートに反映される。製作者の趣味とハードのスペックの戦いが、ファミコンにおけるSFAVGの歴史であった、ともいえる様に思う。

つまりメタルスレイダーは、一言で言ってしまうと「ありとあらゆるファミコンタイトルの中で、最大級に開発者が趣味に走れたゲーム」として総括できるんではないかと私は思うのである。

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2006年05月23日

レトロゲーム万里を往く その54 ファンタジーゾーン

その日。8回目にコバビーチのレーザーに突っ込んだ時、彼は私を一瞥して一言。静かにこう言った。

「しんざき、まずはロケットエンジンに金をつぎこむのをやめろ。話はそれからだ」


思い通りに動かせる楽しみと、思い通りに動かせない楽しみ、というものがあると思う。

操作性の良さ、というものは、決して「操作し易い」ということとイコールではない、と私は思っている。操作性がいいゲームとはつまり「動かしていて面白い」ゲームのことだ。「動かしていて面白い」と「操作が楽」の間には、多分かなりの分厚さの壁がある。

「操作がし易い」を「動かしていて面白い」に直結させることが出来たのは多分ナムコや任天堂だが、その一方で、「微妙に操作がし辛い」を「動かしていて面白い」に昇華させることが出来たメーカーが幾つかあった。私が思うに、それがかつてのタイトーであり、カプコンであり、そしてセガではなかったか。

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2006年04月12日

レトロゲーム万里を往く その53 ジョイメカファイト


バーチャ5のロケテで見たけど、デュラルコマンド入力でカエンとジボルが使えるよ!使えるよ!


というくだらねえヨタを起点にした盛大なヨタ話を実は用意していたのだが、気がつけば四月馬鹿はさくっと終わり、花見の時期も過ぎ、既に四月は中旬である。

どうした具合かしばらく中断していた「万里を往く」は、新年度ということで心機一転、今回は「ファミコン業界の最終皇帝」ことジョイメカファイトから再開したいと思う。

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2006年02月06日

レトロゲーム万里を往く その52 「ジーザス」とAVGの履歴書


速雄:キャリー、キャリーじゃないか!一体どうしたんだ?
フォジー:誰かと勘違いしてない?

〜「SFAVGの系譜」(民明書房刊)より抜粋〜



任天堂倫理チェックの壁はこの頃から厚かった、らしい。

今回の万里はジーザス。及び、ファミコンAVGの流れというものにちょっと入れ込んでみたいと思う。長くなりそうなので二回に分ける。

ファミコンのアドベンチャーゲームには、幾つかの「佳作の流れ」とでもいうものがある。

基点をポートピア連続殺人事件において、例えばオホーツクに繋がる「刑事もの王道」の流れ。そこから神宮寺やファミ探に繋がる「探偵もの」の流れ。プロ野球殺人事件やさんまの名探偵などの芸能界ものの流れ。そして、デッドゾーンに始まり、ジーザスを経てメタルスレイダーグローリーに辿り着くSFものの流れである。

その他、例えばアキラや孔雀王などのキャラゲー系AVGとか、ふぁみこん昔話やえりかとさとるなどのファンタジー系AVG、ミシシッピーやシャドウゲイトなどのネタ系AVGまでもろもろ、つくづくFCのアドベンチャーゲームはバラエティに富んでいる。元々AVGというジャンルはハード的な無理を強いられにくい(キャラクターに大きな動きがない)上、シナリオ次第で幾らでも佳作が出来る。ハードの性能に合致していたということもあるだろう。

ともあれ、今はジーザスの話だ。
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2006年01月16日

レトロゲーム万里を往く その51 源平討魔伝(FC版)

おっそろしいゲームである。


このゲームが名作か駄作か、といわれれば、おそらく原作ファンの大多数は駄作だと答えるだろう。私はその立場に与しない。このゲームを出せたという事実それ自体が、当時のナムコというメーカーの恐ろしさを端的に表現していると私は考えるからである。

源平討魔伝。1988年10月発売。ボードゲーム風RPG。前回紹介した、源平討魔伝のFC版移植タイトルである。原作から二年を経て鳴り物入りで発売されたと思ったら、和風アクションとは似ても似つかぬ、フィギュアやゲームボードまでついた国取りボードゲームになっていてユーザーを驚愕させたといういわくつきの移植作でもある。あまりにも方向転換の度合いとインパクトが強すぎたが故に、アーケード版ファンからの評価は総じて低い。

まずはゲーム内容について軽く触れておこう。

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posted by しんざき at 17:48 | Comment(10) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

レトロゲーム万里を往く その50 源平討魔伝


「ぶ、ぶ、ぶ、ぶわーーーかめぇ!」
「これで勝ったと思うのねーーーーっ!?」

〜弁慶さん心の叫び 「ゲーメスト」より抜粋〜


明けましたねえ。

「万里を往く」も1年ちょっとがかりでようやく50回ということで。いや、万が一50回くらいで力尽きたら一回で約200里分ということにしてタイトルとの齟齬をさくっとごまかそうかと思っていたんですが、幸いレトロゲームのネタは尽きることもなく、私の予定タイトル一覧もネタ切れとは無縁でなによりです。ペース遅いけど。

ということで、今回はお正月記念というか、なんとなくめでたそうなタイトルということで、源平討魔伝で(えーー)

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2005年12月20日

レトロゲーム万里を往く その49 ツインビー


「いいかいジム、人生を優しく生きる為には、いくつかのコツがある。

外壁にマトックを使わないこと、
地図の空白部分にマロールで飛び込まないこと、
そして点滅ベルではなく赤ベルをとること、だ。」
〜レトロゲーム箴言集「ヒゲとYシャツと私(民明書房刊)より抜粋」

母さん、燃えろ!ツインビーのあの三人はどこにいってしまったのでしょうね?
〜レトロゲーム断章「小波の禁忌」より抜粋〜


コナミの話は難しい。

以前にも確か同じ様な書き出しをしたことがあった。けっきょく南極大冒険の時だったか。コナミのゲーム話をする時、私は常に、そのあまりの混沌っぷりに途方に暮れてしまうのである。
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posted by しんざき at 15:38 | Comment(14) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

レトロゲーム万里を往く その48 パックランド

パック夫人の出産シーンを想像したくない。(予想:ナメック星人風)


私には20年来の疑問が二点ある。パックマンの一族は一体どの様に成長するのかということと、パックマンは果たして卵生なのか胎生なのか、ということである。

「パックマン」においては食いかけのピザみたいなナリをしていた黄色いアイツが、一体どんな修羅場を経て手足を得、帽子を得、果ては妻子まで手に入れていたのか。

男子三日会わざれば刮目して相対すべしとは言うが、たった4年の間に別の生き物チックに進化したパックマンもたいしたものだ。多分聖闘士の墓場かカリン塔辺りで修行していたに違いない。

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posted by しんざき at 21:48 | Comment(11) | TrackBack(1) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月28日

レトロゲーム万里を往く その47 テトリス

テトリスは突然変異である。

多分思いついた人はもうちょっと昔にもいたのだろう。作ってみた人もいたかも知れない。だが、作ってみて、売ってみて、ゲーム業界に嵐を巻き起こした人はそれ以前に一人としていなかった。テトリスの前にテトリスはなく、テトリスの後には数え切れないテトリスがある。

コンピューターゲーム史のターニングポイントとなるタイトルを三つ挙げろと言われたら、私はあんまり考えずにこう答える。スペースインベーダー、ストリートファイターII、そしてテトリス、と。
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2005年11月17日

レトロゲーム万里を往く その46 WizardryIII


やっぱりマイルフィックと戦いたい訳でして。

さて、今回はファミコン版Wizardry、主に「III」の話。ファミコン版のWizardryの流れとPC版のWizardryの流れの間には、単なる「PCゲームの移植」という言葉では括れないものがあった、と私は思う。

まずは歴史の話からいこう。


・ターボファイルのマニアックさについて。

ご存知の通り、ファミコン版「2」と「3」ではPC版と順序が入れ替わっている。PC版の#2,「Knight of Diamond」がFC版で言うところの3である。

PC版の#2は、第一作「狂王の試練場」からそのまま(レベルが上がった状態で)キャラを持ち込むことを前提として作られている為、FC版に移植するには敷居が高い、というのがその理由だったと思う。PSやSSのリルガミンサーガなどでプレイされている方は分かると思うが、確かに#2の難易度はかなり高い。

つまりは#1の地下9階の延長線上に#2の地下一階がある訳で、割と序盤からマハリトだのダルトだの使ってくる敵がサクサクと出てくる。そりゃまあ、ターボファイルなしで一から#2を始めるファミコン小僧にとっては、単なる被殺戮ゲームにしかならんだろう。当然といえば当然である。

そこで、#2は一回飛ばして、キャラクター転送が前提とされていないPC版#3を先に移植してしまい、一般のファミコン小僧にも遊べるバランスにしよう、というのがファミコン版Wizardryの流れだった訳である。

この辺の正確な経緯は、私はあんまり正確には知らない。取り敢えず、以下の三つの事実だけ抑えておけば十分だろう。

○#2は、本来「狂王の試練場」を発展させた、今で言うパワーアップキットに近い存在だった。
○#3は、それに比べると大分「Wizardry」にアレンジを加えた作品であった。
○ファミコン版では結果的に、#3→#2のアレンジ、という順番で移植されることになった。

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posted by しんざき at 23:46 | Comment(12) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月09日

レトロゲーム万里を往く その45 「集める」ゲーム論

で、話はここからな訳で。

Wizardry話はちょっと置いといて、少し「集めるゲーム」話をしてみたいと思う。前段は昨日のエントリーを参照して頂きたい。「集める」と「育てる」の内、まずは「集める」の方に照準を合わせて進めてみる。っつーか、考え始めると結構底なし沼な気がしてきたこの話。長いのでお暇な時に。

取り敢えず前提条件から拾ってってみよう。

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2005年10月25日

レトロゲーム万里を往く その44 〜Wizardry〜

さて。当然のことながら話はここからだ。

前回のエントリーで、まずWizardry全般の共通点のお話を書いた。ここからは各論というかなんというか、ワードナがどうとかトレボーがどうとか、ポイズンジャイアントふざけんなボケとかマイルフィックだけはガチとか、そーゆー話に移りたいと思う。

前回の経歴を見て頂けば分かる通り、私の話は基本的にFC版に準拠しているのでご承知おき頂きたい。


・ファミコン初の年齢推奨ソフト。

多分だけど。(注:ちゃんと調べてない)

「Wizardry」。1987年12月22日、アスキーより発売。移植を手がけたのは、かの「ゼビウス」などの製作者として知られる遠藤雅伸氏の率いる「ゲームスタジオ」だった筈である。

およそ、PC畑RPGのファミコンへの移植作としてはこれ以上ない完成度だったと言っていいだろう。元々のシンプルさ故に性能的に無理がなかったということも大きいが、ファミコンという媒体向けにカスタマイズされたその移植方向は、まさに「最適化」というにふさわしいものだった。

コマンド入力方式を採用。迷宮描写は線画・グラフィックの選択が可能。3音階を駆使した「大人の」曲調。イラストレーターには末弥純氏を採用し、その魅力的な絵柄をドット絵職人が性能の限界まで再現する。それがファミコン世界に現れた「Wizardry」の世界であり、その一つの敷居が「13歳以上推奨」という注意書きだった訳である。

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2005年10月20日

レトロゲーム万里を往く その43 〜Wizardry伝説・序文〜

ささやき・・・えいしょう・・・いのり・・・ねんじろ!

** しんざきはまいそうされます **


およそWizardryのステキっぷりというものは、あの独特な言葉使いにとどめを刺す。少なくとも私に関する限り、日本における「ウィザードリィ」の最大の功労者は訳文を書いた人であろう。宝箱の罠で「げんこつ」とか、

** いしのなかにいる! **

であるとか、そんじょそこらのセンスでは訳せねえ。最も身近にして、最も魅力的な「洋ゲー」、多分それがWizardry独特の味の源泉なのだろう。

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posted by しんざき at 16:33 | Comment(17) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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