2007年08月06日

ゲームブック半里を往く その2 悪魔に魅せられし者

この本が出た当時の空気というものを、私はもうよく思い出すことが出来ない。


創元のシリーズで言えば、ゲームブック普及の立役者となった「ソーサリー」のシリーズは既に4冊出揃っていた筈だ。

双葉社の「やや対象年齢低め」系、ファミコンタイトル群のゲームブックシリーズも既にぼちぼち出始めていた様であるし、創元からもナムコの「ゼビウス」が既に発売されていた。

創元系のゲームブックにくっついていた、ファン同人ノリの小冊子「アドベンチャラーズイン」は既に賑やかなファンの声で埋め尽くされていたが、日本語版の「ウォーロック」はまだ姿を見せていなかった。そんな時代だった。


新しく生まれた「ゲームブック」という市場のファン層は沸き立っていて、市場としてのポテンシャルはかなり高かったと思うが、この当時のゲームブックはまだまだ「RPG」であり、つまりは「D&D」とか「T&T」、あるいは「ドラゴンスレイヤー」の眷属だった。ゲーム「ブック」としての本来の強み、コンピュータゲームに対する圧倒的な優位性であった筈の、「ストーリー性」を前面に打ち出した作品はまだまだ姿を見せていなかった様に思う。

「洋ゲー」と「国産ゲー」の違いというものは面白いことにゲームブックにも存在しており、ゲームブック晩期においても「主人公に顔がある」ゲームブックは洋ものでは少数派だったと思う。日本の二大RPGの一柱であるFFが辿った道を考えれば、「物語的な」ゲームに対する需要、というものは日本においてはかなり広範だったと判断するべきだろう。


そんな中、創元推理文庫から満を持して発売されたのが、後に日本人著作ゲームブックの代表的な存在となる「ドルアーガ三部作」である。
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posted by しんざき at 16:32| Comment(8) | TrackBack(0) | ゲームブック

2007年06月06日

ゲームブック半里を往く その1 火吹き山のてっぺんで

ゲームブックって、一言で言うと色んな業界のニッチを狙う人々が寄ってたかって作った変異体だったんではあるまいかと思う。

ファミコンだけではカバー出来なかった、「ストーリー性」というニッチ。
小説だけではカバー出来なかった、「ゲーム性」というニッチ。
テーブルトークをやりたいけれど仲間が見つからない、あるいは仲間を見つけられる環境にいない客層を狙ったニッチ。

ローグやWizargryを遊びたいのにPCが買えない人、サラトマやデゼニを遊びたいのに88を持っていない人、そーいった様々な「満ち足りないヒトビト」が集まって、この不思議な文化を発展させていったんではないかと、私はそんな風に思うのだ。

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posted by しんざき at 10:47| Comment(2) | TrackBack(0) | ゲームブック

2007年03月06日

ゲームブック半里を往く・散歩の前に


取り敢えず前置き。

・世界樹の迷宮を始めた件について。

面白ぇ。

いや、まだほんのさわりしかやってないけれど。ウィザードリーの匂いと、古き良きゲームブックの文法に、近年の色々な3Dダンジョンものの良質なエッセンスを混ぜ込んだ感。開発者は相当なマニアと見た。

中断セーブの有無とか多少の不便さもないではないが、この際はもうこの不便さも楽しむべきなのだろう。いやむしろ楽しめ、という開発者の声が聞こえる。

地下一階の壁をマップに書き込んでると、「悪魔に魅せられし者」でちまちまと方眼紙をいじくっていた時のことなど思い出す。

っつーか、さっきちょっと調べてみたら元ネタ報告が凄いことになってた。

世界樹の迷宮wiki パロディ

かなりの部分私の趣味と被るんですけど。

ということで、世界樹の迷宮で「君たちは○○することも出来るし、ここから立ち去っても良い」なんてメッセージを見ていると、ゲームブックについてなんか色々書きたくなってきた。


・半里行は約2キロ。

といっても私のゲームブック経験は創元推理文庫の赤表紙に偏っているし、「ウォーロック」も大して読み込んでいない。書くといってもいくつエントリーが書けるものか判断できないが、まあ万里の方もいつの間にやら60回を越えてるしなんとかなるだろう。しんざきはいー加減である。

また知らない人には訳ワカランなカテゴリが増えることには忸怩たる思いがないでもない、というかついてこれる人が存在するのかという疑念もあるが、まあ今更の様な気もするので別にいいや。

ゲームブックという文化を少しでもご存知の方は、ゆるゆると読んで頂けると幸いである。
posted by しんざき at 13:09| Comment(5) | TrackBack(0) | ゲームブック