命題その1:Web上での煽りに対し、「スルーしろ」「スルーします」と発言する人はその煽りをスルー出来ていない。
命題その2:煽りに反応する人がいなかった場合、それを指摘された煽りはスルーされていない。つまり、「全力スルーワロス」といったコメントがついた時点でその煽りはスルーされていない。
命題その3:命題その1及び命題その2から、Web上での煽りコメントは、そのコメントが残り続ける限り「スルーされた」と確定しない。
結論その1:ある煽りがスルーされたかどうかをWeb上で観測することは出来ない。
命題その4:ブロガーがスルーした煽りコメントには、多くの場合何故か他のコメンテータが反応をしてくれる。
命題その5:ブロガーがスルーしなかった煽りコメントには、多くの場合何故か他のコメンテータが「スルーした方がいいですよ」と助言してくれる。
結論その2:ブロガーがスルーしようがしまいが、煽りコメントは世にはばかる。
命題その6:煽りをスルーする人のブログや書き込みには、そもそもあんまり煽りコメントがつかない。
命題その7:煽りストは、煽りの相手をしてくれる相手かどうかに関して極めて敏感である様な気がする。
結論その3:SMの一種?(結論になってねえ)
観測問題っぽいのが最初の一つだけな件。命題の誤用は気にしないことにする。
参照:スルー力カンファレンス (スルカン) 開催決定!
↑
これ読んでなんとなく思いついた。
お前のブログはそもそも煽りに来てくれる人が存在しないんじゃね、という意見はスルーします。
ブログ観測者問題・追加。
2006年11月01日
2006年10月09日
mixiだけの問題か、といわれるとそうではないけど。
参照を頂いていたので思うところを。
それは mixi だけの問題か?
ふむふむ、なるほど。
ただ、今回問題を特殊化しているのは、mixiが上場企業になってしまったということでして。
そして、mixiという組織の収入(参照:第七期決算公告)の大部分が広告収入であり、つまりはmixiとかFindJobのユーザー及び社会的信頼に依存している訳で。
他の遍くWebコミュニティーで同じ様なことが起こったとしても、ぶっちゃけた話金銭的損害を蒙る人は存在しない訳です。まあ、勿論当事者は様々な被害を受けるでしょうが。
つまり、社会的影響の多寡を考えると、今回のmixi周りの騒動は「Webコミュニティーどこでもあり得る問題」として一般化しちゃいけないと思うのです。
まあ、実際のところmixi内部で起こった問題がどれくらいmixiの株価に影響を与えるのか、というのは眉に唾つけて考えなくちゃいけない話だとは思うんですが、外野にどう思われるかってのは別の問題ですしね。
「リアルとネットの境界を曖昧にするという点で先駆者である」mixiには、正に今回の様な問題に対して、少なくとも何かしらの対策をする責任があると私は考えます。SNSとして、ではなく上場組織としてですが。
少なくとも現状、まだmixiのユーザー数が10万とか20万だった頃と同じ対策指針では色々とまずい。免責事項は4つじゃ足りないし、ユーザーの情報公示はある程度mixi側での規制を入れるべきだと思うし、ユーザーやコミュニティに関しても削除ポリシー・及び削除経緯が公示されるべきでしょう。その他諸々、多分足りない部分は色々とある様な気がするけどぱっと思いつかないや。まあいいか。
そーゆー意味で、今回mixiが(mixiのユーザーが、ではなく)注目を集めるのはそれ程無意味なことではない、というかむしろがんがん指摘しなくてはいけないと私は思うんですが、どんなものでしょう。勿論、ただ「mixiのユーザーの危機管理能力について」馬鹿にすることに意味はないとは思いますが。
純粋に広告費とボランティアで成立している上場組織体ってのは現状日本では希少で、mixiが成功者であり続けられるかどうかは結構重要なターニングポイントになるだろうと思っていたりするのです。
今回の色んな騒動をmixiがどう捌くのか注目ってとこかなー、と、そういえば米国の同じ様な組織ってその辺どうなってるんだろ。
その内調べてみます。
それは mixi だけの問題か?
ふむふむ、なるほど。
要するに、mixi というサービスは日本国内においてリアルとネットの境界を曖昧にするという意味で、先駆者であり、もっとも成功した事例だという事にすぎない。これからはもっと色んなところで、リアルとネットの融合は進み、先に定義した一般ユーザーの進出は著しくなる事は明白だ。
先に定義した「一般ユーザー」においては、mixi だろうがオープンだろうがクローズだろうが、リアルと同じ繋がりに近いネットワークが近づけば近づくほど、この問題の発生率は高くなるだろう。この辺は全くその通りだと思います。
ただ、今回問題を特殊化しているのは、mixiが上場企業になってしまったということでして。
そして、mixiという組織の収入(参照:第七期決算公告)の大部分が広告収入であり、つまりはmixiとかFindJobのユーザー及び社会的信頼に依存している訳で。
他の遍くWebコミュニティーで同じ様なことが起こったとしても、ぶっちゃけた話金銭的損害を蒙る人は存在しない訳です。まあ、勿論当事者は様々な被害を受けるでしょうが。
つまり、社会的影響の多寡を考えると、今回のmixi周りの騒動は「Webコミュニティーどこでもあり得る問題」として一般化しちゃいけないと思うのです。
まあ、実際のところmixi内部で起こった問題がどれくらいmixiの株価に影響を与えるのか、というのは眉に唾つけて考えなくちゃいけない話だとは思うんですが、外野にどう思われるかってのは別の問題ですしね。
「リアルとネットの境界を曖昧にするという点で先駆者である」mixiには、正に今回の様な問題に対して、少なくとも何かしらの対策をする責任があると私は考えます。SNSとして、ではなく上場組織としてですが。
少なくとも現状、まだmixiのユーザー数が10万とか20万だった頃と同じ対策指針では色々とまずい。免責事項は4つじゃ足りないし、ユーザーの情報公示はある程度mixi側での規制を入れるべきだと思うし、ユーザーやコミュニティに関しても削除ポリシー・及び削除経緯が公示されるべきでしょう。その他諸々、多分足りない部分は色々とある様な気がするけどぱっと思いつかないや。まあいいか。
そーゆー意味で、今回mixiが(mixiのユーザーが、ではなく)注目を集めるのはそれ程無意味なことではない、というかむしろがんがん指摘しなくてはいけないと私は思うんですが、どんなものでしょう。勿論、ただ「mixiのユーザーの危機管理能力について」馬鹿にすることに意味はないとは思いますが。
純粋に広告費とボランティアで成立している上場組織体ってのは現状日本では希少で、mixiが成功者であり続けられるかどうかは結構重要なターニングポイントになるだろうと思っていたりするのです。
今回の色んな騒動をmixiがどう捌くのか注目ってとこかなー、と、そういえば米国の同じ様な組織ってその辺どうなってるんだろ。
その内調べてみます。
2006年10月07日
それはホントに「常識」か?・ポジティブ編
不倒城は元来レトロゲームブログなのであるが、たまにネットの話とかブログ論めいた記事を書くことがある。
たまに、である。しんざきはそーゆー記事をたまにしか書かない。勿論元々レトロゲームブログのつもりであるという理由も大きいし、書きたいテーマが手元にないことが多いということも多いのだが、実はもう一つ大きな理由がある。
「そんなん常識じゃね?」と誰かに言われるんじゃないかなー、と常になんとなく思ってしまうからだ。
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2006年10月03日
mixiと日記とチェーンメールの相関。
前回のエントリーを受けて、ちょっと考えてみる。既出だったら勘弁。長文なんで興味がある方だけどうぞ。
(追記)一応文末にまとめを書いておきました。お忙しい人は結論だけお読みください。
mixiでまたチェーン日記 善意が混乱招く
まず、大前提として重要なのが「mixiはとっくの昔に閉鎖環境ではなくなった」という認識だろう。
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(追記)一応文末にまとめを書いておきました。お忙しい人は結論だけお読みください。
mixiでまたチェーン日記 善意が混乱招く
まず、大前提として重要なのが「mixiはとっくの昔に閉鎖環境ではなくなった」という認識だろう。
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2006年04月25日
2ちゃんユーザーの帰属意識について。
以前ちらっと書きかけた、2ちゃんのユーザー意識と特殊性について。企業と2ちゃんが関わるとろくなことが起きないみたいだが、これなんでですかね、というお話。徹夜明けで眠いのでざっくりと。めっさ手垢がついた既出議論だったらすいません。
いわゆる2ちゃんねらーという層には、ある種の帰属意識というものが強い様に見受けられる。「2ちゃんねる」というもの自体に対する思い入れというか忠誠心というか、あるいは一種の所有意識の様なものが一部のユーザーの内にあるのではないかと思うのだ。
コミュニティに対する帰属意識というもの自体は別段珍しくもない。どんな単位であれ、自分の所属している組織に人は何かしらの思い入れをもつものだ。
2ちゃんねるのそれが少々特殊なのは、「思い入れ」の対象が人ではなく、完全無欠に「場」であることに起因する。
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いわゆる2ちゃんねらーという層には、ある種の帰属意識というものが強い様に見受けられる。「2ちゃんねる」というもの自体に対する思い入れというか忠誠心というか、あるいは一種の所有意識の様なものが一部のユーザーの内にあるのではないかと思うのだ。
コミュニティに対する帰属意識というもの自体は別段珍しくもない。どんな単位であれ、自分の所属している組織に人は何かしらの思い入れをもつものだ。
2ちゃんねるのそれが少々特殊なのは、「思い入れ」の対象が人ではなく、完全無欠に「場」であることに起因する。
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2006年03月31日
「敵」のもつエンターテインメント
結局今までの議論の言い換えになってしまうのかも知れないが。
こちらを読んでちょっと考えたこと。
「インターネット人類補完計画」の果てに
色々なものを捨象して表現するなら、「味方がたくさん」いることで楽しめるネット世界と、「敵がたくさん」いることで楽しめるネット世界の境界がどこかにある、というかあった、んだろうと思う。
というか、前者のネット世界に「敵」成分が補充されて出来たのが今のWebではないかなー、などと言ってしまうとちょっと単純化し過ぎか。
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こちらを読んでちょっと考えたこと。
「インターネット人類補完計画」の果てに
色々なものを捨象して表現するなら、「味方がたくさん」いることで楽しめるネット世界と、「敵がたくさん」いることで楽しめるネット世界の境界がどこかにある、というかあった、んだろうと思う。
というか、前者のネット世界に「敵」成分が補充されて出来たのが今のWebではないかなー、などと言ってしまうとちょっと単純化し過ぎか。
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2005年11月14日
「正論」の暴力性について。
なんだかすっきりしない。なんでだろうな。
話の始めはここである。
許可してください
無断リンクにまつわる色々話の一翼の様だが、実は無断リンクの話自体はあんまり興味がない。LSTYさんの一言でそれこそFAであろう。
すっきりしなかったのは、冒頭のリンクの内容とそれにまつわる様々な反応。発祥の地は2ちゃんらしいが、まあ2ちゃんかどうかもこの際はあんまり関係がない。
先に、リンク内容の要約を含めた前提から行こう。
・とある実験精神旺盛な人が、「無断リンク禁止」「リンクしたいなら許諾を受けろ」と表示がある、学校のHPにメールを出してみた。
・その結果帰ってきた反応が、およそネット事情が分かっているとは思えぬ頓珍漢なものであった。
・何言ってんだこいつら、バッカでー。
って感じか。
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話の始めはここである。
許可してください
無断リンクにまつわる色々話の一翼の様だが、実は無断リンクの話自体はあんまり興味がない。LSTYさんの一言でそれこそFAであろう。
すっきりしなかったのは、冒頭のリンクの内容とそれにまつわる様々な反応。発祥の地は2ちゃんらしいが、まあ2ちゃんかどうかもこの際はあんまり関係がない。
先に、リンク内容の要約を含めた前提から行こう。
・とある実験精神旺盛な人が、「無断リンク禁止」「リンクしたいなら許諾を受けろ」と表示がある、学校のHPにメールを出してみた。
・その結果帰ってきた反応が、およそネット事情が分かっているとは思えぬ頓珍漢なものであった。
・何言ってんだこいつら、バッカでー。
って感じか。
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2005年10月31日
文章力のお話に関する補足。
コメントで書こうと思っていたのだが、なんかこねくりまわしている内によそ様のコメント欄に放り込んでいい長さではなくなってきたので、粛然と独自エントリ(またかい)
なんか言葉の話の難しげな話題なので、お好きな人だけどうぞ。
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なんか言葉の話の難しげな話題なので、お好きな人だけどうぞ。
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2005年10月13日
2005年09月12日
「のま猫」騒動について、考察用準備稿。
すげえいまさらながらなのかも知れないが、例の騒動の話。ご存知ない人は、Googleで「のまネコ問題」とか検索してみるとぼろぼろと出てきますのでお暇なら。他、この辺とか。
ちょっと考えてみたい衝動に駆られたので、考えるべき項目とぱぱっと思いつく内容についての私用メモ。幾つかは間違いなく誰かに先取りされている予感があるので後で調べてみる予定。いや、まあ、考えてる途中で飽きるかも知れないが。
1.タカラのギコ猫商標登録事件との相似と相違。
2.2ちゃんねるユーザーの拒否反応はなんに由来するものか。
3.上記に関連して、2ちゃんねるユーザーの拒否反応は自然発生的なものかどうか。
4.企業側と2ちゃんねらー(2ちゃんねるユーザーとは異なる)との意識の差。また、その意識の差はどこから来るものか。
5.企業側の「読みは甘い」のかどうか。
6.ついでだからmixiとも比較してみる。
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ちょっと考えてみたい衝動に駆られたので、考えるべき項目とぱぱっと思いつく内容についての私用メモ。幾つかは間違いなく誰かに先取りされている予感があるので後で調べてみる予定。いや、まあ、考えてる途中で飽きるかも知れないが。
1.タカラのギコ猫商標登録事件との相似と相違。
2.2ちゃんねるユーザーの拒否反応はなんに由来するものか。
3.上記に関連して、2ちゃんねるユーザーの拒否反応は自然発生的なものかどうか。
4.企業側と2ちゃんねらー(2ちゃんねるユーザーとは異なる)との意識の差。また、その意識の差はどこから来るものか。
5.企業側の「読みは甘い」のかどうか。
6.ついでだからmixiとも比較してみる。
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2005年08月28日
言動の変化はダメなのか、という話。
なんだか腑に落ちない。
まず、事の始まりは「むだづかいにっき」のえっけんさんのエントリーである。
話を整理しよう。上記のエントリーの具体的内容に関しては、よそ様のブログの事件なので細かい踏み込みを避ける。ただ、基本的には
・以前書いたこととくい違うことを書いている、ということに関する批判
という様なコメントとそれに伴う議論があったんだと考えていいだろう。
続きを読む
まず、事の始まりは「むだづかいにっき」のえっけんさんのエントリーである。
「ブログは記事単位で読まれるもの」だからして、その記事内において発言内容が変わるのであれば、確かにこれはちょっと問題でしょう。しかし過去ログでの発言との食い違いがある可能性はあります。それは否定しません。その時に考えた事と、現在の発言内容に食い違いがあることは、別に恥ずかしい事とは思いませんが。
話を整理しよう。上記のエントリーの具体的内容に関しては、よそ様のブログの事件なので細かい踏み込みを避ける。ただ、基本的には
・以前書いたこととくい違うことを書いている、ということに関する批判
という様なコメントとそれに伴う議論があったんだと考えていいだろう。
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2005年08月02日
人は何故、「読むと不快になる文章」をわざわざ読みたがるのか。
なんでだろう。
例えばブログ界隈をうろついてみる。何かを批判しているブログであるとか、何かにケチをつけているエントリーであるとか、つらつらと探してみる。
そういったブログのコメント欄など見ていると、頭が沸騰した様なコメントをつけている方がしばしば見られる。いわゆる「炎上」しているブログに限らず、ごく普通に運営されているブログの、ごく普通に批判を書かれているエントリーでもそういったコメントは見られる。その内容は批判ではなく、大体の場合罵倒や悪口雑言である。いや、まともな批判もあるにはあるのだが。
例えば、アンチ巨人のページをわざわざ見にいく巨人ファン。
例えば、ブログ論のページにわざわざ「ブログ論うぜぇ」と書き込んでいく人。
以前から不思議には思っていたのだが、未だにはっきりとは謎が解けない。つまり、「じゃあ見なきゃいいんじゃネ?」という疑問がどうしても私には拭い去れないのである。
という訳で、今回は「不快な文章を読みにいく」という事象についてうだうだと考えてみる。
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例えばブログ界隈をうろついてみる。何かを批判しているブログであるとか、何かにケチをつけているエントリーであるとか、つらつらと探してみる。
そういったブログのコメント欄など見ていると、頭が沸騰した様なコメントをつけている方がしばしば見られる。いわゆる「炎上」しているブログに限らず、ごく普通に運営されているブログの、ごく普通に批判を書かれているエントリーでもそういったコメントは見られる。その内容は批判ではなく、大体の場合罵倒や悪口雑言である。いや、まともな批判もあるにはあるのだが。
例えば、アンチ巨人のページをわざわざ見にいく巨人ファン。
例えば、ブログ論のページにわざわざ「ブログ論うぜぇ」と書き込んでいく人。
以前から不思議には思っていたのだが、未だにはっきりとは謎が解けない。つまり、「じゃあ見なきゃいいんじゃネ?」という疑問がどうしても私には拭い去れないのである。
という訳で、今回は「不快な文章を読みにいく」という事象についてうだうだと考えてみる。
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2005年06月27日
mixiとブログの比較論
あんまりまとまっていないのだが。
タイトルは飽くまで途中経過であって、実のところ最終的なテーマはトラックバックについてなんである。というか、このタイトルだったらもうちょっと深く考えるべきだったかも知れない。やや反省。まあいいや別に。
トラックバックについては、「むだづかいにっき」のえっけんさんのエントリーを始め様々なお話を読んできたが、私個人の考えは正直未だに固まっていない。私の中でも、どう使ったものかいまいちスタンスが定まりきっていない様なところがある。
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タイトルは飽くまで途中経過であって、実のところ最終的なテーマはトラックバックについてなんである。というか、このタイトルだったらもうちょっと深く考えるべきだったかも知れない。やや反省。まあいいや別に。
トラックバックについては、「むだづかいにっき」のえっけんさんのエントリーを始め様々なお話を読んできたが、私個人の考えは正直未だに固まっていない。私の中でも、どう使ったものかいまいちスタンスが定まりきっていない様なところがある。
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2005年05月20日
ブログやネトゲ運営屋さんの悲哀について。
Seesaaが安定している。安定しているというか、まあ普通に使えていて取り立てて問題もないという状態な訳なのだが、ちょっと問題がありそうに見えたDBクエリのチューニングはうまくいったのだろうか。
で、つくづく思った。運営・保守って損な仕事だなあ、と。
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で、つくづく思った。運営・保守って損な仕事だなあ、と。
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2005年05月12日
「ブログブーム」の特殊性
「むだづかいにっき」様より。
ブログブームってなんじゃ
最初コメント欄に書かせて頂こうと思ったのだが、こねくり回してる内に「これどー考えても人様のコメント欄に放り込んでいい長さじゃねえだろ」という内容になってしまったので、粛然と独自エントリ。この長文癖はどうにかするべきなんではないかとちょっと自分でも思う。
えっけんさんのおっしゃることは全体としてもっともだと思うのだが、何故だか、前提部分であるところの「ブログブーム」という言葉に妙なひっかかりを感じた。違和感というか疑念というか、何かがどーももやもやとしていて気持ちが悪い。取り敢えず、この違和感を整理をしてみることにする。
続きを読む
ブログブームってなんじゃ
最初コメント欄に書かせて頂こうと思ったのだが、こねくり回してる内に「これどー考えても人様のコメント欄に放り込んでいい長さじゃねえだろ」という内容になってしまったので、粛然と独自エントリ。この長文癖はどうにかするべきなんではないかとちょっと自分でも思う。
ブログを一過性のブームと考えている所は、とても冷静だと思うし、そのブームを終わらせたくないと言う気持ちは正直だと思う。
えっけんさんのおっしゃることは全体としてもっともだと思うのだが、何故だか、前提部分であるところの「ブログブーム」という言葉に妙なひっかかりを感じた。違和感というか疑念というか、何かがどーももやもやとしていて気持ちが悪い。取り敢えず、この違和感を整理をしてみることにする。
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2005年05月10日
ブログの書籍化とかについての雑感。
ブログを始めとするネット媒体物の書籍化に関する、全く関係ない場所からの野次馬的所感。
「ある編集者の気になるノート」様より。
ブログの終着駅は、やっぱり本なのか。
うーん。
ココログブックスコンテストといい、ココログは「ブログ→出版」という方向にかなりの可能性を見出している様だ。
ココログに限らず、ブログや掲示板ネタの書籍化話は最近枚挙に暇がない。少々残念でもあり、一方でしょうがないのかな、という気もする。
ココログ出版からはちょっと話が逸れるが、残念というのは、ネット発の情報を固形物にしないままに採算に乗せる方法は、未だに誰も思いついていないらしい、ということだ。
ネットでお金をとって情報を見せる手法は色々とあるが、いい具合に採算に載っているものの話はあんまり聞こえない。固定して儲けられるというと、せいぜい一部のあざとい手法のアダルトページが存在するのみだ。Webコミックもネット文庫も、芳しい評判は聞かない。これはもう、元々インターネットにオープンソース的な要素が多々あったこと、「ネットの情報は無料」という意識がこれだけ根付いている中では、ある程度仕方ないことであるかも知れない。
とはいえ、本来なら、ネット上の著作物を書籍化してお金をとる、という方法はあんまり理想的ではないんじゃないかなーと私は思う。理由は二点ある。
続きを読む
「ある編集者の気になるノート」様より。
ブログの終着駅は、やっぱり本なのか。
始発駅はネットでも、終着駅は本という構図は、まだまだ続く気がする。
うーん。
ココログブックスコンテストといい、ココログは「ブログ→出版」という方向にかなりの可能性を見出している様だ。
ココログに限らず、ブログや掲示板ネタの書籍化話は最近枚挙に暇がない。少々残念でもあり、一方でしょうがないのかな、という気もする。
ココログ出版からはちょっと話が逸れるが、残念というのは、ネット発の情報を固形物にしないままに採算に乗せる方法は、未だに誰も思いついていないらしい、ということだ。
ネットでお金をとって情報を見せる手法は色々とあるが、いい具合に採算に載っているものの話はあんまり聞こえない。固定して儲けられるというと、せいぜい一部のあざとい手法のアダルトページが存在するのみだ。Webコミックもネット文庫も、芳しい評判は聞かない。これはもう、元々インターネットにオープンソース的な要素が多々あったこと、「ネットの情報は無料」という意識がこれだけ根付いている中では、ある程度仕方ないことであるかも知れない。
とはいえ、本来なら、ネット上の著作物を書籍化してお金をとる、という方法はあんまり理想的ではないんじゃないかなーと私は思う。理由は二点ある。
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2005年04月28日
ブログの価値とか独自性とかについての若干の違和感。
あんまりまとまっていなかったりするのだが。
幸いにしてそれ程頻繁なことではないが、ブログに書きたいことを思いついた時、私はたまーにつくづく思いあぐねるのである。「もう誰か書いてんじゃねえかなあ、コレ」と。実は今も思いあぐねながら書いている。これ、結構誰にでもあることなんじゃないだろうか。
この心理をちょっと分析してみて、単純な様で意外に単純でもないかも知れない、ということに思い当たった。自分の中で「オリジナリティ」というものに関する格付けが結構微妙なものであることに気付いたからである。
以下、自分が文章を書く時の傾向について、ちょっと考察してみる。
続きを読む
幸いにしてそれ程頻繁なことではないが、ブログに書きたいことを思いついた時、私はたまーにつくづく思いあぐねるのである。「もう誰か書いてんじゃねえかなあ、コレ」と。実は今も思いあぐねながら書いている。これ、結構誰にでもあることなんじゃないだろうか。
この心理をちょっと分析してみて、単純な様で意外に単純でもないかも知れない、ということに思い当たった。自分の中で「オリジナリティ」というものに関する格付けが結構微妙なものであることに気付いたからである。
以下、自分が文章を書く時の傾向について、ちょっと考察してみる。
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2005年04月21日
続・mixiと2ちゃんの比較論
2005年04月15日
mixiと2ちゃんの比較論
一年前くらいに皆がやっていた議論だったりしたらどうしようかとも思うのだが、まあ世の中既出を恐れていては知は進まない様なそうでもない様な。まあ思いついてしまったので思いついたままに書く。半分雑記なので箇条書きで。
2つの巨大コミュニティーサイトの相似と相違について。双方に対して勉強不足の面があるので、間違いがあったらご指摘願いたい。
・ネットのトラブルには二つの尺度がある。
まずは一般論から。
ネット上で口論だの喧嘩だの荒らしだのが起こる原因は様々だが、起こる過程にはざっくりと言って二つのレベルがある様だ。つまり「存在」と「認識」である。
「存在」というのは喧嘩の種の側を言う。つまりは、トラブルの元になる様な発言とか議論とか、あまり穏やかではないテキストがネット上に転がっている状態のことである。
一方、「認識」というのは喧嘩の受け手の側を言う。上記の「存在」自体はネットを見渡せばどこにでもある訳だが、それが相手にされるかどうかはまた話は別だ。トラブルの種になる様なテキストを繰り返し発信する人がいたとして、それがネットの他の人々の目にとまり、相手をする為に集まってくる状態のことを「認識された」ものと考える。
なんか色々としちめんどーくさいことを言ってはいるが、要は「喧嘩を売る」という行為と「喧嘩を買う」という行為のことを表しており、両方が揃っていないと喧嘩は始まりませんよ、ということだと思って頂けると幸いである。
続きを読む
2つの巨大コミュニティーサイトの相似と相違について。双方に対して勉強不足の面があるので、間違いがあったらご指摘願いたい。
・ネットのトラブルには二つの尺度がある。
まずは一般論から。
ネット上で口論だの喧嘩だの荒らしだのが起こる原因は様々だが、起こる過程にはざっくりと言って二つのレベルがある様だ。つまり「存在」と「認識」である。
「存在」というのは喧嘩の種の側を言う。つまりは、トラブルの元になる様な発言とか議論とか、あまり穏やかではないテキストがネット上に転がっている状態のことである。
一方、「認識」というのは喧嘩の受け手の側を言う。上記の「存在」自体はネットを見渡せばどこにでもある訳だが、それが相手にされるかどうかはまた話は別だ。トラブルの種になる様なテキストを繰り返し発信する人がいたとして、それがネットの他の人々の目にとまり、相手をする為に集まってくる状態のことを「認識された」ものと考える。
なんか色々としちめんどーくさいことを言ってはいるが、要は「喧嘩を売る」という行為と「喧嘩を買う」という行為のことを表しており、両方が揃っていないと喧嘩は始まりませんよ、ということだと思って頂けると幸いである。
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