2009年11月27日

子育ては、ある人の一生を常に左右し続けること。

タイトルで完結。

以下はちょっと雑然とした文章になる。


「親の責任」って言う言葉はよく聞くが、それについて親から見た言い換えっていうものをあんまり読まない気がする。


親の責任って何かというと、多分、「ある人間の一生を、いとも簡単に左右してしまう立場にある」ということを自覚することだ、と思う。


命名がその最初の機会だと思うけれど、親が子供に接する時というのは、常に「この子のこの後の人生、これで変わるかも」という機会の連続だ。いや、普段はそこまで深く考えてたら子供と遊んでられないけど、つきつめるとそういうことだ。

自分の言葉が、ずっと後まで子供の記憶に残るかも知れない。

それを思うと、子供に語りかける為には一種の覚悟がいるし、そんじょそこらの覚悟で名前なんてつけられない。一生背負う物が荷物になってしまうとしたら、それこそ子供に顔向け出来ない。


ちゃんと挨拶出来る子になって欲しいなあ、と思う。ちゃんと感謝出来る子になって欲しいなあ、と思う。私は、私なりの「ちゃんとした」人というビジョンを漠然と持っていて、出来れば息子さんに、楽しく過ごしながらも、だんだんとそういう人に近付いていって欲しいなあ、と思う。それは親のエゴなんてものじゃないし、親の押し付けってものでもないと思う。多分それこそが親の責任だ。


親のどんな一言も、どんな行動も、息子さんの今後にずっと残り続けるかも知れない。それも分かっていて、そして親が失敗することもこれから何度もあるだろうけど、私は努力するつもりだし、多分息子さんも、色んな障害を乗り越えて健全に育ってくれるだろうと思う。そう信じているし、そうなる様に頑張る。


息子さんが生まれて、もうすぐ2歳5ヶ月になる。よく走るし、よく喋る。私が帰っていくと、けらけらと笑ってとびついてくる。とびつかれたら全力で遊ぶ。


たまに、叱られる。叱られるとしゅんとする。しゅんとする姿を見るのはあまり好きではないけれど、それでも私は叱ろうと思う。

posted by しんざき at 18:08 | Comment(2) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

子供が小さい時、父親の最大の仕事は「母-子のラインに割り込むこと」だと思った

最近、息子さんが新幹線を「しゅっしゅぽっぽ」と呼ぶ時がある。SLと勘違いしている気がしてならない。

という話はおいといて。


今日は久々に余裕があったので、奥様息子さん連れで目黒周辺を探検してきた。イタリア料理ビュッフェで食事をしたり、駅ビルで探検スネークごっこをしたり、神社を散歩したりと色々。

で、ちょっと思ったこと。二歳を過ぎて、そろそろ息子さんと奥様の「遊びの嗜好」みたいなものが乖離する気配を見せているのかなあ、と。

息子さんは探検スネークごっこをエラく喜んだ。例えば駅ビルの人があんまりいないゾーンとかで、角から向こうの様子を伺ったり、足音を殺して階段を上ったりすると、息子さんはきゃっきゃと笑う。手を叩く足を踏み鳴らす。潜伏する気ねえ。かなりのテンションである。

ただ、奥様の方は、「喜ぶ息子さんを見ていると楽しい」という感想ではあったが、探検ごっこに参加することは出来なかった。当たり前だ、スネークは徹頭徹尾男性である。物陰に隠れて敵が出てこないか様子を伺うのは、足音を殺して周囲からの視線をかわして進む(むしろ視線が集まりそうな気もするが)のは、根本的に男の子の遊びである。


で、タイトルの様なことを考えた。


特に幼稚園や保育園にお子様が通い始めるまでの間、家庭ではガチガチの母親-子供ラインが形成されることが多い。父親が仕事にいっている間、かなりの率で彼女らは一対一になる。いってみれば、母親と子供だけの世界になってしまう訳である。

私の家庭の場合。これが奥様にとって相当キツいことは当然だが、おそらく息子さんにとっても結構キツい。甘えたい時も暴れたい時も遊びたい時息子さんにはある訳だが、奥様にそれを許容する余裕が十分あることの方がむしろ少ないだろう。勿論、そういう「許してもらえないタイミング」から、息子さんは社会性みたいなものを学んでいくんだろうけど。

とはいえ、息子さんにとって、一番長く一緒にいられる人、唯一一緒に寝られる人、ご飯を食べさせてくれる人が奥様であることは間違いない。


「母親-子供」のラインは強固である。子供にとってはそれだけで充足してしまうし、それだけで完結してしまう。だからこそ、父親はがんがんそこに割り込んでいって、時には双方に余裕をもたせ、時にはお子様に「母親との世界とは違う場所」を見せてあげなくてはいかんのではないかなあ、とか思った次第である。


取り敢えず息子さんと遊ぶのは割と楽しいです。その内色々遊びを教えこんで、厚い父親の壁というものを思い知らせてあげる予定(手加減する気ゼロ)


posted by しんざき at 23:31 | Comment(4) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

息子さんにおける「また」と「もっと」の関係。

奥様の指摘によって気付いたこと。

最近、息子さんが「また」という言葉を使える様になった。例えば、夕飯前におもちゃから離れざるを得なかった時、「でんちゃ、またあとねー」とか。遊びにきていた知人が帰宅する時に「またねー」とか。

で。文脈的には、これらの言葉は「もっと」が使われていた場面で使用されている様な気がする。何か物足りない時、何か遊び足りない時、彼は「も、も」とか「もっとー」とか言う。この欲求は即時的なもので、基本的にその場で満たされないとあんまり満足出来ない。泣く。

それに対して、「また」は。この場合の意味としては「また欲しい」「また遊びたい」という意味、つまりはonce moreとかagainの意味で似ているが、当然のことながらその場で満たされなくてはいけないものではない。明日でも遊べる。明日でもいい。

「もっと」は即時的、「また」は非即時的。

つまり、息子さんの中に「時間」の概念が出来始めた様な気がする。多分長期記憶野とか、その辺の何かが活発に動作し始めた証拠の一つなんだろうと思うんだが、この辺私は門外漢なのでよく分からない。とにかく、「今遊べなくても後で遊べる」という概念が息子さんの中に出来てきたことは、どうも確かな様だ。


人間は、どうやら、「後で」が理解出来る様になるまでそれなりの時間を必要とする。今あるものは、基本的にはそこにあり続けるんだ、ということが理解出来る様になるまでそれなりの時間を必要とする。


そこから考えると、「また」と「もっと」って語源的に何か関係あるんだったっけなーと思ったんだが、その辺学生時代の専門であった筈なのに完全に忘れている。あれーどうだっけ。「もっと」は多分「勿と」だよ・・・な?ううん、思いだせん、というか記憶がないってことは関係ないんだろうか。機会があったら調べてみる。


とりあえず今日おもったこと、それくらい。
posted by しんざき at 10:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

今日のしんざきと軽く息子さんの話 09/06/19

昨日奥様から聞いたのだが。

奥様友人が持ってきてくれたゼリーの空き箱を抱えて、息子さんがとてとて寄って来たと思ったら、こう言われたという。

「こえ、かったの?(これ、買ったの?だと思う)」

昨日お友達が持ってきてくれたのよー、と応えると、続けて

「なか、ないねえ」

と言われたらしい。その時は一つゼリーが余っていたので、一緒に食べてめでたしめでたし、という結末だったらいしのだが。

この話を聞いた時、「へーー」と感動すると同時に、軽微な違和感というか、いってしまえば軽い恐怖感の様なものを感じた。

多分こういうことだと思う。

息子さんは随分色んな言葉を喋る様になったが、その大部分はまだ余り意味をなさないひとりごと、あるいはこちらの質問に対する応答であり、主体的に「ことば」を喋るには至っていなかった。あるいは、「言葉を使ったコミュニケーション」にはまだ至っていなかった、という言い方の方が正しいかも知れない。

言葉を換えると、コミュニケーションという話においては、まだ息子さんは私の中で「人間」になっていなかった。

そこに、自分から「疑問の提示と確認」というコミュニケーションを求めてきた息子さんに対して、私は多分、意識のどこかで「人でないものが人間になった」という恐怖というか、畏怖みたいなものを感じだんだと思う。まあ実際はそんなおおげさな話でもないが、深く掘り下げると多分そういうことだ。

息子さんはそろそろ二歳。基本的にはいい子だが、結構色々な場面で「自我」を感じる面が増えてきた。

ここからがいよいよ子育ての激戦区なんだろうなあ、と。奥様と協力しつつ、気長にやっていこうと思う。



・逆転検事クリア。

ネタバレは控えるが、もうちょっとぎりぎりの勝負が欲しかったというか、ちょっと追い詰め甲斐が足りない様に思った。リアル性なんて誰も求めていないだろうから、もっと荒唐無稽な仕組みをクローズアップしても良かったのではなかろうか。

御剣を動かすのは楽しかったし、いい味出してる会話やキャラもいたが、全体的にやや消化不良な印象。続編が出たらもっとケレン味をばかすか詰め込んで欲しい。

ということで、今は逆転裁判3をやり直していたりとか。この辺は本当に逆転の嵐というか、ケレン味たっぷりな話ばっかりだよなあ。

「華麗なる逆転」は、確かに逆転裁判シリーズの締めとしてふさわしい出来だったと思う。

posted by しんざき at 11:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

息子さんを見ていて、二語文と想像力の関連について考えてみた。

息子さんはもうすぐ二歳な訳だが、最近おままごとをする様になった。

ナスのおもちゃや、二つの積み木をマジックテープでくっつけた物体をおもちゃのナイフでぶった切っては、お皿に乗せて「どーじょ」と渡してくる。どうも彼の中では料理が想定されているらしい。食べる真似をするとけらけらと喜ぶ。

で、ちょっと思ったこと。息子さんを見ているとどうも、「二語文」を使える様になると同時に想像力パラメーターが跳ね上がった様な気がする。

二語文を使える様になったのは比較的最近だ。多分ここ一、二ヶ月ではないだろうか。主語と述語。英語的に表現すると、SVだったりSCだったりする。

「バス、いないねぇー」「パパ、こっち」「ぶーぶー、あったねぇ」など。まだ目的語は使えない様だ。

で。おままごとの際に判明したことなのだが、彼はおもちゃのナイフで料理をする前、「宣言」を行うのである。 おもちゃの積み木を差して、高らかに「これ、ぱんぱん(パンのこと)」と主張するのである。なんということはないブロックを差して、「これ、ばちゅ(バスのこと)」と謳うのである。で、その後そのブロックを「ぶーぶー」言いながら引きずりまわしたりする。

どうも、「主語 + 述語」という言葉が使いこなせると同時に、「これは○○である」という想定というか、定義付けという遊びも明確になった様な気がする。以前からその片鱗めいたものはあった様な気もするが、ここまではっきりと自他に主張する様になったのは多分最近だ。


認知言語の人が聞いたらなんというか分からないが、私の中では「あー、言語あっての想像力なんだなあ」と納得した次第である。


と、今日の息子さん観察記ここまで。
posted by しんざき at 18:07 | Comment(4) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月10日

子供がピタゴラスイッチを好む理由

「力点と作用点の間に距離がある」現象を好む本能、みたいなものがある気がする。

以下、私の息子さんを見ていて思ったこと。

息子さんは、「何かをすると、離れたところで何かが起きる」ということに凄く興味を示す。例えば、階段の電気のスイッチ。例えば、ドアやクーラーのリモコン。例えば、手を離すと段々を車がすべり降りていくおもちゃ。

こういったものに対して、息子さんは極めて強い反応を示す。最初、手元での操作が離れたところで何かしらの反応を示す時、息子さんは目をまんまるくする。何度も繰り返したがる。繰り返すごとににまーーーっと笑う。

なんだろう、これ。

推測その一。「影響範囲を広げたいという欲求」の変形。手元から遠くまで、自分のしたいことの意志が伝わる、ということに何らかの快感がある。

推測その二。「自分の手を離れたところに何かが伝わっていく」という、いわば動力に対する興味。中で何が起きているかはよく分からないが、離れたところに何かが動力として伝わっている、これは一体なんだ、と。


まあ細かいことは本人に聞いてみないと分からないが。もうちょっと意思疎通が出来る様になったら聞き込みしてみる。

こういった欲求とか好奇心の延長に、一時期のドミノブームとか、ピタゴラスイッチの人気みたいなものがあるんじゃないかなあ、と何となく思った。

あ、息子さんボキャブラリーはまた幾つか増えて、現在はピタゴラススイッチのことを「チッチ」と呼んでいます。その後「ミミ」というのは、どうもピタゴラスイッチ・ミニのことらしい。


あ、ちなみに、力点とか作用点といった言葉の厳密な使い方はよく分かっていません。間違ってたら生暖かく見守ってやってください。
posted by しんざき at 18:16 | Comment(4) | TrackBack(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

子供が生まれて変わったことを、掛け値なく本音で考えてみた。

お子様が生まれて一年と四ヶ月くらい経った。


総合的に考えて、私は息子さんが我が家に来訪してくれたことに凄く感謝しているし、息子さんが一年と四ヶ月健康に育ってくれていることに凄く感謝しているし、息子さんを健康に育ててくれている奥様や周りの人々に凄く感謝している。

しかし、Webを見ていると「子供が生まれて何が起こったか」ということを、男性視点でホントーに本音で書いてある記事は割と少ない様に思った。私の感謝を前提にしても、生活が大きく変わったのは事実であって、変化の中には得たものも得にくくなったものもある筈だ。

そこで、私は真剣に考えてみた。子供がうちにやってきて、私の生活はどう変わったか?何を得て、何を得にくくなったのか?

以下、色々とミもフタもない書き方をするのでお気を悪くした人はすみません。


得たもの
・働く際の強烈な目的意識
・膨大な夫婦間の会話のタネ
・早く仕事を済ませようというモチベーション
・(特に妻子もちの)上司・同僚に対する膨大な世間話の材料
・誰にも文句を言われない「帰る理由」「誘いを断る理由」
・知らない人との大量のコミュニケーション機会
・縁者との関係回復
・息子さんの成長、という興味深いコンテンツ
・運動機会
・子供視点との同一化
・帰って息子さんと顔をあわせた時に息子さんがにやーーっとする笑顔


得にくくなったもの
・夫婦二人の時間、特に夜の外出機会
・外食、特に飲み屋に行く機会
・夫婦揃って参加する飲み会、会食
・休日に一人だらだらする時間
・継続的に必要となるであろうお金
・据え置きゲーム機でゲームをする時間
・整理整頓されたリビング(ただし、これは子供が生まれる以前からの問題だったような気もする)



補足してみる。

・働く際の強烈な目的意識
・早く仕事を済ませようというモチベーション


仕事関連のお話。

息子さんが就寝する時間は決まっている。つまり私は、息子さんが就寝する時間までに帰宅しないと起きている息子さんに会えない。寝る前の息子さんのにへらーーっとした顔を見れないのは、私にとっても割と残念だ。その為、以前にも増して強烈に「さくっと帰る」というモチベーションが強まった。

さくっと帰る為には、さくっと帰っても誰にも文句を言われないクオリティで仕事をしなくてはいけないし、さくっと帰っても誰にも文句を言われないポジションを維持しなくてはいけない。この目的意識は結構強烈だ。ついでに、上司がさくっと帰れば部下もさくっと帰りやすい。多分一石四鳥くらいの効果はあるんじゃないかと思う。


・膨大な夫婦間の会話のタネ
・(特に妻子もちの)上司・同僚に対する膨大な世間話の材料


読んで字の如く。

夫婦間の話で言えば、もともと会話のタネに困っていた訳でもないが、話す内容は大幅に増加した。お互いにとって「凄く関心のあるテーマ」が1カテゴリーできたという意味では、確かに夫婦間の良化に寄与すると思う。旦那が子育てや家事にきちんと参画しないと意味をなさないだろうし、私は極力そうしているつもりだけど。

職場での話をすれば、自分から話題に持ち出すとウザいかも知れないのであまり能動的にはなっていないが、話を振られた時には話題が尽きない。お子様がいる上司や同僚に対しては、質問をするという形式での話も振りやすい。ここぞとばかりに先輩顔をして気持ちよくなってくれる上司もいる。


・知らない人との大量のコミュニケーション機会

息子さんを連れていると超話しかけられる。おばちゃん、おじいちゃんおばあちゃんのみならず、女子大生女子高生とかにもけっこー話しかけられる。この前近所の大学の学祭にいったら、理系男子の集団まで釣れた。恐るべし息子さん。

まあ、この場合父親はおまけなので、話したくない時は会釈だけするくらいでもいいんじゃないかと思う。

・息子さんの成長、という興味深いコンテンツ

この前まで赤ん坊だった生き物がなんかだんだん人間になっていく、というコンテンツは個人的に超興味深い。エンターテインメントとしての価値があると思う。
最近は言語学的な分析を開始出来そうな勢い。何言ってるんだろうなアレ。


・運動機会

考えてみるとあの生き物、鉄アレイとかより重い。抱っこして駈けずり回っている回数を考慮すると、相当の運動になっているんじゃないだろうか。来年辺り上半身ムキムキかも知れん。


・子供視点との同一化

行き慣れた場所へ行く時も、「まだ見たことがない感覚」を体感出来るというか。記憶が真っ白な息子さんの立場になることで、色んな物を凄く新鮮に捉えることが出来ている様な気がする。


・縁者との関係回復

数年前からは信じられない程会う機会が増えた。まあ、勿論私の存在はおまけのおまけのおまけであって、彼らの目的は孫なのだが。っつーか結構人が変わりましたあの人たち。

まあ親孝行にはなったんじゃないかなあ。やっぱ人生の一線を引いた人にとっては、「自分の血がなんだかんだで今後も残る」っていうのは嬉しいことなんだろう、と思う。

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一方、以下は得にくくなったものについての補足。

・夫婦二人の時間、特に夜の外出機会
・外食、特に飲み屋に行く機会
・夫婦揃って参加する飲み会、会食


流石にこれは得にくくなった。息子さんはまだ食事一回分お行儀よく座っていることは出来ないし、夜就寝中の息子さんをおいて出かけるなどということは勿論出来ないので。あと、インドアの遊びも全体的にしにくくなった気がする。コンサートだの映画だのには流石に行けない。もともとそんなに行ってない気もするけど。

バイキングなど、立って歩いても不自然でない外食屋さんにはそんなに問題なく行けるし、実際結構いっている。


・休日に一人だらだらする時間
・据え置きゲーム機でゲームをする時間


だいぶ少なくなった。私が息子さんの相手が出来る時はなるべくしてあげたいし、奥様にはその間多少は休んで欲しいので。

家事に関わる時間も増えたので、必然的に一人でふらっと出かける時間も減った。

とはいえ、息子さんが昼寝をしている時とか乳を飲んでいる時とか、なんだかんだで結構サボっている様な気はする。ちなみに、据え置き機には水をぶっかけられたりする恐れもあるので、現在テレビの奥にPS2が置いてあるだけである。夜、息子さんが寝た後はやろうと思えば割と出来る。


・継続的に必要となるであろうお金

息子さんは健康であることもあり、今のところそこまで感覚がないけど、学費やらなにやかやで今後は色々かかってくると思う。目的意識の一部でもある。


・食/住の選択幅

流石にもう狭い家には住みにくいと思う。あと、ジャンクも食べにくくなった。考えてみると、住居にかかるお金も「継続的に必要になるお金」ではあるな。


・整理整頓されたリビング

息子さんは遠慮会釈なく色んなものを引っ張りだしたり撒き散らしたりするので、当然の如くリビング・ダイニングは散らかる。
もともとそこまで秩序だった生活をしている訳ではないのでまあ大して気にならないが、神経質な人には大変だろうなあ、とは思う。


取り敢えず、自分の思考の整理の為に上記の様なまとめ。また気がついたことは書き足す。
posted by しんざき at 21:33 | Comment(4) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月03日

今日のしんざき 08/07/03

昨日で、息子さんが生まれて一年が経った。根性で6時に退社し、寝る前の息子さんと顔を合わせた。にへらーー、と笑った。

最近、数歩歩く。本人はあんまり「歩いている」という感覚がないらしく、なんだかハイハイをしているつもりなんだけどいつもより遅いな、という様な漠然とした歩き方ではある。同時に何やら道具を使う兆しが見えてきたことには、クロマニョン人進化の過程を見る様でなかんか興味深い。

親としてもいい経験をさせてもらった一年だったし、自分達が随分と人間関係に恵まれているんだなあ、と確認する一年でもあった。

まずは、一年経って、世界というものは割といい所だ、と息子さんが思ってくれていることを祈るばかりである。


うん。世界というものは、割といいところだ。


・タイタニアがアニメ化するとかなんとか。

「タイタニア」公式サイト

一体発掘してきたのは誰だ。


というかまず続きを書くのが先決ではないのか、火浦さんかお主は、と思う一方、今の田中先生が続き書くとどんなのになるんだろうなあ、と一抹の不安も。しかし、それにしたって3巻のあのヒキはないよなあ。

まあ、まずは静観。


posted by しんざき at 23:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

今日のしんざき 08/04/21


・波乱万丈過ぎた日曜日の顛末。

もう何がなにやら。

まず午前〜夕方。うちの奥様の心理学勉強会が渋谷であるというので、息子さんの身辺警護をする為に着いていったらロケーションは青山、こどもの城。午前中から夕方まで、息子さんと水いらずで一日を乗り切ることになったお父様の奮闘が今始まる。


ということで、エントランスでひとしきり途方に暮れた後、ベビーカー搭乗中の息子さんとの館内探索から話は始まり。息子さんが一番満足げに「あー」とか「うまー」などと感想をおっしゃった3階・プレイホールに居座ることに決定。大型アスレチックが楽しそうでした。むしろ俺にとって。

0〜2歳児用のスペースという場所で、滑り台に向かって息子さんをけしかけたり、クッションに向かって息子さんをボディプレスさせたり(喜んでいた)して(私が)遊んでいた所、子供が増えてきて図体のでかい私の存在が邪魔になり始めた為、息子さん自由放牧形式に以降。よそのお子様にハイハイでずかずか近寄っていって、一次接近遭遇を試みる息子さんを暫く観察していました。


観察していて分かったこと。彼にとって頭突きは挨拶。


当然のことながら、現世に這い出してきて9ヶ月ちょっとの赤ん坊に世慣れたコミュニケーションなど期待出来ようもない訳だが、自分よりも体の大きな幼児にも平然と近寄っていって、いきなり頭突きをかましそうになっては父に引っ張り戻される、というプロセスはなかなかどうかと思いました。

興味を持ち合ったらしい女の子に実際に頭突きを実行してみては、自分の方が痛かったのか「ひーん」と情けない声を挙げて父の方に這い戻ってくる息子さん。まずはザンギ頭突きで相手をピヨらせる練習から始めるんだ!

及び、周囲のお兄ちゃんおねえちゃんばかりではなく、保護者のお母様方にも果敢にアタックを試みていました。皆様に可愛がってもらえて何より。

その後、休憩時間に奥様と和食を食べにいったり、遊びつかれて寝てしまった息子さんの横で氷竜クエに挑んで全滅したりしている内に勉強会も終わり。波乱の夕方でした。



・波乱万丈過ぎた日曜日の顛末・飲み会編。

その後というか。この日は丁度、ヘタすると2年か3年ぶりくらいじゃねえかというWebの知人達との邂逅。かつてギルティギア・ゼクスやイグゼクスで腕を競い合ったり全く競い合わなかったり、オフ会の横でカプエス2の大会に出たりしていた「紗夢OB会」の飲み会でした。青バルログが楽しかったです。

ロケーションはちとせ会館、「くいもの屋わん」。面子は飲み会常連ズ計6名で、通算だと何度目なのかよく分からない飲み会でした。ゼクスの頃からなので、一部の人とは足掛け8年くらいの付き合いがあるんじゃなかろか。

相変わらず、ギルティ飲みなのにギルティの話題が殆ど出てこないのがデフォルトでした。ついでに水餃子の正しい読み方をマスターして、かしこさが軽く6〜7はアップしました。忘れない様にブログにもメモっておく。

9時過ぎにお開きになり、帰宅は10時頃。声かけ&幹事のPさんに深く感謝。また遊んでください。



・まさかニュースソースとしてかーずSPさんに取り上げて頂ける日が来るとは思わなかった件。

かーずさんに取り上げて頂ける記事を書く、というのは、レトロゲームブログとしての不倒城の一つの目標にはなっているのだが。思い当たらないアクセスがたくさんあったのでどうしたかなーと思って見に行ってみたら、なんと情報参照元として不倒城の文字があって腰を抜かしました。


他にも色々と、色んな方に見て頂いているんだなーあり難いなあ、と思うことしきり。ご覧の通り無理して頑張ったりは全然しないブログですが、これからも適当にやりたいと思います。皆さんありがとうございます。


今日はそれくらい。
posted by しんざき at 18:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

赤ちゃんの成長をRPG的に考えてみる日

いやもう、うちの息子とか見てると、人間ってすげーと思う訳ですよ。半端ないと思う訳ですよ。


生まれたばっかの赤ん坊って、出来ることが少ない。ホント少ない。アビリティ的に考えて、「泣く」「乳を吸う」の二つくらいしかない。多分スライムにも勝てない。

戦闘画面で「泣く」「乳を吸う」の二つしかコマンドが表示されなかったら途方に暮れるだろ普通。ゲームバランスが悪いとかそういうレベルの問題じゃない。エルナークの財宝でももうちょっと優しいバランス。

「眠る」すらないんですよ、赤ん坊って。まだ自分ひとりじゃ寝付けないの。母乳吸ったり、寝かしつけられないと眠れないの。体力回復出来ないじゃん。マジ大変。

動物はある程度育った状態で生まれてくるからすぐ立てる、らしい。その点、人間の赤ん坊の未成熟っぷりがつくづく実感出来た。使用可能コマンド少なすぎ。


しかし、初期状態レベル0から始まった息子さんの成長具合が凄い。まずアビリティ取得。
「笑う」「なんか掴む」「声を出す」に始まり、「寝返り」「うつぶせ状態で後ずさる」「転がる」、最近だと「おすわり」「つかまり立ち」「離乳食を食う」まで習得した程の勢い。アビリティポイント足りるのか、と心配になる。どんだけ成長率高いんだと。

これだけコマンドが揃えば、戦術次第でスライムくらいには勝てるんじゃないか、という気になってくる。やれそうな気になってくる。「転がる」→「お座り」のコンボとかでスライム倒せるんじゃないですかね。うまくやれば。


たった半年でこれ。人間って、僅か半年でここまで成長出来るのか、と正直感動した。


あと一年ばかり経てば、「歩く」とか「単語を喋る」とか「ボール投げ」とか、また色々アビリティを習得するのかなあ。まあ、成長具合は人それぞれだから本人の気の赴くままに習得していってもらえればいいかとは思うが、それぐらい成長してもおかしくないかも、と思わせるだけの成長曲線を描いている。


振り返って、自分のステータス画面を想定してみる。うーむ。あんまりアビリティ増えてないなあ。ここ半年で考えても、「Ruby」がちょっとと、「Oracleチューニング」がちょっと、後「部署経営」がちょっと。負けてる、負けてます。

ただ、考えてみると、自分も歩いたり走ったり出来る様になるまでに、今の息子さんと同じプロセスを歩いてきた筈だと。喋りながら箸で煮豆をつまめるだけでも、結構大したものなんだと。

息子さんと同じ、とまではいかないけれど、もうちょっと出来ることを増やせる様頑張れるかな、と。そんな風に思いました。
posted by しんざき at 16:18 | Comment(4) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

子供が生まれてわかったこと。

遍く親はかつては子供だったのだ、という、口に出してしまえば当たり前のこと。


あんまりまとまってないけど、混沌とした雑感をそのまま書く。

私は中二病である。かつての私は、「親になってみないと分からない」という言葉を嫌悪しながら生きてきた。それでも、実際の所「親になって分かること」が何かということ自体については興味があったし、それを整理してみたくもなった。


人間は、生まれた時点では「自分の親-自分」という関係性しか持っていない。だから、「自分の親の親-自分の親」という関係性については、多分推測することしか出来ない。つまり、「子供としての自分の親」というものをリアルに実感することは難しい。少なくとも私に関してはそうだった。

「親」という存在を相対化できなかった、という言い方でも同じだろう。親はどこまでも「親」でしかなく、それ以外の何かではなかった。

子供が出来ると、「自分-自分の子供」という関係性を取得出来る。この時初めて、「自分の親の親-自分の親」という関係性との相似形が、自分というプログラムのサブセットとしてリンクされる。自分の親がかつて自分を育てたプロセスが、ある程度生の形で理解出来る。

その時分かる。「あー、自分の親は、自分を育てる時点では子供だったんだな」と。はじめから「親」である親などこの世に存在しないのだ。

当たり前のことなのだが、確かにこれは、子供が生まれるまでリアルに実感出来る内容じゃない。


「親の気持ちが分かる様になる」という言葉は陳腐だけど、おそらくこれは「自分が親の階位まで上がって、そこから物事を見ることが出来る様になる」という意味ではないのだろう。

少なくとも私にとっては、その言葉は「別世界にいた親という存在を、自分と同じ位置まで引き摺り下ろす」という心理体験だった。いいことなのか悪いことなのか知らんが、これが事実だ。


私と、私の親との関係は、多分ちょっと歪な形をしていたと思う。理想的な関係だったとは私は思わないけど、自分と同じ立場まで親を下ろしてみて、ようやくそのことを自分の中で消化出来そうにも思う。今後に生かすことも出来るかも知れない。


その一方で、出来たら自分の子供には、理想的とは言わないまでも、なるべくいい感じの親子関係を提供出来ればなーと思う。
posted by しんざき at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月29日

ある赤ん坊が産まれるに至るまでの淡々とした記録。

先日書いたが、子供が生まれた。


一生にそう何度も無いことだ。思ったことを何かの形で書き記しておきたいと思った。といっても、思った内容全てを書き切ることなど、私の脳みその表現力では到底期待出来ない。せめて淡々と、出来事の表面だけでも書き残しておこう。
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posted by しんざき at 22:10 | Comment(4) | TrackBack(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月12日

今日のしんざき 07/07/12

・・・え、ネギまって実写化するんですか?(情報遅過ぎ)

いや、先日の実写化云々のエントリーのご反響で初めて知ったんだが、思考描写云々の遥か前の段階で、萌え漫画の実写化って一体誰をターゲットにしてるのかが良く分からない。企画を起こしたのは誰だ?

ちょっと興味が沸いたのでぐぐってみた。

StarChild:魔法先生ネギま!

・・・・・・うわーなんだこれ。


最近マガジンはチラ読みもしないんだが、何かドラマ向きの展開でもあったんだろか。まともに考えれば、漫画の実写化というよりはむしろ何かのプロモの意味が大きい様にも見えるけど。二次元なヒトビトを三次元に引っ張ってきて何かの商売でも始める気か?声優業界がなにやら騒動みたいだから、それに代わるマーケットでも作る気なんじゃあるまいな。

まあ、その内誰かが総括してくれるだろうからそれ読めばいいか。


・息子さんのご様子

生後10日。

大変元気です。すげー勢いで母乳飲んでます。この前臍の緒が取れました。鼻づまりが若干心配。

気付いたこと。目を開いてきょろきょろと周囲を見ることは良くあるんだが、かなりの至近距離に顔を近づけても目が合うことが少ない。新生児の視力はかなり低いと聞くけども、生物と無生物の見分けなんかはまだ無理なんだろうな。

触覚は敏感みたいで、手に指を置いてみると握ってくる。この前左手を上下に振って、ジョルジュ長岡の真似をさせてみたらニヤニヤしていた。楽しそうだ。


私自身は、現在自宅と奥様実家の二重生活を送ってます。電車で20分くらいしか離れてないけど。季節が季節だから部屋の湿度が高くて、三日も四日も放っておけぬ。


・仕事でイタリアの人と会話して、なんとなく大学時代を思い出した。

私はイタリアの人には良い印象がある。昔大学に行っていた頃、研究室にはイタリアからの留学生がいた。院生で、中世・近世日本語に関しては私より詳しくて、源氏物語の「桐壷の巻」をそっくり暗唱出来ると豪語していた。実際にやってくれたことは一遍もなかったが。

関係ないが、そういえば私は根拠のない豪語をする人も割と好きだな。多分、私自身が根拠の全くない豪語を得意としている人間だからだろう。ともあれ、彼が私に教えるくらい近松浄瑠璃に通じていたことは確かな事実だ。

彼の口癖は、「イタリアは島だ」と、「和食超美味い」だった。なんでもイタリア料理と和食には色んな共通点があって、和食好きなイタリア人は多いそうだ。そういえば、日本でもイタリア料理を好む人間は多い。

イタリアが島な理由はよく分からなかったが、まあ「千葉は島だ」と同じ様な感覚なんだろう。多分だけど。

彼は私が卒業する年にイタリアに帰ったが、どういう訳か日本土産にマトリョーシカを買ってきた。そりゃロシアだろ、とか思ったが、突っ込んだら負けだと思ったので黙っていた。彼も黙っていた。熱い男だった。

ちなみに、会社で会ったイタリアの人もやっぱり和食は好きだった様だが、イタリアは島かどうか聞いてみたらきょとんとしていた。通じてない、全然通じてないよアル○リッツォさん。やっぱアレも突っ込みどころだったんだろうか。
posted by しんざき at 17:35 | Comment(11) | TrackBack(2) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

今日のしんざきと、生まれた話と、ちらっと東京村の話。 07/07/02


生まれました。男の子でした。立会いました。幸いスピード出産で、母子ともに健康です。

しばらく更新が不定期になりますが、元々不定期だから全然変わらないか。


・日曜は、出産の前日に登山していた件。

いや、高尾山ですけど。奥様の希望で、っつーか登山中に産気づかなくてほんとーーーーに良かった。

一応鍼灸の先生やお医者さんの診断を踏まえてのことだったとは思うんですが、身体をやわらかくする為とはいえ、産み月に山登りってのは一体どうなんだ。とはいえ、久々のハイキングは清涼で楽しかったですよ。

ごみを拾いつつ、帰りはケーブルカーでショートカット。


・土曜日は人狼BBS東京村に参加していた件。

元々しょうたさん迎撃のつもりで参加していたんですが、いざ行ってみたらものすげー豪華メンバーで超絶楽しかったですよ。

二次会前には食事会。軽く飲みましょーか、という話は元々しょうたさんとしてましたが、あれよあれよという間に参加人数が増え。結局、私、しょうたさん、newさん、れおんさん、あじさん、hiro_sさん、スピカさん、みながーさん、TUKINさん、あきさん、toytoyさん、はいからさん、tyubakaさんという大所帯に。個人的にはまだ巻き込みたい方が何人もいたんですが、諸々の事情で断念して天狗で飲み。ひたすらウイスキーと泡盛をちゃんぽんにして飲みまくったりしていました。美味い酒が飲めました。けどデザートは勘弁。

あと、ゴキブリポーカーを今回初体験しました。超絶おもしれえ。でも、一箇所を全員が攻め始めるとものすげえ不利、という状況に慄然。こええ。

あと今回の引き、狼・狼・村人・占い師・ハムスター。もはや何も言うまい。ただ、5つ村をやった中、3回はどういう訳か占い師が確定してた、というのは敢えて付記しておこう。一回狼側で勝てたけど。

ただ、一回ひどい狼をやらかした。ホントーにひどかったけど詳細忘れたから別にいいや。


取り敢えず以上な感じで。

posted by しんざき at 23:19 | Comment(27) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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