2019年03月15日

私は子どもたちに、どんな言葉を持たせてあげられるだろう

子どもに何を伝えよう。

子どもに何を伝えれば、彼が、あるいは彼女が、いつか幸せを自分でつかみ取る為の握力になってくれるだろう。

子どもを幸せにすること、それ自体は多分、親のメインタスクではないのだと思う。勿論、子どもが幸せに暮らすことが出来ればそれに越したことはないし、その結果子どもの精神の筋肉が豊穣に育てばそれに越したことはないのだが、最重要課題は多分別にある。

それは、子ども達が将来、自分で自分の幸せを定義し、その定義した幸せに向かって歩んでいき、出来ればその幸せに到着することが出来るようにする、その力を育てることなのだろうと思う。

つまり、

親の一番の仕事は「子どもを幸せにする」ことではない。

親の一番の仕事は「子どもに、将来自分で幸せをつかむ為の方法を教えてあげる」ことだ。少なくとも私の中ではそうだ。


その為の方法論は、多分無数にある。そして私は、その無数にある中で、最も私の家庭に適したものはどれかなーと模索する。試行錯誤する。たまには成功して、またたまには失敗して、奥様と相談しつつ違う方法論を手にとる。子育てというのは、多分その繰り返しなのだろうと思う。

親が子どもに伝えた言葉が、子どもの中にずっと残る確率は何%だろう。自分のことも併せて考えれば、多分それはかなり低い確率なのだろうが、それでもそれはゼロではない。私の中の何%かはきっと親の言葉で出来ているし、親の言葉が埋まっている土壌、そこから生えてきた草花もおそらくあるのだろう。


だから私は、出来るだけたくさんの言葉を子ども達と取り交わす。公園に連れていく為、補助座席に子どもを座らせた自転車の上で。夕飯を食べ終わった後、風呂に入る前の脱衣所で。朝起きて、子どもたちにご飯を食べさせて、学校に送り出す前のほんの数分で。

幸せのかたちというものは多分いくらでもあるものであって、自分自身にとって「それが幸せだ」と認識出来ればそれでいいのだろうとは思う。ただ、「こういう幸せもあるんだ」というモデルケースをいくつか提示してあげるのは多分悪いことではなく、少なくとも私と奥様は今幸せなので、「数ある幸せのひとつ」として自分たちの足跡を伝えることは、恐らく全くの無益ではないだろう。勿論、その幸せの中には、いつも変わらず子どもたち自身の姿もある。


こういう一つの幸せにたどり着く為に、自分が辿ってきたすべての足跡。

結局のところ、自分が通ってこなかった道のことは、私には分からないのだから、全てはそこに集約されるのだろう。

かつての自分と、今の自分。それが子どもたちに渡すことが出来る、私のすべてだ。



posted by しんざき at 16:29 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日のしんざきのFF14進捗 19/03/15

どうも光の雀士です。最近、子どもを寝かしつけた後は大体エオルゼアに行っています。周回遅れはいつものことなのでのんびり気楽にやっています。

やってることはドマ式麻雀の傍ら、メインストーリーを進めたりちまちま採掘したりクラフターのレベル上げをしたりという感じで、今のレベル状況がこんな感じです。


FF14_190315.png


ロードストーンというものの使い方を最近知りました。便利ですねーこれ。

ナイト:37
採掘師:38
木工師:16
鍛冶師:17
甲冑師:17
調理師:30
彫金師:16
裁縫師:21
革細工師:16
錬金術師:17


アイコンとの対照これであってるのかな。まあいいや。クラフターは均等に上げていくのがいいと聞いたのでなんとなく均等に上げています。アディショナルスキルをあれこれ試すのが楽しいですね。一方、どういう訳か採掘師のレベルがナイトのレベルを抜いてしまいまして、現在は光の採掘師と化してあちこちの採掘ポイントを漁っています。掘ってきた鉱石をマーケットに出しておくと結構売れるのが大変良いですね。

メインクエストは当然ナイトでやっているのですが、何故そちらを放置気味なのかというと、ことあるごとに「砂の家すぐ来い。三秒な」と呼び出してくるミンフィリアさん対応の為です。砂の家はもうちょっとアクセスいい場所にならないんでしょうか。

ただ、それでもちょこちょことはメインクエストを進めておりまして、先日は@noyshimaさんにお付き合いいただいてトトラク千獄というところに遊びにいってきました。丁度タンクの動き方もうちょい練習しないとなーと思っていたところなので、色々アドバイス頂いて勉強になりました。なんかダンジョンにも色々潜れるようになっているようなので、雀士活動の傍らダンジョンもやっていきたいと思います。

今回覚えたナイトの立ち回りのポイント。

・基本的にはちょくちょくフラッシュでヘイトを稼ぎながらファストブレード→サベッジのコンボを繰り返す、以前からの立ち回りで問題ない
・敵の数が多かったら早めにランパートを使っていく
・モンスターは味方に対して背中を向けるように誘導する(自分と味方で敵を挟むようにする)
・範囲に入り次第シールドロブを使って敵をひきつける
・スキルはXHBに入れて手元で使えるようにする(やり方はこれから調べる)

ダンジョンで戦ってると結構忙しいので、仲間にタゲが漏れてないかどうかとか確認し切れてないのでそこは慣れないといけないですねー。

ナイトの装備更新はキモでありそうなところ、鍛冶師や甲冑師を上げれば装備も自作できそうなので、当面クラフター上げは続けていきたいと思います。

取り敢えず直近でやりたいこととしては

・ドマ式麻雀でレート1800を達成・維持する(現在二段・レート1767)
・アディショナルスキルを集めながらクラフター上げをする
・採掘で売れそうなものを調べてたくさん掘ってきて売る
・行ったことがないダンジョンに行ってみる
・気が向いたらメインクエストも進める

という感じでいこうと思います。

そういえばグランドカンパニーは不滅隊に入りました。他のカンパニーは指揮官の演説だけであるところ、不滅隊だけナナモ様もおまけでついてくるのずるくないですか?ナナモ様は大変お美しいと思います。

あと、全然関係ないんですが、ギルマスの中では錬金術師ギルドのセヴェリアンさんが大変お気に入りです。「私にギルドマスターらしさを求めるなど愚の骨頂!!」は大変名言だと思います。
結構キャラクターもいい味出してて良いですよね。ララフェルのロリババア好きホイホイ感は異常。

取り敢えず今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | FF14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

今日のしんざきとFF14の話とか 19/03/12

どうもしんざきです。なんか、光の雀士活動の傍ら副業として光の戦士活動も始めまして、

いつの間にかレベルが33になってたのでナイトになりました。というか、剣術士のクラスクエストをずっと放置していたのですが、そろそろ進めるかーと思ってざーっと進めてみたらなんかナイトにたどり着いた、という感じです。人生いろいろありますね。

ちなみに、私が使っているキャラクターはCalchakis Karamarkaと言いまして、パンデモニウム鯖をうろちょろしています。見かけたらよろしくお願いします。こんなんです。

ffxiv_20190312_071832_529.png

もしサブキャラを作ることになったらRumillajta Kjarkasという名前になる予定です。名前の由来は分かる人だけ分かってください。

ただ、現在のところは金策の為にギャザラー・クラフターも上げ始めまして、取り敢えず採掘師から始めてみました。今のレベルはこんな感じです。

ナイト 33
採掘師 28
鍛冶師 16
木工師 7

なんか回りの人たちみんなレベル70とかなんでまだ全くの駆け出しのレベルだと思うんですが、のんびりやっていこうかと思います。しばらくはナイトのクエストを完全放置してクラフターを上げていこうかと思っているところです。銀鉱掘って売りさばいて儲けたい。(特に何か金の使い道を想定しているわけではない)

まあアレですね、MMORPGなんてコンテンツの塊なわけで、「何も知らない手探りの状態で色んなコンテンツをつまみ食いしていく」という遊びだけで十二分に楽しいわけです。チョコボに乗って採掘場所探して、クエスト見かけたらこなして、なんか次々新しいクエストが発生してそれを片付けるのに手いっぱいになる、みたいなループを繰り返しているだけで楽しい。こういうのはMMOの醍醐味ですよね。

ドマ式麻雀目当てでふらふらとエオルゼア入りしたらなんか本編も始めてしまったというわけで、完全に開発者のシナリオ通りだと思うんですが、こういう楽しいシナリオは歓迎なので良いことにしようと思います。

ちなみに、光の雀士活動の方は三段、レート1800を目標にしているところ、今レート1700くらいです。1800の壁厚そう。

ゆるゆると続けていこうかと思いますので、先輩光の戦士ないし光の雀士の皆々様、見かけられたらよろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | FF14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

「ドラえもん のび太の月面探査記」は驚く程旧旧作大長編ドラえもんの文法に忠実な作品でした (ネタバレ感想あり)

見てきました。


いや、実は3/1から公開されていたということを完全に失念しておりまして、土曜ぽっかり予定が空いていたところ「何しようかねー」と子どもたちと相談していたら、ふと検索に引っかかったドラえもんが「もうやってるじゃん」ということに気づき、その日の内に観に行くことを決めた、という行き当たりばったり感なわけですが。

なんだか今回、脚本を辻村深月さんが担当されているということで、辻村深月さんの作品を愛読している奥様も楽しみにしていたようで。一家5人で、六本木のTOHOシネマズまで行って参りました。

結論から先に書きますと、映画は面白かったですし、大人も子どもも十分に楽しめる内容だったと思います。奥様と私の感想はというと、それぞれ

奥様「伏線が全てきっちり回収されていて満足感高い。満点」

しんざき「作品の展開全体が昔の大長編ドラえもんの文法に則っていて、昔からのドラファン向けのオマージュがこれでもかってくらい詰め込まれていてすごい」

でした。個人的には、子どもの頃に大長編ドラえもんをご覧になっていた大人、特に「大魔境」「海底奇岩城」辺りがお好きな人は、本作を見て損はしないのではないかと感じています。勿論子どもたちも大変楽しんだらしく、長女次女は翌日早速「ルナ・ルカごっこ」をやっていて、代わりばんこにルナ・ルカを担当していて楽しそうでした。


ということで、以下の記事では「本作のどの辺が「昔からの大長編ドラえもん」の文法に忠実なのか」という話をしたいのですが、話の性質上どうしても重要なネタバレを避けることが出来ませんので、本作未視聴、僅かでも視聴する可能性がある、という方には以下を読み進めることを非推奨とさせていただきます。良かったら映画館行ってから読んでください。

ということで、以下は折りたたみます。




続きを読む
posted by しんざき at 07:13 | Comment(0) | 書籍・漫画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月05日

不死鳥のように復活した「総武線のそうちゃん」の話

長男がまだ小さい頃、読み聞かせとはまた別に、部屋が暗くなってから「総武線のそうちゃん」のお話をしていました。

長男は小さい頃からプラレールが大好きで、電車絡みの話をするとやたら食いつきがよかったので、在来線や東京メトロの路線名を勝手にキャラクターに仮託して、私がその場で適当な話をでっちあげていたのです。端的に言って「きかんしゃトーマス」の丸パクリのような構図ですが、長男はそうちゃんの話が大好きで、毎晩毎晩「そうちゃんの話して!」「今日のそうちゃんは?」とせがまれました。

今調べてみたら、昔にも不倒城でこの件について書いていました。以下の記事です。


息子さんが夜寝る前に帰れた時、私は息子さんに「お話」をせがまれる。もう2年以上前くらいから続いている、電車擬人化系ハートフルストーリー「総武線のそうちゃん」のお話である。

息子さんが電車好きだったから始めたお話であって、端的に言うと機関車トーマスのパクリ「総武線のそうちゃん」や「中央線のちゅうちゃん」、「山手線のやまちゃん」などの適当感あふれる擬人化キャラクターズが色々な騒動を起こすストーリーなのだが、流石に2年も続けていると思いつく展開も尽きてくる訳で、正直新しい展開を考えるのはブログ書くより大変である。


これを書いた2012年の時点で「2年以上前から続いている」ということなので、大体長男が3・4歳くらいの頃から話していたようです。我ながらよくまあ毎晩ストーリーをでっちあげたものだと思います。

別にネタ切れになったことだけが原因ではなく、長男が自分で本を読むようになって、長女次女への読み聞かせにシフトしたくらいから、自然とそうちゃんの話はしなくなっていきました。長男は色んな本を読むようになり、また本物の電車についてのイメージも固まってきて、「そうちゃんの話して!」とせがまれることもなくなってきました。

言ってみれば、しんざき家において、「総武線のそうちゃん」は役目を終えました。少なくとも私はそう思っていました。

ところで最近、長女次女を寝付かせる時、「お話」をせがまれることが妙に増えました。

理由の一つは、長女次女も7歳になって、もう絵本にせよ児童書にせよ自分からサクサク読めるようになったことではないかと思います。長女次女は漫画も好んで読み初めまして、「ドラえもん」や「よつばと」辺りは特にお気に入りのラインナップになっています。結果、夜寝る前の布団部屋の時間では、長女も次女も自分で読みたい本を持ち込んで読むようになって、読み聞かせの頻度は減ってきました。

ただ、どうも「パパに何か読んでもらう」というのがないのが何故か物足りないようで、電気を消してさあ寝るか、となってから、「ねえパパお話して!」と言い出すようになったのです。最初の内は、適当にその場ででっちあげた昔話風のお話をしていたのですが、すぐにバリエーションも尽きました。

そこで、なんということなく「総武線のそうちゃん」の話の再利用をしてみたところ、これまた意外なことに、長女も次女も喜んで聞くのです。「今日はそうちゃんは!」とか「そうちゃんして!!」などと言われるようになって、そうちゃんまさかの大復活です。

いや別に、長女も次女も特段電車好きでもなんでもないんですよ。プラレールには全く興味を示しませんし、長男が新型車両がどうとかいう話をしてもなんのことやらという感じ、長時間電車に乗るのは基本的に嫌がります。

ところが、「電車擬人化」という、めちゃ男の子向けにチューニングされた設定のお話を長女も次女も気に入ったので、こりゃ不思議なこともあったもんだなあと。もしかすると、「親がお話を作ってくれる」というそれだけで子どもには十分なのかも知れませんし、案外知っている無生物が擬人化するというテーマはそれだけで男女問わずキャッチ―なのかも知れません。まあなんにせよ喜んでくれるのは良いことだと思います。

そんなわけで、最近は夜ごと、昔大量に作ったそうちゃんバリエーションストーリーを思い出すよう必死に記憶棚をかき回したり、その場で適当なストーリーをでっちあげようと奮戦したりしているわけです。先日はそうちゃんが月にいって、戻ってきたと思ったら無人島に落ちてそうちゃん無人島サバイバルストーリーになりました(乗客は乗ったまま)。大体車掌さんにそうちゃんが怒られるのがオチです。

引き続き、子どもたちの為のストーリーテラーとして精進したいと思う次第です。

今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドマ式麻雀でレート1600突破しました・あと最近のしんざき 19/03/05

どうも光の雀士です。

ドマ式麻雀ですが、とりあえず目標にしていた初段・レート1600突破には成功しました。いやー結構時間かかりましたね。

ffxiv_20190305_010046_712.png

ffxiv_20190305_010112_978.png

称号「月下の雀士」ももらえたようです。

完全に下手の横好きなんですが、ドマ式麻雀は楽しいので、今後もゆるゆると続けたいと思います。あと、ドマ式麻雀の気分転換にFF14もやろうと思います。けどこれからしばらくはダラ外のターンです。

ドマ式麻雀、めっちゃちゃんとできてるし「FF14のキャラクターが麻雀をする」というのが思いの他楽しいので大変良いのですが、手出しかツモ切りかが見えにくいことだけはどうにかならないかなーと思いました。正直かなり注視してないとさっぱり分からない。まあ、私相手の待ち牌読みなんてろくに出来ないので、手出しと分かったらどうなんだって話でもあるんですが。なんか一冊ちゃんと麻雀の本読もうかなー。

一方のダライアスコズミックコレクションですが、相変わらずダラ外三昧です。今のところのゲームの評価としては、「アーケード版の再現には至っていないが、サターン版と同水準くらいまでは来ている」です。なんか変なところで処理落ちするところもあるんですが、おおむね楽しく遊んでいます。やっぱダラ外いいですね。超いい。

で、麻雀とダライアスばっか遊べているかというと案外そうでもなく、土日日中は子どもと遊んでばかりいます。

ということで、以下は普通の日記です。


●土日のしんざき

土曜日は長女次女を連れて、たまプラーザ近所の「美しが丘公園」のこどもログハウスにいってきました。超楽しいんですよ、ここ。


ログハウスが丸ごと一つ子どもの遊び場、しかも無料で遊び放題というだけでもう最高なんですが、地下にはちっちゃな迷路もあり、滑り台あり、アスレチックっぽい地形あり、ブロックありと至れり尽くせり。子どもがくたびれたら絵本を読んであげることもできますし、すぐそばの公園にはターザンロープなんかもあって、ほぼ丸一日遊び尽くせます。

長女次女の一番のお気に入りは世田谷公園なんですが、こっちのこどもログハウスも相当のお気に入りらしく、ちょくちょく連れていけとせがまれます。親としても運動不足解消になりますし、こういう施設東京にも欲しい。

日曜は、午前中は一家5人で近所の区民プール。室内温水プールなんで年中遊べまして、料金も大人400円・子ども200円と大変リーズナブルです。鬼ごっことかだるまさんがころんだとかやって遊んでました。

夕方には「ナゾゲーランド」で出演予定の「関東豪楽連」の練習。こちらはまた改めて告知しようと思います。


ということで、遊び三昧の土日でした。平日は仕事が死んでるんで土日こういうのは大変癒される。


一旦これくらいです。



posted by しんざき at 01:18 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月28日

ダライアスコズミックコレクションうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

語彙力とはなんだろう?語彙とはなんだろう????????そこにクジラはいるのだろうか????????????

ダライアスコズミックコレクションうおおおおおおおおおおお

なんだろう、なんていうか、ウェーブの上下に白弾がつくというたったそれだけのことが、俺たちにはとてもとても貴重でまるで故郷に帰ってきたような気がする不思議な懐かしさを感じるんだ。



とにかくもうなんていうか、いやもちろんダライアスが3バージョン入っていたり、ダラIIとかサーガイアとかいろんな話があるのは勿論あるしそれぞれはそれぞれにとても大事なんですが、とりあえずそれはおいておいて全員そこに座れ!!!!!!!!!!!!そしてダライアス外伝をやれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



以上です。

posted by しんざき at 22:16 | Comment(3) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月24日

ゆるドミ途中離脱のお詫び・お礼、あとFF14始めました 2019/02/24

ゆるドミを開催させていただいたのですが、朝から体調をガン崩ししまして、主催の分際でお昼に失礼させていただいてしまいました。。。


いや、実は風邪ひいて病院いったのは月曜だったんですが、まあ病院行って薬さえもらっておけば、1日2日あれば治るだろうとタカをくくっていたところ、仕事をしながら風邪なおす程体力が回復していなかったらしく、金曜になって体調大悪化。インフル陰性ではあったんですが、まさかの自分主催イベントで体調崩すという初の事態になってしまいました。

長男もゆるドミには毎回参加させていただいていて、今回も楽しみにしていたのですが、どうにか会場は開けて色々セットアップして、なんとか午前中だけでも参加させて頂いたところで頭痛の為ギブアップ。色んな仕事を色んな方に引き継ぎお願いして失礼させて頂きました。

折角参加して頂いたのにご挨拶も出来なかった皆様、本当申し訳ございません。。。次回は万全の体調で臨みますのでどうかご容赦ください。

また、この場をお借りして、ドミニオンスイスドロー大会を運営してくださった@eibeさん、会場運営にご協力いただいた@peraneko_neoさんや@lastlineさんや@cactusmanさん、会計を引き受けて下さった@hanane_koさん、二次会を仕切って下さった@kamome77さん、他ボドゲ持ち込みや会場クローズにご協力下さった多くの皆様に、心から御礼申し上げます。本当にありがとうございます。ゆるドミがいつも楽しい会になっているのは皆さんのご協力のお陰ですが、今回はそれが極まっていたと思います。

あと、長男も本来はスイスドローに参加する気満々だったところ、流石に保護者なしでゲーム会に参加させるわけにいかないので連れて帰りましたが極めて残念がっていた由、次回ゆるドミはなるべく近い内に開催したいと思います。よろしくお願い致します。

ちなみに体調の方は、土曜帰って速攻寝て、日曜も子どもたちとちょこちょこ戯れつつほぼだらだらしていたら流石にステータス回復しました。現在平熱です。ご心配おかけしました。




〇光の雀士始めました

全然別件なのですが、FF14始めました。パンデモニウム鯖で、Cakchakisというヒューラン男を使ってます。

いや、以前から、ドマ式麻雀がえらいよく出来ているという噂を聞いてちょっと気になっていたのですが、一念発起してクライアントダウンロードしてみました。メインクエストを片付けていたらいつの間にかレベルが20になっていました。割とサクサクなバランスですね。ナナモさまが大変お美しいと思いました。

で、噂のドマ式麻雀なんですが、想像以上にちゃんとした麻雀でした。なんというんでしょうか、あまりにもちゃんとし過ぎていて、「麻雀だな…」「ああ…麻雀だな…」以外の言葉が出てこない。

ffxiv_20190224_154259_260.png

やり始めた当初は、あまりに麻雀過ぎて「別に天鳳でいいのでは…?」という言葉が自分の内面から語り掛けてくることが否定できなかったのですが、やってる内に段々「いや、これFF14で出来るからこその麻雀だな」という気になってきました。色んな外見のキャラととっかえひっかえ麻雀出来るの楽しいですよね。

私は麻雀については下手の横好き以外の何物でもないので、勝ったり負けたりのろくさやることになると思いますが、しばらくは光の雀士として頑張ろうと思います。皆さんよろしくお願いします。


今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 17:46 | Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

我が家における五味太郎先生の絵本お気に入り打率が途方もない件

しんざき家では、ほぼ毎晩絵本の読み聞かせをします。皆で布団にくるまってから絵本を一冊読んで、その後電気を消して寝ます。

長男が小さい頃から始めた習慣ですが、長男は小3くらいからもう読み聞かせではなく自分で本を選んで読むようになりましたので、今はもっぱら長女次女に読み聞かせをしています。長女と次女は代わりばんこに絵本を選びます。順番を抜かされそうになると泣きます(主に次女が)。

絵本は買うこともあるのですが、多くは図書館に頼っています。図書館に子どもたちを連れていって、読みたい絵本を選ばせます。で、まとめてどさっと借ります。目黒区はその点大変ありがたく、一度に20冊もの冊数を借りられる上返すのは区内のどの図書館でもOKなので、利用し倒させて頂いております。

で、やはり子どもたちにも「お気に入りの絵本」「そんなにお気に入りでもない絵本」というものがありまして、お気に入りの絵本は何度も読み聞かせ希望スタックに入り、図書館でも何度も借りたり本屋で買って欲しいとせがまれたりするのですが、何が凄いって五味太郎先生の絵本のお気に入り打率が凄い。今まで、五味太郎先生の絵本を読み聞かせて、それがお気に入りにならなかったことがない。打率10割です。

年齢層的には3歳〜5歳くらいボリュームゾーンの本が多いんですが、長女次女は今でもちょくちょく読み返したりしています。



たとえば、ご存知の方も多いであろう「きんぎょがにげた」。「金魚鉢から逃げ出した金魚が、部屋のあちこちに隠れている」という筋立てなんですが、幼少期の子どもたちは3人が3人ともこの絵本大好きで、延々「ここ!」「あ、ここ!いたーー!」などときゃっきゃしていました。何十回読み聞かせたかわかりません。



「きいろいのはちょうちょ」。少年がちょうちょを追いかける話なのですが、各ページちょうちょの部分に穴が空いていて、ちょうちょだと思っていたらめくってみると実は…!というのが繰り返される話。これも子どもたち全員お気に入りでして、何度も繰り返して読みました。最後の最後、本当にちょうちょが出てくるんですが、もう「あれはちょうちょじゃない!」と疑念民になって無視する少年に対して、「あ、ちょうちょいるのにー!」と次女が大騒ぎするのが専らでした。



「なんとなく」。パン屋さんとか、警察官とか、買い物のおばさんが出てきて、「なんとなく」自分の仕事とは全く関係ないことを始める、というお話。通行人のおばさんがなんとなく表彰台に登ったり、パン屋さんがなんとなく車を作ったりします。これも今まさにお気にいりでして、寝る前に限らずしょっちゅう読み聞かせています。



「だれかがいます」。イラストの中に参ページだれかが隠れていて、それが何かな?というのを考える。ページをめくると意外な正体にびっくり、というような本。


ことわざ絵本。これも有名だと思うんですが、色んなことわざとセットで、五味太郎先生のイラストと、先生一流の独自解釈やらオリジナルのことわざやらが付記されています。上四冊よりは微妙に年齢層が高いかも。

他にも色々あるんですが、きりがないので一旦ここまで。

こうしてざーっと並べてみると、これらの五味作品の共通点として、

・適度な奇想天外さ、意外性
・自分から働きかけることが出来るゲーム性
・非常に短いスパンでの答え合わせ

というものがあるような気がします。

つまり、まず何よりも「意外性」がある。ちょうちょだと思ったものが信号だったり、風船だったりする。で、それ自体、全くの出鱈目という訳ではなく、ちゃんと納得が出来る程度の振れ幅なんですよね。奇想天外なんだけど、奇想天外過ぎない。距離感覚が適度。

で、そこに対して、「自分から働きかけることが出来る」「絵本からの問いかけがある」。これも重要だと思うんです。「金魚はどこ?」と聞かれる。「ここに隠れているのはなに?」と聞かれる。読み聞かせの時にも、親が子どもを絵本世界に巻き込みやすいと思うんですよね。

で、それも、紙芝居のような風情で、親がページをめくると即答え合わせになる訳で、子どもの興味が持続しやすい。これはもう、小さい子が皆好きになるわけだよなーと思う次第なんです。


親になって自分の目が変わったと思うことの一つは、「絵本に対する感受性が昔より明らかに増したなー」と思うことです。なんというか、絵本の凄さ、絵本の面白さにやっと気づいた、とでもいうのでしょうか。子どもの頃には気付かなかった面白さ、子どもの頃には分からなかった上手さみたいなものに、最近感心させられることしきりです。

五味太郎先生が物凄いことはもはや私の中では既定事実なんですが、他にも林明子先生の滅茶苦茶な絵の上手さに最近ようやく気付いたり、山脇百合子先生の絵の余りの分かりやすさに戦慄したりということが頻繁なので、それについてもまた書きたいと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

昔俺は、近所のおもちゃ屋で半熟英雄を予約して、その予約券を抱いて眠ったんだ


「ゲームを予約する」ってことは、昔、特別なことだったんだ。

何故だろう。何故半熟英雄だったのだろう?それはもうよく覚えていない。恐らく何かの理由はあったのだと思うが、それはもう、30年間の遠い遠い記憶の闇に紛れてしまった。

俺は当時、群馬県は高崎の、そのまた隅っこの方で暮らしていた。家の裏手には「裏山」があって、夜は街灯がつかないエリアがそこかしこにあった。

webではグンマーとか揶揄されがちな群馬県だが、webで聞く群馬についてのエピソードの大半は根も葉もない作り話だ。群馬ではちゃんと日本語が通じるし、県庁は掘っ立て小屋ではなくきちんとしたビルだし、上毛かるたについてうっかり馬鹿にしたものは身の安全の為にすぐさま群馬を脱出した方がいい。その程度の問題しか群馬にはない。

近所にはギャムズというおもちゃ屋があって、3階建てで、2階にはチョロQのコースが設置されていた。途中からはミニ四駆のコースもあったかも知れない。当たり前のことだが、当時はAmazonもなければ楽天もなく、俺たちがゲームを買える場所といえばほぼ「おもちゃ屋」に限られていた。当時、「ゲーム専門店」すらまだろくになかったように記憶している。少なくとも俺が住んでいる地域には、そんな洒落たものは一軒たりとなかった。


俺は「ゲームの予約」をしたことがなかった。


当時「ゲームが手に入るかどうか」というのは案外不明確な話であって、何軒おもちゃ屋を回っても在庫が見当たらないことも、そもそも入荷している店自体見当たらないということもあった。

予約という制度がなんなのかについて、きちんと理解していたわけでは全くない。ただ、「予約」という言葉それ自体には、得体の知れない力強いパワーを感じていた。それは、「新しいファミコンのゲームが手に入る」という事実を、先取して保証するものだった。実際には手に入るのが数週間から数カ月先だったのだとしても、「予約」を行えばもう手元にそのゲームが存在するような、まるで待っている期間もそのゲームをすぐ隣においておけるような、そんな気がしていた。

つまり予約というのは、俺にとっては「わくわくする時間の先取り」だったわけだ。

だから俺は、ギャムズで半熟英雄を予約した。母親と一緒にギャムズのレジに並んで、上ずった声で「よやくおねがいします」と言った。
半熟英雄が予約しないと手に入らない程の人気ゲームだったかというと、多分答えはノーだ。半熟英雄は、ドラクエやスーマリのようなお化けタイトルではなかった。かといって、入荷するかどうかも危ぶまれるようなマイナーなゲームというわけでもなかった。発売日の夕方にギャムズにいけば、ごく順当に並ばずに買えるゲーム。多分そうだったのだろうと思う。

半熟英雄が出たのは1988年の12月、ファイナルファンタジーIIが発売する2週間ばかり前だ。当時、スクウェアはまだそれ程メジャーなメーカーではなく、今のように数々の名作RPGを擁している訳でも勿論なく、「テグザー」や「キングスナイト」のような作品、あるいはDOGのディスクゲームの印象の方が強かった。初代のファイナルファンタジーも、どちらかというと「非ドラクエ型RPG群の一つ」という扱われ方だったと思う。

だが、ファミマガで読んだ半熟英雄はとても面白そうだった。だって敵も味方もリアルタイムで動くんだぜ?

城を奪って、奪った城を育てて、収入を確保して、将軍を雇って。卵からモンスターを呼び出して戦わせて。そんなゲームが面白くないわけがないじゃないか。

もらった「予約券」には、俺の名前と、予約タイトルの「半熟英雄」の名前が、並んで店員の手書きで書いてあった。恐らく、そんなに御大層なものではなかったに違いない。ちゃんとしたフォーマットがあったかどうかも怪しい。ただ、それは間違いなく、私にとっては初めての「ゲームの予約券」であり、ゲームが手に入る保証、つまりゲームを遊ぶまでのわくわく感を具現化したものだった。うちに持って帰って表裏丹念に眺め、当時宝箱にしていたクッキーの箱か何かにしまい込み、夜寝るときも枕元に置いて寝た。

ようやく手に入った半熟英雄は勿論面白く、俺は将軍集めに夢中になり、「アポロン、ダイダロス、ヘレン」という三択で「アポロンこい!!!ダイダロスでもいいぞ!!!」と思っていたら見事にヘレンを引き当ててのたうちまわったりしている訳だが、なによりも俺にとって、半熟英雄は「初めて予約して買ったゲーム」という意味での特別感が強い。あの可視化されたわくわく感、一片の紙片にこめられた特別感の記憶は、今でも頭の中のどこかにある。

あれからもう、30年が過ぎた。

勿論時代も変わった。今は大体のゲームはダウンロード販売に対応するようになり、「予約しないと手に入らないゲーム」というものは殆どなく、予約というのはもっぱら特典目当てに行う行為になった。

それはただ「変わった」というそれだけのことであって、勿論悪いことでもなんでもない。ゲームの入手性というのは昔よりも遥かに改善されていて、やっとの思いで手に入れたゲームをカツアゲされることも、目当てのゲームと抱き合わせで要らないゲームを買わされることももうない。意見は人それぞれだろうけれど、今は結構、ゲーマーにとって理想の時代ではないかと俺は思う。

ただ、あの頃の「ゲームが手に入るかどうか分からない」という得体の知らない危機感、それを退けてわくわくを具現化したような「ゲームの予約」という行為については、誰かがどこかに書き留めておいてもいいんじゃないかと思って、こんなしょうもない記事を書いたんだ。

あの頃わくわく感を抱きしめて寝た何人ものファミコン小僧が、今でも全力でゲームを楽しめていることを、心から願う。

今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 17:06 | Comment(2) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このエントリーをはてなブックマークに追加