2019年10月10日

今日のしんざきのFF14進捗 19/10/10

最近何をやっていたかというと、何を思ったかサブキャラを育て始めていました。

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名前はRumillajta Kjarkas、サーバはIXIONです。Kjarkasは「カルカス」と読むんですが知らないと100%クジャルカスと読むと思うし私も最初はクジャルカスと読みました。もう20年くらい前ですけど。

Rumillajtaは勿論ルミリャフタです。わかりやすいですよね。

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召喚士か学者をやってみたかったので巴術士です。シナリオ自体は、サスタシャとタムタラ終わって、これからカッパーベルって感じです。新生ダンジョンリアルタイムでやるの楽しい。

いや、なんでいきなりサブキャラを始めているのかという話ですが、メインの方が取り敢えずギャザクラも全部80になったし急いで他職を育てなくてもいいかーという感じなので、週次のお得意様とエデンだけ片付けつつ、そういえば昔のシナリオちょっと読み返してみたいなーと。あと女性用装備売るだけなの勿体ないなーと思ったので女性キャラにしてみました。

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で、やっぱ漆黒まで終わらせた上でシナリオやり直してみると色々と新しい発見もありまして、あーこの人こんな序盤から出てたのか!!とか。スタート地点がリムサなので、序盤からヤシュトラさんが出てきてくれて楽しいです。

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ちゃんと麻雀も開放しといた。

まあ、もうすぐ5.1が来るらしいのでそしたら多分片手間になると思うんですが、ゆるゆると進めていこうかと思っている次第です。

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ちなみに本キャラのCalchakisの方は何をやっているかというと、赤魔導士が73、白魔導士が65まで育ちました。漆黒のキャスターとヒーラーのロールクエストやりたい。

あと、蛮族エクストラクエも紅蓮編まだ終わってないので、赤魔を育てつつちょこちょこ進めようとしています。

今日書きたいことは一旦それくらいです。
posted by しんざき at 09:44 | Comment(0) | FF14 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月04日

Kicksさんに長男のレゴ教室の話を寄稿させていただきました

段取り能力の話と、


コンテストで失敗した話と、


守破離の話です。


いや、長男が小学校3年くらいの頃からレゴ教室に通っていまして、今回寄稿依頼を頂いたので、折角なのでレゴ教室に通っている長男の話を書かせて頂きました。3本書いたら1日ごとに1本挙げて頂いたみたいで、良かったら読んでみてください。

一旦それくらいです。



posted by しんざき at 19:53 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月02日

マリオカートツアーをしばらく遊んで気付いたことと個人的に残念なこと


取り敢えず見えている範囲のツアーは一通りクリアしたっぽいのでここまでの感想をざっと書いてみます。周回遅れかも知れませんが気にしてはいけない。

〇気づいたこと

・とにかく「スマホで、ちょっとした時間にお手軽に遊ぶこと」に最適化されている
・1レースはかなり短い。体感従来のコースの1/2か1/3くらい。多分1レースに2分かからない
・アクセルは常にかかりっぱなし、ブレーキもなし。ハンドルもスライド操作でアシストモードもあり、操作は可能な限り簡略化されている
・その為もあってか、コースアウトもオミットされている
・じゃあやってて面白くないかというと、そういう訳でもなくちゃんと面白い
・レースが順位争いかと思いきや、実は順位はおまけで、タイムもそれ程関係なく、とにかく「ポイントをどう稼ぐか」に特化している
・しかもポイントがすげえ細かいところで頻繁に加算される
・例えばジャンプしたりドリフトミニターボしたり敵にアイテムぶつけただけでポイントが入る
・「ポイントをどう稼ぐか」を考えてスコアを稼いでいくのはそれだけで結構楽しい
・コースごとに得意キャラ・得意車体が設定されていて、ポイントを稼ぐには得意キャラが圧倒的に有利なので、「得意キャラが欲しい」というのがガチャをする直接的な動機にもなっている
・フィーバータイム(アイテム3つとれるキャラで、3つのアイテムが揃うことで発生する使い放題モード)がとにかく気持ちいいこともそれを後押ししている
・かなり大胆な特化具合で、ここまで遊びやすくしてくるのは流石に任天堂だなーと感心しきり
・キノピコがかわいい

〇個人的に残念なこと

・スライド操作によるハンドリングどうも合わない…細かい微調整で華麗なハンドリングってのが出来ない…
・物理ボタンが!十字キーが欲しい!!!!!!!!!
・これはもう自分が老害なのは分かるんだけどやっぱゲームって物理キー最強だと思うんですよ
・だってカチって押したらカチってレスポンス欲しいじゃん!!!!!!!
・まだオンライン対戦は出来ないぽい。最初対人かと思ったけど全部それっぽい名前のbotなようだ
・フレンドとの通信対戦は出来るみたい
・ただ、ツアーそのままの仕様だと得意キャラ持ってるかどうかで勝負が決まりかねないので、その辺オンライン対戦でどう味付けしてくるのかは楽しみなところ
・コース数もまだ少なく、同じコースの逆再生がちょくちょく出てきたりする
・まあその辺はアップデートに期待

大体上記のような感じです。

とにかく「遊びやすい」「お手軽に遊べる」ということは保証出来る作りで、ホント手軽な隙間に「ちょっと」遊ぶのに最適。あと、ジャンプする時キャラが色んなアクションするんですが、キノピコの所作がとてもかわいい。

また、「ポイントを稼げる行動」と「レースが有利になる行動」が一直線で繋がっていて、ポイント稼ぎが即レースの勝利に直結するので、順位・タイムに特化しがちだった今までのマリオカートとはプレイ感が一線を画していることも、個人的にはプラス評価要素です。細かくポイント稼ぐの楽しい。あと、個人的にマリオシリーズのヒロインキャラってそんなに好きじゃなかったんですがキノピコはかわいいと思います。

ただ、マリオカートガチ勢には恐らく物足りない作り。タイムを突き詰める感じでもないしゴーストもない。まあオンライン対戦これからですし、今後のアップデートでタイムを突き詰める方向も追加されるのかもですが。

取り敢えず、当面は様子を見ながらぼちぼち遊んでみるつもりです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 09:27 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月30日

ダライアス外伝の「SELF」は何故最高なのか、あるいは「体験」はお勧めし切れないという話

Yゾーンだった。

今でも思い出せる。今でも、あの時の緊張、興奮、衝撃を鮮烈に覚えている。もしかすると、自機を動かしたルート、レバーさばきまで体に残っているかも知れない。流石に再現までは出来る気がしないけど。

何の話をしているかというと、ダライアス外伝の話だ。


何度か書いたと思うが、ダライアス外伝は私の魂のゲームであって、このゲーム以上にやり込んだゲームは今までなかったし、少し寂しいことながら、恐らく今後の人生を見渡してもこれ以上やり込めるゲームとは多分出会えないだろう。期間としては数か月だったが、その間にどれだけの密度でダライアス外伝を遊んだか、今から考えると空恐ろしい気すらする。

で、私が初めて最終ゾーンにたどり着いたのがYゾーンだった。何故Yゾーンだったのか、というのはややはっきりしないのだが、多分「ゲーメストお勧めルート」にそのまま従うのが癪だったから、とかそんなくだらない理由だったろう。

ゲーメストお勧めルートは「A→B→D→H→L→Q→V」でフウセンウナギをラスボスに選ぶルートで、確かにHゾーンのネオンライトイリュージョンとラスボスが鎮座するVゾーン以外はそれ程難しいところがないのだが、私は後々にもこのルートをあまり遊ばなかった。単に私がヘソ曲がりだからということもあるのだが、エンディングがバッドエンドっぽくて気に入らなかったということも多分あったと思う。

当時から私がお気に入りだったルートは、「A→C→E→I→M→S→Y」というルートで、スコアを狙うのに疲れるとちょこちょここのルートに切り替えて気分転換をしていた。そして、初めて最終ゾーンにたどり着いたのも、このルートを練習している時だった。

まず、ゲーセンの話から始めるべきだろう。

当時通っていたゲーセンは「キャビン」という個人経営のゲーセンで、そこの親父は一見大雑把なように見せて、実は案外細やかな工夫をしている人だった。店の入り口に近いゾーンはどの筐体からも音が鳴り響いていてやかましかったのだが、奥の方に入るとデモ画面が無音に設定してある筐体が集まっていて、人が少ない時には自分が遊びたいゲームのBGMを割と静かに聴くことが出来た。

ダライアス外伝もそこにあった。

ダライアス外伝のBGMは、驚く程シャープで、驚く程繊細で、それまでのSTGとは全く趣を異にしていた。そんなダラ外のBGMのすばらしさに、私は圧倒されっぱなしだった。

ちょっと前こんな記事を書いた。気が向いたら読んでみて欲しい。


このゲームの最終ゾーンは、無音で始まる。

Mゾーンで「タイタニックランス」ことべレムナイトと死闘を演じて、Sゾーンで「デッドリークレセント」ことカザミダイを屠って、「ついに最終ゾーンにたどり着いた…!!」と緊張していた私の前に広がっていたのは、一面緑の森と、紫の雲に覆われたステージだった。

無音だった。ただ敵の攻撃だけはやたら激しく、やっと青勲章をとってアームを補充し一息つく間もなく、次から次へと襲ってくる敵に対処しなくてはいけなかった。

ダライアス外伝は、ステージとBGMが完全に調和して、その二つでプレイヤーに世界観を見せつけてくる。圧倒してくる、と言っても良い。ついさっきまで、「投影」の重厚なメロディでカザミダイの美しい攻撃を彩っていたゲームは、一点してひどく冷淡な顔を見せてきたような気がした。

30秒程経つと、背景が美しいジャングルに切り替わり、密林の奇妙な花々の間をシルバーホークが進む。そして、静かに、余りにも静かに、最終面のBGMがプレイヤーの耳に届き始める。静謐なピアノのようなメロディにドラムの音、時折混じる女性コーラス。

それがSELFだった。

なんというのだろう。私の感想は、「ああ、そうなのか」だったのだ。

このゲームは、このステージで終わってしまうんだなあ、と。俺は行きつくべきところに行きついたんだな、と。このBGMが、ここでこういう流れ方をするというのは、それはそういうことなんだろうな、と。全てを収束させるということなんだな、と。

何の誇張も、何の衒いもなく、私はそう納得したのだ。そう納得せざるを得ない「収束」というものが、SELFという曲にはあった。およそ「シューティングの最終面のBGM」とは思わせない程の静謐さ。無音の数十秒が、美しい背景転換が、静かに流れだしたBGMが、プレイヤーにそう感じさせたのだ。

哀惜とも諦観ともつかない私の感情を前に、Yゾーンは更なる展開を見せ、やがてラスボス「オーディアストライデント」の前で鳥を飛ばし、虹を掛ける。今でも私は、STGの最終ステージとしてこれ以上に美しいステージを知らない。


だから、私にとって、ゲームBGMというのは「体験」なのだ。


ゲームBGM には、勿論、数限りない名曲がある。ただそれだけで聴いても美しい。ただそれだけで演奏しても胸が躍る。それは勿論素晴らしいことであって、「単体で聴いても最高のBGM」という曲を、私は何曲も知っている。

けど、それでも、例えばあの日、あの時私が感じた衝撃、私が感じた哀惜というものは、あの日、あの場所にしかなかったものであり。

それは、多分ダライアス外伝のCDを聴いて、「SELF」のメロディに感動したとしても、多分味わえないものなのだ。

何故ならそこには、ステージが始まってからの無音の数十秒がないから。無音の中での激しい攻撃がないから。


大好きなゲームBGMについて、色んな人に知って欲しい。色んな人に聴いて欲しい。そして、今更その為に、わざわざ「ゲームをやってみよう!」なんて無茶を言うことは出来ない。ダライアス外伝を今から始めて、最終ゾーンまでたどり着く為に、STGをやったことがない人にどれだけリソースを投入させなくてはならないだろう?

分かるのだ。当たり前のことだ。だから、「あの体験を味わって欲しい」というのは、最初から無理な話なのだ。


ただ、もしかすると、私の「お勧め」は一方で「ネタバレ」になってしまうんじゃないか、と。あの鮮烈な感動を誰かから奪い取ってしまうことになりはしないか、と。私は、心のどこかでそんな危惧を抱いている。

思い悩みながらも、今日もこんな風に、「それでも、SELFは最高なんだよ」ということを、誰かに伝えたいなあと思ったのだ。

今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 22:40 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

次女が「計算得意になる!」と張り切り出したので計算特訓を始めた

長女次女、小学二年生。次女は獣医になりたいので算数頑張るそうです。目標があるのは良いことです。

具体的には、「今のレベルより簡単な計算を大量に、時間を測りつつ毎日やる」というアプローチをとることにしました。昔公文をやっていた奥様の提案です。

長女の方は当初そこまで乗り気ではなかったんですが、次女がやっていることは長女も大体やりたくなるので、折角なのでということで二人一緒にさせています。ただし二人一緒にやらせると競争始めて気が散るのでタイミングをずらしています。

勉強は、基本的に「勉強しなさい」と言ってやらせても身にはなりません。言うだけ無駄です。親が出来る最大のことは「その気になっている時に環境を整えて習慣化させてあげること」です。上手く習慣化すれば良し、習慣化しなかったら向いてなかったかーと思って次の機会を気長に待ちます。

計算プリントは当初自作しようかと思ってたんですが、探してみると丁度いいのがあるわあるわ。取り敢えずこちらのサイトさんのプリントを使わせてもらっています。

引き算.png
こんな感じの問題がわんさかおいてあるので、適当な枚数印刷してあげます。今出来るレベルより多少下のレベルから始めてあげるのがポイントで、サクサク出来るので自信がつくし、お手軽なので嫌にならないし、基礎的なところがほぼ無意識で出来るようになるので今後も計算ミスが減る。基礎的な部分の取りこぼしも確認出来るという一石四鳥です。サクサク出来るようになったら段々問題のレベルを上げていきます。

で、毎回時間を測って記録してるんですが、一週間くらい経ったのでグラフにしてあげました。

特訓グラフ.png

普通にExcelです。Googleドキュメントにしようかと思ったけどどうせ家庭内でしか見ないのでやめておきました。取り敢えず「繰り上がりのある足し算」と「繰り下がりのある引き算」を1枚ずつやっているのでグラフが二本あります。そしたらきゃっきゃ喜び始めてこれはこれでモチベーションになったらしい。ついでにグラフの見方も教えてあげました。軸がなんかおかしいけど気にしてはいけない。

やはり「結果がすぐに可視化される」「一回の練習自体はせいぜい5分とかそんなもん」というのは割と継続し易いようで、取り敢えず三日坊主にはならなかったので、しばらく続けてみて、その内自分でプリント印刷まで出来るように環境を整えてあげようと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月26日

この件から「だから歩きスマホはやめよう」的な教訓を抽出するべきではない


「教訓を得るべき案件」と「教訓を得るべきではない案件」があると思うんですよ。

いやだってこれ、「危険なので注意するつもりで」とかいうのただの都合のいい理由付けでしょう。

記事中でも「複数の女性」って書いてありますが、要は相手選んでるわけですよ、これ。断言しますが、自分より強そうな男性になんて絶対体当たりしてない。多分、女性でも、大柄で見た目強そうな女性には体当たりしてないんじゃないですか。

本当に「危険だから」という理由だったら、相手を選ぶのはおかしい訳で、オラついてる男子高校生の集団にだって、ガチムチマッチョの男性にだって体当たりしてないとおかしい訳ですよ。けど、自分より弱そうな女性しか選んでないってことは、要は「弱そうな相手に体当たりをして気持ち良くなること」が目的であって、歩きスマホがどうとかなんて自分の中での体のいい正当化な訳ですよね。

うっかりすると、「こうしてれば歩きスマホをしているヤツが減るだろう」的に、単なる弱い者いじめを自分の中で正当化しちゃってるかも知れない訳です。自分がしていることが「警鐘」だと思っている。いじめをする側が、「いじめ」ではなく「迷惑なヤツをこらしめている」とか「目立たないヤツをいじってやっている」みたいな体のいい理由付けをしているのと同じです。

つまり、ここから「だから歩きスマホはしない方がいいよね」的な教訓を得てしまうことは、イコール「盗人にも三分の理」をわざわざ与えてしまっていることになる。こんなん、「弱いものを狙って暴力を振るうとか最低だよね」だけで十分だし、それだけで完結するべきなんです。

歩きスマホが良くないこと、するべきではないなんてこと当たり前ですよ?けど、少なくともその「教訓」を、こういう事件から得るべきではない。こういう事件に、「社会への警鐘」的な性質を与えてはいけない、と私は思うんです。

これだけの話ではなく、「被害者側にも責任が」みたいな言説って多くの場合そういう「得るべきではない教訓」になっちゃってるんで、私あんまりそういう言説に共感出来た試しがないんですが。うっかり勘違いしてこういう事件を起こしちゃう人って、結構な頻度で自分の中での変な正当化をしちゃっている訳で、そういう「餌」を与えるべきじゃないよなあと私は思います。


一旦それくらいです。


posted by しんざき at 19:27 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「峠鬼」の東宮が歴史上の人物で言うと誰なのか、及び作中の年代について考察してみた

承前。


峠鬼は大変面白いですし、実は日本史好きにもかなりお勧めですし、妙がめちゃ可愛いので皆読むといいです。



それはそうと、なんとなく記憶頼りで「多分これ壬申の乱のことだろうなー」と思っていたものの、ちゃんと確認していなかったことについて確認したので自分用メモとして書こうと思います。ネタバレに該当する部分もあるかも知れませんのでご注意下さい。

峠鬼では、作中に「東宮」という人物が登場します。小角の友人であって、岡本宮に居住していることが示されています。

東宮.png

東宮というのは皇太子の御所のこと、同時に皇太子自身のことも示す呼び方ですので、この人物は皇太子の一人であることが示唆されています。ちなみに歴史上の小角の生年・没年は「続日本紀」から読み取れる634年〜701年ですので、飛鳥時代の皇太子の内の誰かである筈です。

この他この人物について分かることとしては、

・出家しており、まだ還俗していない
・「近江の新都」という言葉がある
・東宮の台詞に「兄上と共に近江へ行ったものもいる」という台詞がある
・作中の時間軸で言うと未来の小角の台詞に「東宮が近江へ攻めあがる際に」という台詞がある

というようなものがあります。

で、飛鳥時代の「近江の新都」というと当然近江大津宮だと考えられます。手近な資料ということでWikipediaを引きましょう。


近江大津宮は、天智天皇が飛鳥宮から遷都した新しい都ですので、作中時代は天智天皇の治世であること、「新都」という言葉から遷都後それ程時間が経っていないことが強く示唆されます。ちなみに近江大津宮に遷都されたのは667年3月19日です。ただし、天智天皇は斉明天皇の崩御(661年)後しばらく即位しておらず、即位したのは668年です。

で、「東宮が近江へ攻めあがる」という言葉から、この後東宮が叛乱を起こすことが示唆されます。当然のこと、この時間軸で条件を満たす乱は一つしかありません。壬申の乱です。


壬申の乱は日本史上でも珍しい「反乱側が完勝してしまった戦い」なんですが、今でも様々不明な点がある乱であって、色々と面白いので是非書籍を読んでみて頂きたいのですが。個人的には倉本一宏氏の「壬申の乱」なんてお勧めです。解釈に際して賛否はあるものの、非常に細かく資料に当たられ、現地の観察に基づく記述も充実した名著です。


皆さんご存知の通り、壬申の乱は天智天皇の死後、皇弟であった大海人皇子が起こした乱であって、時系列で言うとこんな感じになります。尚、記載年代は太陽暦です。

671年11月:天智天皇が、自身の皇子である大友皇子を太政大臣とする。同時期、大海人皇子が大友皇子を皇太子に推挙し、出家する
672年1月:天武天皇崩御。大友皇子が天皇の後を継いで統治を始める(即位したかどうかは不明。弘文天皇は諡号)
672年7月:大海人皇子が挙兵
672年8月:大海人皇子が大勝し、大友皇子が自決
673年2月:大海人皇子、天武天皇として即位

ざっくりこんな流れです。大海人皇子は668年、天智天皇の即位時に東宮になっているので、「峠鬼」作中の描写とも矛盾しません。

ここから、「峠鬼」の東宮は歴史上の人物で言うと大海人皇子であり、イコール後の天武天皇であるということが分かるわけです。これが分かった上で峠鬼読むとまた色々、東宮の描写が面白い。「私もああした風習は古いと見ます」とか、天武天皇の治世とか考えると「あーーっ」てなります。

ちなみに、

東宮2.png

ここでいう「さらら」というのは、大海人皇子の妻でありかつ「うののさらら」という諱をもつ人物、つまり後の持統天皇であろうと推測出来ます。ひょこっとこんな名前が出てくるの超面白いですよね。

で、作中年代も、恐らく大海人皇子が出家した671年頃であろう、と推測は出来るのですが、これについては分からなかったこと、というかちゃんと確認出来ていない点がありまして、

・大海人皇子は出家後吉野離宮にいた筈
・ただ、小角は東宮に会った宮廷のことを「岡本宮」と呼んでいる
・これはおそらく後飛鳥岡本宮のことではないかと思われるのだが、吉野からは随分離れている
・また、大海人皇子が出家してから挙兵するまでの間には本来半年くらいしかタイムラグがないので、作中の描写にはちょっと短すぎる気もする

というくらいです。まあ、東宮が後飛鳥岡本宮に出向いていたとも考えられる(これは小角が「何故ここに!?」と驚いていることとも符合する)のでそんなに不思議ではないですが。額田王ゆかりの地でもありますしね。

時期的な話については、671年以前に大海人皇子が出家していたという解釈なのかも知れない。小角が「おぬし出家中の身では」と言っているということは、それなりに長い期間出家してそうですしね。

なので、この時期恐らく小角は30台中頃であろう、ということも推測できるわけです。しかしあれですね、当時次期天皇となる可能性もかなり高かったであろう大海人皇子と、令名があったとはいえ一介の道士である小角がタメ口で話せるというのも、作品上背景を色々妄想しちゃう要素ですね。

まあ、これらのことから考えると、作中世界において妙が皇后になるという未来もあり得たのかなーと思うと大変面白いですし、読者にこういう考察をさせたくなる峠鬼マジ面白いなーと改めて思うわけです。皆読んでください。

あと、上でも書きましたが壬申の乱については謎が多く、乱の原因についても皇位継承を争う戦だーという説もあれば持統天皇が首謀者だーという説、額田王(元々大海人皇子の妻であるが、天武天皇との間で三角関係があったという説がある)をめぐる確執だーとかいう説もあって色々面白いです。興味ある方は調べてみて頂けると。

更に余談なんですが、小角が言っている「道昭様」というのは、古代日本仏教史では極めて重要な僧である道昭さんですね。法相宗を日本に広めた方で、かの玄奘三蔵に師事した、というエピソードが著名です。

今日書きたいことはそれくらいです。





posted by しんざき at 05:38 | Comment(0) | 書籍・漫画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月24日

ポエムって言葉が「かっこいいこと言いたいだけで中身も具体性もない文章」を揶揄する単語として定着しちゃったのが悲しい

タイトルで完結していまして、ただ「悲しい」以上の話は何もないんですが。

いやまあ、ちょっと試しに「ポエム」でググってみてください。時事ネタなんで数日したら検索結果変わってるかも知れないですが。


かなしい。

別にこのケースに限らず、基本的にwebで「ポエム」って文字列をみた時、それが本来の「詩」って意味でつかわれるのをあんま見ないんですよね。それは、大抵の場合、「不明瞭で中身がない文章」とか、「ただかっこいいことを言いたいだけで何を言いたいのかさっぱり分からない文章」を揶揄する為に使われる単語になってしまっているんです。

「詩文を貶めよう」という意図で使われている訳ではない、ということは理解しているんですよ。確かに、元より詩ってめちゃ多様であって、中には抽象的で難解な文章も、あるいは実際に不明瞭な文章も存在しますから、そういう「よく分からない」という状態を総括する言葉として便利であることは分かります。

ただ、一応詩文好きの端くれとしては、ポエムって言葉が便利な罵倒語として使われるの、悲しいなあ、と。

ただでさえ詩って理解され辛いのに、こういうのでますます詩に対する偏見が広まっちゃったりしないかなあ、と。

詩を好んで読む人とか絶滅しちゃったりしないかな、と。

そんな風に慨嘆してしまう訳なんです。

いや、「ただかっこいいことを言いたいだけの、不明瞭かつ何の具体性もない文章」を表す言葉として、もうちょっと適切な言葉ってないんですかね?昔「言語明瞭意味不明」なんて言われていた人もいますけど、なんかそういう分かりやすいヤツ。


そもそも詩が「不明瞭で具体性がない」文章の代表格みたいな扱いされちゃうの、個人的には非常に納得がいきませんで、それ萩原朔太郎とか読んでも同じこと言えんの?と。文学部におけるサバンナメソッドです。

萩原朔太郎、「月に吠える」も勿論とても良いんですけど、個人的には「青猫」が超好きなんで読んでみてください。青空文庫で読めます。


いやもう明るい詩もあれば陰鬱な詩もあるんですが、「憂鬱なる花見」とか共感する人多いんじゃないでしょうか?「ただいちめんに酢えくされたる美しい世界のはてで/遠く花見の憂鬱なる横笛のひびきをきく。」とか。これだけの非コミュ品性をこれだけ美しい言葉で表現できる人がいるか??

で、いやごめんなさい書いてて我慢できなくなった、やっぱ「月に吠える」も引かせてください。


例えば、だれもが恐らく国語の教科書で読んだであろう、「竹」。




光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。



いやもうなんだろうこれは。どんな脳構造をしていればこんな言葉の並びを選択出来るんでしょう?「かすかにふるえ。」で一度文章を途切れさせているところとか、もうここだけで一本詩集を読んだくらいの余韻がありますよね。これがライブだったら絶対ここで一瞬ブレイクが入って、観客席がしーーんとなった瞬間に次の演奏が始まるヤツですよ。あーーもう超好き。

ただ、勿論詩というのは本来言葉遊びであって、中原中也だとか 室生犀星の詩が素晴らしいのは当たり前のこととして、ただ「そういうものでなければ詩ではない」という話でもないと思うんですよね。別に例えば私が何か文章を書き連ねて、あるいはそれこそ今書いているこの段落文章を指して「これは散文詩だ」と言っても、いやまあそりゃなんて下手くそな詩なんだよアホかよと言われはするでしょうけど、詩という世界はそれを排撃しない。詩って広いんですよ、そりゃもう驚く程広い。

だからこそ、本来とてもひろーーーい詩を意味する「ポエム」という言葉が、総体として何かを揶揄する言葉として定着してしまっている状況が、ただただ悲しいなあ、と。

それだけの話なわけです。

今日書きたいことはこれくらいです。

posted by しんざき at 15:41 | Comment(2) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月23日

「麻衣の虫ぐらし」がゆるふわ日常百合漫画かと見せておいて本気百合漫画だった

すいません、これも周回遅れの話かも知れないんですが、周回遅れはいつものことなので気にせず書かせて頂きます。

「麻衣の虫ぐらし」の2巻が出ていたので読みました。で、軽く衝撃を受けました。



その衝撃は、一言でいうと、「ゆるふわ農業日常 + 虫についてのうんちくメインのソフト百合漫画」かと思っていたら、あるタイミングから「虫の知識をアクセントにした本気百合漫画」へと怒涛の方向転換を見せたことへの衝撃です。なんというか、フライングバルセロナアタックを警戒してガードを固めていたらローリングイズナドロップを喰らったかのような、そんな衝撃を受けました。

まあ勿論雨がっぱ少女群先生の描く女の子は大変かわいいのですが、話はそれだけではありません。

「麻衣の虫ぐらし」は、少なくとも当初の漫画ジャンルとしては、「農業日常漫画」と言って良いと思います。主人公の桜乃麻衣(さくらのまい)は、入社一年目でリストラされて、ただいま求職中の女の子。友人の奈々子(通称奈々ちゃん)が祖父の跡を継いで営んでいるトマト畑をちょくちょく手伝いに来ています。

ここでは、「農作業の手伝いをする麻衣が色んな虫に出会って、それについて職業柄虫に詳しい奈々子が解説する」という展開が話のメインになります。三話まではニコニコで無料で読めるので読んでみてください。


お読み頂ければ分かる通り、奈々は「ちょっとヤンデレ入ってる、麻衣大好きな農業少女」であって、その奈々の虫知識とそれに対する麻衣の反応、及び奈々の好意に若干振り回されがちになる麻衣、というのが物語前半の定型パターンになります。地元の名士の娘である来夏も登場して、農業とそれにまつわるゆるふわ日常。ここまでなら、割とよくある、百合な雰囲気だけど実際にくっつくわけではない、あと非常に頻繁に入浴シーンが描写される、ほんわかした日常虫知識漫画と言っても大きく問題ないのではないかと思います。

で、ここからはちょっと作品のネタバレが入るので、軽く折りたたみさせて頂ければと思うんですが。





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posted by しんざき at 16:47 | Comment(0) | 書籍・漫画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月22日

今日のしんざきと、首尾よく子どもたちが私の知らないコンテンツをたくさん拾ってきてくれるようになった話 19/09/22

長男:相変わらず信長の野望DS、たまにスプラトゥーン2、あと信長の野望から派生して見つけてきたらしく、「信長の忍」に最近ハマっています。


戦国もの4コマ漫画。一応存在は前から知っていまして、あ、この人の絵見覚えあるなーと思ったら近代麻雀で雀荘のサエコさん描いてる方でした。あと、前回書いた「峠鬼」を長男に読ませてみたら「面白い」「ちょっと蟲師みたいな感じ」と、ほぼ私と意見が一致しました。子どもと漫画の趣味が合うの超楽しい。

本人中学受験をするつもりで塾とか通ってまして、色々勉強もしながらなんで土日あまり遊んでられないのがちょっと可哀そうなんですが、まあそれも今年限りなので、受験終わったら謎解きとかも色々連れてってあげたいと考える次第です。

長女:なんか最近怖い話が好きらしく、子ども向けの怖い児童小説や漫画にハマっています。おばけずかんとか、あとちゃおの何かとか。


長女怖がりなんでこういうの嫌いなのかなーと思っていたんですが、逆に怖がれるコンテンツが好きになりつつあるようです。

長女は以前まではそこまで本を読まなかったんですが、最近は順調に読書にハマっており、夜寝る前も往生際悪く本を読み続け、電気を消そうとしたら「待って!今のページ覚えるから!」と言いつつセコくページをめくろうとする、と昔の自分を思い出すようで大変よろしいと思います。

次女:漫画及び児童小説。漫画で言うと、最近「本好きの下克上」がお気に入りで、図書カード持ち出して自分で買ってました。本好きの女子大生が、本を読む習慣が全く定着していない世界に転生してしまうお話。もとはラノベなんでしょうか。


私も読んでみたんですがなかなか面白く、原作も読んでみたいなーと思いました。転生ものっていっても本当に色々あるんですね。

児童小説で言うと、「氷の上のプリンセス」を読み漁っているようです。


これ、品薄なのか人気なのか、既刊がなかなか本屋に売ってないんですよね…結構あちこち本屋巡りをして探したりしていて、あー私も昔そういうことやったなーと感慨。


上記、どれも「私はもともと知らなかったコンテンツ」であって、以前からこうなるといいなーと思っていた、「本好きになった子どもたちが、私の知らない本や漫画を私に教えてくれる」という状況が実現しつつあります。超楽しい。

子どもと趣味の話をしまくれるというのは親として大変エキサイティングな状況でして、自分の古い感性を錬磨出来る機会でもありますし、単純に視点を広げるチャンスでもあります。今後も順調に濫読家に育ってくれて、本の置き場所や収納スペースに悩みまくれるようになると更によろしいなーと考える次第な訳です。

一旦それくらいです。

posted by しんざき at 10:19 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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