2018年12月03日

「クックドゥを「手抜き」と考える頑迷な彼氏・夫」という構図について


こんな記事を読みました。

「家事の手抜き」や「家の味」について色々と自己定義して、妻に負担をかける夫の話、として読んだ人が多かったようで、随分ステレオタイプな夫だなーと私は感じました。女性のマイルールという形ではありますが、色々と毀誉褒貶のある中華料理の素についても触れられています。

まず先に前提として書いておきたいのですが、私は「家事の手抜き」というものは一切批判されるようなことではなく、むしろ家事なんて手を抜いてなんぼだと考えています。

家事にとられる時間は必要最低限であることが理想であり、私は家事の手を抜きたいし奥様にも可能な限り手を抜いてもらって、自分の時間に使って欲しいと思っており、その為の行動も色々としています。勿論夫婦間で手抜きの許容ラインは変わってきますので、そこは互いに相談しつつ、気になる分を気になる側が埋めればよかろうと思っています。

ただ、それとは全然違う問題として、「クックドゥは手抜き」という概念、それに伴う「クックドゥのような合わせ調味料を手抜きと考える頑迷な男性」という構図が一つのインターネットミーム、というか定番炎上ネタとして定着してきているなー、という印象があります。

「クックドゥのような合わせ調味料を手抜きと考える男性」を設定して、その不合理性を批判する、時には手ひどくやり込める、というお話を、web上では割と頻繁に観測するなあと。これはつまり、そういうお話に憤る人が多い、そういうお話がプチ炎上することが多いということでもあって、冒頭記事もその一つの変形ケースに該当すると考えて良いかと思います。

「炎上しやすいネタ」というものは学習されるものであって、今までは可視化されなかった実在のエピソードが、続々と可視化され始めます。で、それに伴って、架空のエピソードというのも後付けで発生するのが常です。そこから考えると、実在のケースに混じって、架空の「クックドゥを手抜きと批判する夫」というものも、おそらくそれなりの数存在するのだろう、と思います。これは仕方のないことです。

逆に、Web上の「クックドゥは手抜き」という情報を見て、「そうか、クックドゥは手抜きなのか」と学習し、それを家庭内に持ち込む夫、というのももしかすると存在するのかも知れません。面倒な話ではあります。

勿論、インターネットから離れた実生活でも、合わせ調味料を「手抜き」と考える人は存在するのでしょうし、それに罪悪感を感じる人も、それに批判的に接する人もいるのかも知れません。記憶頼りでちょっと引用が出来ないのですが、例えば「あなたにホの字」のような少女漫画でも、主人公が軽い自己卑下として「料理はクックドゥ…ずるい?」といった発言をちょこちょこしている描写があったと記憶しています。つまり、インターネット以前から合わせ調味料を「手抜き」と考える概念自体は存在した、ということです。

私自身は、クックドゥのような合わせ調味料を「手抜き」と考える人を実際に観測したことが一度もないのですが、当然のことながら、私の観測範囲は大して広くもなく、実在性も架空性も証明することは不可能です。

この「クックドゥを手抜きと批判する夫」という概念、インターネット上では一体どの辺で定着したのでしょうか。

インターネットミームとしての「「クックドゥは手抜き」と主張する旦那・彼氏」という概念については、ある程度追っかけることは可能だろうと考え、軽く調べてみました。

私が確認できた限り、web上で最も古い「クックドゥに対する批判的なテキスト」は、予想通り2ch上に存在しました。これです。


1 : 困った時の名無しさん[] 投稿日:02/03/22 21:27
クックドゥの中華調味料ってなんであんなに添加物だらけなんでしょう。
豆板醤も甜麺醤も雑味だらけで少ない調味料で仕上げたい時には使えたもんじゃない。
舌がざりざりして後味悪すぎるし、
本格中華とか言ってんならもちっとマシな調味料作ってほしいです。
で、よろしかったら皆様の懇意にしてる調味料メーカー(中華に限らず)
教えてくださいな。

5 : 困った時の名無しさん[] 投稿日:02/03/23 00:51
調味料に頼ってるドキュンがクソスレたてんな! クックドゥシリーズのメニューなんざ
そこら辺の料理本読んで添加物なくても作れるモノばかりじゃねーか。
 それもしないクソ1は添加物だらけの調味料食って、味覚障害、胃がん発症して逝ってよし。


2002年のスレッドです。ざっと読んだ感じ、この時点では「合わせ調味料に含まれている食品添加物や化学調味料に対する批判」が話のメインであって、クックドゥによって省ける家事の手間についての批判的な議論は見受けられません。ただ、食品添加物に対する批判的なスタンスは、1980年代から非常に広範なネタであり続けたので、この「添加物に対する素朴な警戒感」がクックドゥのような合わせ調味料自体に対する嫌悪感に繋がっている可能性は当然あります。関係ないけどスレ後半に突然登場する山崎渉が懐かしすぎる。


53 : 山崎渉[(^^)] 投稿日:03/05/28 15:28
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉


もう少し時代を下ると、こういうテキストが発見出来ます。

2010年のインターエデュ。

【1755608】回鍋肉・海老チリをCOOKDOで作るのは手抜きでしょうか

回鍋肉は豆板ジャン等いろいろ中華みそが必要なため、COOKDOを使っています。夫はCOOKDOは手抜きだから、そんなもので作るくらいなら
華せい楼で買ってきたほうがましとまで言い放ちました。


ここで、クックドゥを「手抜き」という言葉と同じ文脈に出す表現と、「クックドゥを手抜きと考える夫との衝突」というミームが登場しました。色々調べてみたのですが、観測出来た限りでは、この2010年という日付はインターネット上におけるこのテーマのタイムスタンプとしてはそれなりに早い方であるように見受けられます。ただし、この時点ではまだ、この話題が広範囲にバズる様子は見られません。

ちなみに、「批判する側の声」に注目してみると、ある時点までは「同じ主婦の立場から、クックドゥのような手抜きを批判する」というような文脈の方が多くみられ、実際に「クックドゥを手抜きとして批判している男性」本人がweb上で観測されるケースは多くありません。下記は前者の例。2012年のYahoo!知恵袋です。


Twitter上でのミームとしては、2013年に「彼氏・夫とのクックドゥをめぐる衝突」がバズっているケースが発見出来ます。これ以前でも、「クックドゥと手抜きを紐づけている発言」は複数発見出来たのですが、「頑迷な彼氏・夫」のエピソード形式で大規模にRTされているものは、これ以前だと発見出来ませんでした。

ちなみに、上記のツイートは2016年のこちらのツイートをきっかけに再度注目され、様々なサイトに取り上げられて広範囲で再燃焼し始めます。

こちらのツイート、RT数はそれ程でもないんですが、まとめサイト等複数のサイトで取り上げられており、Google検索結果にかなり広範な足跡を残しています。おそらく、「Cookdoに対して批判的に接する男性」の発言としての、ある種のモデルケースとして捕捉された面があるのでしょう。これがどうも、web上におけるこのテーマの一つの転機になっているような嫌いがあります。


これ以降、「「クックドゥは手抜き」と主張する旦那・彼氏」というエピソードは定期的に発生するようになり、割と広範な炎上をするケースも増えていることを考えると、「旦那・彼氏側」の本人が出現して注目された2016年を、「「クックドゥは手抜き」と主張する旦那・彼氏」ミームの一つのマイルストーンとして考えることも出来そうに思います。


ということで、ざーっとですが、webにおける「クックドゥを手抜きだと批判する夫・彼氏」という構図について追いかけてみました。

個人的な意見としては、冒頭書いた通り「家事は手間を省いてなんぼ」だと思っておりますので、合わせ調味料だろうがなんだろうが、手間を省ける側面があるのであればガンガン使っていくべきだと考えておりまして、それに伴う罪悪感みたいなものがもし存在するのであれば、可能な限り払拭していって頂きたいなあと考えること大な訳です。

世間の家庭人の皆さまが、可能な限り楽に家事に接することが出来ることを願って止みません。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(15) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

ビートマニア3rd Mix以来、およそ20年ぶりに音ゲーに戻ってきたという話

「Deemo」始めました。



いや、きっかけとしては全然大したことではなく、先日書いた通りBOSEのワイヤレスイヤホンを入手したのと、スマホを新調しましたので、今までスペック不足やら容量不足やらで出来なかった、割とがっつり目のスマホゲーにも手を出してみようかなーと思ったんです。今までも全くやってないではなかったんですが、Hearthstoneとかドラゴンクエストライバルズとか、ほぼDCGばっかだったんですよね。

で、上記リンクのゲームキャストさんの記事を見て、これ面白そうだなーと思ってDeemoをインストールしてみたわけです。最近、スマホのゲームを探す時にはめっきりゲームキャストさんに頼り切りです。

上記記事自体2013年の記事なので、遊んでる人には今更なんだと思うんですが、「今更」という言葉を辞書に載せていたらレトロゲームブログなんて書けたもんじゃないので特に問題はないです。

Deemoすげー面白いんですよ。勿論雰囲気もいいし女の子可愛いんですが、何はともあれゲームとして面白い。

ブログ用

システムは「ザ・直感的」という感じでして、上から落ちてくるノーツに、線と接触するタイミングでタッチするだけ。スライド操作もありますが、チュートリアル自体は5秒で終わるくらいシンプルです。

曲も、静謐な曲から楽し気な曲、美しいボーカル曲からポップな曲までバラエティに富んでまして、まだ最初のコレクションを一通りクリアしたくらいなんですが、ReverseとかWings of pianoとか超いい曲ですよね。追加で曲を購入していくシステムで、どの曲も非常にいい感じっぽいので今から楽しみです。

あと、このゲーム全体の雰囲気がやたらいいんですが、取りあえず何はともあれヒロインの少女が可愛い。

ブログ用

オープニング画面、兼移動画面。ピアノに向かっているのがDeemo、ピアノの右上に腰かけているのがヒロインの少女。タップすると色々喋ってくれます。どうも彼女は記憶を失っているらしいんですが、Deemoの名前を知っていることを自分で不思議がっています。

Deemo始めました

曲をクリアしていくとピアノの側の樹が成長していくんですが、その樹の成長具合でストーリーが進んでいくシステム。随所随所で入るムービーでのDeemoと少女も非常に可愛いです。画像は、樹が大きくなるところを想像している少女。

女の子がかわいいな?

ちなみに、各曲にはタイトルグラフィックがついていて、そのタイトルグラフィックでもところどころ件の少女が登場します。Saikaの和装とかめちゃ可愛い。

ということで、非常に楽しく遊びつつこの先の曲もストーリーも楽しみです、という話なんですが。

実は、個人的に、自分が音ゲーで遊んでいるって結構不思議というか、軽く感慨深いものがありまして。

実は私、一度音ゲーに挫折してまして、それ以来あんまり音ゲーってやってなかったんですよ。

もう20年くらい前、「beatmania 2nd mix」の頃は、実はそこそこやり込んでたんです。ハードテクノもやりましたし、散々苦労しながらSkaもクリアしました。当時はまだ難しい曲って言ってもたかが知れてまして、それでもうまい人自体が少なかったんで、ゲーセンによってはHouseくらいでもギャラリーがつくし、「Deep Clear Eyes」をクリアしただけで拍手してもらえたこともありました。今から考えるとのどかな時代でした。

ただ、元来リズム感皆無、アクションゲームへたっぴーな私では、反射神経だけで誤魔化すのも早々に限界がきまして。3rd Mixで「これは無理だ」と思って挫折しちゃったんです。

LUV TO MEを何とか撃破し、Attack the musicで息も絶え絶えになっていた私の前に立ちふさがったのが、Drum'n Bass「Super Highway」。いや、nine secondsも当然クリア出来なかったんですが。


当時既に、いくらコインをつぎ込んでもSuperHighwayのデジタルオルガンパートを突破出来ず、「こんなんクリアできるかーーー!!」と頭を抱えているさなか、上手い人達はSuperHighwayだろうがnine secondsだろうが楽勝で突破していってしまいまして、いや後のシリーズを考えればまだまだ全然ぬるい譜面だったのだろうと思うのですが、「無理や。。。俺に音ゲーは無理や。。。」となってしまってそれ以降音ゲーから離れてしまっていたんですよね。

その経験がある種のトラウマになっていた部分もあるんですが、まあぬるい難易度でまったりとぬるく遊ぶという選択肢もあったところ、随分長いこと離れてしまっていたなあと。

今回、久々に音ゲーに戻ってきて、あの頃のトラウマが昇華出来たような気になって、ちょっとこの記事を書いておきたくなった、という次第なのです。

勿論、もしかするとDeemoにも鬼譜面はあるのかも知れませんし、そこでまた挫折を経験する可能性は多いにあるのですが、まあ当面はDeemoと少女のまったりした雰囲気に癒されつつ、のんびりと音ゲーを満喫しようと考えているところなわけです。

取りあえずDeemoはとても雰囲気いいし曲めっちゃいいので、私のように音ゲーから離れていた皆さんにもお勧めする次第です。もう皆クリアした後かも知れませんが。

今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月29日

浦沢直樹先生は風呂敷を畳めない訳じゃない、あまりにも「序盤力」が高過ぎるんだ

すいません大した話ではないんですが、某大風呂敷が云々という案件について「浦沢直樹か」というコメントが複数ついているのを見かけたので、ちょっと脊髄反射させて頂きます。

確かに、浦沢直樹先生の長編作品で、「話の締め方がちょっと肩透かし」という印象を受けることがないとは言いません。「あれ?これで終わっちゃうの?」と思うことがないとは言いません。直近だと、BILLY BATでは私も確かにそう思いました。ネタバレは避けますが、もうちょっと読みたかったなあというか、アレあの着地だったらあと2巻くらいかけて描写しても良かったんちゃう?と思ったことは否定出来ません。

ただ、少なくとも私の考えでは、それを「風呂敷の畳み方が下手」呼ばわりするのは、あまり公平だとは言えない。

何故かというと、そもそも浦沢直樹先生くらい「面白そうな風呂敷を広げることが出来る」漫画家はそうそう存在しない、と考えるからです。

そもそも、我々は何故、浦沢先生の長編作品を読んで「肩透かし」と感じるのでしょう?

その理由は明白であって、「序盤〜中盤にかけて膨らんだ期待感程には、終盤の展開が綺麗な着地を見せないから」です。

浦沢作品は、別に着地しない訳ではない。ゴールにたどり着かない訳でも、打ち切りによって唐突な終了を余儀なくされる訳でもないんです。全部ちゃんと終わってるんです。

ただ、序盤中盤で期待値が高くなり過ぎて、読者がその期待値を収束させられないだけ。Monsterも、20世紀少年も、ちょっとお話の性格は違いますがPlutoだってそうだったじゃありませんか?

期待を裏切られる為には、まず期待を膨らませなくてはいけません。普通の漫画では、まずそもそも、そこまで序盤〜中盤までで期待が膨らみません。「これどうなるのかな、どうなるのかな」というワクワク感が醸成されません。そこまで期待が膨らんでいなければ、ラストの展開が「普通」であったとしても、「肩透かし」「期待外れ」などと言われようもないわけです。

しかし、浦沢先生の長編漫画は、そのことごとくが「ラストが肩透かし」などと言われてしまう訳です。これ、「どんな長編を描いても、序盤・中盤で読者を物凄く引き込んでしまう」という訳であって、これ実は物凄いことをやってるんじゃないか?と思うんですよ。

浦沢直樹先生に対する私自身の評価は、


「面白そうな序盤・中盤を描く天才」


です。長編漫画において、ここまで外れなく、「面白そうな伏線」「先が気になる展開」をばらまいて、読者を夢中に出来る漫画家さんというのは、漫画界全体を見渡しても稀有なのではないかと思います。

そこから考えると、浦沢先生に対して「風呂敷をたたむのが下手」という評価を投げつけるのは必ずしも適当ではなく、「風呂敷を広げるの上手すぎ」「あまりにも高すぎる序盤・中盤力」という評価こそ正当なのではないか、と、少なくとも私は考える訳なんですよ。

ここ最近、ビッグコミックオリジナルでは浦沢先生の「夢印」が連載されている訳でして、先日までは何かよく分からないおっちゃんが誘拐してきた幼女に対して自分語りをしている漫画として認識していたところ、ちょうど最新号では大きく話が展開しそうな状況になっているわけです。夢印の今後を楽しみにすると共に、またワクワクする話を浦沢先生が描き出すことを期待すること大な訳です。

それはそうと、私自身が浦沢先生の漫画で一番好きなのは「パイナップルARMY」だったりします。アレ超面白くないですか?一つ一つの話が、浦沢先生の序盤中盤の構成力のまま突っ走り切るのですから面白くない訳がないんですが、主人公の豪士を始め、珍やらコーツやら、味があるキャラクター満載です。キートンもいいけど、パイナップルARMYっぽい短編集もまた読みたい。

あと、これも全然関係ないんですが、私の中で「終盤力最強」の漫画家は岩明均先生です。「七夕の国」とか「寄生獣」とか、何をどうすればあそこまで完璧な収束に出来るのか理解出来ない。七夕の国超面白いんで読んでない人は読んでみてください。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(12) | 書籍・漫画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月28日

ワートリの別役太一さんの仕事があまりにも物語上完璧過ぎて感動するしかない

正直別役太一さんのことを舐めてました。ここまで「出来る」キャラクターだとは思っていませんでした。マジでごめんなさい。

再開早々クオリティ高すぎて最の高であるワールドトリガーの話なんですが、完全に本誌で読んでいる人向きのネタバレアリ話でして、コミックを待っている方には以下記事を読むことを非推奨とさせて頂きます。早く出て欲しいですよね、19巻。マジ楽しみです。

ということで、以下は折り畳みます。





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posted by しんざき at 07:00 | Comment(3) | 書籍・漫画関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月27日

「ロックマン」シリーズに関する記憶と所感

先日、こんな記事を拝読しました。

力作エントリーでして、ブログ主様のロックマンシリーズへの愛をひしひしと感じます。素晴らしいと思います。

で、私自身ロックマンシリーズは大好きでして、Xと大体の無印シリーズタイトルをプレイしている身として、ちょっと個人的な所感を書いてみたくなりました。長文なのでお暇なときにどうぞ。

大した話ではないのですが、以下のような構成になります。よろしくお願いします。

・「ロックマンシリーズは難しい」というテーゼに対する自分なりの感想と記憶
・ファミコン版ロックマンのレベルデザインの物凄さについて
・ロックマンシリーズの曲めっちゃいい話と天地を喰らう2との関連について

順番にいきます。



〇「ロックマンシリーズは難しい」というテーゼに対する自分なりの感想と記憶

ところでそもそも、私「ロックマンシリーズは難しい」という認識自体がありませんでした。

私にあったのは、ブログ主さんも書かれている通り、

「ロックマンシリーズはタイトルによって難易度の高低差が激しい」
「ファミコン時代は、1からシリーズを経るごとに簡単になっていった」

という認識です。特にファミコン時代の認識は、当時大体のファミっ子が同じような感覚であって、「ロックマンって昔のヤツの方が難しかったよね」というのが支配的な感覚だったのではないでしょうか。同じカプコンでいえば、「魔界村」とか「闘いの挽歌」の方がよほど単純な難易度は高かったと思います。

ただ、ロックマンシリーズって、特にファミコン時代は大部分のタイトルがミリオンいってるお化けシリーズでしたので、「多くのファミっ子が遊んだことがある」「かつ、普通に攻略可能な範囲の」ゲームとしては難易度が高めだった、という側面はあるのかも知れません。魔界村とか、多分当時の小学生結構挫折しちゃってましたしね。ロックマンは、後述のレベルデザインの話もあって、「頑張って攻略しよう」と思える程度の難易度ではあった。

アクションゲームとしてのロックマンを考えると、2における「E缶の導入」と3における「スライディングの導入」というのがそれぞれ滅茶苦茶大きなターニングポイントだったのではないかなあ、と思っています。

E缶については冒頭記事のブログ主さんも詳述されているので割愛しますが、ロックマン3のスライディングってアクションとしてめちゃ強くって、

・何の制限もなく高速移動が出来る
・しかもその高速移動中、当たり判定が縮む
・一切タイムラグがなく次の行動に移れる
・操作が極めて容易

という感じでして、「スライディングという行動をとること」のデメリットがほぼ存在しません。特に3のスライディングは「通常移動要らねえ」レベルで強くって、敵の攻撃を避ける際にも、敵に攻撃する際の適切なポジションをとる際にも大活躍します。

「「スライディング」という操作の導入がロックマンというアクションをだいぶ簡単にした」という側面は、少なくとも3,4については割と当てはまるのではないでしょうか。

その後、6まで順調に難易度を下げていったロックマンシリーズが、SFCに舞台を移した「7」で急に難易度を上げてきた、というのも冒頭記事のブログ主さんと同じ認識でして、そちらについては割愛します。

ちなみに私自身の好みとしては、ロックマンシリーズの最高傑作って「9」だと思っているんですが、それについてはまた別途書きます。



〇ファミコン版ロックマンのレベルデザインの物凄さについて

ところで、ロックマンシリーズのレベルデザインはものすっごいです。1987年というあの時代に出来たゲームとしては、「オーパーツ」とまで言ってしまってもいい過ぎではないのではないかと思います。

私が考える限り、ロックマンシリーズのレベルデザインの凄さというのは、以下2点に集約されます。

・「弱点システム」を利用した、プレイヤーの習熟の誘導
・楽をする手段の豊富さと、それを選択するかどうかの自由

まず、皆さんご存知の通り、ロックマンには「倒したボスの武器を使えるようになる」というシステムと、「ボスにはそれぞれ武器の相性がある」というシステムがあります。「倒した相手の武器が使える」ということ自体十分わくわくしたのに、更に「ボスには明確な弱点が設定されていて、相性のいい武器を持ち込むと攻略がとても楽になる」というメリットがあったんですね。

たとえば、ロックマン1では、こういう相性順があります(厳密にいうとボスには複数の弱点があるので、下記の矢印以外にも相性順は存在するんですが、それは一旦置いておきます)。

ボンバーマン(ハイパーボム)→ガッツマン(スーパーアーム)→カットマン(ローリングカッター)→エレキマン(サンダービーム)→アイスマン(アイススラッシャー)→ファイヤーマン(ファイヤーストーム)→ボンバーマン

ロックマン2でいうとこうです。

メタルマン(メタルブレード)→バブルマン(バブルリード)→ヒートマン(アトミックファイヤー)→ウッドマン(リーフシールド)→エアーマン(エアーシューター)→クラッシュマン(クラッシュボム)

ちなみに、クラッシュボムは一応クイックマンに効くんですが、武器の挙動の関係上ちょっと当てにくいので、クイックマンはフラッシュマンのタイムストッパーで弱らせて後はロックバスターで倒すのが個人的なセオリーでした。フラッシュマンには普通にメタルブレードが効きます。

こんな感じで、「このボスを倒した後にこのボスに向かうと楽に倒せる」というルートが複数存在する上、ロックマンって結構「ステージごとの難易度差」が大きくって、簡単なステージ、難しいステージがあったんですよ。しかも、「簡単なステージのボス武器」が「それよりちょっと難しいステージのボスの弱点」だったりするように、本当にうまーく設定してあるんです。例えばフラッシュマンのタイムストッパーがクイックマンステージで有用だったり、比較的簡単なボンバーマンステージのハイパーボムがもうちょっと難しいガッツマンに有効だったり。

更にそれに加えて、マグネットビームとかアイテム2号とか、それぞれのステージにはボス武器以外に手に入るアイテムが存在していて、「このステージに行く前にこのアイテムを取っておきたい」というような要素もあって。

「エアーマンにはリーフシールドが有効だけど、ロックバスターでも普通に勝てるし、最初に2号とっとくとメタルマンステージでE缶とれるな」「そうすれば次にクラッシュマンが倒せるし、そしたらクラッシュボムでアイテムが回収できるな」みたいな攻略順アレンジも可能だったんです。

これによって何が起きたかというと、

・簡単なステージを見つけて順番にクリアしていくことで、プレイヤーの習熟度が段々上がるようになっていた
・しかも、簡単なステージを先にクリアすることが、後々のステージの攻略のカギにもなっていた
・結果、攻略順を自分で考えれば考える程簡単に攻略できるようになっていた
・更に、自分で合うようにある程度攻略順をカスタマイズできるようにすらなっていた

という、滅茶苦茶よく出来たゲームデザインを成立させていたんです。やってる内に勝手に上手くなるし、上手くなってくると自分でも色々工夫が出来る。理想のレベルデザインに近いと思います。

これ、物凄いと思いませんか?初代ロックマンが出た1987年って、ロマンシアとかエルナークの財宝辺りと同時期です。まだ「クリアさせるように作る」ということ自体が一般的でなかった時代に、「プレイヤーを習熟させて攻略成立に導く」という思想とレベルデザインを完成させていたのがロックマンなんですよ。まだ、初代「ロックマン」では若干粗削りなところもありましたが、ロックマン2、3になるにしたがって、この「攻略ルート構築」という遊びはより洗練されていきました。

「プレイヤーを導いて、攻略させる」という思想。これの嚆矢の一つとして挙げられるのがロックマンシリーズである、とまで言ってしまっては言い過ぎでしょうか。いやあんまり考えないで言ってるんですが。

この、「弱点をキーにした攻略順」という概念は、遠く「モンスターハンター」なんかでも導入される概念になります。

ちなみに、もう一方、

・楽をする手段の豊富さと、それを選択するかどうかの自由

について。

クイックマンステージにおけるタイムストッパーの位置づけなんか代表的なんですが、ロックマンって「プレイヤーの選択による難易度トレードオフ」があちこちに存在するんですよ。

クイックマンステージでは、ステージ途中、画面横から出てくる即死トラップが厳しくって、アドリブ避けには相当の腕が必要とされるんです。だから、タイミングと位置を覚えて上手いこと避ける、という攻略が必要だったんですが、この時フラッシュマンステージでとれる「タイムストッパー」を使えば極めて簡単に道中を突破できるんです。

ただし、その場合ステージボスのクイックマンに対してはタイムストッパーが使えない。クイックマンも相当の難易度を誇る強敵ですから、クイックマンとガチンコで戦うのはそれはそれで相当の難易度な訳です。

このように、「楽をする手段が複数ある」「ただし、それぞれの手段にメリット・デメリットがある」「その選択はプレイヤーの手にゆだねられている」という要素も、ロックマンはシリーズのあちこちに用意していまして、これも重要極まる「ロックマンの味」の一つになっていました。攻略カスタマイズの幅の一つとして、一点触れておきたかった内容です。



〇ロックマンシリーズの曲めっちゃいい話と天地を喰らう2との関連について

ところで、今更言うまでもありませんが、ロックマンシリーズって曲めっちゃいいですよね?私、特に3のマグネットマンステージとか、2のヒートマンステージとか大好きなんですが。

ロックマンシリーズってファミコン版でも結構曲の担当が変わっていて、例えば1,2の作曲者は「エリア88」や「マジックソード」の曲も手掛けた松前真奈美さんである一方、ロックマン3や4の作曲者は「ブレイジングスター」や「ブレスオブファイア」も手掛けた藤田靖明さんなんですけど。

いうまでもなく、ロックマン1や2の曲物凄い名曲ばかりだし、私エリア88のBGMも滅茶苦茶好きなんで松前さんのサウンドも最高なんですが、ここで一つ皆さんに聴いて頂きたいのがファミコン版「天地を喰らう2」の戦闘曲なんですよ。


この!!このロックマンテイスト!!!どこかに中国色も残しつつ、中華ロックとでもいうべきすさまじいメロディアスな展開、これ「最高」という以外の二文字が必要でしょうか?特に攻城戦の曲とか、決戦の曲とか素晴らしいという以外の言葉がない。

まあアレです、作曲者から見て色んなタイトルの曲を漁ってみるのも、その共通テイストを漁ってみるのも楽しいですよねっていう話です。あと天地を喰らう2いいよね!!1もいいけど!!!

ということで長々語って参りましたが、私が言いたいことを一言にまとめると

ロックマンシリーズはめっちゃ面白いので昔のタイトルも今のタイトルも皆積極的に遊びまくるべき

という一点だけであって、他に言いたいことは特にありません。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 10:50 | Comment(2) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

エンジニアにクソスペックのPCが割り振られていた現場についての個別事例について

n=3の話をします。

こんな記事を拝読しました。

なるほど、NTTの人材がGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に引き抜かれている事をNTT側は苦く思っているらしい。


という記載と、まさに




転職先はGoogleで今月5日からsearchのチームに参加しました。引き続きアウトプットしていく予定なのでよろしくお願いします。


という記載が味わい深いですよね。ブログ主さんの今後のご活躍を祈念するばかりです。

それはそうと、実は一点思ったことがありまして、それが

セキュリティに限らず、研究所以外の場所ではソフトウェアの開発をしているというのにメモリが4GBとか未だにHDDドライブを使っているとかそんな非人道的な環境での作業を強いられている部署もある

メモリとSSDの数万円をケチって何百万円分の人月稼働をドブに捨てているかという自覚を持てない人間が指揮を執っている可能性すらある

という部分についてなんです。

色んな退職エントリを読んでいると、退職事由の中でもそこそこの順位につけそうなものとして「PCスペックのクソさ」というのが結構観測出来るんですよ。

実際のところ、人件費に比べればPCのパーツ代金なんて吹けば飛ぶようなものでして、例えばメモリの話でいうと、きょうび8GBのメモリだって、安いやつなら5000円ちょっとで買えちゃうわけです。SSDだってSATAの480GBのヤツがせいぜい数千円です。1TBでも高くて1,2万ってところでしょう。




エンジニアのPCスペックってものは開発のパフォーマンスにガチ直結するものでして、遅ければ遅いぶんだけパフォーマンスはダダ下がりします。PCの前で処理待ちしている時間でも、刻々と人件費はかかり続けている訳なんです。単純な時間効率の話ばかりではなく、勿論待ち時間におけるストレスも、それで中断される思考コストも全くバカにはならないわけでして、「メモリ不足」なんて事象が発生した時点で開発現場として完敗している、と考えてよろしいのではないかと思います。

なのに、「開発メンバーにクソスペックのPCしか割り当てられていない」とか、「Eclipseの起動に5分かかる」とか、「ブラウザだけでメモリを使い切る」とか、今でも割とよく観測する話なんですよね。実際のところ、「エンジニアのPCに対するパーツ増強の費用」って、費用対効果で言うと滅茶苦茶高いレベルだと思うんですが、何故これを軽視している企業がしばしば見受けられるんでしょうか?

これは私個人の経験なんですが、「エンジニアにクソスペックのPCが割り振られており、しかもスペック改善を申請しても全然改善されない」という現場に行き当たったことが、今までで3回あります。内2回は出向先の現場で、もう1回はプロパーとしての社内での話です。

勿論、最終的には「開発メンバーのPCスペックに関する重要性を経営層が認識していないから」という要素に帰結する話ではあるのですが、個別の事例には一応の個別の事情がある筈です。内部で色々と情報を集めて、「何故エンジニアにこんなクソスペックのPCを割り振っているのか」については、それぞれの現場で一応の結論を出しています。その時のそれぞれの事情を書いておいてみようと思います。

もしかすると一般化出来る部分もあるのかも知れませんが、基本私個人の経験談でしかないことはご了承ください。

***
1.何故かPCスペックの高いPCが職位の高い順に割り振られている

私の私見ではこれがKing ofクソ案件だったのですが、どういう訳かPCのスペックごとにレベルが分けられている上、それが「職位の高い順」に振られているのです。逆だろそれ。

つまり、(今のPCで例えると)メモリ16GB、SSD1TB、Corei7 8700KみたいなPCが社長や専務常務のPCになっておりまして、プログラマーのPCはメモリ4GB、SSDなし、CPUもCorei3どころかうっかりするとPentium Mだったりする訳でして、役員は快適なネットサーフィンが楽しめる一方、エンジニアはPC起動をする間にコーヒー淹れに行って戻ってきてもまだログイン画面が出ていない訳です。

基本的に、席位置から社員番号から内線番号から、何から何まで「まず職位順」という発想で決めている現場でして、どうも差をつけられそうな要素全てを職位ごとの差をつけるために使っているみたいなんですね。で、PCスペックについても「職位が下の人間が上の人間よりいいPCをつかうわけにはいかない」という理由があって、「上の人まで全部のPCを変えないといけないから」などという意味不明な理由でパーツ換装が却下されたりしていた訳です。

これについては流石にアホかと思ったのですが、当然のことながらプロパーSEの定着率は最悪、辞めては入れ辞めては入れという感じでした。なかなか愉快な現場ですよね。

***
2.何故か「スペックが高いと仕事以外のことで使い出す」と思われていた

これもなかなかアホらしい話なんですが、「PCスペックに余裕があるとエンジニアが余計なことを始める」などという認識を上の方が持っていたケースがありました。つまり、「例えばEclipseとブラウザが同時に立ち上がってサクサク動くとネットサーフィンとか始めて仕事しないんじゃ」という疑念を持っている、という話ですね。これは数年前の話ですが、「マイニングが出来ないようにスペックを絞っている」などという言葉も実際に聞いたことがあります。

勿論複数のソフトを同時起動出来ることによって遊び出す人が存在しないとは言いませんが、ネットサーフィンを縛りたいのならばネットのポリシーで縛ればいいのであって、それをPCのスペックで縛り出すとかちょっと正気の沙汰とは思えませんでした。それによって防止出来るものと、それによって失っているものどっちが大きいの、という判断を誰も出来ていない訳で、これも相当に頭が悪い話だったと言ってしまっていいのではないかと思います。

***
3.PCスペックと人件費が紐づくという発想がなかった

これは上の二つに比べればまだ理由としてはまともだったんですが、つまり「PCスペックによる時間毀損」という話が問題として認識されなかった、ということです。

普通の頭で考えれば、社員が働いている時間は全てイコール人件費になる、という事実が理解されていいのではないかと思わないでもないんですが、どうも「一応は残業代を払っている」会社ですら、社員が働く際の時間効率という問題が問題として認識されなかったりするんですよ。「PCスペックの問題で待ち時間が」という話をすれば、「じゃあ待てばいいじゃん」という反応が帰ってくるわけです。ちょっと会話が難しい感じですよね。

お金がかからない「時間効率改善」という言葉は上の人たち大好きだったりするんですが、ちょっとでもお金がかかる場合それは途端に優先順案件になるわけでして、これもなかなか頑迷な職場だったと言っていいでしょう。物理的にプロジェクト終わらねーよこれ、という段になってようやくスペック改善が承認されたりしまして、それもなかなかタイミング的に微妙でした。

***

上記はいずれも数年以上前の話でして、現在どうなっているのかは不明です。また、勿論PCスペック以外の点も事情は様々で、ひどい部分もマシな部分もありました。ただ、エンジニアがぽこぽこ辞めていく現場であったことは疑いなく、何故その一点だけでも「PCスペックの重要性」が認知されなかったのか、正直私には今でも分かりません。

PCスペックの重要性、エンジニアの時間効率の重要性が、どの企業の上層部にも理解され、全てのエンジニアが快適なPCスペックで働けるようになることを祈念するばかりです。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 06:44 | Comment(6) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月20日

「〇〇はあるのに××がないのは何故なのか」系の考察に「いやお前が知らないだけでたくさんあるやん」というカウンターが一瞬で返される現象


に名前をつけたい。なんかもう名前あるんですかね?どなたか知りませんか?

仮にここで、当該現象に「知ったかぶり非存在考察」という名称をつけてみるとしましょう。ネーミングは適当なので気にしないでください。

知ったかぶり非存在考察は、大体以下のような要件を持っています。

・「××がない」という、非存在を考察の核にしている
・その上で、その「ない理由」をあれこれ考えている、あるいは「ない」ことを批判的に指摘している
・けど実際には「××がない」ということ自体が当人の観測不足、ないし単なる事実誤認であって、実際には××は幾らでもある
・「お前が知らんだけでいっぱいあるやん」という突っ込みが山ほどくる
・場合によっては炎上する

皆さん、こういう現象見たことないですか?結構webでは頻繁に観測されますよね。

そもそも、「ない」ことを考察の核にすることはかなりリスキーなんです。何故かというと、「反例一個で考察がおじゃんになるから」です。かつ、その「おじゃんになる」には、当人の観察力不足、観測範囲の不備指摘もワンセットになっている訳であって、論客としての信頼性にかなりのケチがつくことは避けられません。「何故××がないのか」ということを論じる際には、かなり入念な事前観測、ないし理論武装が必要になるでしょう。

まず第一に、「××は本当にないの?」ということを自分に問いかけることが重要なのです。「××がない」と感じた場合、それはかなりの確率で「単なる観測不足」なのです。

ちなみに、「××は何故少ないのか」だと多少緩和はされますが、これもリスキー度合はあまり変わりません。「少ない」ということ自体を証明する、ないし定義することが困難だからです。この場合、「少ないって具体的にはどう少ないんだよ?」という突っ込みが避けられないものとなってしまうでしょう。

それでも、人は「何故××はないのか」という考察に度々突っ込んでしまう。これは、一つには「あ、××ってないやん」という発見の衝撃が、当人にとってはそれなりに重く、また大きいものだから、ということもあるのでしょう。誤った発見であっても、それが発見であるというだけで一定の価値を持ってしまう、という話ですね。

ただ、「何故××はないのか」考察には、結構「釣り」も含まれているように思っておりまして。つまり、「実際には××が存在することを承知の上で、敢えて「何故××はないのか」を論じることによって突っ込みを誘引する」という手法ですね。

つまり、「知ったかぶり非存在考察」には「知ったかぶり非存在考察(真)」と「知ったかぶり非存在考察(偽)」の二種類がある

この二種類を見分けることはそこそこの困難事でして、基本的には推測するしかありません。「実際に知らないのかどうか」を確認することは普通出来ないからです。

例えば、私はこの記事を「知ったかぶり非存在考察(偽)」ではないか、と推測しています。

何故かというと、プロレスゲームはそもそもゲームのメジャーなシーンとは言い難く、どちらかというとマイナーなジャンルであって、そんなプロレスゲームを「たくさん」知っている元増田が、コナミの「日本大相撲」やボトムアップの「64大相撲」、あるいは「ああ播磨灘」「SDバトル大相撲」などの有名相撲ゲームをまるっと知らないというのも、ちょっとおかしな話だなーと感じるからです。この辺のタイトルは検索すれば一瞬で引っかかるわけでして、「××ってないよなー?」というのを全く調べていないというのも脇が甘い話です。

もっとも、これは所詮ただの推測であって、実際に元増田が相撲ゲームを二作しか知らなかった、という可能性を否定することはできません。

一方、こちらはちょっとガチっぽいかな、と感じました。


このまとめ自体は、非存在考察をスタート地点に、ちゃんと有益な考察にまで着地しているのですが、それはそうとスタート地点については「知ったかぶり非存在考察」と言ってよいのではないかと感じます。

これは飽くまで私の感覚なのですが、

「何かしらの思想バイアスが絡む」

かつ

「たくさんあるやん、という指摘を受けると、最初の非存在考察をなかったことにして「けど少ないし」とか「ちゃんと調べないと見えない程度だし」といったスタンスのスライドをする」

場合、ガチである可能性が高まるように感じています。


突っ込む側から見ると、「××は何故ないのか」という誤謬は非常に「ツッコミ誘因力」が高いです。つまり、「いやいっぱいあるやん」とついつい突っ込みたくなってしまう。これは何故かというに、

・考察を瓦解させるのが非常に容易だから(反例一つで瓦解させることが出来る)
・知識量的にマウンティングをとることが出来るから
・同時に「あれもある、これもある」的な、大喜利的な面白さに発展させやすいから

ではないかなーと考えています。元々炎上しやすいステージ立てなんですね。

勿論のこと、釣る・釣られるはネットの華ですので、これが悪いとは言いませんが、場合によっては「知ったかぶり非存在考察(偽)」にあっさり釣られるピチピチフィッシュ、的な立ち位置に置かれてしまうかも知れません。炎上PV稼ぎに易々利用されてしまうというのも面白くない話です。

皆さまには、「知ったかぶり非存在考察(真)」「知ったかぶり非存在考察(偽)」の存在については一応念頭に置いて頂き、快適なツッコミライフをエンジョイ&エキサイティングして頂きたいなーと考える次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:15 | Comment(1) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日のしんざきがりんご狩りに行った後熱出してぶっ倒れてました 18/11/20

ただの日記です。

・りんご狩りに行きました

毎年恒例なのですが、信州は戸倉にりんご狩りに行っていました。

りんご狩りにきた!!

奥様ご実家が毎年2本リンゴの木を借りておられまして、毎年この時期に旅行を兼ねて狩りにいきます。いやこのリンゴ滅茶苦茶美味いんですよ実際。

今回は、私・奥様・子ども3人、あと奥様方父母と奥様の妹さんというパーティ。流石に義父義母は結構いいお年なので、若者ズがもっぱら収穫することになります。割と重労働です。

それに加えて、当然子どもたちもきゃいきゃい言いながらリンゴを取りたがりまして、写真は喜び勇んで脚立に登る次女。なんか、この「高いところに脚立で登ってリンゴを取る」というのが物凄い楽しいらしくって、子どもたち皆こぞって脚立に登りたがるんですよ。危ないから結構神経使うんですけどね。まあ喜んでくれたのはよしよし。

リンゴの木2本分となると最終的には結構な分量になりまして、これくらい取れます。

めっちゃ収穫出来た

これでも全体の一部なんですが、今回は200kg超取れたらしいです。出荷か。

これを全国各地の縁者にお歳暮としてお送りして、この日のミッションは終了。上山田温泉に湯伯しました。流石に結構くたびれていたんですが、長男が「卓球やってみたい」と言い出して、初めての卓球経験。面白かったみたいです。折角なので東京に戻ってもやらせてあげたい。

体力ゲージが付きかけたところで翌日。

18日は、私が所属している「キャラゲーオンリーゲーム音楽演奏集団」であるところの「関東豪楽連」の練習があったので、東京に戻った後皆と別行動になって練習してきました。

こちらは、多分12/23に演奏をお見せ出来ると思いますのでまた改めて告知します。今回は過去曲も含めながらですが、おそらくかなり面白い選曲になっていると思いますのでご期待ください。

で、練習が終わって打ち上げをやっている最中に何やら悪寒を感じまして、ちょっと早めに退散。うちに帰ったら8度3分熱が出てました。

その日は早々に就寝して、一晩経っても熱が下がらなかったので病院へGO。幸いインフルエンザではなかったのですが、熱が9度まで上がりまして、この日は会社を休んで一日寝てました。いやー風邪で会社休むなんて久しぶりですよ。

で、薬飲んで寝てたのが効いたらしく、今日はかろうじて復活して無事に出社しているという次第であります。大変でしたね。

取り急ぎ、土日の日記的なものはこれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月16日

さくらんぼ計算は、出来ない子を出来るようにするための最終兵器でした

これの話なんですけどね。

これ、大人が「くだらんこと」って言っちゃうのは分かるんです。6+7を計算する為に、なんでこんな面倒くさいことをするんだ?って思いますよね。実際、小学1年生の時点でも、「こんなこと何でするの?普通に計算すればいいじゃん」って思う子、結構いると思います。

ただ、このやり方自体は、一概に「くだらないこと」とは言い切れない。実際、算数の一番最初で躓いちゃう子にとって、このやり方が救いの糸になったりするケース、あるんですよ。

そもそもこれ、何のためにやるかって皆さん分かりますか?要は、「10を作れるペアを覚えましょう」「足す数を分解して、取り敢えず10を作りましょう」「残った数を10に足しましょう。そしたら簡単でしょ?」っていうやり方なんです。

***

何度か書いてるんですが、昔、補習塾で講師のアルバイトをしていました。補習塾っていうのは、進学塾の対義語みたいなもんで、学校の授業についていけない子を救い上げることを主な目的とする塾です。

そこで知ったことが、「世の中には、想像以上に初歩の段階で勉強に躓いじゃってる子がたくさんいる」ってことでした。算数は特にそれが顕著でして、躓いたところを解決出来ないままなんとなく先に進んでしまって、あとから取り返すのが困難になる程負債を抱えてしまった子、たくさんいました。小5で二桁の掛け算が理解出来ない子もいれば、中学生なのに割り算の筆算が曖昧、という子もいました。

で、「元を辿ればここで躓いたね」っていうのを一つ一つ発掘して、それを最初の方から潰していくことが主要なミッションになるんですが、その一つのポイントとして「足し算の繰り上がり」「引き算の繰り下がり」って結構バカにならない頻度であったんですよ。つまり、早い学習段階で、「繰り上がり」っていうものをいい加減に済ませてしまったばかりにあとでめっちゃ苦労する、っていう子です。小4くらいでも普通にいました。

足し算の繰り上がりって案外バカにならない概念でして、子どもって基本「自分の指」を基点に計算するんで、10を超えない足し算、引き算はそんなに苦戦しないんですね。少し繰り返してると大体丸々覚えちゃう。「頭の中に回路が出来る」ってやつです。

けど、「10を超える数」を机上で計算するのって、いきなり子どもにとってのレベルが上がるんです。つまり、「数のやり取り」というのを頭の中でやらなくてはいけなくなるからです。

***

「わかんない」ことに向き合うのって、すっごく辛いんですよ。しかも、学習の初歩の段階で、周囲がさくさく出来るようになっていって、うっかりすると先生にまで「なんでこんなことわかんないんだ?」って言われると、本人的にもすっごくストレスになる。だから、子どもによっては、6+8とかの問題の前で固まっちゃったりする。これがトラウマになって勉強自体嫌いになったりすると、更にリカバリが難しくなる。分かりやすい悪循環ですよね。

時間がない側の大人が、痺れを切らして「ほら、6+8は14でしょ?」とか言っちゃって、本人もなんとなくそれで宿題とか出しちゃって、誰も拾えないまんま学習段階が進んじゃう、とか凄いあるあるなんです。

実際、これを解決する方法って「数をこなして反射的に出来るようになる」しかないんですけど、数をこなすためにもハードルを下げてあげないといけないんですね。

その、「ハードルを下げる」手法って色々あるんですが、その一つがこの「さくらんぼ計算」なんです。私が塾で教えてた頃は、そもそも「さくらんぼ計算」とは呼んでなかったし、教えてない小学校も普通だったと思うんですけど、今学習要領とか変わったんですかね?すいませんその辺は曖昧なんですが。

このやり方、「10を作ることは出来る」「10に一桁の数を足すのは簡単」なんで、辛うじて「答えを導く」ところまではもっていけるんですよ。

これを突破口にして、とにかく数をこなす。で、パターン学習みたいな感じで、その内繰り上がりに対する苦手意識が消える。繰り上がりが分からない子を救い上げるための最終兵器だったんですよね。

ちなみにこれ、考え方自体はもっとでかい数とか、あるいは引き算にも応用できます。384 + 86を384 + (16 + 70)にしちゃう、みたいなやり方ですね。繰り上がりってとにかく引っかかりやすいところなんで、なるべく楽に計算できるようにしましょう、ってのは割とスタンダードな考え方なんですよ。

***

勿論、これは「分からない子の為の補助器具」みたいなものなんで、別に強制する必然性はありません。分かる子は普通にやっちゃえばいい。それについて異存はありません。

ただ、小学校の先生ってのも大変な仕事でして、能力も要領のよさもバラッバラな子を30人とか一度に教えないといけないんで、一人一人の学習段階を細やかに気遣うって正直結構無理ゲーに近いと思うんですよ。私なんて3,4人でも十二分にしんどかったですもん。

そういう点で、「躓く子を出すよりは低い子に合わせる」という選択をとるのは、一つの止むを得ざるやり方だと思いますし、後々の応用範囲を考えれば「取り敢えずさくらんぼ計算のやり方はきっちり覚えておきましょう」というケースが発生することも、そんなにおかしな話ではないと思います。

まあ、こういうやり方もあるよ便利だよ、けど違うやり方でやってもいいよ、という方が教え方として理想だとは思いますけどね。結構難しいんですよ色々。

算数嫌いの小学生が、一人でも算数苦手を克服出来ますように、と祈らずにはいられません。うちの長女次女もぼちぼち繰り下がりのある引き算とかやってるんで、宿題を観ながらそんなことを考えていたわけです。

「さくらんぼ計算」自体は決してくだらないやり方じゃないよ、これを早い段階で教えるっていうのもアリだと思うよっていう話でした。

今日書きたいことはそれくらいです。






posted by しんざき at 12:07 | Comment(12) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月15日

BOSEのbluetoothイヤホン「SoundSportFree」が届きました

わーい。

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どういう経緯かと言いますと、先日スマホ変えたんですよ。XperiaのXZ2に。


で、XZ2って、普通のイヤホンジャックないんです。一応、同梱品にイヤホンジャックをUSB-cに変換するアダプタが入ってるんで、それ経由で繋げることは繋げるんですけど。

ただ、私、幾つかの端末でイヤホン使いまわすことが多いんで、いちいちアダプタつけたり外したりっていうのも煩雑だなー、どうせだからbluetoothイヤホン欲しいなー、けどどれも結構いい値段するなー、って感じで迷ってたんです。

で、ふと思いついてクレジットカードのポイント見たら、ポイントでBOSEのイヤホンが交換出来ることに気づきまして。私、基本的にポイントというものを有効利用出来ない人間なんでもう何年も溜めっぱなしだったんですが、こりゃいいタイミングだと思ったんで交換してみたんです。これです。



普通に買うと結構いいお値段するんですよね。いや、bluetoothイヤホンってどれも割と高いですけど。

折角買ったんで、軽く使用感とか感想を書いてみようと思ったわけです。ただ、しんざきは一応音楽奏者でありながら決してオーディオ機器に通じているとは言えず、特に音質とかについては(※素人の感想です)という注釈をすべてのテキストに付け加えた方が良さそうな有様ですので、その点については割り引いて読んでください。

1.充電周りとかケースとか


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こんな感じで、ケースの中にイヤホンが二つ、ぴたっと収まるようになっています。

これ、ケースがイヤホンの充電器を兼ねていて、ケース自体もUSB-Cで充電できるようになっていまして。ケースが満充電されていると、大体イヤホンを2回充電できるそうです。イヤホン自体の稼働時間は満充電で最大5時間。まあ、移動しながら音楽聴いたりゲームしたりする分には十分な時間である気がします。

ケース自体も結構高級感ありまして、オフィスの机の上にぽんっとおいておいても違和感がない見た目。大きさ的には掌に軽く握り込めるくらいで、ポケットに放り込んで移動する分にも苦労がありません。取りあえず、「スマートに持ち歩ける」という要件は完璧に満たしていると言って良さそうな気がします。


2.イヤホン自体とか音質とか

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肝心のイヤホンはというと。

作りは耳に押し込む感じになっておりまして、ゴムの部分にS/M/Lのパーツが付属しており入れ替えられるようになっている為、耳が小さい人・大きい人に関わらず、着用感はちゃんとフィットしそうです。少なくとも私について言えば、つけたままでも全然違和感がなく、動き回っても全く抜け落ちず、とてもいい感じに着用出来ています。スポーツしながら使うことを想定しているようなのでそこは流石という感じ。

ケースから取り出すと自動でペアリング準備状態になるようで、ペアリングはあっさり出来ました。スマホ用のコネクトアプリがあるのですが、別にインストールしなくても困りません。ただ、紛失用の位置情報追跡機能とかあるようなので、そちらを使う人はアプリを入れてもいいんじゃないかと思います。

音質は、すいません素人の感想なのでと断った上でなんですが、「めっちゃいい」という一言になります。今まで使ってた安物のイヤホンとは雲泥の差なのは当然のことながら、うっかりすると以前買った割とちゃんとしたヘッドフォンにも比肩するくらい、音がやたら綺麗に聞こえます。ベース音、ドラム音なんかもかなり強烈に響いてきまして、ああこの曲こんなにベース強かったのか今までごめんなさいという感じ。

bluetoothなので電波干渉なんかもあるのかも知れませんが、机の上においたスマホで音楽を流しながら作業する分には、全く途切れや雑音はありませんでした。電子レンジとか使ってたらどうか分かりませんが。

着用感についても、「ああ、ケーブルがないってこんなに楽なんだ」と軽く感動しました。ケーブルが絡まる心配がないというのもさることながら、何かに引っかかったり振り回されたり、ということもないのでストレスフリー。これはまあ、完全ワイヤレスのイヤホンならどれも同じですが、個人的には満足感がとても高いです。

一応、一部のスマホとペアリングをした時に左耳用のイヤホンから音が聴こえない時がある、みたいな情報を見ましたので、気になる方はFAQを見てみてください。私のXperia XZ2だと特に問題が発生しませんでした。



3.マルチペアリング

このイヤフォンを選んだ重要な理由の一つとして、「マルチペアリングの機能がある」ということがありました。つまり、複数の端末と同時にペアリングして、機器を切り替えられるらしいんですね。最大七台までペアリング出来るみたいです。

早速、ノートPCとスマホ両方にペアリングしてみました。

左側のイヤホンの後ろにファンクションキーがありまして、それを押すと「今ペアリングされている機器」を女性の声で喋ってくれます。もう一度押すと次の機器に順番に切り替わるという形です。

期待通りといいますか、この機能めっちゃ便利です。

上でも書いたんですが、私、イヤホンを複数の端末で使いまわすことが多いんですよ。移動中はスマホで音楽聴いて、ついたらノートPCに切り替えてゲームして、みたいな。なので、いちいち付け替えるのが結構手間になるんですね。普通のbluetoothイヤホンだといちいちペアリングを切らないといけないらしいのでその点も不便。

その切り替えがほぼワンタッチで、ペアリングしたまま出来るので、非常にあっさりと端末間での使いまわしが出来るようになりました。大満足。

ただ、切り替えの際には端末名を聴きながら切り替えないといけないので、台数が多くなってくるとそれはそれで煩雑になるかも知れません。私は多分最大3台しかペアリングはしないので多分大丈夫。


ということで、ざっと書いて参りました。イヤホンとしても結構お高いので、手放しにお勧め出来るかというと難しいですが、私のように複数機器でのイヤホン使いまわしをしつつ音質も出来ればいい方が、みたいな希望がある方は、ちょっとご検討されてもよいのではないかと思った次第です。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 12:21 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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