2018年07月31日

「初デートでサイゼリヤはアリかナシか」という話で根本的に理解出来なかった点


これ、周囲の反応を見ている限り、どっちかというと私がずれてる側だという可能性が否定できないんですが。

ちょっと根本的に理解出来なかった点として、デート後に食事しに行く店って、「男性が決めて一方的に提案する」というやり方が一般的なんですかね…?皆さんそうやってるものなんでしょうか?

いや、「デートに行ったら食事の店が〇〇でがっかり」というのは割と古来からあるテンプレ展開でして、議論になることも多いネタだとは認識しているんですが。

これそもそも、がっかりする為には

・男女どちらか(多分主に男性)が店を事前に決定している、ないし当日になって提案する
・その情報がもう一方に開示されていない
・その店についての合意がとられていない

という三つの条件が必要だと思うんですよ。

これ、私の認識というか、私が一般的だと思っていたやり方とは割と食い違ってまして、

「え、食事しに行く店なんて男女双方で合意とってから行くもんじゃないの?」「相談なしで決めておかないといけないもんなの?」
と私は思ったんです。

いやだって、食べたいもの、行きたい店なんて人それぞれじゃないですか。もしかすると、相手の女性には以前から行きたかった店があるかもしれないし、特別好きな食べもの、嫌いな食べ物があるかも知れない。なんならアレルギーだってあるかもしれない。

で、行きたい店がある、食べたいものがあるっていうのは自分も同じですよね。個別にそれぞれの欲求がある。

まずヒアリングしてすり合わせしないのん?という。ヒアリングも相談もなしで相手を満足させないといけないなんて、どんだけ難易度高いんだよって思ったんです。

私の場合で言うと、例えば奥様とお付き合いする前後の話であれば、

・何が食べたいか、行きたい店があるかを事前にヒアリングする
・自分の希望も提示してすり合わせする
・第一候補の店を決めて合意する
・混んでいそうなら事前に第二、第三候補も決めておく

というような感じでやっていました。この時、例えば二人で「サイゼリヤ美味いよね」「サイゼリヤ行こう」ということだったらサイゼリヤいってたと思うんですよ。それでなんで「がっかり」という話になるのん、と。

これ、少なくとも私に関する限りでは、あんまり関係性の発展具合に関係ないと思うんですよね。どんな関係性だろうと、それくらいのことは事前に話すし、それくらいのことはすり合わせるでしょうっていう。

例えば初めて出かける相手だったとして、「明日何食べたいです?」「食べられないものあります?」ってことくらい事前に話さないのかなあ、と。むしろ、そういうすり合わせが出来ない相手とそれ以上関係を発展させるのって不安なんですが。

ただ、二点だけ、ちょっとずれ具合に心当たりがある点がありまして。

まず一点、私が一番長く一緒に過ごしているのは当然奥様なんですが、奥様割と「食べたいもの」の方向性が明確な人でして、希望を聞けば結構すぐ希望が出てくる人なんですよね。なんなら提案が出てくることもあるので、すり合わせの際あまり苦労することがなかった、というのが一つ。

もう一点として、私「サプライズ」って非常に苦手だし、奥様もあんまりサプライズって好きじゃないんですよ。当日いきなり店を知ってびっくり、というスリルはあんまり求めていなくって、むしろ事前に「あの店おいしそうだなー早くいきたいなー食べたいなー」と想像を膨らませておく方が好き。これは食事だけじゃなくて、誕生日とか、記念日でもそうなんですが。

なので、いわゆる「サプライズ」を好む文化であれば、「当日まで店は秘密にしておいて、当日いきなり提案してびっくりさせる」という趣向が成立するものなのかなー、とは思ったんです。いやまあ、私からするとすげー難易度高いなーと思いはしますが、そういう楽しみ方があるなら不思議だとは思わない。

まあ、このずれ具合が何に由来しているのかは、私も正直よくわからないです。別にどっちがいい、悪い、という話でもないんですが、ちょっと違和感を感じたので書いてみました。

個人的には、サプライズに極めて脆弱な生き物なので、出来れば事前すり合わせは済ませてからご飯を食べにいきたいなあ、と考える次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 16:45 | Comment(7) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Switch版イース8をクリアして、改めてイース8の傑作っぷりに感動しました

いやーーー本当にアクションRPGの大傑作ですよねイース8。いいゲームや…本当にいいゲームやイース8…


イース8自体は、VITA版でも遊んでまして、そちらでも感想を書き倒しているのでご参照ください。



ここでは、switch版ならではの内容についての簡単なレビューと、あと改めてクリアしてのイース8についての感想を書き殴ろうと思います。一部上記リンクと重複する内容があるかもしれませんが、本人的にはクリアしたばかりのテンションで感動している状態ですので気にしないでください。


〇Switch版イース8についての感想

・コンテンツ的にはPS4版とほぼ同様のようです。Switch版独自の追加コンテンツ、みたいなものはなさそうです
・読み込み速度はVITA版よりずっと速く、(動画を確認する限り)PS4版よりちょっと遅い、くらいの感じです。個人的には殆ど気になりませんでした
・ゲーム中1,2回フリーズすることがありました。ただ、オートセーブのお蔭で被害はほぼありませんでした
・オートセーブの頻度がちょっと上がっているような気がします(気のせいかも知れません)
・グラフィックについても、PS4にはやや劣り、VITAよりはだいぶ綺麗、という感じです。
・switch仕様でユーザーごとにセーブデータが保持できるので、長男と同時並行で遊べて大変盛り上がりました
・PS4版からあるらしい、クリア後のアルバムが超嬉しい…イベントシーンからムービーからキャラクター画像まで全部見られる…
・夜間探索のBGM超かっこいいな!!!
・追加ダンジョンは正直結構色々ややこしいし面倒なんですが、ダーナがとても尊いのでプレイするべきだと思います
・ところでルミナスの露出度は流石に高すぎじゃないでしょうか
・着衣嗜好原理主義過激派としては、儀式衣とかで厚着のダーナも観測してみたかったです
・総じて、「PS4版をまだやっておらず、携帯性が欲しい」という人であればSwitch版イース8を買って間違いはないように思います


「switch版イース8」単体の感想は大体以上のような感じになります。


以下は、昨日クリアしたままのテンションでの感想書き殴りです。ところどころネタバレが混じるかも知れませんのでご注意ください。


〇イース8自体についての感想(一部以前の記事と重複あり)

・もう、なんといっても「操作している時の爽快感」。これが本当に最高です
・回避アクションを絡めて画面内をビュンビュン飛び回れるし、敵をザクザク斬ったりぶん殴る感覚も最高に気持ちいい
・フラッシュガード、フラッシュムーブが決まった時の「やった!」という気持ち良さも素晴らしい
・必然的に、「相手の動きを見極める」「相手の攻撃のタイミングを計る」という、上達に繋がる学習への報酬効果が大きい
・特に難易度HARD以上だと、中盤以降フラッシュガード・フラッシュムーブを駆使しないと死ぬ
・「序盤はザクザクごり押しで問題ないけど、ゲームに慣れてきた頃フラガ・フラムがちょうど必要になる」という絶妙なバランスが本当に最高
・スキルやEXTRAスキルをどかーーんと相手にたたきつけるのも超気持ちいい
・特にラクシャさんのリーサルレイドは、一瞬相手が止まる感覚もあいまって絶妙な気持ち良さ
・ヒュンメルも最初使いづらいけど使えるようになってくると超楽しい
・サハドはマグナスウェイプが強すぎて基本それしか使ってなかった
・リコッタは剛爆三段に頼りがちだけど、スパイラルダイヴも強かった
・ダーナはアイスエイジや奏輪舞踏と蒼の腕輪で凍らせまくり
・今回アドルのスキルがやや性能抑えめなので、出来ればボス戦でのロマン砲も欲しかった
・ただ、雑魚戦でのフォースエッジは異様に便利・かつ気持ちいい
・どのキャラも違った使いでがあって、使いこなせば使いこなす程強い、という奥の深さも素晴らしい
・雑魚戦はともかくボス戦はどれもそこそこ難易度高い戦いになるので、アクションゲーム初心者の方には難易度easyでのプレイをお勧めします
・Lボタンでの詳細マップ表示が凄い便利で探索が捗る
・漂流村での共同生活、村が段々充実していく感じも、漂流もの大好き人間としては大変良好でした
・ただ、ドギやエアランはちょっと仕事が速すぎるような気もします。あんな炊事場どうやって作るんや
・北部を探索するときのあのワクワク感
・漂流村の女性陣は全体的にかわいい人が多すぎると思います
・特にミラルダさん回りで間違いが起きていないか心配
・カトリーンさんはもうちょっと胸元に頓着した方がいいと思います
・シルヴィアさんの露骨な二面性嫌いじゃない
・けど今回はラクシャとダーナが色々な意味でヒロインとして強力過ぎることは否定できない
・ダーナはヒーローでもあるけれど、ヒロイン力も歴代イースヒロインで最強に近いと思う
・どんな状況でもとことん前向きなダーナさん素晴らしい。。。
・ラクシャさんはちょっとチョロ過ぎるような気はします
・エアランとドギが便利屋ポジション過ぎる
・古代種が普通にその辺歩いてる北部に瓦礫撤去の為にいちいち呼びつけてすいません皆さん
・レーヤにはもうちょっとまともな軍師ポジションを与えてあげてください
・ミラルダさんに励まされるリヒトくんの薄い本(なさそう)
・オースティンに執拗に「演奏があるじゃないか」と繰り返すアドルの暗黒面
・足を引っ張る系キャラではあるものの、カーラン卿のウザさと「まあこういうキャラもいていいかな…」感のバランスが結構絶妙だと思う


ぜえぜえ。よし、大体言いたいことは全部言ったぞ。

とにかく私が言いたいことを一言でまとめると、

・イース8はマジ面白いしswitchのアクションRPGでも指折りの傑作であることは間違いないので、未プレイの方は騙されたと思ってやってみてくださいマジで

ということだけであって、他に言いたいことは特にない、ということを最後に申し添えておきます。既存のイースシリーズ未経験でも全っ然問題ありません。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月29日

業務連絡:ブログ用メールアドレス変更しました

以前はexciteのフリーメールアドレスを使ってたんですが、9月で利用停止になるということですので、so-netのアドレスに変更しました。下記の通りです。

unfallen_castle@xa2.so-net.ne.jp

ブログのコメントは正直気が向かないと読まないのですが、こちらは大体読むと思いますので、何かどうしてもしんざきに言いたいことがある、とかでしたらこちらにどうぞ。

また、ライティングのご依頼等、お仕事のご連絡もこちらから承ります。

取り敢えず以上です。
posted by しんざき at 20:10 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月27日

長女次女がカトリーエイルの謎解きでリアル宝探しデビューした 18/07/27

楽しかったです。


長女次女は、最近「カトリーのナゾトキファイル」というアニメが好きでよく見ているようでして。よく知らなかったんですが、ザ・英国紳士であるレイトン教授の娘さんが主人公らしいですね。レイトン教授誰と結婚したんでしょうか。やっぱアロマなんでしょうか。

で、「カトリーの謎解きがある」というので、以前から私と長男の話を聞いてリアル謎解きをやりたがっていた折、「行ってみたい!」と二人で大一致。丁度私が平日休みで、奥様・長男組とは別行動になったので、私・長女・次女の三人パーティで行ってみようかという話になったんです。

「カトリーエイルとゲームの館」は、セガのゲーセン店舗内で「幻のゲーム」を見つけるという設定になっています。そこで、以前よく行っていた新宿セガに出撃。ちょっとナゾ解いてきました。

長女次女初謎解き、カトリーエイル謎解きに挑戦!

夢中になって謎解きをする二人の図。

ネタバレなしの感想を書いてみますと、

・長女次女やたら楽しんでいました
・謎解きが結構明確に前半と後半に分かれていました
・前半はかなり平易な難易度でして、小1の長女次女でもほぼヒント無しで進めることが出来ていました
・結果的に、謎解きデビューにはかなり丁度良かったかも知れません
・後半はそこそこ難易度が上がります。色んなアイディアが詰め込まれていて面白かった
・ただ、全体的に見れば難易度はかなり低めという印象。謎解きに慣れた人にはちょっと物足りないかも
・謎解き自体は長めに見ても2時間はかからないと思います
・店員さんがすごくいい人で、「アイス食べたい!」「これからお昼ごはんだからダメ」という会話に、「試食だけならどうですか?」と声をかけてくださり、一口だけ食べさせてもらってました。ありがたし
・取り敢えず、全編クリア出来て長女次女は飛び跳ねて大喜びだったので概ね満足

という感じでした。

全体的に謎は易しめだったんで、デビュー戦には丁度良かったなーという印象。ただ、近場のセガが、新宿歌舞伎町、秋葉原、池袋と、子どもを連れて行きにくいところばかりなのがちょっと個人的に難点でした。。。自由ヶ丘とかでもやってくれないものだろうか。

帰ってきてから長男に謎を見せたところ、割とぱぱっと解いてしまって、「パパとボクなら30分だね!」と自信満々の風情。流石、3年戦士となると貫禄があります。

これで、今まで解いた謎は下記のような感じになりました。


結構な数になりましたね。またプレジャーフォレストで新しい謎解きが出来たっぽいので今度行ってみたい。とはいえ、来月は長男と二人でこれに行く予定です。


謎解きは頭の体操にもなるし、たくさん歩くんで運動にもなるし、子どもも大好きなんで子連れで行くには大変お勧めです。

その後、3人で渋谷のキッズボルダリングに行きまして、


とどめに地元の公園に寄ってから帰宅。流石に遊び倒したせいか、長女次女はお昼寝で夕方までぐっすりでした。

ということで、明日は台風で家こもりになりそうなところ、今日遊び倒せて大変満足でした。

一旦それくらいです。












posted by しんざき at 21:37 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月26日

「ワイルドカード」シリーズの邦訳再開されないかなあ

皆さん、「ワイルドカード」シリーズっていうSF小説、ご存知ですか?




「ワイルドカード」。G.R.R.マーティンを中心として、複数のSF作家が「同じ世界観を共有したSFを書く」というコンセプトで好き勝手書いている、中編〜長編SF小説です。1987年から現在まで続いています。

私はワイルドカードシリーズ凄い好きなんですが、何故か日本だと「大いなる序章」「宇宙生命襲来」「審判の日」の3集しか邦訳されてないんですよ。なんでかなーー。あんまり売れなかったのかなあ?すげえ面白いと思うんですが。

ワイルドカードシリーズは、すごくざっくり言っちゃうと「マーヴル世界観みたいな、特殊能力を持ったたくさんのヒーローが活躍するSF小説」です。

第二次世界大戦の終戦後、地球に対するタキス人の陰謀により、マンハッタン上空に「ワイルドカード・ウィルス」がばら撒かれる。そのウィルスに感染したものの90%は死亡し、生き残ったものの90%は醜く変形してしまい、僅かなものだけは特殊な超能力を発現させる。醜く変形してしまったものは「ジョーカー」と、特殊な能力を身に着けたものは「エース」と呼ばれるようになる。

いや、舞台装置だけ説明すると、今から見たらもってまわった内容に見えてしまうかも知れないんですが、「ワイルドカード」世界観って凄いシビアでディープなんですよ。ジョーカーに対する差別問題とか、終戦後の混乱期に政治利用されるエースとか、それに対する権力側の反発とか、麻薬問題とか、現実にも存在しそうな問題が遠慮なく投入される。勿論その一方で、魅力的なキャラクター、魅力的なエースたちが大活躍をするエピソードもある。

エースといっても人間なんで、当然働かないと金を稼げないし、食事をしないと飢え死にしてしまう訳です。その為に自分の能力を利用するエースもいれば、犯罪に手を染めてしまうエースも、一方賢く立ち回って経済的成功を手にするエースもいる。一方、当然のことながらその陰でジョーカーも、あるいは「ワイルドカードウィルス」と無関係に過ごしている普通の人たちも、色んな状況で色んなことをしている。

様々なSF作家がよってたかって描く、その「ワイルドカード世界観」がとても魅力的なんですよね。

第一集である「大いなる序章」は特に大きなテーマを定めず、ワイルドカードウィルスを描いた中短編の集積という作り。

第二集である「宇宙生命襲来」は、巨大な群体である「群れの母」襲来に対して立ち向かうエース、という筋立てになっておりまして、こちらも色々と熱いんですが、なんといっても第三集の「審判の日」の完成度は群を抜いています。

ワイルドカード記念日の1日、祝祭の裏で陰謀をめぐらす「天文学者」と呼ばれるエースとその一派。それに対する「フォーチュネイト」やドクタータキオンとその仲間、というエピソードが中心になるんですが、それと並行して様々なエピソード、思惑、小競り合いやトラブルが街のあちこちで起きており、それらが時に交差して、時にすれ違う。

天文学者とは何の関係もないところで巨悪と戦っている弓使いのダニエル・ブレナンとそれに巻き込まれた「生霊(レイス)」ジェニファとか、何ら能動的に動いていないのにギャング戦争に巻き込まれる「バガボンド」スーザンと下水道ジャックとか、とにかく自分の店と商店街を守りたいハイラムとか、まあ皆の行動がクロスしまくる訳です。

複数の作家がモザイクのように書いているストーリーが、読み終わってみるとちゃんと一つにまとまっている。このストーリー構築の見事さについては、G.R.R.マーティンの手腕に舌を巻く他ありません。

勿論、それぞれのエースやジョーカーのキャラクターが、「ワイルドカード」シリーズの魅力の中核であることは間違いありません。

普段はさえない中年男、しかし亀の甲羅に見立てた装甲車に乗り込んだ時だけは無敵の念動力者になる、「タートル」ことトム・タッドベリ。

精液をパワーの源泉として、精神操作、念動力など様々な力を駆使する「フォーチュネイト」。

一度ワイルドカードウィルスで命を落とした後に蘇った、目があった相手に死を送り込むことが出来る「逝去(ディマイズ)」ことジェイムズ・スペクター。

人格破綻者の科学者によってつくられたが故に死ぬほど苦労する、女好きのアンドロイド「モジュラー・マン」。

地球にワイルドカードウィルスを持ち込んだタキス人でありながら、地球の側に立ってジョーカーやエースの為に奔走するテレパス、ドクター・タキオン。

その他もろもろ、エースにしてもジョーカーにしても味があるキャラクターばかりなのですが、共通しているのが「何の活躍もしていない、普段の行状・生活についても全く切り捨てられないこと」。エースだろうがジョーカーだろうが、中にはダメ人間もいるのであって、能力に関係なく等身大の姿が描かれるのも「ワイルドカード」の魅力の一つです。個人的には、単なるヒッピーにして天才生化学者であるマーク・メドウズがお気に入り。

ということで、ワイルドカードシリーズ面白いですよねという話と、第四集以降も邦訳して欲しいなーという、ただそれだけのエントリーでした。

興味が出た方は読んでみませんか、ワイルドカードシリーズ。特に「審判の日」については損はさせません。



今日書きたいことはそれくらいです。



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posted by しんざき at 07:00 | Comment(2) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月23日

何かを攻撃する時ガードを極端に下げてしまう現象と、はてなスターの仕組みについて気になること


こんな事例を観測しました。


経緯としては、

・「体育館のエアコンについて、2500円電気代がかかるので使うな」という教育委員会からのお達しがきた、とツイートした人がいた
・脊髄反射で教育委員会への批判が集まりまくり、RTもされまくった
・Togetterまとめに大量のブクマが集まった
・箕面市長の否定によってデマと判明した

という流れです。比較的よく見る案件ですよね。

これについては以前も書いたんですが、「何かに憤って攻撃しようとするとき、普段よりガードを下げてしまう人」ってものすごーーく多い、というか殆ど人間の本能みたいなものなんじゃねえかと私思ってまして、今回の件はその端的なサンプルなのかなーと感じたんです。

id:tyoshikiさんもおっしゃってますが、はてブの方々ってwebでもかなりリテラシー高い人たちだと思うんですよ。嘘ニュースとか、デマまとめだとか、そういう案件は良く観測されていて、普段から冷静なデマ指摘をされている人も多いと思っています。それでも時にはこういう事例が発生してしまうのは、誘い受け事例の誘因力の高さというか、「これはひどい話だ!」と感じた時の叩きたい欲求の強さみたいなものをつくづく感じるわけなんです。

以前も、「分かりやすい悪役を見つけた時はちょっと立ち止まった方がいい」という話を書きました。下記エントリーです。

手前味噌で申し訳ないのですが、繰り返しになるのもなんなので、ちょっと内容を引用します。


ただ、「分かりやすい悪役がいるニュース」については、特にガードを高くすることを徹底すべきだ、と私は考えている。

理由は二つある。
・「分かりやすい悪役がいるニュース」は、感情を煽る力が高く、物凄い勢いで拡散されてしまうケースが多いから。
・「分かりやすい悪役」が実際にはおらず、単に誤報か、あるいは情報の偏向であるケースが割と多いから。

前者の理由については、皆様経験則としてご存知なのではないかと思う。分かりやすい悪役を見て、正義感を煽られてしまう人は非常に多い。彼らは、瞬間湯沸かし器の様に頭を沸騰させた上で、ソースの確認なく情報をがんがん広めてしまう。

それがデマなのかどうかは関係なく、「ソースの確認なく情報を広める」という行為は本来とても危険なのだが、ガードが下がった人はそんなことは気にしない。あたかもあしたのジョーのごときノーガード戦法である。カウンター狙いの戦術であるならまだしも、一般的には彼らのことを「猪突猛進」と呼ぶ。


今回の事例ですと、エアコンについて理不尽な要請をつきつけた教育委員会が、非常に分かりやすい「悪役」ですよね。

やっぱり、普段から反感を持っている組織とか、反感を持っている個人が「分かりやすい悪役」になっていれば、取りあえず叩きたくなるんですよね。その気持ち自体は分かるんです。

webにおいて「分かりやすい悪役」になりやすい主体って幾つかありまして、具体的な組織で言うと「NHK、電通、JASRAC」の三つはすげー藁人形になりやすいなーと思ってます。あと、「政治家、マスコミ、教育組織」も同じような感じで、やっぱこの辺がおかしなことをしているような情報に触れると、ついつい叩きたくなってしまうんですよ。

これはよーーく分かります。私だって全然人のことは言えません。言っちゃってますけど。

これは飽くまで個人的な経験則なのですが、「うわこの話ひどい」とか「こいつ許せん!!」みたいなことを感じるエピソードについて、ソースが明確に提示されていない場合は、大体7〜8割くらいは何らかの誇張が入っているか、情報が偏向しているか、最悪話自体が創作であるケースが占めているように思います。デマとまでは言いませんが、いや冷静に考えるとそれちょっとおかしいんじゃない?なんか誇張入ってない?みたいに感じるケースはかなり多いです。

ですので、「これ許せん!!」と思った時程、ちょっと一旦立ち止まって様子を見ることにしています。ソースを確認出来そうなら確認しますし、確認出来なさそうなら追加で情報が出るまで待ちます。または、「後で反応する」ラベルをぺたっと貼っておいて一旦忘れます。

私自身は、これでデマの拡散に加担せずに済んだなーと思ったことが何度もあるんですが、損したなー、拡散しておけばよかった、と思ったことは殆どありません。

ただ、もしこれで何かを損してしまうとすれば、それは多分「速攻でその話に触れることによって得られていた筈の利益」ですよね。脊髄反射することによるメリット。先行者利益。

「速報性」というものは確かに貴重でして、何かの情報、何かの感想を、速く発信出来る人、というのはそれだけで凄い強みを持ってるな、とは思うんですよ。それは、アンテナの敏感さ、情報収集力の高さの証明でもあります。やっぱり、同じ感想を表明している人であれば、先に表明している人の方を展開したくなりますよね。



ここでちょっとはてブの話に移ります。

私、はてなブックマークは良く使いますし、個人的にも好きなサービスではあるんですよ。ただ、はてなスターに限っては正直あんまりいい仕組みじゃないんじゃないかなーと思ってまして。

つまり、

・先に反応した人程スターを集める機会が多く、そのコメントが「人気のコメント」に掲示される為、更に目立ちやすくなる
脊髄反射することに大きなメリットがあるような作りになっている

ことが気になっているんです。

冒頭であげた事例は単なる丁度いいサンプルでして、この件自体がどうこうって訳ではないんですが、Togetterのブコメページを見てみると、やっぱり「最初の5,6個のコメント」が大量にスターを集めて、人気コメントにもなっているんですよね。トップブコメは2つ目についたコメントです。

最初の方にコメントをつければつける程、たくさんの人にコメントを見てもらえる。必然、鋭いことを言っていればスターがつきやすいし、ついたスターが更に注目を集めてよりたくさんのスターを集めやすくなる。

自分のコメントにスターがつくのってやっぱり嬉しいし気持ちいいんですよね。たくさんの賛同者が自分に味方してくれるように思える快感。トップブコメになった時の気持ち良さって、やっぱ大きな魅力なんです。

つまり、はてなスターの仕組みって、基本的に先行者に大きなメリットがある構造になっているんです。

これ、うっかりすると、「ソースをいちいち確認しない」ということ、ガードを下げて脊髄反射することに対する動機づけになりかねないなーと。

はてなスターって、この先行者利益の話を置いても、「どちらかというと過激なコメントの方が受けやすい」という傾向もあるように思いまして。「より素早く、より過激なコメント」ほど可視化されやすいという、現状デメリットがかなり大きい状況になってしまっているんじゃないかなーと考えるわけなのです。

個人的には、「はてなスターはあっていいけど、「人気のコメント」欄は要らないんじゃねーか?」とか思っています。あるいは、「人気のコメント」はちょっと時間が経ってから集計する仕組みでもいいのかもしれません。

繰り返しになりますが、はてブ自体は好きなサービスですので、是非今後とも継続して欲しいところではあるんですが、重要なインフラだからこそ「デマを拡散しにくい仕組み」みたいなものはあっていいんじゃないか、と思いまして。皆さまには、「脊髄反射しないことによるメリット」について、是非検討頂けないかなーと考える次第なのです。

長くなりましたが、今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

餃子大乱舞の御礼・エンパナのセットリストなど

昨日、「餃子大乱舞」を無事開催させていただきました。


「アコースティックゲーム音楽ライブ」というテーマと、「Empanadillas(エンパナ)」「大乱奏バンドブラザーズ(乱ブラ)」の2グループ出演という以外は、殆ど内容をお伝え出来ず、「これ何のライブ?」と思われた方も多かったのではないかなーと思います。主催としても、皆さんにおいでいただけるか不安だった部分も正直あるのですが、なんとチケットは70枚上限のところ事前予約で完売。

当日も、欠席の方でわざわざご連絡を下さった方もいらして、事前予約でのご来訪が68名、当日ご来訪が1名とほぼ満席、とんでもない大盛況を頂きました。おいで下さった皆様、誠に誠にありがとうございました。

元々このライブ、アコースティック編成でやりたかった曲がたくさん溜まっておりまして、「この曲をライブでやりたい!」という欲求にエンパナメンバーが付き合ってくれまして、そこにあだっちさんも乗って下さったという、ほぼそれだけの理由で開催させていただいたライブでして、個人的には超絶満足だったのですが、ご来訪の皆さんはご満足いただけたでしょうか。少しでもお楽しみ頂けていたら幸いなことこの上ありません。

取り急ぎ、当エントリでは、エンパナのセットリストを公開するのと、当日時間の都合で楽器紹介をほぼ全く出来なかったので、一体どんな楽器を使ったのか公開させて頂こうと思ったら大体バンドメンバーの珪さんが書いてくださったのでそれをご紹介させて頂こうと思います。

まず、セットリストは下記のとおりです。

1.いつか帰るところ(FF9)
2.春麗のテーマ(ストリートファイターV)
3.Harlech(ザナドゥ ネクスト)
4.A Little Visitor(ノーラと時の工房)
5.花(俺の屍を越えてゆけ)
6.Freedom(ダライアスバースト)
7.JIG 「Tir na n'Og」(ポップンミュージック)
8.Tree in Lake 〜消えたチチカカの木〜(ポップンミュージック)
9.風そよぐ村(モンスターハンター4)
10.ひとり思う(FE if)
11.baladium's drive(風のクロノア)
12.Song of mana(聖剣伝説LOM)

改めてみても、ボーカル曲・インスト曲とり混ざってなかなかカオスだったかと思います。。。みなさまお好きな曲はおありでしたでしょうか。
個人的には、「最初にいつか帰るところでケーナ四重奏をお聴かせする」というのは曲順のこだわりどころで、また今回恵比寿天窓さんを選ばせていただいた最大の理由であるグランドピアノとりかさんの演奏の音圧を感じていただきたく、特に花・Freedom・JIG辺りの並びは考えたところでした。

吹いていて楽しかったのは「消えたチチカカの木」。次々襲い来る音符がまさに音ゲー感。あと、Song of manaはもう本当に大好きな曲でして、演奏しながら勝手に泣きそうになっていました。

ちなみに、民族楽器も非民族楽器も含めて山のように色んな種類の楽器が出ましたので、そちらも軽く紹介できればと思います。といってもすいません、ここはちょっと手を抜かせていただいて、ツイートの引用をさせていただきます。

ばふぁりんくんが使っていたパーカスは、多分チャフチャスとパンデイロと、あとクラベス使ってましたっけ…?セミ―ジャも使ってたかも…?

すいません、正直私自身も全ての楽器は把握していないので、気になる方は個別にぐぐってみてください。取り敢えず私の専門分野の楽器で言うと、ケーナは私のメイン武装の縦笛でして、ケナーチョはその少し長くて音が低いヤツ。チャランゴはウクレレに似た小さめの弦楽器。チャフチャスはリャマやアルパカの抜け落ちた爪をたくさんくっつけたパーカッションで、サンポーニャは管がたくさんくっついたパンフルートみたいなやつです。

ちなみに、私とばふぁりんくんが着ていた衣装は「チャレコ」といいまして、南米は多分ボリビアからの輸入品です。女性陣は中華風衣装で統一して頂いておりまして、残り男性陣は甚平・作務衣という、万国感が溢れすぎてカオスになってたビジュアルでした。大変でしたね。


で、個人的には「大乱奏バンドブラザーズ」さんの演奏も、二階席から思いっきり楽しませていただきまして。今回については身内褒めになってしまうのであまり細かく書くのは遠慮させて頂こうとは思うんですが、最後がレインボーロードなのはずるい…どう考えてもずるい…!あと水中メドレー超良かったです。

フィナーレの「グリーングリーンズ改」は、乱ブラリーダーあだっちさん渾身のアレンジ。好き勝手吹かせていただきました。いやー楽しかった。

ということで、つらつら書かせていただきました。

今回みたいな形でかどうかは分からないんですが、また皆さんに何かしらの演奏はお届けできればと思いますので、今回気になった方は是非引き続き、エンパナ・乱ブラの今後の活動にご期待ください。

改めまして、今回は本当にありがとうございました。

posted by しんざき at 23:16 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月20日

ところでゴーストトリックが本当に最高でした

不倒城では基本的に「今更」って言葉を死語にしているんですが、先日ゴーストトリックをクリアしました。iPhoneでも出来るみたいなんですが、私はAndroid使いなのでDS版を買いました。


もーーーーー、いやもーーーー。最高でした。最高でした。本当に素晴らしかったです、ゴーストトリック。ここまで良質なAVGを味わえたのは本当に久しぶりです。私、例えば逆転裁判シリーズでは3が一番好きなんですが、3をクリアした時と大体同じようなプレイ後感を、じーーんとしばらく味わってしまいました。なんで今までやってなかったんだよって感じです。私がやっていない名作が世の中には多すぎる。

ゴーストトリックは、「逆転裁判」シリーズの企画・シナリオで知られる巧舟さんがディレクターになったAVGで、「主人公が最初から死んでいる」「主人公は、「トリツク」「アヤツル」といった死者のチカラを操って、自分の死の謎を解こうとする」という舞台立てのゲームです。

まずは、ゴーストトリックをまだプレイしていない人の為に、ネタバレなしの感想を書いてみたいと思います。


〇操作・システム

当初想像していたよりもだいぶアクション性が高かったです。


PVをご覧いただければわかると思うんですが、このゲーム、基本的にはサイドビューの場面を見ながら、画面のあちこちにある「コア」を「トリツク」を使って次々飛び移っていき、「アヤツル」を使って状況を変化させていく、という形で進むんです。

ただ、この時「トリツク」対象がいつもいつもじっとしている訳ではなく、動いている対象にタイミングを計って「トリツク」をしなくてはいけない場合もありますし、ぼやぼやしていると遠くに離れてしまって手が届かなくなる、なんてこともあるんです。時には「何かをぶつけて対象を飛ばす時、ぶつかった後素早く飛ばされる対象にトリツキな押さないといけない」なんてことも。

場面はちょくちょく時間経過しますし、キャラクターや物品が刻々位置を変える場合もあります。単に「どれをアヤツったらどう状況が変化するか」を考えればいい、というだけではなく、「どのタイミングでアヤツレば状況が好転するのか」「どうタイミングを計れば目的の場所に着けるか」なんてことを考えるのもこのゲームの特色でした。

ただ、失敗しても何度でもやり直せることに加えて、状況によっては失敗したことで面白いイベントが見られる場合もあったりするので、試行錯誤は苦ではなかったです。ただ、謎解きの難易度自体はかなり高めだなーと感じました。一部の章については、ハマる人はかなりハマるんじゃないでしょうか。


〇キャラクター

もーーーー本気でいい味出してるキャラクターばかりでした。素晴らしい。本当に素晴らしい。キャラ造形のノリは「逆転裁判」のそれに近いように感じたんですが、更にそこからもう一段、軽妙さと奥深さのバランスが向上しているように思います。

このゲーム、基本的に「既に起きてしまった事件を力ずくで改変する」という展開になるんです。その為、前段の展開では割と遠慮なく人が死にますし、結構重たい状況になることも頻繁にあります。

ただ、それでもゲーム全体が重苦しい雰囲気にならないのは、「その事態に係るキャラクターが、みんな陽性のユーモアにあふれている」ことと、「主人公であるシセルというキャラクターの安定感」に由来しているなーと思ったんですね。

とにかく本作のシセルってキャラクターはとても魅力的でして、どんな場面でもクールで、基本的には自分の目的に忠実なのに、人を助ける時は一切躊躇せず、しかも絶対に諦めない。「クールな熱血漢」とでもいうべき、実にいいキャラクターなのです。

ヒロインであるリンネとの掛け合いではちょくちょく皮肉を言ったりジョークを言ったりもするんですが、たまに妙なことを知らなかったりして、ボケ側に回ったりすることもあります。リンネとの掛け合いは本作での重要な味わいの一つ。

一方、リンネを始め、サブキャラクターも魅力的なメンバー揃いです。とにかく、どのキャラクターも共通した「深刻になり過ぎない前向きさ」をもっていて、けれど決して何も考えていないわけではなく、考えて考えて、その結果、結論として前を向くことを選択しているんだってことがすごくよくわかるキャラクターばかりなんですよ。彼らの会話、掛け合い、人間関係が、このゲームの魅力の重要な一要素であることは間違いないと思います。

しかしミサイル。とにかくミサイル。今作のMVPが、リンネと一緒に暮らしている少女である「カノン」と、その飼い犬であるポメラニアン「ミサイル」であることは間違いないと思います。カノンさんかわいい。あとミサイルもかわいい。けなげ。

あと、一部キャラの動きのナゾのキレの良さは、逆転裁判時代から数段進化していると思います。カバネラ警部の動きが夢に出てきそう。


〇シナリオ

圧巻でした。

これについては、ネタバレを避ける為に最低限のことしか書きませんが、とにかく今作は「やっぱりそうくるか」と「まさかそうくるとは」のバランスが物凄く優れているなあ、と感じました。

つまり、「そこは当然そう来るよね」「そうこなくっちゃ」という、プレイヤーの期待を裏書きする展開と、「え、え、え?何?何がどうなってんの?」という、プレイヤーの予想を裏切る展開が、非常にバランスよく配置されているのです。それを繋いでいるのが、随所随所で「あとから考えるとそういうことだったのか!!!」ということがわかる、繊細絶妙な伏線の数々です。

今私もちょうど2周目をプレイしているのですが、「うわーーーそうだったか!!」とか「ぎゃーーそういうことだったか!!」と納得する機会がダース単位でありまして、恐るべきシナリオのち密さに目を回しています。全くアラがないかというとそういうわけでもないのですが、この「やっぱり」と「まさか」のバランス感覚については、「必見」と言っても言い過ぎではないレベルではないでしょうか。



ということで、以上がネタバレなしの感想でした。

ここから先は、ネタバレ配慮関係なく、思ったことを箇条書きで書きなぐるターンになりますが、ゴーストトリック未プレイで、かつプレイに興味がある方は、クリア後にご覧になることを強く推奨します。よろしくお願いします。





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posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月17日

ファミコンのある風景


今から、単なる個人的な思い出話をします。

うちに「ファミコン」がやってきたのは、確か私が幼稚園の時のことでした。当時私は群馬県は高崎に住んでおり、近所に「ギャムズ」という大きなおもちゃ屋がありました。

郊外型の広いおもちゃ屋で、2階にチョロQだか、ミニ四駆だかのコースがあったことを何となく覚えています。

ファミコンを買ってもらった経緯を、今ではもうよく思い出すことが出来ません。私には5歳年上の兄がおり、恐らく兄に対する何らかのご褒美か、誕生日プレゼントか何かで買ってもらったものなのでしょう。私のゲーム趣味というものは、大方兄の影響で培われたものなのですが、それが始まったのが恐らくここだったのだろうと思います。

最初にしんざき家にやってきたソフトは、ハドソンの「ナッツ&ミルク」でした。どうも兄は「ゼビウス」が欲しかったようなのですが、当時「ゼビウス」は徹底した品薄で、ギャムズでも購入することが出来なかったのです。

当時をご存知の方であればよくお分かりだと思うのですが、ファミコンをテレビに接続する為には、それなりの高さのハードルと、割とアナログな手順がありました。「RFスイッチ」と呼ばれる薄いクリーム色の機械を、「クワガタ」と呼ばれていた端子で四苦八苦しながらテレビに接続して、VHSの2チャンネルに合わせてファミコンの電源を入れると、そこに「ナッツ&ミルク」のタイトル画面が映っていました。


私は恐らく、横で唖然として見つめていたのだろうと思います。先述した通り、しんざきは当時まだ幼稚園児で、遊びの時にもお出かけの時にも、兄のおまけ程度の存在でした。であれば、ゲームをやる際にも、恐らくおまけとしてちょこちょこ手を出させてもらう程度のものだったろう、とは思うのです。

しかしそれでも、「ナッツ&ミルク」の体験は強烈でした。

手のひらに収まる程度のカートリッジの中に、今まで見たこともなかった「遊び」が入っている。それを、同じように手のひらに載る程度のコントローラーで味わうことが出来る。

画面の中で、ナッツから逃げ回りつつ、果物を集めてヨーグルを助け出すミルクが、様々なステージを動き回っていました。まだ幼稚園児だったしんざきにとって、それは本当に「魔法の遊びの箱」であるようにしか思えなかったのです。

そこから、しんざきのファミコン人生、あるいはしんざきのゲーム人生が始まりました。

マッピーを遊びました。アイスクライマーを遊びました。バルーンファイトを遊びました。クルクルランドを遊びました。

当時ファミコンをもっていた友達と、ソフトの貸し借りをしながら、しんざきは色んなゲームを遊びました。貸すカートリッジには、持ち主がわかるよう、油性ペンで自分の名前を書きました。学校でファミコンのソフトを受け渡そうとして、先生に没収された友人もいました。そこから、ファミコンソフトの受け渡しは、公園の「秘密基地」で行うことになりました。裏取引でもしているようで、なんだかドキドキしました。

エキサイトバイクを遊びました。ギャラガを遊びました。けっきょく南極大冒険を遊びました。スカイデストロイヤーを遊びました。

毎年の誕生日のプレゼントは、兄と話し合って「どのファミコンのタイトルを買ってもらうか」を決めていました。兄にとってみれば、私の誕生日も貴重な「ファミコンのソフトを買ってもらう機会」だったのだから、私をなだめすかして説得して、うまいこと自分の遊びたいゲームを買ってもらうこともあったのでしょう。とはいえそれは、私にとって、「より難しい、複雑な、けどだからこそより一層面白い」ゲームに触れる、重要な機会でもありました。

忍者くんを遊びました。ドアドアを遊びました。ドルアーガの塔を遊びました。ヴォルガードIIを遊びました。

しんざきの当時の生活のうち、かなりの部分をゲームが占めていたことは間違いなく、今から考えると両親も随分不安だったのではないかと思います。「ゲーム」などというよくわからない遊びにどっぷりハマる長男と次男です。目が悪くならないか。成績が落ちないか。運動不足にならないか。友達と仲良く出来るのか。恐らく最低限のTPOくらいは教えられたと思うんですが、ゲーム自体を制限された記憶は私にはありません。となれば、両親も随分、不安を抱えつつも我々を好きにさせてくれていたのだと思います。

ツインビーを遊びました。ハイドライド・スペシャルを遊びました。魔界村を遊びました。ワルキューレの冒険を遊びました。

その頃、兄の興味は徐々に「ゲームセンターのゲーム」に移っていき、私がファミコンを占有する時間も増えていきました。ゲーセンのゲームの凄さを聞きつつ、まだゲーセンについていくことは出来なかった私は、それでもファミコン世界に魅了されていました。時折、兄が友人から色んなゲームをまとめて借りて来てくれることもあり、好きに遊んでいいよといってくれたこともありました。どのカートリッジにも、まだ見たことがない「遊び」が入っており、私はその世界の余りの広さに圧倒されるばかりでした。

ソロモンの鍵を遊びました。迷宮組曲を遊びました。ドラえもんを遊びました。ドラゴンクエストIIを遊びました。

本も読みましたし漫画も読んだんですが、しんざきの「趣味」「遊び」の中心に、常に「ゲーム」が存在したことは間違いありません。結果、私は子ども時代、アニメというものを観たことが殆どありません。というか、テレビ自体ほぼ観ていませんでした。テレビというものはゲームが映る機械であり、それ以外のものではありませんでした。時折両親がニュースやら野球やらを見ている時間は、専ら本を読む時間でした。

ゲームに助けられました。ゲームに励まされました。ゲームに脅かされましたし、ゲームに傷つけられました。ゲームを通じて出来た友達もいれば、ゲームをきっかけに知った知識もありました。

つまるところ私は、ゲームを食べて育ったし、ゲームに感謝しているし、私とゲームをいい関係のままでいさせてくれた、両親や兄に恩義を感じているのです。多分、私の人格のかなり根っこの方にあるのはそういう意識です。

はたから見ると、しんざきの人生は多分「ゲーム漬け」といっていいと思うんですが、それでもなんだかんだ、多分まともに社会人をやれているし、多分まともに家庭人をやれてもいる、と思います。それは恐らく、私とゲームが、周囲のおかげもあっていい関係のままでいられた為だろうと思います。

となると、今の私の役目は、私の子どもたちがゲームとのいい関係を築くにはどうすればいいかを考えることなのかなあ、と思っています。

長男は既にいっぱしのゲーマーとして色んなゲームを遊んでいますし、長女次女もぼちぼちゲームに興味を持ち始めました。この先ゲームとどう過ごしていくのか、あるいはゲームから離れるのかは、勿論彼ら彼女らの意思次第です。ただ、もしもゲームと一緒に歩もうとするならば、出来る限り「いい関係」を築けるようフォローしてあげるのが、多分私にとってのゲームへの恩返しなのだろうと。

そんな風に考えているのです。
posted by しんざき at 12:32 | Comment(3) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月15日

「ぼくの思う正しい親」以外は親失格と見なす人たち

意外と面倒な話だなー、と思うんですよ。

こんなニュースを観測しました。


パートナー男性が赤ちゃんの面倒を見ている一方で、ホールさんはリラックスした様子でジュースを飲みながらスマホに目を向けている。
ほのぼのとした一家だんらんの風景なのだが、このホールさんの姿に「けしからん」と眉をひそめる人もいた。「出産した直後にスマホを見るなんて子供がかわいそう」「子供よりもスマホ優先?」といった非難の声が多数あがったのだ。なかには、ホールさんが手にしている飲み物のチョイスにまで難癖をつける人もいたようだ。


この件自体については、「こういう話ってどこでもあるもんなんだなー」と思ったんです。

どうも、育児って非常に「他人のやっていることに口出しをしたくなる」ジャンルのようでして。育児のご経験がある人も、ない人も、「育児はこうあるべき」というイメージを非常に強く持っている人が、どうもかなり多いように思うんですね。これ、年齢層あんまり関係ないように思います。

最近は下火になってますが、定期的に遡上に乗る話として、子ども用の安全ハーネスの話があります。


流れる映像やイラストはどれも「犬の散歩」状態で子供を歩かせハーネスがピーンと張らせて親がそれを握っているもの。場所も公園内など比較的安全な場所のおだやかなイメージを喚起させるものばかり。無くても何とかなるんじゃない?という感想を引き出したいのかな?と思えるような。

その映像のあとに、毒舌が売りの俳優が「言葉の通じる相手にすることじゃない」と一蹴し、ママタレントさんが「手をつながないと」と育児論を展開し、オネエタレントさんが「親が目を離さなければいいんじゃないか」と添える。


迷子ハーネスについては、webではだいぶ価値や必要性が定着したような気もしますが、それでもまだこういう論調を観測することはありますよね。一方、webを離れて話を聞いていると、今でも「ぎょっとする」とか「あんなもの使うなんて信じられない」という言い方をする人は実際にいらっしゃいます。私のソースは町内会ですけど。

ただ、迷子ハーネスの件はともかくとして、今でも、子どもに対して悪影響を与えそうな(と、見る人が考えた)親の行為や振舞いに対して、がーーっと批判が集まることはしばしば観測出来ます。冒頭のケースなんてその典型ですよね。

こういうのって、大体の場合、「育児はこうあるべき」という自分の中のイメージと、観測した光景の食い違いによって起こるんですよ。愛情をもった母親なら、子どもを片時も手放さないに違いない。抱っこして、おっぱいをあげて、愛情をもった眼差しで子どもを見つめているに違いない。一緒に歩く時は、大事に手をつないで歩いてあげるに違いない。それ以外の光景を許容出来ないんですよね。

「ぼくの思う正しい親」以外は親失格。極端な話、そういう風に短絡的に脊髄反射してしまう人って、webにもweb外にも実はたくさんいるんじゃないかなーと。そう思ってしまうんです。



分からないでもない部分もあるんです。つまり、迷子ハーネスの件もそうなんですが、見る側として「ネグレクト」とか「虐待」と繋げて考えてしまう、連想してしまう側面ってどうしてもあるんだろう、とは思うんですよ。

例えば、スマホにかかりっきりで、子どもが泣いてもわめいてもずっと放置している親だとか。

例えば、子どもに暴力をふるう親だとか。子どもを閉じ込めて家から出さない親だとか。

時折観測出来る児童虐待関連のニュースを見てしまうと、どうしてもそういう想像に強烈な拒否反応が出てしまうことは理解出来ます。そこが、「自分が思う正しい親」とのギャップに拍車をかけてしまう側面って、多分あるんだろうと思うんですよ。

これは、明確な線引きは難しい、ファウルラインの問題ではあります。局面局面での行為を、これはネグレクト、これはネグレクト傾向、これはネグレクトではない、と線引きをするのは、一般人にとっては難しいことです。「正しい親」から外れているように見える一場面だけを切り取れば、あたかも親が子どもをネグレクトしている、あるいは虐待しているように見えてしまうこともあるのかも知れません。



ただ、一般論として申し上げれば、大部分の親はファウルラインのだいぶ手前で頑張って育児を続けており、時にはイライラすることもあれば、時には育児から逃げ出したくなることもありつつ、なんとかバランスをとって、愛情をもって子どもに接していると思うんですよ。

その、バランスをとっている親に対してさえ、「親失格!」などという声を投げつけるのは、どう考えても妥当なこととは言えないと思うんです。

家庭の事情、子どもの事情というのは、ただでさえ外野からは極端に分かりにくいことです。子どもに多動傾向がある、だから迷子ハーネスをつけておかないとすぐにでも道路に飛び出してしまいかねない、といった事情は、外野から判断することは出来ません。子どもをヒステリックに怒鳴りつけているように見える親のお子さんは、もしかすると聴力がやや弱く、大きな声で話しかけないと聴こえないのかも知れません。子どもを放置してスマホをいじっているように見える親は、もしかすると一日中子どもの面倒を見て疲労困憊して、ほんの数分気力を回復させているところなのかも知れません。

要は、「親がとっている行動が妥当かそうでないかというのは、ぱっと見で判断できるようなことではない」ということなんです。

そういうところに罵声を投げかけることが、どれだけ親のハードルを上げることなのか、どれだけ親に心的負担を加増するものなのかということは、もうちょっと共通認識になってもいいんじゃないかなあと思うんですよ。

親のハードルは極力下がった方がいいし、社会はなるべく子育てをする親に優しくていい。いや、私だって育児をしている父親ですから、我田引水といえば我田引水なんですけど、少子化を問題として考えるのであれば、少なくとも社会がそっちに寄るべきだ、というのは決して暴論ではないと思うんです。


勿論、子どものネグレクト、あるいは虐待などということは痛ましいことであって、「これはファウルラインの向こう側なんじゃないか」と思ったことがあるならば、例えば児童相談所に連絡してみる、といったことをすることは必要なのでしょう。それが悪いというわけではないんです。

ただ、例えば街中でほんの一瞬見えた光景であるとか。webでちょっとだけ観測出来た光景であるとか。

そういう、「自分の思う正しい親」から外れたように見える光景に対して、即時罵声を投げることについては、ちょっと慎重であって頂ければなあと。

そう思うばかりなのです。


今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 01:44 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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