2018年04月03日

今のドラクエライバルズ相当面白いような気がする

気がします。


先月下旬、一部のカードに調整が入りまして、また環境がガラっと変わりました。環境を席捲していたドラムトルネコとテンポゼシカのキーカードが弱体化された一方、ククールやアリーナには逆にテコ入れが入りまして、現在はどのクラスを使ってもかなり戦えるバランスになっているような気がします。

ランキングでよく見るデッキだけで言っても、

ゼシカ:アグロゼシカ、氷塊ゼシカ
テリー:アグロテリー、ミッドレンジテリー、奇跡テリー
ピサロ:ランプピサロ、応援積みピサロ、ゲマピサロ
トルネコ:ミッドレンジトルネコ
アリーナ:ミッドレンジアリーナ?コントロールアリーナ
ククール:コントロールククール
ミネア:奇数ミネア、コントロールミネア、魔術師ミネア

これくらいのデッキは普通に環境に存在しています。で、どれが極端に強いということもなく、どのデッキにも相性上得意なデッキもあれば苦手なデッキもあるという状態。先行後攻の格差もかなり改善しているように思います。

例えば、以前であれば「ランクを駆け上がるなら取りあえずアグロゼシカが鉄板」みたいな、ある程度定番デッキがあったと思うんですが、現状、少なくともプラチナからダイヤランク以上では、アグロゼシカですら何も考えずに勝率を確保出来る状態じゃねーな、と感じます。

Gemewithさんの環境レポートを見てみたところ、


使用率で見ればややピサロが抜けているように見えますが、勝率では殆ど格差がありません。正直、自分でランクを回している感じでは、ピサロよりもむしろアリーナやテリー、トルネコと遭遇する頻度の方が多いな、と思っているくらいなので、おそらくランク帯によって相当グラデーションがあるのでしょう。調整から2週間近く経ってこの状態ということであれば、環境を席捲するような一強デッキも相当見つけにくい状態にあるのだと言っていいと思います。

「配置に頭を使わないと勝てない」「デッキにそれぞれ強弱関係があり、色んなデッキが環境に併存している」ということで、オンラインカードゲームとしてはかなり理想的なバランスになりつつあると言っていいのではないでしょうか。


ただ、改めて思うことは、「バランスがいいからといって、イコール一般受けするとは限らんかもなー」ということでして。


正直、ある程度ライトなユーザーにもゲームが受ける為には、

・ある程度ストレスなく上手くなった感を味わえる、勝てる
・分かりやすく強いデッキがある
・あまり頭を使わないでも戦えるデッキがある

という方がもしかすると重要なのかもな、と思っています。現在、ライバルズは「バランスはいいんだけど勝つのにはかなり頭使う」「しかもレジェンド目指すのは相当大変」という状態でして、これが広く一般受けするかっていうと正直ちょっと微妙かも知れないなーと。まあ、個人的には遊んでいて面白いので、あまり心配するような話でもないのかも知れないですが。

ブログ用

先月はダイヤ1まではいったんですが、結局レジェンドまでは走り切れませんでした。というか、環境変わったんで色々デッキ試してるうちに時間がなくなっちゃいました。

で、現在は何使ってるかというと、コンミネが面白い上に意外とアグロにも戦えるので、ちょっとミネアでやってみようかーって感じになってます。

デッキ.png

今のデッキはこんな感じ。まだ色々いじるかも知れませんが、とにかく愚者や塔に絡んで除去が豊富で、敵のユニット展開をかなり制限しながら戦うことが出来るので、ミネアの土俵である後半勝負に持ち込みやすいところが強みです。いやまあ、勿論アグロゼシカに轢き殺されることもあるんですが。

取りあえず、当面はミネアを中心に走ってみようかなーと思ってます。氷塊ゼシカも楽しいんですけどね。

ただ、4月中旬にメタルマックスゼノが発売されるのでそれ以降はどうなるか不明です。なんか頑張ります。

一旦それくらいです。

posted by しんざき at 13:12 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

「映画ドラえもん のび太の宝島」を観てきました・感想とか、惜しかった点とか


先に完全ネタバレなしの感想を書いてみますと、

・面白かったです
・子どもたちは夢中になって大喜びでしたのでしんざき家としては全く不満はありません
・ただ、「昔からのドラえもん好きの大人」として観れば何点か不満点もありました
・しんざき個人としては、最近の映画の中では昨年の「カチコチ大冒険」の方が好みだったかも

という感じでした。カチコチ大冒険が結構好みだったんで、そこから比べると一歩落ちるかな、くらいの感想ですかね。

とはいえ、相変わらず迫力や細かい描写はお見事でしたし、子どもたちもキャッキャ喜んでたので、映画ドラえもんとしては全然不満はないんです。長男的には「カチコチ大冒険より面白かった」ということでして、実際シンプルな勢いや子どもの感情移入度という点ではいい感じだったかも知れません。


ということで以下は若干のネタバレを含んだ、「昔からのドラえもん好きの大人」視点からの良かった点・悪かった点のお話です。致命的なネタバレは避けるつもりですが、未視聴の方は避けた方が無難かも知れないのでよろしくお願いします。




以下は折りたたみます。


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posted by しんざき at 12:28 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月29日

長女次女が自分たちで絵本を音読するようになってきて、読み聞かせ卒業の時が近づいてきた

長女次女、6歳。つい先日幼稚園を卒園しまして、今は小学校入学を前にして待ちきれずランドセルを出してきて、ランドセル背負っては「かわいいでしょ!」と褒め言葉を要求してくる、プリキュア好きの双子女児です。

しんざき家では絵本読み聞かせの習慣があり、長男が多分1,2歳くらいから、毎晩寝る前に好きな絵本を選ばせて、私か奥様が読み聞かせをしています。

長男はいつからか自分で自分の好きな本を読むようになりましたので、それ以降は双子に対して読み聞かせをしていました。読み聞かせは長女次女にとっても楽しみらしく、「ほら、あんまりゆっくりしてると絵本読む時間がなくなるよー」と言うと焦って寝る支度にかかりますし、どの絵本を選ぶかで喧嘩になったりもします。大体の場合、一日ごとに交代で絵本を選ばせます。

時期によってどんな絵本を好むかは異なるんですが、好きな絵本の傾向というのは結構明確に分かれており、最近の次女のお気に入りはブリッグスの「サンタのなつやすみ」です。


私はかつて、同じくブリッグスの「さむがりやのサンタ」が好きだったので、この辺次女と私はセンスが似ているのかも知れません。


一方の長女は、次女よりは絵が可愛くって台詞が少ない絵本がお気に入り。最近は「いつもいっしょに」をリクエストすることが多いです。


ただですね。ここ2週間くらいちょっと読み聞かせ態勢に異変が生じ始めており。次女や長女が、「私が読むからパパは聞いてて!」と言い出すことが増えてきたんですよ。

以前から、絵本の台詞の一部分だけを、「ここはわたしがよむから!」と言ってつまみ食い的に音読することはあったんですが、最近はもう一冊丸々自分たちで読むこともあり、私あんまり要らないんじゃと思うくらいです。

長女と次女はピアノ教室に通っていて、そのピアノ教室でも良く待ち時間なんかに読み聞かせをしてもらっていたらしいのですが。その時、どこかのページを読ませてもらったら「上手だねー!」と褒められたらしく。それ以来、特に次女は読み聞かせに自信を持ったようで、パパを聴衆にして長女次女劇場を開催することになった次第なのです。


あー、もう自分で読めるようになってくると、ぼちぼち読み聞かせも卒業なのかなーと。

勿論、別に以前から単独での読書をしていなかったわけではなく、絵本を自分で読んだり、漫画をめくったりといったことはあったんですが、「読み聞かせ」というものがなくても自分で音読出来るようになってきた、となると、段々長男のようにめいめい好きな本を寝る前に読むようになるんだろうなーと。


10年くらい続けてきた「読み聞かせ」という慣習も、そろそろする機会がなくなるのかと思うと、色々と感慨深いなーと思った次第なわけです。


全然余談なんですが、「絵本作家さんの画力」ってあんまり話題にならないですよね。上手い人は滅茶苦茶上手いっていうか、「絵本ぢから」とでもいうべき力があって、それが高い人は本当にすごいなーと思います。私が特に滅茶苦茶上手いなーと思っているのは、まあベテランなんですが山脇百合子先生と林明子先生です。




これについてはまたその内書きたいなーと思っております。

今日書きたいことはそれくらいです。



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posted by しんざき at 12:51 | Comment(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

ジャンプでゴルフ漫画を連載することがいかに難しいか、という話


皆さん、「ライジングインパクト」って覚えてますか?



小柄でありながら天性の飛ばし屋でもある「ガウェイン・七海」を主人公とするゴルフ漫画。今はマガジンで「七つの大罪」を描いている鈴木央先生の作品です。

登場人物の何人かは「ギフト」という特殊能力を持っていて、ガウェインは450ヤード飛ばすわ、ランスロットは70ヤードのパットでも沈めるわ、トリスタンは風の影響を完璧に見切って120ヤードチップインさせるわ、まあ言ってしまえば超人ゴルフ漫画だったんですけど、当時凄い面白かったですし、私の認識では結構人気もあったと思うんですよ。面白かったですよね?

ただ、その「ライジングインパクト」ですら、ジャンプでは苦戦したようで。一度打ち切り→読者の要望で復活→再度打ち切りっていうルートをたどってるんですよ。


ジャンプで「一度打ち切られた漫画がそのまま本誌で復活」っていうのも相当特殊な状況ですから、まあ凄い熱意があるファンがたくさんいたんだろうと思うんですけど、それでもアンケートでは安定した順位がとれなかったってことですよね。あんだけ面白かったし、少年読者に分かりやすい工夫も色々されてたんだけどなあ。

ジャンプでのゴルフ漫画ってもともとそんなに数は多くなくって、多分「ホールインワン」と「隼人18番勝負」とライパク辺りが主要なところだと思うんですが、他にありましたっけ?ホールインワンも2年で終わってますし、隼人18番勝負も1年で終わっちゃってます。

「プロゴルファー猿」は言うまでもなく、「青空しょって」や「DANDOH!!」を擁するサンデーや、「あした天気になあれ」や「空の昴」が人気を博したマガジンに比べると、元々少年誌の中ではゴルフ漫画が不遇だったのがジャンプ、ともいえると思うんですよ。


で、皆さんお分かりの通り、現在ジャンプでは「ROBOT×LASERBEAM」が連載されています。「黒子のバスケ」で大人気になった藤巻忠俊先生の次回作です。


まず前提なんですが、ROBOT×LASERBEAM、私はすげー面白いと思ってるんですよ。

主人公の鳩原呂羽人も、「ゴルフ自体は素人だけど、一点集中型の凄い能力をもっている」っていう設定も王道だし、それでいてキャラクターは独特で、性格的にも好感が持てて。能力の見せ方にも、周囲からの認められ方にもカタルシスがあったし、周囲のわき役陣も最初っからすごいいい味出してた。鷹山とのライバル展開も、更にその上をいく朱雀恭介なんかのキャラクターの出し方も自然で、読んでいて気持ち良かった。

ただ、これも皆さんお分かりの通り、ROBOT×LASERBEAMは現在掲載順でも最後方グループ常連ですし、展開にも物凄いテコ入れが入っていまして、栄藍学院高校は殆どすっ飛ばされて三足飛びくらいにプロになってしまった。いきなりの3年後展開にはさすがに「そうくるかー」と思ってしまいました。


これ、藤巻先生的にはおそらく「高校編をもっとゆっくり描きたかった」というご希望があったと思うし、ほぼ出番がすっ飛ばされてしまった栄藍高校の先輩の面々も、ロボがプロを目指す展開も、プロテストに挑戦する顛末も、もっとゆっくり読みたかったなーと言う感想は正直捨てきれないんですよ。あの先輩たちも含めての高校生活とか、絶対楽しそうじゃないですか?

ただ、それでも恐らく、ジャンプ読者の間で広い人気がとれたのかっていうと厳しかったんだろうし、だからこそのテコ入れ展開なのか、あるいはほかの事情で超速展開になっているのか、いずれにせよやむにやまれぬ事情での今の展開だろうとうは思いますし。

これだけ面白くても人気がとれないのか、という点で、つくづく「ジャンプでのゴルフ漫画」って難しいんだなあ、と。また、黒子を描いた作者さんの次回作にもある意味容赦をしないジャンプは、まあ流石ということなのかなあとも、やや複雑な感情とともに考えるわけです。



個人的にはちょっと色々忸怩たる思いがありまして、私「ロボレーザービーム面白い」とは折に触れて言ってたんですけど、例えば不倒城でがーっと押したかっていうと、正直あんまり触れてないんですよね。

いや、勿論不倒城の影響力なんて吹けば飛ぶ程度のものなので、それを書くことで何か影響があったかっていうと死ぬほど怪しいところではありますが、それでも何人かの方は、それを読んで「お、こんな漫画があるのか、面白そうだな」と思ってくれたかも知れませんし。何より、「もっと書けばよかったなあ」と今になって思うこともなかったと思うんですよ。

自分で「好きなものは軽率に好きと言っていけ」などと言いながらこの体たらく、反省すると共に、今後とも面白いと思ったコンテンツは反射神経で褒めていきたいと、そういう風に考えた次第なのです。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:33 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

仮想通貨のおかげでブログ収益化界隈がだいぶ静かになったので仮想通貨に感謝している

ただの雑感です。

私の観測範囲の問題もあるのかも知れませんが、最近「ブロガーサロン」とか「ブログ収益化」とか「ブログで不労所得」みたいな話、あんまり見なくなったような気がしません?はてブのhotentryとかからは明らかに減ったなーって感じてまして。

ちょっと前までは、「ブログ開始〇カ月で△万PVを達成した私の手法」とか、「1年で×万円の収益を達成」とか、なんかそういうnot for me感が振り切れている記事がその辺にゴロゴロ転がっていて、踏まないにしても歩きづらいなーと感じることがしばしばあったんですが、最近そういうのだんだん見かけなくなってきたんですよ。

風通しが良くなって凄しやすくなってきたなー、と思っていたんですが、なんかその辺の界隈の人、ここ数カ月で皆仮想通貨界隈に行っちゃったらしいんですね。ああなるほどそっちですかほうほう、まあ良いことですねって感じで。

正直個人的な所感としては、現時点の仮想通貨って、投資商品としては単に死ぬほどボラティリティが高いだけで、投資家保護の体制が全くできていないハイリスク商品っていう印象しかないんですけど、まあ凄い話題になって、それいけーーーって感じで大量の人たちが流入したっぽいですよね。

別にマネタイズは悪いことではありませんし、出来る人はルールの範囲内でどんどんやればいいって思ってはいるんですが、個人的にはあんまりお金のにおいが強すぎる環境も過ごしにくいなーって思ってまして。そういう意味では、お金のにおいを感知して移動する人たちにはガンガン仮想通貨に集まって欲しいし、その方が界隈が平和になると思うんです。ゲーム系迷惑サイトとかも仮想通貨系迷惑サイトにジョブチェンジしてくれないかしら。

ここひと月くらいまた静かになりつつあるみたいなんですけど、出来ることならもっともーーーっと盛り上がって、界隈で絶好調にお祭りを繰り広げていて欲しいなーと考える次第です。仮想通貨がんばれ。もっとがんばれ。


あんまり関係ないけど、今の行政処分乱射の流れって本当に投資家保護の体制構築につながるんですかね?個人的な所感としては、ちゃんと業界団体とかできてある程度投資家保護のフローが出来るまで、3年くらいはかかりそうな気がしているんですが…


今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 06:59 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

「鉄道探偵と消えた1億の謎」、続編としての改善具合が色々凄かった 18/03/19

長男と二人でクリアしてきました。


ご存知ですか?「鉄道探偵」シリーズ。京王と都営地下鉄がコラボしていて、電車に散々乗り倒しながら謎を解いていくリアル謎解き。しんざき長男って鉄道大好きなんで、「地下謎への招待状」と並んで、このシリーズには大体参加したがるんで今回も参戦してきたんです。

やるぞー

色んな都合で参加するのがだいぶギリギリになってしまいまして、これイベント自体が3/21までなんですよ。21は祝日なんで、今からでももしご興味ある方いたら参加されるといいと思うんですけど。ただ、全部やろうとすると多分一日がかりになるのはご注意ください。

で、「鉄道探偵」のシリーズって、しんざき家は今まで2回参加してて、今回が3回目なんですよ。



で、上二回に共通する感想というか、ちょっとここは短所だなーと思ったところが、

・謎解きが京王と都営にまたがっていて、1枚の一日乗車券では全ての範囲をカバーできない
・移動距離がやたら長く、電車に乗っている時間が疲れる & 移動時間中手持無沙汰になる
・同じ路線を長距離往復するような動きがあり、やや徒労感がある
・謎解き自体はそこまで難しくなく、解きごたえがやや薄い

といった問題があるなーと思っていたんですよ。まあ、うちの長男は電車好きで、ただ電車乗ってるだけで楽しめる部分もあるんで、そこまで大きな問題ではなかったんですが。

それが、今回の「消えた一億の謎」では、

・京王都営両方必要なのは変わらないのだが、謎解きが「男編(都営)」「女編(京王)」で完全に分かれていて、同じパートでお互いに乗り入れることはないのでストレスがない
・往復するような動きが完全になくなっているわけではないが、移動範囲はだいぶ限定されて移動が楽になった
・謎解き自体もかなりグレードアップして解きごたえがあった
・「移動しながら次の移動先を考える」というような謎が追加されていて、手持ち無沙汰感が軽減された

などなど、過去感じていた問題点が凄い勢いで改善してたんです。これは素晴らしいなーと。言ってみればUX上の改善ですよ。

また、シナリオ自体も相当凝っていて、男編女編それぞれの関連、過去のキャラクターの再登場、人物の動きを追っていく面白さなどなど、本当に探偵もの小説を実体験しているような感覚で、実に充実感がありました。正直、鉄道絡みの謎解きでは「地下謎への招待状」の方が好きかもなーと思っていたんですが、今回のクオリティなら個人的な好みとしても肩を並べているかも知れません。いやー面白かった。

ただ、謎解きの時間が相当長時間にわたるのは仕方ないところですねー。女編3時間半、男編3時間が目安とされてまして、恐らく殆ど詰まってない我々でも確かにそれくらいの時間はかかったので。まあ、それはそれで充実感があったので悪くはなかったんですが。

なにはともあれ、これで今まで解いたリアル謎解きは以下のような感じになりました。






随分色々解いたもんですね。リアル謎解きは、子どもも楽しめるし、すげー歩くことになって運動にもいいと思うので皆さんお勧めです。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 07:33 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なんかもう今回のキン肉マンの展開が全コマ熱くて涙による水分不足で穏やかに死去する

あのですね、ちょっと、今から何も言わないで以下リンクをクリックして、「無料で読む」で今週分を一通り読んできてください。いいです、もういいです、ここまでの流れは全く把握してなくていいんで。今回だけ読むだけでいいんで。


最後のコマまで読みましたか?いいですか?いいですね?続けていいですね?






なんだこれ、なんだこれもーーー。何なの?本当に何なの?俺を殺す気なの?

前回の「完璧超人始祖編」が余りにも熱くって完成度も高くって、「続きあるのは嬉しいけど、ちょっとこれを超えるのは流石にしんどそうだな…」と、正直なところ思っていました。

だって、前回この記事でも書きましたが、始祖編完成度がめちゃめちゃに高すぎたじゃないですか。とくに最後の2戦あたりなんて、今の現役漫画全てを見渡しても屈指じゃないかってレベルの物凄い終盤だったじゃないですか。「いくらなんでもハードル上がり過ぎだろう…」と思うじゃないですか。思うよね?俺悪くないよね?




ところが、ちょっとその、これ、もしかして上がりまくったハードルを軽々と超える流れじゃないですか。なんなの?俺の目がそんなに節穴だったの?

とにかく、今回「オメガの一族」とかオメガマン・アリステラとか言ってる時点で、勿論「王位継承編の流れキター――――!!!」とはそりゃ思いましたけど、もう今回の最後のコマの揃い踏み。まさかの、本当にまさかの四王子登場即参戦。フェニックスの、ビッグボディの、マリポーサの、ゼブラのこの威容、この迫力、この存在感。もうこの一コマだけで、当時王位継承編を読んでいた読者たちは全員感涙で溺死するんじゃないの?ってくらいの最高のコマじゃありませんか?

かつて活躍できたとは言い難かったビッグボディが、最後の最後にちょっと割りをくっちゃったフェニックスが、そして勿論ゼブラやマリポーサが、一体どんな活躍を見せてくれるのか。今のキン肉マンがあっさりと期待を上回ってくれるのはもはや確定事項とすら言えるので、この時点でもう余りにも熱すぎて焼死することが運命づけられているわけです。

特にビッグボディなんて、立ち姿だけでもうかっこよすぎて、既にこの一コマだけで王位継承編のアレコレをすべて取り返してしまった気分ですよ。ビッグボディのこの眼光を、今回のシリーズが始まった時点で予測できた人が果たしているでしょうか。

前回の始祖編と同じく三つ巴か?と思わせておいて違う展開、というのも十分あり得るとは思いますが、もはや予想などという野暮なことはやめて、粛々と全裸正座で続きの展開を待とうと考える次第なわけです。


勿論、四王子だけの話ではなく。登場フラグが立ちすぎているものの、敵になるのか味方になるのかさっぱり予想出来ないアタル兄さんとか。

そういえばもう超人墓場がないんだから、ウルフマンの「死んじまっちゃおしまい」という言葉が滅茶苦茶重いよな、とか。

ウルフマンとキン肉マンの「いいや上等だ」という共闘体制の素晴らしい熱さとか。

ただの悪役ではないところを見せつけるアリステラの器の大きさとか。

それに対して、怖気づくでもなくニヤリと笑って言葉を返すキン肉マンの頼もしさとか。

一方、「素顔がそれなのにマスクをつける意味はあるのか」という突っ込みを思わず心に抱いてしまうフェニックスとか。


一から十まで、展開の熱さと、さり気ない真面目なギャグと、「流石」のカタルシスとを、すべてのコマにこれでもかと詰め込んでくる今回のキン肉マンは、本当に現時点で既に超絶名シリーズの風格を漂わせていると思うわけなのですよ。


本当に、デビュー40年目にして更にパワーアップし続けるゆで先生のご活躍に心からの敬意を申し上げると共に、ここからの展開を期待しまくること大なわけです。超楽しみです。


ということで、万が一前回の「完璧超人始祖編」をまだ読まれていない方がいれば、とりあえず38巻から先を読みましょう。後悔はさせません。


取り急ぎ、今日書きたいことはそれくらいです。












posted by しんざき at 01:13 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

「チーズバーガー二つ買った方がダブルチーズバーガー買うより安いやん」とか言ってるヤツは何もわかってない

まず第一に、「チーズバーガー二つ」は「ダブルチーズバーガー」の代替にはならない。絶対に、ならない。味が違う。食感が違う。重量感が違う。何もかも違うのだ。

「ダブルチーズバーガーを食べる体験」と、「チーズバーガーを二つ食べる体験」は全く別のものだ。どちらが好きかというのは好みの問題だから、別に「チーズバーガー二つの方が好き」という人を否定はしないが、後者で前者の代替が出来ると思っている人は完全に何かを勘違いしている。

ダブルチーズバーガーは、口に含んだ時のあの充実感、パティとチーズが贅沢に絡み合うあの重量感が何よりのポイントなのだ。チーズバーガーを二つ食ったところで、あの充実感は再現出来ない。再現できるとしたらカロリー程度のものだ。

贅沢っていったって、たかが340円の贅沢やん、ってか?その通り、たかが340円の贅沢だ。340円が「たかが」なら、何故チーズバーガー二個との差額、80円程度を「たかが」と呼ばないのか?


「チーズバーガーをバラしてダブルチーズバーガーに組み替えればええやん」ってか?それも全然違う。

ダブルチーズバーガーに必要なものはバランスであって、具のバランス、ケチャップのバランス、パティのバランス、どれが失われてもダブルチーズバーガーにはならない。ダブルチーズバーガーは、最初からダブルチーズバーガーとして形成されなくてはいけない。つまり、そもそも味が再現出来ない。

仮に味が再現できたとして、「チーズバーガーを二つバラして、それを元通り組み合わせる」という面倒くさい作業に関するコストはどう評価するんだ?手を動かすコストだってれっきとした人件費だぞ。マックのテーブルでわざわざ手をケチャップまみれにしながらリビルド作業をするのか?

余ったバンズは食うのか?捨てるのか?捨てるなんて勿体ないことをしたくないし、バンズだけ食うなんていう余計な体験もしたくない。それは、「食事」という体験のバリューを純粋に下げる行為だ。折角の「食事」という体験に、余計な体験など混ぜ込みたくないのだ。


「ダブルチーズバーガーよりチーズバーガー二個の方が安いやん」と言っている人は、要は原価厨だ。構成物の金銭的コストだけを見ていて、それ以外のコスト、あるいはバリューというものを全く評価していないのだ。こういう人が往々にして、リンゴ2個あれば足りるところを、「まとめて買った方が一個当たりのコストが安いから」などといってリンゴ5個をまとめて買って、3個を腐らせたりする。

物事は、コストとバリューという二つの側面から考えなくてはいけない。単に「コストを安く」ということだけ考えていては、バリューがどんどん犠牲になっていく。それに何より、「コスト」というのは単に金銭コストだけでなく、作業コスト、時間コスト、精神的コストから移動コストまで、ありとあらゆるものがコストなのだ。


だから私はこういう。

コストが金額だけだと思うな、と。

コストだけでなくバリューを見ろ、と。

そのコストを削ることで、それ以上のバリューを削ってはいないか、と。


「ダブルチーズバーガーよりチーズバーガー二個の方が安いやん」というのは、典型的な「金銭コストしか見ておらず、他の種類のコストも、バリューも考慮していない」発言だ。少なくとも私はそう思う。


あと全然関係ないけど、ダブダブチ美味しかったよね。常設にして欲しい。


今日書きたいことはそれくらい。


posted by しんざき at 18:17 | Comment(25) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

twitterのお気に入り数インフレ展開がひどい

単なる昔話です。

さてここに「さまざまなめりっと」があります。まなめさんとかいうコーラしか飲まない変わった人が、その日のトップfavツイートを収集していたサイトです。

ちょうど大体8年前の、2010年3月17日のトップfavツイートがこちらです。


トップfavが、error403さんのこのツイートで、まなめりっと掲載時のfav数が114favですね。error403さん、最近お元気でしょうか。

お分かりでしょうか。100fav越えたら普通にトップfavツイートが狙えたし、数十favでも平気でランクイン出来たんです。というか、当時の感覚では、数十favを越えたら既に「バズ」であって、無茶苦茶たくさんの人に見られたツイート、という感覚でした。せまーーい世界だったんです。

ちなみに、まなめりっとが昔はてなグループで運営していた頃に遡れば、もっと以前のトップfavツイートも参照することができます。例えばこれは2010年の9月のトップfavツイートですね。


この時は私も載ってるんですが、確か台風で電車が止まりまくった時で、皆台風ネタで盛り上がってた記憶があります。その時もたった67fav。今から考えれば本当に「たった」ですよ。

ふぁぼったーというのは面白いサービスで、皆からfavをもらったツイートが1時間に1回くらいの頻度で更新・掲載される、言ってみれば人気が出たツイートを可視化するサービスでした。当時、「ふぁぼったーに載りたいから面白いこと言う」という動機を持っていた人はたくさんいましたし、それがtwitter継続の大きなモチベーションになっていた人もいたんですよ。また、favが自動的に収集されて即晒されるので、ツイートパクリ問題もそこまでひどくはなかった、気がします。全くないってわけじゃなかったんですが。

で、こちらが直近の人気ツイートランキングです。


1位のお気に入り数が14万5000。万。万て。数十やせいぜい100ちょっとだったのがたった8年で14万て。お前な、ドラゴンボールだって、戦闘力12万のギニューが出てくるまで、作中世界で13年かけてるんやぞ。ドラゴンボールより戦闘力のインフレペースが速いって一体どれくらいインフレさせてるねん。

バズるツイートについても、昔よりはインパクトのある画像ネタやら、役立つライフハックネタが増えたような気はします。ただこれについては、別に頭をひねってなんか面白いこと言う人が減ったわけではなく、ユーザーのボリュームゾーンとそのボリュームゾーンが好むツイートの傾向が変わった、というだけの話なのでしょう。パクツイが流行った一時期、「どうせパクられるから」と、ネタを盛んに投下していた人も結構な数去ってしまいましたが、まあそれも今更の話ではあります。

まあこれ自体は別に悪い話ではなく、twitterが一般にも普及したこと、twitterの利用人数が単純に増えたこと、それによってretweetを介した拡散力が広範になったことを示していると思います。良いことなんです。


ただ、twitter老害としては、多少昔が懐かしいなーと思うこともあります。

「お気に入り」ではなく、「fav」だったあの頃。

うさ山さんとかダ・ヴィンチ恐山さんとかerror403さんとかが、大体ふぁぼったーの上位陣を占めていた、あの頃。常連は決まっていても、ほんのちょっとのバズでいきなりその日の上位ツイートに掲載されることもあった、あの頃。

ほんの5favのツイートでも、「赤ふぁぼ」と呼ばれて喜ばれていたあの頃。3favですら紫に色分けされて、なんとなく敢闘賞のような雰囲気を出していたあの頃。

公式の機能としてRTがサポートされていなくって、引用したツイートがそのまま流されて自分にリプライが飛びまくってぶちキレそうになっていたあの頃。RTが「公式RT」と「非公式RT」などというよく分からない分類をされて、何故かしつこく「非公式RT」を使い続ける人も絶えなかった、あの頃。


「あの頃に戻りたい」などとセンチメンタルなことをいうにはちょっと血なまぐさすぎる思い出ではあるのですが、まるで小さな大喜利小屋のようなあの頃の独特な空気というものを、誰かがどこかに書き残しておいてもいい。

そんな風に思って、こんな昔話を書いたわけです。


今日書きたいことはそれくらいです。




posted by しんざき at 07:31 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

本当にSF史に残すべきゲームは何かということを俺が教えてやる


「星をみるひと」だ。


もう一度言うぞ。「星をみるひと」だ。

いいか、これはガチでいってるんだぞ。少なくとも家庭用ゲームで、かつSF史という観点で言えば、「星をみるひと」よりも重要なタイトルというのは数えるほどしか存在しない。


なぜかというと、コンシューマーゲームに初めて「ハードSFの文法」というものを持ち込んだのが、この「星をみるひと」だからだ。

Hoshi wo Miru Hito (J)0000.png


いいか?「星をみるひと」が発売されたのは1987年10月27日だ。

ゼルダが出たのが86年の2月。ドラクエが出たのが86年の5月で、ドラクエIIが出たのが87年の1月。女神転生が87年の9月で、ミネルバトンサーガが出たのが87年の10月だ。つまり、86年から87年末という、「家庭用RPGの黎明期」に出たタイトルだ、とまでは言っていいだろう。

まあこの時期、PCでは既に「ジーザス」とか「レリクス」とかが出てるんだがそれは一旦置いておいてくれ。家庭用ゲームの話だ。え、レリクスはファミコンでも出てた?知らないぞ、何かの勘違いじゃないのか?


もちろん、「星をみるひと」以前にSFゲーがなかったかというと、そんなことはない。デッドゾーンとか、ガルフォースとか、水晶の龍とか、未来神話ジャーヴァスとか、SFといっていい世界観のゲームはすでに色々とあった。メトロイドだって銀河伝承だってSFだ。単に設定だけの話で言えば、ヴォルガードIIとかマグマックス辺りだって相当ハードな設定だったしな。

あ?水晶の龍は野球拳しか記憶にないだと?馬鹿野郎、あれちゃんと遊ぶとびっくりするくらいちゃんとSFやってるんだよ。アニメーションだってすげえんだぞ。あとユージンがかわいい。


じゃあなんで「星をみるひと」がわざわざSF史に残すべきゲームなのかって?

それは単純だ。星をみるひとは、全てがSFだったからだ。それまでのSFゲーと違って、システム、世界観、ストーリー、バランスから個々のメッセージに至るまで、「星をみるひと」は全てが混じりっけなしのハードSFだった。


例えば、ヴォルガードIIはストーリーや世界設定だけから言えばハードSFと言っていいが、ゲームをやっている間にそれを実感できるタイミングはほぼないだろう?ズィガム・ボルドは超かっこいいし戦っていて燃えるが、ゲーム全てが隈なくSFだ、という訳ではない。

その点で言えばゼビウスもマグマックスもそうだ。ゼビウスは紛れもなくSFだったが、あれはゲームだけでは完結しないんだ。ファードラウトを読んで初めて完全なSFになるんだ。

デッドゾーンはSFだ。だが、あのゲームのシステムは、基本的にはポートピア連続殺人事件と変わらない。なんか知らんが仙人がいきなりおにぎり投げてくるしな。なんなんだろうなアレ。

銀河伝承もゾイドも同じことなんだが、当時のSFゲーというものは、まだまだ「SFのフレーバーを既存のシステムに被せただけ」というものが多かった。そういう意味では、今でもそのレベルのSF度しかないゲームは数多い。別にそれが悪いってわけじゃないし、それだって立派なSFなんだけどな。


「星をみるひと」は違った。星をみるひとは、「ハードSF」という「システム」だった。


「星をみるひと」は、要は「1984年」や「すばらしい新世界」のようなディストピアSFを、本当にファミコンで実現しようとした、いや、「実現してしまった」ゲームだった。

「星をみるひと」のストーリーは、こうだ。


 未来のある場所に、「みなみ」という少年がいた。彼には、そこがどこかも自分が誰なのかも分からなかった。しかし、彼を目のかたきにおそいかかるものたちがいる。メカニックなロボット・軍隊であるガードフォース・攻撃本能しかない異様な生物・超能力者狩りをするデスサイキックたちが、彼を見つけるといきなり攻撃してくるのだった。なぜなら彼は超能力者であるから。…………

 彼らのいる巨大都市“アークシティ”では、その都市の管理を“クルーIII”と呼ばれるコンピュータが行っていた。“クルーIII”は、より完全な都市管理のため居住者の心の中まで干渉していて、わずかでも、都市に有害な心がめばえた居住者に対して絶えず矯正を行っていた。このシステムをマインドコントロールといい、その効力は“クルーIII”自身の存在も忘れさすほど強かった。しかし、ごく一部の人々にはマインドコントロールがきかないのがわかった。そこで“クルーIII”は、その人達を“サイキック”となづけてサイキック狩りをはじめた。サイキックは、捕らえられアークシティに連れ去られた。そこに、取り残された4人の子供がこのゲームの主人公である。


ゲームをやった人ならわかると思うが、「星をみるひと」では、ここで書かれていることが全て再現されている。ガチで全てだ。


・スタート地点直後から情け容赦なく出現する超強力なサイキック狩り(基本的に遭遇すると即ゲームオーバー)
・実際にクルーIIIから隠れている為、プレイヤーからもマップ上で所在が確認出来ないのが最初の村
・どんなに強くなってもハマりがあり得る戦闘バランス
・テレパシーを使っているとわかる、人々の本音とマインドコントロールされている人たち


「星をみるひと」はよくクソバランスといわれる。それ自体を否定はしないが、そのクソバランスのうちの少なくとも2,3割は、開発者が狙って用意したものだと俺は思う。星をみるひとの世界がどこなのかということを考えれば、「スタート地点周辺に弱い敵しかいない」などという状態は不自然極まりない。いつどこでサイキック狩りに遭遇するかわからないし、捕まったら即死につながるのは当然のことだ。

ハードSFというのは、そもそも世界として優しくないんだ。ファンタジーや、フレーバーとしてのSFにしか触れていなかった当時のファミっ子が、「星をみるひと」の世界に目を白黒させるしかなかったのは、当然といえば当然のことだ。まあ、目を白黒させる理由はSF要素以外にも色々あったんだが。

あなたがSF好きで、しかもTRPGに触れている人なら、おそらく「PARANOIA」を知っていることだろう。1984年に出版されたハードSFTRPGだ。PARANOIAは、偏執狂のコンピューターに支配された世界で、コンピューターの理不尽な要求をどうにかこうにか掻い潜らないといけない、というゲームだ。ミッションの目的などは二の次で、プレイヤーは生き残ることに集中しなくてはいけない。というか、ミッションが目的通り解決出来ることは滅多にない。

そして、「PARANOIA」の世界観は、「星をみるひと」にかなり近い。サイキック狩りやマインドコントロール、サイキックが実はミュータントだという設定なんかを併せて考えれば、当時「星をみるひと」が「PARANOIA」を意識していた可能性はかなり高いと俺は思う。勿論、「星をみるひと」のストーリーはそこで終わってはいないわけだが、それは一旦おく。


そして、「PARANOIA」は、単純にゲームとして考えれば理不尽極まりない。プレイヤーは反逆者であり、ミュータントでありながら、それを隠し、仲間たちをコンピューターに売ることによって生き残らなくてはならない。ちょっとでもミスれば「ZAP!ZAP!ZAP!」だ。


そう、「星をみるひと」は、RPGといえば「ドラクエ」や「ゼルダ」だった家庭用ゲーム業界に、いきなり突っ込まれた「PARANOIA」だったんだ。それまで「ぐりとぐら」や「エルマーとりゅう」を読んでいた読者たちに、なんの事前警告もなく伊藤計劃を投げつけるようなものだ。家庭用ゲーム業界に超新星のように現れたハードSFだ。


これが「SF史に残すべきタイトル」でなくてなんなんだ?


誠に残念なことに、「星をみるひと」はちょっと理不尽に振り過ぎた。あるいは、理不尽さをカバーして、ゲームとしても楽しめる程度のマイルドさにチューニングする手順を踏まれていなかった。もちろん、それ以前の問題として色々な側面が粗削り過ぎたのは百も承知だ。


だが、それでも。


「ラスボスを倒して、世界に平和を取り戻す」でもない、「大切な人の仇をとって、故郷に凱旋する」でもない。それまでのRPGの常識を破ったあの最後の展開は、パスワード入力画面のあの余りにも透明感のあるBGMは、間違いなく誰かがどこかに記憶しておくべきものだと。


俺はそう思ったんだ。

posted by しんざき at 07:35 | Comment(3) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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