2018年07月23日

何かを攻撃する時ガードを極端に下げてしまう現象と、はてなスターの仕組みについて気になること


こんな事例を観測しました。


経緯としては、

・「体育館のエアコンについて、2500円電気代がかかるので使うな」という教育委員会からのお達しがきた、とツイートした人がいた
・脊髄反射で教育委員会への批判が集まりまくり、RTもされまくった
・Togetterまとめに大量のブクマが集まった
・箕面市長の否定によってデマと判明した

という流れです。比較的よく見る案件ですよね。

これについては以前も書いたんですが、「何かに憤って攻撃しようとするとき、普段よりガードを下げてしまう人」ってものすごーーく多い、というか殆ど人間の本能みたいなものなんじゃねえかと私思ってまして、今回の件はその端的なサンプルなのかなーと感じたんです。

id:tyoshikiさんもおっしゃってますが、はてブの方々ってwebでもかなりリテラシー高い人たちだと思うんですよ。嘘ニュースとか、デマまとめだとか、そういう案件は良く観測されていて、普段から冷静なデマ指摘をされている人も多いと思っています。それでも時にはこういう事例が発生してしまうのは、誘い受け事例の誘因力の高さというか、「これはひどい話だ!」と感じた時の叩きたい欲求の強さみたいなものをつくづく感じるわけなんです。

以前も、「分かりやすい悪役を見つけた時はちょっと立ち止まった方がいい」という話を書きました。下記エントリーです。

手前味噌で申し訳ないのですが、繰り返しになるのもなんなので、ちょっと内容を引用します。


ただ、「分かりやすい悪役がいるニュース」については、特にガードを高くすることを徹底すべきだ、と私は考えている。

理由は二つある。
・「分かりやすい悪役がいるニュース」は、感情を煽る力が高く、物凄い勢いで拡散されてしまうケースが多いから。
・「分かりやすい悪役」が実際にはおらず、単に誤報か、あるいは情報の偏向であるケースが割と多いから。

前者の理由については、皆様経験則としてご存知なのではないかと思う。分かりやすい悪役を見て、正義感を煽られてしまう人は非常に多い。彼らは、瞬間湯沸かし器の様に頭を沸騰させた上で、ソースの確認なく情報をがんがん広めてしまう。

それがデマなのかどうかは関係なく、「ソースの確認なく情報を広める」という行為は本来とても危険なのだが、ガードが下がった人はそんなことは気にしない。あたかもあしたのジョーのごときノーガード戦法である。カウンター狙いの戦術であるならまだしも、一般的には彼らのことを「猪突猛進」と呼ぶ。


今回の事例ですと、エアコンについて理不尽な要請をつきつけた教育委員会が、非常に分かりやすい「悪役」ですよね。

やっぱり、普段から反感を持っている組織とか、反感を持っている個人が「分かりやすい悪役」になっていれば、取りあえず叩きたくなるんですよね。その気持ち自体は分かるんです。

webにおいて「分かりやすい悪役」になりやすい主体って幾つかありまして、具体的な組織で言うと「NHK、電通、JASRAC」の三つはすげー藁人形になりやすいなーと思ってます。あと、「政治家、マスコミ、教育組織」も同じような感じで、やっぱこの辺がおかしなことをしているような情報に触れると、ついつい叩きたくなってしまうんですよ。

これはよーーく分かります。私だって全然人のことは言えません。言っちゃってますけど。

これは飽くまで個人的な経験則なのですが、「うわこの話ひどい」とか「こいつ許せん!!」みたいなことを感じるエピソードについて、ソースが明確に提示されていない場合は、大体7〜8割くらいは何らかの誇張が入っているか、情報が偏向しているか、最悪話自体が創作であるケースが占めているように思います。デマとまでは言いませんが、いや冷静に考えるとそれちょっとおかしいんじゃない?なんか誇張入ってない?みたいに感じるケースはかなり多いです。

ですので、「これ許せん!!」と思った時程、ちょっと一旦立ち止まって様子を見ることにしています。ソースを確認出来そうなら確認しますし、確認出来なさそうなら追加で情報が出るまで待ちます。または、「後で反応する」ラベルをぺたっと貼っておいて一旦忘れます。

私自身は、これでデマの拡散に加担せずに済んだなーと思ったことが何度もあるんですが、損したなー、拡散しておけばよかった、と思ったことは殆どありません。

ただ、もしこれで何かを損してしまうとすれば、それは多分「速攻でその話に触れることによって得られていた筈の利益」ですよね。脊髄反射することによるメリット。先行者利益。

「速報性」というものは確かに貴重でして、何かの情報、何かの感想を、速く発信出来る人、というのはそれだけで凄い強みを持ってるな、とは思うんですよ。それは、アンテナの敏感さ、情報収集力の高さの証明でもあります。やっぱり、同じ感想を表明している人であれば、先に表明している人の方を展開したくなりますよね。



ここでちょっとはてブの話に移ります。

私、はてなブックマークは良く使いますし、個人的にも好きなサービスではあるんですよ。ただ、はてなスターに限っては正直あんまりいい仕組みじゃないんじゃないかなーと思ってまして。

つまり、

・先に反応した人程スターを集める機会が多く、そのコメントが「人気のコメント」に掲示される為、更に目立ちやすくなる
脊髄反射することに大きなメリットがあるような作りになっている

ことが気になっているんです。

冒頭であげた事例は単なる丁度いいサンプルでして、この件自体がどうこうって訳ではないんですが、Togetterのブコメページを見てみると、やっぱり「最初の5,6個のコメント」が大量にスターを集めて、人気コメントにもなっているんですよね。トップブコメは2つ目についたコメントです。

最初の方にコメントをつければつける程、たくさんの人にコメントを見てもらえる。必然、鋭いことを言っていればスターがつきやすいし、ついたスターが更に注目を集めてよりたくさんのスターを集めやすくなる。

自分のコメントにスターがつくのってやっぱり嬉しいし気持ちいいんですよね。たくさんの賛同者が自分に味方してくれるように思える快感。トップブコメになった時の気持ち良さって、やっぱ大きな魅力なんです。

つまり、はてなスターの仕組みって、基本的に先行者に大きなメリットがある構造になっているんです。

これ、うっかりすると、「ソースをいちいち確認しない」ということ、ガードを下げて脊髄反射することに対する動機づけになりかねないなーと。

はてなスターって、この先行者利益の話を置いても、「どちらかというと過激なコメントの方が受けやすい」という傾向もあるように思いまして。「より素早く、より過激なコメント」ほど可視化されやすいという、現状デメリットがかなり大きい状況になってしまっているんじゃないかなーと考えるわけなのです。

個人的には、「はてなスターはあっていいけど、「人気のコメント」欄は要らないんじゃねーか?」とか思っています。あるいは、「人気のコメント」はちょっと時間が経ってから集計する仕組みでもいいのかもしれません。

繰り返しになりますが、はてブ自体は好きなサービスですので、是非今後とも継続して欲しいところではあるんですが、重要なインフラだからこそ「デマを拡散しにくい仕組み」みたいなものはあっていいんじゃないか、と思いまして。皆さまには、「脊髄反射しないことによるメリット」について、是非検討頂けないかなーと考える次第なのです。

長くなりましたが、今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

餃子大乱舞の御礼・エンパナのセットリストなど

昨日、「餃子大乱舞」を無事開催させていただきました。


「アコースティックゲーム音楽ライブ」というテーマと、「Empanadillas(エンパナ)」「大乱奏バンドブラザーズ(乱ブラ)」の2グループ出演という以外は、殆ど内容をお伝え出来ず、「これ何のライブ?」と思われた方も多かったのではないかなーと思います。主催としても、皆さんにおいでいただけるか不安だった部分も正直あるのですが、なんとチケットは70枚上限のところ事前予約で完売。

当日も、欠席の方でわざわざご連絡を下さった方もいらして、事前予約でのご来訪が68名、当日ご来訪が1名とほぼ満席、とんでもない大盛況を頂きました。おいで下さった皆様、誠に誠にありがとうございました。

元々このライブ、アコースティック編成でやりたかった曲がたくさん溜まっておりまして、「この曲をライブでやりたい!」という欲求にエンパナメンバーが付き合ってくれまして、そこにあだっちさんも乗って下さったという、ほぼそれだけの理由で開催させていただいたライブでして、個人的には超絶満足だったのですが、ご来訪の皆さんはご満足いただけたでしょうか。少しでもお楽しみ頂けていたら幸いなことこの上ありません。

取り急ぎ、当エントリでは、エンパナのセットリストを公開するのと、当日時間の都合で楽器紹介をほぼ全く出来なかったので、一体どんな楽器を使ったのか公開させて頂こうと思ったら大体バンドメンバーの珪さんが書いてくださったのでそれをご紹介させて頂こうと思います。

まず、セットリストは下記のとおりです。

1.いつか帰るところ(FF9)
2.春麗のテーマ(ストリートファイターV)
3.Harlech(ザナドゥ ネクスト)
4.A Little Visitor(ノーラと時の工房)
5.花(俺の屍を越えてゆけ)
6.Freedom(ダライアスバースト)
7.JIG 「Tir na n'Og」(ポップンミュージック)
8.Tree in Lake 〜消えたチチカカの木〜(ポップンミュージック)
9.風そよぐ村(モンスターハンター4)
10.ひとり思う(FE if)
11.baladium's drive(風のクロノア)
12.Song of mana(聖剣伝説LOM)

改めてみても、ボーカル曲・インスト曲とり混ざってなかなかカオスだったかと思います。。。みなさまお好きな曲はおありでしたでしょうか。
個人的には、「最初にいつか帰るところでケーナ四重奏をお聴かせする」というのは曲順のこだわりどころで、また今回恵比寿天窓さんを選ばせていただいた最大の理由であるグランドピアノとりかさんの演奏の音圧を感じていただきたく、特に花・Freedom・JIG辺りの並びは考えたところでした。

吹いていて楽しかったのは「消えたチチカカの木」。次々襲い来る音符がまさに音ゲー感。あと、Song of manaはもう本当に大好きな曲でして、演奏しながら勝手に泣きそうになっていました。

ちなみに、民族楽器も非民族楽器も含めて山のように色んな種類の楽器が出ましたので、そちらも軽く紹介できればと思います。といってもすいません、ここはちょっと手を抜かせていただいて、ツイートの引用をさせていただきます。

ばふぁりんくんが使っていたパーカスは、多分チャフチャスとパンデイロと、あとクラベス使ってましたっけ…?セミ―ジャも使ってたかも…?

すいません、正直私自身も全ての楽器は把握していないので、気になる方は個別にぐぐってみてください。取り敢えず私の専門分野の楽器で言うと、ケーナは私のメイン武装の縦笛でして、ケナーチョはその少し長くて音が低いヤツ。チャランゴはウクレレに似た小さめの弦楽器。チャフチャスはリャマやアルパカの抜け落ちた爪をたくさんくっつけたパーカッションで、サンポーニャは管がたくさんくっついたパンフルートみたいなやつです。

ちなみに、私とばふぁりんくんが着ていた衣装は「チャレコ」といいまして、南米は多分ボリビアからの輸入品です。女性陣は中華風衣装で統一して頂いておりまして、残り男性陣は甚平・作務衣という、万国感が溢れすぎてカオスになってたビジュアルでした。大変でしたね。


で、個人的には「大乱奏バンドブラザーズ」さんの演奏も、二階席から思いっきり楽しませていただきまして。今回については身内褒めになってしまうのであまり細かく書くのは遠慮させて頂こうとは思うんですが、最後がレインボーロードなのはずるい…どう考えてもずるい…!あと水中メドレー超良かったです。

フィナーレの「グリーングリーンズ改」は、乱ブラリーダーあだっちさん渾身のアレンジ。好き勝手吹かせていただきました。いやー楽しかった。

ということで、つらつら書かせていただきました。

今回みたいな形でかどうかは分からないんですが、また皆さんに何かしらの演奏はお届けできればと思いますので、今回気になった方は是非引き続き、エンパナ・乱ブラの今後の活動にご期待ください。

改めまして、今回は本当にありがとうございました。

posted by しんざき at 23:16 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月20日

ところでゴーストトリックが本当に最高でした

不倒城では基本的に「今更」って言葉を死語にしているんですが、先日ゴーストトリックをクリアしました。iPhoneでも出来るみたいなんですが、私はAndroid使いなのでDS版を買いました。


もーーーーー、いやもーーーー。最高でした。最高でした。本当に素晴らしかったです、ゴーストトリック。ここまで良質なAVGを味わえたのは本当に久しぶりです。私、例えば逆転裁判シリーズでは3が一番好きなんですが、3をクリアした時と大体同じようなプレイ後感を、じーーんとしばらく味わってしまいました。なんで今までやってなかったんだよって感じです。私がやっていない名作が世の中には多すぎる。

ゴーストトリックは、「逆転裁判」シリーズの企画・シナリオで知られる巧舟さんがディレクターになったAVGで、「主人公が最初から死んでいる」「主人公は、「トリツク」「アヤツル」といった死者のチカラを操って、自分の死の謎を解こうとする」という舞台立てのゲームです。

まずは、ゴーストトリックをまだプレイしていない人の為に、ネタバレなしの感想を書いてみたいと思います。


〇操作・システム

当初想像していたよりもだいぶアクション性が高かったです。


PVをご覧いただければわかると思うんですが、このゲーム、基本的にはサイドビューの場面を見ながら、画面のあちこちにある「コア」を「トリツク」を使って次々飛び移っていき、「アヤツル」を使って状況を変化させていく、という形で進むんです。

ただ、この時「トリツク」対象がいつもいつもじっとしている訳ではなく、動いている対象にタイミングを計って「トリツク」をしなくてはいけない場合もありますし、ぼやぼやしていると遠くに離れてしまって手が届かなくなる、なんてこともあるんです。時には「何かをぶつけて対象を飛ばす時、ぶつかった後素早く飛ばされる対象にトリツキな押さないといけない」なんてことも。

場面はちょくちょく時間経過しますし、キャラクターや物品が刻々位置を変える場合もあります。単に「どれをアヤツったらどう状況が変化するか」を考えればいい、というだけではなく、「どのタイミングでアヤツレば状況が好転するのか」「どうタイミングを計れば目的の場所に着けるか」なんてことを考えるのもこのゲームの特色でした。

ただ、失敗しても何度でもやり直せることに加えて、状況によっては失敗したことで面白いイベントが見られる場合もあったりするので、試行錯誤は苦ではなかったです。ただ、謎解きの難易度自体はかなり高めだなーと感じました。一部の章については、ハマる人はかなりハマるんじゃないでしょうか。


〇キャラクター

もーーーー本気でいい味出してるキャラクターばかりでした。素晴らしい。本当に素晴らしい。キャラ造形のノリは「逆転裁判」のそれに近いように感じたんですが、更にそこからもう一段、軽妙さと奥深さのバランスが向上しているように思います。

このゲーム、基本的に「既に起きてしまった事件を力ずくで改変する」という展開になるんです。その為、前段の展開では割と遠慮なく人が死にますし、結構重たい状況になることも頻繁にあります。

ただ、それでもゲーム全体が重苦しい雰囲気にならないのは、「その事態に係るキャラクターが、みんな陽性のユーモアにあふれている」ことと、「主人公であるシセルというキャラクターの安定感」に由来しているなーと思ったんですね。

とにかく本作のシセルってキャラクターはとても魅力的でして、どんな場面でもクールで、基本的には自分の目的に忠実なのに、人を助ける時は一切躊躇せず、しかも絶対に諦めない。「クールな熱血漢」とでもいうべき、実にいいキャラクターなのです。

ヒロインであるリンネとの掛け合いではちょくちょく皮肉を言ったりジョークを言ったりもするんですが、たまに妙なことを知らなかったりして、ボケ側に回ったりすることもあります。リンネとの掛け合いは本作での重要な味わいの一つ。

一方、リンネを始め、サブキャラクターも魅力的なメンバー揃いです。とにかく、どのキャラクターも共通した「深刻になり過ぎない前向きさ」をもっていて、けれど決して何も考えていないわけではなく、考えて考えて、その結果、結論として前を向くことを選択しているんだってことがすごくよくわかるキャラクターばかりなんですよ。彼らの会話、掛け合い、人間関係が、このゲームの魅力の重要な一要素であることは間違いないと思います。

しかしミサイル。とにかくミサイル。今作のMVPが、リンネと一緒に暮らしている少女である「カノン」と、その飼い犬であるポメラニアン「ミサイル」であることは間違いないと思います。カノンさんかわいい。あとミサイルもかわいい。けなげ。

あと、一部キャラの動きのナゾのキレの良さは、逆転裁判時代から数段進化していると思います。カバネラ警部の動きが夢に出てきそう。


〇シナリオ

圧巻でした。

これについては、ネタバレを避ける為に最低限のことしか書きませんが、とにかく今作は「やっぱりそうくるか」と「まさかそうくるとは」のバランスが物凄く優れているなあ、と感じました。

つまり、「そこは当然そう来るよね」「そうこなくっちゃ」という、プレイヤーの期待を裏書きする展開と、「え、え、え?何?何がどうなってんの?」という、プレイヤーの予想を裏切る展開が、非常にバランスよく配置されているのです。それを繋いでいるのが、随所随所で「あとから考えるとそういうことだったのか!!!」ということがわかる、繊細絶妙な伏線の数々です。

今私もちょうど2周目をプレイしているのですが、「うわーーーそうだったか!!」とか「ぎゃーーそういうことだったか!!」と納得する機会がダース単位でありまして、恐るべきシナリオのち密さに目を回しています。全くアラがないかというとそういうわけでもないのですが、この「やっぱり」と「まさか」のバランス感覚については、「必見」と言っても言い過ぎではないレベルではないでしょうか。



ということで、以上がネタバレなしの感想でした。

ここから先は、ネタバレ配慮関係なく、思ったことを箇条書きで書きなぐるターンになりますが、ゴーストトリック未プレイで、かつプレイに興味がある方は、クリア後にご覧になることを強く推奨します。よろしくお願いします。





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posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月17日

ファミコンのある風景


今から、単なる個人的な思い出話をします。

うちに「ファミコン」がやってきたのは、確か私が幼稚園の時のことでした。当時私は群馬県は高崎に住んでおり、近所に「ギャムズ」という大きなおもちゃ屋がありました。

郊外型の広いおもちゃ屋で、2階にチョロQだか、ミニ四駆だかのコースがあったことを何となく覚えています。

ファミコンを買ってもらった経緯を、今ではもうよく思い出すことが出来ません。私には5歳年上の兄がおり、恐らく兄に対する何らかのご褒美か、誕生日プレゼントか何かで買ってもらったものなのでしょう。私のゲーム趣味というものは、大方兄の影響で培われたものなのですが、それが始まったのが恐らくここだったのだろうと思います。

最初にしんざき家にやってきたソフトは、ハドソンの「ナッツ&ミルク」でした。どうも兄は「ゼビウス」が欲しかったようなのですが、当時「ゼビウス」は徹底した品薄で、ギャムズでも購入することが出来なかったのです。

当時をご存知の方であればよくお分かりだと思うのですが、ファミコンをテレビに接続する為には、それなりの高さのハードルと、割とアナログな手順がありました。「RFスイッチ」と呼ばれる薄いクリーム色の機械を、「クワガタ」と呼ばれていた端子で四苦八苦しながらテレビに接続して、VHSの2チャンネルに合わせてファミコンの電源を入れると、そこに「ナッツ&ミルク」のタイトル画面が映っていました。


私は恐らく、横で唖然として見つめていたのだろうと思います。先述した通り、しんざきは当時まだ幼稚園児で、遊びの時にもお出かけの時にも、兄のおまけ程度の存在でした。であれば、ゲームをやる際にも、恐らくおまけとしてちょこちょこ手を出させてもらう程度のものだったろう、とは思うのです。

しかしそれでも、「ナッツ&ミルク」の体験は強烈でした。

手のひらに収まる程度のカートリッジの中に、今まで見たこともなかった「遊び」が入っている。それを、同じように手のひらに載る程度のコントローラーで味わうことが出来る。

画面の中で、ナッツから逃げ回りつつ、果物を集めてヨーグルを助け出すミルクが、様々なステージを動き回っていました。まだ幼稚園児だったしんざきにとって、それは本当に「魔法の遊びの箱」であるようにしか思えなかったのです。

そこから、しんざきのファミコン人生、あるいはしんざきのゲーム人生が始まりました。

マッピーを遊びました。アイスクライマーを遊びました。バルーンファイトを遊びました。クルクルランドを遊びました。

当時ファミコンをもっていた友達と、ソフトの貸し借りをしながら、しんざきは色んなゲームを遊びました。貸すカートリッジには、持ち主がわかるよう、油性ペンで自分の名前を書きました。学校でファミコンのソフトを受け渡そうとして、先生に没収された友人もいました。そこから、ファミコンソフトの受け渡しは、公園の「秘密基地」で行うことになりました。裏取引でもしているようで、なんだかドキドキしました。

エキサイトバイクを遊びました。ギャラガを遊びました。けっきょく南極大冒険を遊びました。スカイデストロイヤーを遊びました。

毎年の誕生日のプレゼントは、兄と話し合って「どのファミコンのタイトルを買ってもらうか」を決めていました。兄にとってみれば、私の誕生日も貴重な「ファミコンのソフトを買ってもらう機会」だったのだから、私をなだめすかして説得して、うまいこと自分の遊びたいゲームを買ってもらうこともあったのでしょう。とはいえそれは、私にとって、「より難しい、複雑な、けどだからこそより一層面白い」ゲームに触れる、重要な機会でもありました。

忍者くんを遊びました。ドアドアを遊びました。ドルアーガの塔を遊びました。ヴォルガードIIを遊びました。

しんざきの当時の生活のうち、かなりの部分をゲームが占めていたことは間違いなく、今から考えると両親も随分不安だったのではないかと思います。「ゲーム」などというよくわからない遊びにどっぷりハマる長男と次男です。目が悪くならないか。成績が落ちないか。運動不足にならないか。友達と仲良く出来るのか。恐らく最低限のTPOくらいは教えられたと思うんですが、ゲーム自体を制限された記憶は私にはありません。となれば、両親も随分、不安を抱えつつも我々を好きにさせてくれていたのだと思います。

ツインビーを遊びました。ハイドライド・スペシャルを遊びました。魔界村を遊びました。ワルキューレの冒険を遊びました。

その頃、兄の興味は徐々に「ゲームセンターのゲーム」に移っていき、私がファミコンを占有する時間も増えていきました。ゲーセンのゲームの凄さを聞きつつ、まだゲーセンについていくことは出来なかった私は、それでもファミコン世界に魅了されていました。時折、兄が友人から色んなゲームをまとめて借りて来てくれることもあり、好きに遊んでいいよといってくれたこともありました。どのカートリッジにも、まだ見たことがない「遊び」が入っており、私はその世界の余りの広さに圧倒されるばかりでした。

ソロモンの鍵を遊びました。迷宮組曲を遊びました。ドラえもんを遊びました。ドラゴンクエストIIを遊びました。

本も読みましたし漫画も読んだんですが、しんざきの「趣味」「遊び」の中心に、常に「ゲーム」が存在したことは間違いありません。結果、私は子ども時代、アニメというものを観たことが殆どありません。というか、テレビ自体ほぼ観ていませんでした。テレビというものはゲームが映る機械であり、それ以外のものではありませんでした。時折両親がニュースやら野球やらを見ている時間は、専ら本を読む時間でした。

ゲームに助けられました。ゲームに励まされました。ゲームに脅かされましたし、ゲームに傷つけられました。ゲームを通じて出来た友達もいれば、ゲームをきっかけに知った知識もありました。

つまるところ私は、ゲームを食べて育ったし、ゲームに感謝しているし、私とゲームをいい関係のままでいさせてくれた、両親や兄に恩義を感じているのです。多分、私の人格のかなり根っこの方にあるのはそういう意識です。

はたから見ると、しんざきの人生は多分「ゲーム漬け」といっていいと思うんですが、それでもなんだかんだ、多分まともに社会人をやれているし、多分まともに家庭人をやれてもいる、と思います。それは恐らく、私とゲームが、周囲のおかげもあっていい関係のままでいられた為だろうと思います。

となると、今の私の役目は、私の子どもたちがゲームとのいい関係を築くにはどうすればいいかを考えることなのかなあ、と思っています。

長男は既にいっぱしのゲーマーとして色んなゲームを遊んでいますし、長女次女もぼちぼちゲームに興味を持ち始めました。この先ゲームとどう過ごしていくのか、あるいはゲームから離れるのかは、勿論彼ら彼女らの意思次第です。ただ、もしもゲームと一緒に歩もうとするならば、出来る限り「いい関係」を築けるようフォローしてあげるのが、多分私にとってのゲームへの恩返しなのだろうと。

そんな風に考えているのです。
posted by しんざき at 12:32 | Comment(3) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月15日

「ぼくの思う正しい親」以外は親失格と見なす人たち

意外と面倒な話だなー、と思うんですよ。

こんなニュースを観測しました。


パートナー男性が赤ちゃんの面倒を見ている一方で、ホールさんはリラックスした様子でジュースを飲みながらスマホに目を向けている。
ほのぼのとした一家だんらんの風景なのだが、このホールさんの姿に「けしからん」と眉をひそめる人もいた。「出産した直後にスマホを見るなんて子供がかわいそう」「子供よりもスマホ優先?」といった非難の声が多数あがったのだ。なかには、ホールさんが手にしている飲み物のチョイスにまで難癖をつける人もいたようだ。


この件自体については、「こういう話ってどこでもあるもんなんだなー」と思ったんです。

どうも、育児って非常に「他人のやっていることに口出しをしたくなる」ジャンルのようでして。育児のご経験がある人も、ない人も、「育児はこうあるべき」というイメージを非常に強く持っている人が、どうもかなり多いように思うんですね。これ、年齢層あんまり関係ないように思います。

最近は下火になってますが、定期的に遡上に乗る話として、子ども用の安全ハーネスの話があります。


流れる映像やイラストはどれも「犬の散歩」状態で子供を歩かせハーネスがピーンと張らせて親がそれを握っているもの。場所も公園内など比較的安全な場所のおだやかなイメージを喚起させるものばかり。無くても何とかなるんじゃない?という感想を引き出したいのかな?と思えるような。

その映像のあとに、毒舌が売りの俳優が「言葉の通じる相手にすることじゃない」と一蹴し、ママタレントさんが「手をつながないと」と育児論を展開し、オネエタレントさんが「親が目を離さなければいいんじゃないか」と添える。


迷子ハーネスについては、webではだいぶ価値や必要性が定着したような気もしますが、それでもまだこういう論調を観測することはありますよね。一方、webを離れて話を聞いていると、今でも「ぎょっとする」とか「あんなもの使うなんて信じられない」という言い方をする人は実際にいらっしゃいます。私のソースは町内会ですけど。

ただ、迷子ハーネスの件はともかくとして、今でも、子どもに対して悪影響を与えそうな(と、見る人が考えた)親の行為や振舞いに対して、がーーっと批判が集まることはしばしば観測出来ます。冒頭のケースなんてその典型ですよね。

こういうのって、大体の場合、「育児はこうあるべき」という自分の中のイメージと、観測した光景の食い違いによって起こるんですよ。愛情をもった母親なら、子どもを片時も手放さないに違いない。抱っこして、おっぱいをあげて、愛情をもった眼差しで子どもを見つめているに違いない。一緒に歩く時は、大事に手をつないで歩いてあげるに違いない。それ以外の光景を許容出来ないんですよね。

「ぼくの思う正しい親」以外は親失格。極端な話、そういう風に短絡的に脊髄反射してしまう人って、webにもweb外にも実はたくさんいるんじゃないかなーと。そう思ってしまうんです。



分からないでもない部分もあるんです。つまり、迷子ハーネスの件もそうなんですが、見る側として「ネグレクト」とか「虐待」と繋げて考えてしまう、連想してしまう側面ってどうしてもあるんだろう、とは思うんですよ。

例えば、スマホにかかりっきりで、子どもが泣いてもわめいてもずっと放置している親だとか。

例えば、子どもに暴力をふるう親だとか。子どもを閉じ込めて家から出さない親だとか。

時折観測出来る児童虐待関連のニュースを見てしまうと、どうしてもそういう想像に強烈な拒否反応が出てしまうことは理解出来ます。そこが、「自分が思う正しい親」とのギャップに拍車をかけてしまう側面って、多分あるんだろうと思うんですよ。

これは、明確な線引きは難しい、ファウルラインの問題ではあります。局面局面での行為を、これはネグレクト、これはネグレクト傾向、これはネグレクトではない、と線引きをするのは、一般人にとっては難しいことです。「正しい親」から外れているように見える一場面だけを切り取れば、あたかも親が子どもをネグレクトしている、あるいは虐待しているように見えてしまうこともあるのかも知れません。



ただ、一般論として申し上げれば、大部分の親はファウルラインのだいぶ手前で頑張って育児を続けており、時にはイライラすることもあれば、時には育児から逃げ出したくなることもありつつ、なんとかバランスをとって、愛情をもって子どもに接していると思うんですよ。

その、バランスをとっている親に対してさえ、「親失格!」などという声を投げつけるのは、どう考えても妥当なこととは言えないと思うんです。

家庭の事情、子どもの事情というのは、ただでさえ外野からは極端に分かりにくいことです。子どもに多動傾向がある、だから迷子ハーネスをつけておかないとすぐにでも道路に飛び出してしまいかねない、といった事情は、外野から判断することは出来ません。子どもをヒステリックに怒鳴りつけているように見える親のお子さんは、もしかすると聴力がやや弱く、大きな声で話しかけないと聴こえないのかも知れません。子どもを放置してスマホをいじっているように見える親は、もしかすると一日中子どもの面倒を見て疲労困憊して、ほんの数分気力を回復させているところなのかも知れません。

要は、「親がとっている行動が妥当かそうでないかというのは、ぱっと見で判断できるようなことではない」ということなんです。

そういうところに罵声を投げかけることが、どれだけ親のハードルを上げることなのか、どれだけ親に心的負担を加増するものなのかということは、もうちょっと共通認識になってもいいんじゃないかなあと思うんですよ。

親のハードルは極力下がった方がいいし、社会はなるべく子育てをする親に優しくていい。いや、私だって育児をしている父親ですから、我田引水といえば我田引水なんですけど、少子化を問題として考えるのであれば、少なくとも社会がそっちに寄るべきだ、というのは決して暴論ではないと思うんです。


勿論、子どものネグレクト、あるいは虐待などということは痛ましいことであって、「これはファウルラインの向こう側なんじゃないか」と思ったことがあるならば、例えば児童相談所に連絡してみる、といったことをすることは必要なのでしょう。それが悪いというわけではないんです。

ただ、例えば街中でほんの一瞬見えた光景であるとか。webでちょっとだけ観測出来た光景であるとか。

そういう、「自分の思う正しい親」から外れたように見える光景に対して、即時罵声を投げることについては、ちょっと慎重であって頂ければなあと。

そう思うばかりなのです。


今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 01:44 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

シロクマ先生の記事を読んで思ったこと


こちらの記事を拝読しました。


正直なところこの記事の総論については、私とシロクマ先生の間に考え方の違いは多分殆どなく、「同感です」以外に言葉がありません。

その上で、なんとなくの感想というか、私が考えていることについて、シロクマ先生の記事をトリガーに書いてみたくなりました。雑然とした話ですがご容赦ください。


私も、恐らくシロクマ先生と同じ程度の感覚で、「金の匂いがキツいブログ」は苦手でした。

以前も書いたことがあると思うんですが、「ブログのマネタイズ」自体は全然構わないと思うのです。ウェルカム。どんどんやっていい。

個人的な話で言えば、「コンテンツの中に全然別のコンテンツが突っ込まれる」のが嫌いであるという点で広告は入れていませんし、広告に対するクリック目当てが透けて見える記事(べたべた広告貼ってあって中身が全然ないような記事とか)はあんまりおもしろくないなーとは思います。とはいえ、これは単なる個人的な好みの問題であって、別段広告自体を否定する気はありませんし、無論広告を載せることが悪いことだとも思いません。かつて、色んな人が「webの収益化」というテーマを掲げて、果たせなかったことを思い起こせば、隔世の感だなーと思うばかりです。

ただ、一時期頻繁に観測出来た、「プロブロガーになろう」とか「ブログで生きていこう」的なお題目でサロン商売をしているような人たちについては、レッドオーシャンに人を引きずり込んでおいて自分たちだけ肥え太る、という構図が透けて見えて、かなりの不快感を感じていました。本当、あの時期に「ブログで生きていくために会社辞めました」みたいなこと書いてた人たち、今大丈夫なんでしょうか。引きずり込んだ側がなんの責任も取らないだろうことだけは確実だと思いますが。

これらの動きの結果、一時期「ブログの収益化」自体がマッチポンプ的なコンテンツとして確立されてしまって、右を向いても左を見ても収益化の話ばかり、みたいな状況になっていたことは皆さんご承知の通りでしょう。

この点についても恐らくシロクマ先生と私の感覚は通底していると思っておりまして、こういった動きが最近あまり観測出来なくなった点については、安心感以外のものがありません。仮想通貨に感謝するばかりです。


それはそうと。


上記の、「広告はあんまり好きじゃない」「けどマネタイズ自体は良い」というスタンスから、私自身はずっと、「PVの形をしていない利益」「影響力の形をしていない実益」みたいなものがブログから確立出来ないかなあ、みたいなことをなんとなく考えていました。

つまり、結局のところ、ブログを直接マネタイズする方法として、一番効率が良くメジャーなものが「広告」だから、ブログにおけるマネタイズは影響力勝負になってしまうし、ともするとPV目当ての釣り記事を書くようなことにもなってしまう。であれば、「PVとは全然別のところで稼ぐ方法」みたいなものが、少なくとも対抗ルートとして一般化出来れば、それを多少なりとも希釈することが出来るんじゃないか、と。

勿論、世の中には、例えば高い専門性のブログを書いて、一般的なPVは得られなくても、研究や転職といった側面でブログを有効活用している方はいらっしゃいます。ただ、それも突き詰めてみると「範囲が限定された影響力」というものに集約される側面はありまして、そういうものを包括した上で、「PVや影響力とは切り離されたブログの力」みたいなものを一般化出来ないかなあ、と。

この話についての私の考えは、まだいまひとつもにゃもにゃとしていまして、結論は出ていません。そもそも無理な話なのかも知れません。ただ、なんとなく「こういうのどうかな?」という程度のイメージはでき始めていまして、それについてはまた改めて、もうちょっとまとめてから書いてみたいと思っています。


 ただまあ、現実の金銭や影響力とここまでシームレスになったからこそ、金銭の稼ぎよう、影響力の稼ぎようの美意識や美学が今まで以上に問われるようになった、ともいえるかもしれない。

美意識という程大したものでもありませんが、私自身は、金銭を稼ぐにしても影響力を稼ぐにしても、ブログの骨子みたいなものはきちんと保持しておきたいなあ、と思っています。

つまり、どんなにくだらないことであっても、書きたくなったことを書くし、書きたくないことは書かない。

この不倒城というブログの第一の読者は私自身であって、私が好きなものの良さをみんなに広めたり、私が書きたくなったことを書く為だけのブログである、と。私自身が自分のブログを読んだときの自己満足感こそ、このブログが描かれる原動力である、と。

そこについては今後もブレさせないつもりですし、ブレないまま続けていれば何か見えることもあるんじゃないか、と。
現在は、そんな風に考えている次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。




posted by しんざき at 15:41 | Comment(1) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

個人用メモ:今後やりたいゲーム(精神的積みゲー)

純粋まじりっけなしの個人的な整理用メモです。

やりたいゲーム・遊びたいゲームが多すぎてかなり戦略的に対応を選択していかなくてはいけない。

・ゴーストトリック(発売済、DS、ややレア)
・大神 絶景版 (8/9発売、switch)
世界樹の迷宮X(8/2発売、3DS)
オクトパストラベラー(7/13発売、switch)
・モンハンワールド Steam版(8/10発売)
・イーアルカンフー(ファミコン)

あれ、これ、8月の時点で既に詰んで…る…?

取り敢えず、「大神」「世界樹」「モンハンワールド」全てに手を出そうとするのはどう考えても無謀の極みであり、可能な限り一つに絞る必要がありそうなんですが…いったいどうすればイインダーー!?

取り敢えず足元はイース8とドラクエライバルズをやっているので、しばらく煩悶しようと思います。オクトパストラベラーも面白そうなんだよなあ…

ちなみに来年二月のダライアス コズミックコレクションはマストなのでよろしくお願いします。


posted by しんざき at 08:02 | Comment(3) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月09日

子どものころからたまに見る、妙に怖い夢の話

いや、全然大した話じゃないんですが。

体調が悪い時に、たまーーーーに悪い夢を見ます。見ている間は妙に怖い。けれど、起きてからよく考えてみると、何が怖いのかさっぱり分からない。そういう夢です。

ただこれ、人によって違うのかも知れないんですが、私の場合そんなにパターンが多くなくて、子どものころから共通して、「悪夢」っていうと大体二種類に分類できるような気がしているんですよ。

まず一つは、これ多分文章で説明しても全く怖さが通じないと思うんですが、「ボールが落ちてくる夢」なんです。

状況というか、場面は様々なんですが、共通しているのは「上から・ないし空から、色んな色や大きさのボールが落ちてくる」という、ただそれだけ。落ちてくる数もまちまち、大きさもまちまち。ただ、よくあるパターンとしては、ボールプールに入っているカラーボールくらいの、せいぜい拳大のボールがたくさん落ちてくるだけ、という夢です。

代表的なパターンとしては、例えばこんな感じです。


庭、ないし公園。といっても何か遊具があるというわけではなく、印象に残るようなものは特にない。原っぱのようなところです。そこに一人、ぼーっと立っている。

ふと見ていると、すぐそばに黄色いボールが転がっている。そっちに視線を移すと、上からボールが降り始める。青。緑。赤。紫。

視線を空に移すと、空から雨のようにボールが降ってくる。当たって痛いわけでもなく、潰されるわけでもないのだけど、何故か妙に怖い。


これ、妙に印象に残っているんですが、本当に私が幼児の頃からちょこちょこ見るんですよ。昔は大体発熱した時だったと思うんですが、体調が悪いと今でもたまに見ます。多分子どものころは、夢から泣きながら起きて、親を困らせたんじゃないかと思います。

意識がある時だと、何が怖いんだか本当にさっぱり分かりゃしないんですが、夢を見ている間はとにかく怖い。ないし、なんか漠然と不安。

これ、Twitterで呟いてみたところ、結構「自分もそういう夢見る」という人がいるんですよね。なんですかね、何か共通したイメージみたいなものがあるんでしょうか?


ちなみにもう一つの代表的な悪夢パターンは、「大事な場面で大事なことを忘れている」という夢です。これはボールが落ちてくる夢よりは分かりやすい。多分、似たような夢みる人もいるんじゃないでしょうか。

未だに定期的に見るのは、「大学の履修届を出し忘れていることに気づく」という夢です。というか今朝も見ました。どの授業を受けていいのか分からない、ないし授業を受けてはいるんだけど、履修届を出していなくって単位がとれないっていう夢。

私、大学通ってたのなんて16,7年は昔ですよ?しかも別に履修届を忘れたことが実際にあったわけではなく、手続き上の問題があったわけでもないんですが、未だに半年に1回くらいはそういう夢みます。当時、よほど精神的なプレッシャーがあったんでしょうか。大学楽しかったんですが。

ちなみに、「演奏前、ステージに立ったはいいけど何の曲を演奏するのか知らない」という夢のパターンも、昔はたまーに見ていました。最近あんまりみなくなったのは、恐らくゲー音部の影響で、「ステージに立っても何の曲を演奏するのか決まっていないのがデフォルト」という場面が増えたからかも知れません。ゲー音部すごいね!!


悪夢には何らかの心因性の原因があるという話も聞きますし、特に「ボールが落ちてくる夢」については何が原因なのか不思議な気もするんですが。まあ何はともあれ、怖い夢は怖いのであんまり見たくないなーと思う次第なのです。


本当に全然大したことない話で恐縮なんですが、今日書きたいことはそれくらいです。




posted by しんざき at 21:48 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月05日

増田で割と凄いことが起こったような気がするので、何が起こったのか簡単に解説します(ややR18)


こんな増田を読みました。

内容を簡単に要約すると、

・増田は昔2ちゃんねるの「過激な恋愛板」に常駐していた女性
・「童貞とセックスしたい人のスレ」のようなものがあり、そこで増田がとある男性と出会った
・一旦自然消滅したけれど、その人と後々、全然別タイミングで再会して結婚した

という内容になると思います。

これだけだと、割とよくある過去体験談のエピソードという感じで、創作の可能性もそれなりに高そうだなーという話だと思います。

ただ、この時ちょっと特殊な流れが発生しました。

・2ちゃんねるの当該過去スレが発掘された
・そのスレの中で、増田が言う内容に合致された書き込みが発見された
・その内容に、「ホテルの名前」をキーにしている、というトリップが掲載されていた
そのトリップのキーが、増田が書いたホテルの名前と一致した

どういうことかというと。

2ちゃんねる、および5ちゃんねるには「トリップ」という機能があります。特定の文字列をキーにして、暗号文字列を生成する仕組みになっていて、基本的には「その文字列を知っている人」しか同じトリップを生成することはできません。一般的には、同一人物であることの証明に使われます。

今回、発掘されたスレは以下のURLです。なんと日付は2004年。14年も前のスレということになります。リンク先はR18なので注意。


ここにこんな書き込みがあります。

918 :なまえを挿れて。:04/09/14 16:04:20 ID:???
>>917
鳥つけれ。ラブホの名前とか。
あと、別に募集スレじゃないんだから俺は詳細を書いて欲しい。

919 :906 ◆PhQAq2ad6I :04/09/14 16:11:03 ID:???
>>918
了解です。一応メールで確認とってから書きますね。


つまり、この「◆PhQAq2ad6I」というのが、ラブホテルの名前をキーにしたトリップということですね。ちなみにこの後、相手の男性らしき人物がこんな書き込みをしており、二人が共通の知識として「ラブホテルの名前」を知っている、という証明に使われています。


951 :某 ◆jmx4KcE5/o :04/09/14 21:38:19 ID:???
てすと
952 :某 ◆PhQAq2ad6I :04/09/14 21:38:45 ID:???
あれ?こっちか?
953 :某 ◆PhQAq2ad6I :04/09/14 21:46:22 ID:???
>>906
えーと、その節はお世話になりましたというか、ごちそうさまでしたというかw
写真で見た印象以上に可愛い人だったんで、正直かなり緊張しました。ラブホの
名前こっちの綴りだったんだね。


ところで、元増田にはこんな記載があります。

今でもあるのかどうか分からないけれど、渋谷のセラヴィというラブホ。

ラブホの名前が出ていますね。これを、「トリップチェッカー」というWebサービスで、「#セラヴィ」という形で入力してみると、

tori.png

マジか。なんと一致してしまいました。

ここから分かることは以下の通りです。

・少なくとも、このスレの906とこの増田は、当該ラブホテルの名前を共通して知っていたことになる
・つまり、この906と増田は同一人物である可能性が極めて高い(相手の男性である可能性もある)
・つまり、この話自体が14年超しの仕込みである可能性を除けば、このエピソード全体が真実で、当時の2ちゃん時代からすべてが実際にあったエピソードである可能性がかなり高い

ということになるわけです。

勿論トリップが漏れていたという可能性はゼロではないんですが、見た感じ、話自体に大きな矛盾はないように見えるんですよ。何より14年前のスレですからね。そんなトリップわざわざ発掘して、いちいち釣りエピソードに仕上げるというのもちょっと考えづらい。

2ちゃんのトリップという機能をトリガーにして、14年ぶりに表に出てくるエピソード。しかもそれが、14年前の書き込みと紐づいて話の信憑性を上げるとか、これ結構すごくないですか?プチ「あの人は今」的なストーリーを見た気分で、私正直結構感動したんですが。

時代は変わり、昔の2ちゃんのゴミゴミとした雰囲気も今はだいぶ変わってしまったわけなんですが、時折思いがけずこういうタイムカプセルみたいな案件が出てきて、個人的にはなかなか感慨深かった、という話なのです。

何はともあれ、増田と旦那さん、そして増田のお子さんが幸せに過ごされることを、心から祈念したいと思います。心温まる話をありがとうございました。


今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:13 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レトロゲーム万里を往く その142 桃太郎伝説

神話・民話クロスオーバー、とでもいうべきジャンルがあるような気がします。

つまり、実際に存在する神話や民話、あるいは伝説的な実在の人物をゲームに、あるいは創作に登場させて活躍させる。かつ、複数の神話や民話を様々に交錯させて、登場人物同士に関連や人間関係を作る。舞台の時間軸は、現代であることもあれば、神話時代の当時である場合も、全然別の世界、別の時代である場合もあります。

世界史なり、おとぎ話なり、絵本なりで馴染みのあるキャラクターが、具体的な形をとって舞台上で活躍する、その「この人知ってる!」「この話知ってる!」的な既知感が、そういったジャンルの魅力の根源の一つになっている、というのはおそらく間違いないでしょう。

最近で言うと、言わずと知れた「Fate」やFGOなどのシリーズの他、遺物や遺跡を擬人化したようなソーシャルゲーム、一部の無双シリーズ、ヴァルキリープロファイルやゴッドオブウォーのような神話をテーマにしたゲーム、平野耕太先生の「ドリフターズ」やら女神転生やら大神やら、まあ枚挙に暇がないと思います。皆さんがお好きな「神話・民話クロスオーバー」作品は何でしょうか?

ところで、ことゲームの世界に限った話で言うと、この流れには割と明確なルーツがあるのではないかなあ、と私は思っています。

実際の神話・民話・伝説を下敷きにしている、というだけであれば、例えば「ドルアーガの塔」や「バベルの塔」「ソロモンの鍵」「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険」あたりの話もしないといけないかも知れないですが、私が考える限り、コンシューマー機で明確に「神話・民話クロスオーバー」をやった最初の作品は、恐らく「ヘラクレスの栄光」だと思うんです


ヘラクレスの栄光は、1987年6月、データイーストから発売された作品です。ギリシャ神話を題材にしており、主人公はギリシャ神話の英雄ヘラクレスですし、ギリシャ神話の神々が山ほど出てきて色んな活躍をします。

基本的にはヘラクレスの「12の功業」を題材にしてはいるのですが、流石デコというべきなのか、その神話アレンジっぷりはかなりのものです。ヘパイストスは何故かアイテム扱いだし、ヘラクレスはバーの女の子に「ヘラちゃん」呼ばわりされるし、なんかヴィーナスがハーデースに捕まってるし、ラスボスはどういう訳かそのハーデースです。元ネタのギリシャ神話では、ヘラクレス別にハーデースと喧嘩してないんですけどね。「ケルベロス捕まえるけどええか?」「まあええで、ただし怪我させんなよ」っていう会話しただけで。そもそもハーデースとヘラクレスって叔父と甥の関係ですしね。

ところで、この「1987年」という年には、神話・民話クロスオーバージャンル的に、決して見過ごせない作品がもう2本出ています。

ひとつが、87年9月に発売された、「デジタル・デビル物語 女神転生」。この作品、ストーリー的には神話や民話要素はあんまり濃くないんですが、イザナギ・イザナミという日本神話要素を導入していること、色んな仲魔が神話や伝説からもってこられていること、様々な神話や伝説の登場キャラクターを戦わせることが出来ることを考えると、「クロスオーバー」のルーツとしてはかなり大きな作品だったんじゃないかなあと私は思っているんです。ベルゼブブやルシファーとクリシュナが戦うんですよ、この作品。超神話クロスオーバーじゃないですか?

まあ女神転生についてはまた改めてじっくり書くとして、もう1本。「神話・民話クロスオーバー」ジャンルの、割と根っこの方にある代表的な作品として「桃太郎伝説」があるんじゃないかと。私はそんな風に考えている訳なんです。

「桃太郎伝説」。1987年10月26日、ハドソンから発売。ゲームシステム的には「ドラクエ」を下敷きにしたスタンダードな2DRPGなんですが、日本の「昔話」を主要な題材とした世界観で、民話や伝説の要素が密接に世界観に取り込まれているのが大きな特徴です。


開発の指揮をとったのは言わずと知れたさくまあきらさんで、氏がこの作品以降、「桃太郎」のキャラクターを縦横無尽に展開し、「ターボ」「外伝」「新・桃太郎伝説」のような後継作RPGの他、「桃鉄」シリーズを世の中に送り出したことは皆さんご存知かと思います。また、イラストを担当した土居孝幸さんも含めて、「週刊少年ジャンプ」の読者投稿コーナーだった「ジャンプ放送局」との関連、相互影響がかなり大きかったタイトルでもあるでしょう。このゲームのネタ部分はかなりの部分ジャンプ放送局テイストだったと思います。

Momotarou Dentetsu (J)0002.png

私が考える桃太郎伝説の特徴を箇条書きにしますと、こんな感じになります。

・実際の民話・伝説を巧みにゲーム展開やイベントに取り込んだ、舞台立てとシナリオ構築の巧みさ
・初心者を意識したナビゲーションの工夫
・ほんわかした雰囲気にも関わらず、ゲームの難易度は正直かなり高い
・その為、一部のシステムで無理やりバランスをとっている感は正直ある
・ネタ部分は多分好みが分かれる
・希望の都が死ぬほど広い
・音楽めっちゃいい(特にパスワード入力画面(てんのこえ)が)

いくつかピックアップして補足してみます。


〇実際の民話・伝説を巧みにゲーム展開やイベントに取り込んだ、舞台立てとシナリオ構築の巧みさ

まず、なんといってもこれです。これあっての桃太郎伝説、これあっての神話・民話クロスオーバーです。

桃太郎伝説は、勿論その中核にあるのは「桃太郎」のお話であって、鬼ヶ島にいる鬼を退治する為に桃太郎が旅立つところが、そのお話の淵源です。

Momotarou Dentetsu (J)0001.png

ところが、この「桃太郎伝説」の世界観は、決して桃太郎の世界にとどまらず、ものすごい勢いで脱線していくんですね。世界地図をモチーフにした世界のあちらこちらで、日本の民話・童話・伝説を元にしたお話が、これでもかこれでもかと展開していくんです。

例えば、「金太郎」「浦島太郎」などの、メジャー童話の主人公たち。今作では、桃太郎は基本的に一人旅(+オプション3匹)である為に単なる「サブキャラクター」だった彼らですが、後のシリーズではメインキャラクターに昇格することになります。

例えば「花さか爺さん」。花さか爺さんが飼っていた犬が、桃太郎にお供する犬になる、なんて、まさに「ザ・民話クロスオーバー」って感じですよね。

例えば「おむすびころりん」のおむすび村や、「三年寝太郎」を舞台とした寝太郎の村。「舌切り雀」をモチーフにしたすずめのお宿は、あちらこちらで回復ポイントとなっていますし、「並び地蔵」は重要なヒントを教えてくれます。さるかに合戦のさるかに村、「やまんば」の話などなど、実に自然にゲーム展開に吸収されていくんです。

私が特にうまいなーと思っているのは、「クリアに必要なアイテム集め」という要素を、「かぐや姫」のエピソードとくっつけたところです。ドラクエであれば「もんしょう」や「あまぐものつえ」といった必須アイテムが、火鼠の衣や、燕の子安貝といった、竹取物語のエピソードのアイテムに化けるわけです。これ、おとぎ話を聞いたことがある人なら、誰でも「あーーっ!」ってなるエピソードだと思うんですよ。

各地で「鬼」をボスに据えることによって桃太郎の味は確保した上で、色々なエピソードに民話要素を絡める。特に、ラスボスかつ鬼たちの元締めを「えんま大王」に設定したのは、世界観をビシッと絞める上での特筆すべきポイントだと思います。この辺りは、さくまあきら氏の妙技といっていいでしょう。

「ドラクエ」や「ゼルダ」のようなファンタジー世界観を、日本民話の世界に引き込んでしまう。それによって、子どもから大人まで、シームレスに遊べる世界観をデザインしてしまう。

とにかく、ゲーム全編にわたって「おとぎ話」ベースで世界観が統一されていることが、「桃太郎伝説」の味わいの根源であることは間違いありません。このゲームを、「神話・民話クロスオーバー」の重要なタイトルであるとみなす理由です。

また、このゲーム、術を基本的に「仙人」からの修行で教わるという要素があるんですが、これもなかなか、イベントとしてのバラエティに富んでいます。最強術であるろっかくやきんたんの術はまだしもとして、ひえんの術の習得滅茶苦茶大変でしたよね。これもいい思い出です。


〇ほんわかした雰囲気にも関わらず、ゲームの難易度は正直かなり高い
〇その為、一部のシステムで無理やりバランスをとっている感は正直ある

一方このゲーム、難易度は正直かーなーりー高いです。特に戦闘バランスは相当厳し目で、

・回復の術のコストが高い
・お供の三匹がランダム行動で殆ど頼りにならない
・桃太郎が一人旅である割りに状態異常でハメてくる敵が存在する
・敵の攻撃も割とエグい上にちょくちょく奇襲してくる
・アイテムが持てる個数も限定されている

この辺りについては指摘しておく必要があるでしょう。特に、「氷の塔」や「鬼の爪痕」といった難所では、相当ハマったプレイヤーも多いのではないでしょうか。

この為に、例えば「回復ポイントをあちこちにばらまく」であるとか、「段(レベル)が上がるとその場でステータスが全回復する」といった救済要素でなんとかバランスをとっている、というような印象は正直あります。当時のバランシングが相当渋い方向に寄っていたのではないかという印象もあり、ここは桃太郎伝説の敷居を若干上げていたところかも知れません。

あまりにも攻略難度が高い為、一部の隠しパスワード(「ふ」とか)に頼らざるを得なかった、という人も中にはいるかも知れません。あれ、かぐや姫のアイテムが全部入手済になってるので、個人的にはあんまり好きじゃないんですが。やっぱかぐや姫イベントはちゃんとやりたい。

とはいえ、攻略ヒントがかなり親切であること、段自体はそれなりにサクサクと上がることも含めて、初心者にも遊べるようにという試行錯誤は相当積まれたのだろうと拝察します。その点も桃太郎伝説の丁寧なところです。


〇ネタ部分は多分好みが分かれる

特にほほえみの村周辺では、上でも書いた「ジャンプ放送局」ノリのギャグネタが方々に現れる部分があり。これについては、「おとぎ話世界観」から若干浮いているなーと感じる人もいるかも知れません。当時メインターゲットであったろう小学生男子には大うけだったのではないかとは思うのですが。個人的には、きんぎんパールプレゼントのおにが好きです。あと勉強の鬼とか。

また、何故か後々の桃太郎シリーズで欠かさず「女湯」が作品中に出てきたことも、本作品がスタート地点であることは見逃せない事実です。本作品は、攻略スピードによって桃太郎の年齢が上がっていくのですが、「8歳までなら女湯に入れる」というのが割と絶妙な条件でして、相当早解きで進めないと8歳までに希望の都にはたどり着けません。こういうご褒美的なお遊び要素を入れるのも、さくま先生お得意の手法であるように思います。

ちなみに、「貧乏神」「福の神」「すりの銀二」など、のちの桃鉄でレギュラーになるキャラクターたちも、大体このゲームで登場しています。この辺のキャラクター展開も桃伝の特色の一つです。


〇音楽めっちゃいい(特にパスワード入力画面(てんのこえ)が)

冗談抜きでめっちゃいいです。ちょっと久々に聞いてみてください。


この、哀愁の中にもメロディアスな旋律、いつまでも耳に残る特徴的なフレーズといい、妙にかっこいいベースラインといい、パスワード入力画面としてはドラクエIIの「ラブソングさがして」に匹敵する超良曲だと思うんですが、皆さんどう思いますか?

勿論、戦闘曲やら希望の都の曲やら、「和風」の中にもコミカルさやかっこよさが隠されている印象的な曲ばかりなのですが、やはり「桃太郎伝説」屈指の名曲といえば「てんのこえ」だと言い切ってしまいたい気分です。作業用BGMとしても極めて優秀です。


ということで、長々書いてしまいました。

実のところ、桃太郎伝説の話はファミコン版だけでは完結しませんで、SFC版の「新・桃太郎伝説」も含めて語らない訳にはいかないのですが、大概長くなったのでそちらについては項を改めたいと思います。何はともあれ、桃太郎伝説は面白いので未プレイの方はぜひ遊んでみてください。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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