2020年03月16日

十三機兵防衛圏における、プレイヤーの「視界」のコントロールが凄いなーと思った件

すいません、なにせ始めたの自体が遅かったんで今更の話かも知れないですが、冷静に考えてこのブログで今更じゃない話って滅多にないんで気にせず書くことにします。

一応お話自体についてのネタバレは(薬師寺恵さんが可愛い件以外は)書かないようにしますが、ゲームの構造自体についての話が混じってしまうことはご了承下さい。


最近十三機兵防衛圏をクリアしてしばらく頭がおかしくなっていたんですが、ようやくちょっとだけ冷静になってきました。超楽しかった…楽し過ぎた…。

で、プレイしていて一つ強烈に思ったことなんですが、このゲーム、「プレイヤーの視界」というか、プレイヤーに見える範囲や景色をコントロールする塩梅が神がかっているなーと。

何の話かというと。

特に何かしらの「謎」が絡むゲームって、多くの場合、ゲームをプレイしている間にプレイヤーに見えてくる景色が変わってくるんですよ。

例えばシナリオ上の「景色」の話で言うと、最初は日常ものに見えていたのに、ゲームを進める内にサスペンスになってきて、やがて殺人事件を解決するミステリーになっていたと思ったら最後には何故か世界を救うことになっていた、とか。よくありますよね、こういうの。

プレイヤーにとって仲間だと思っていたキャラクター達が実は全員敵陣営で、敵だと思っていたキャラ達が実は味方だった、とか。フィールドだと思っていたらただの浮遊大陸で飛空艇で外に出てみたらめっちゃ広い世界が広がっていたとか、そういうヤツ。

こういうのも、「見せ方」や「見せる順番」っていうの色々ありまして、プレイしていて「そうくるかーーー!!!」って叫んでしまう頻度とその強さってのもタイトルそれぞれです。大筋、気持ちよくびっくりさせてくれるゲームって大体面白いですよね。

私が十三機兵をやってて凄い「視界コントロール」具合だなーと思った要素は、細かいのだとぱっと数えられないくらいあるんですが、大きいヤツで4つくらいあります。

・「追想編」「崩壊編」という言葉自体が既に視界コントロールの一要素になっている
・究明編のイベントアーカイブの並び方
・追想編のアンロック条件の明示の仕方
・かつ、上記が全て「先に進める条件」には含まれておらず、気にするかどうかは完全にプレイヤー任せになっていること

あんまり書くとネタバレになっちゃうんで、若干説明しにくい部分もあるんですが。

まず、これは書いてしまっていいと思うんですが、「追想編」は飽くまで「追想」であって、全ては最終決戦の時間軸で進んでいる、ということ。その上で、ゲームを進める内にその意味合いがどんどん変わっていくこと

ゲームの割と序盤から、崩壊編の戦いはどうやらゲーム上の一番最後の時間軸だな、ということは分かるんですよ。「最終決戦」という言葉が割と最初の方から出てくるし、各追想編シナリオの最後は「最終決戦に続く」になっている。だから、どうやらこれは最終決戦に至るまでの経緯を追想するということなんだな、ということが割りと早い内に理解出来る。

しかし、最終決戦の意味合いは、追想編を遊んでいる内にどんどん変容していきます。最初はある意味「街を襲ってきた怪獣退治」でしかなかったものが、追想編を同時並行で進めている内に、ん?これはどういうことだ?ってどんどんプレイヤーにはてなマークをつくっていく。そして、ある時納得出来た瞬間、「ああーーーーーー!!!これそういうことだったのか!!!」ってなる。しかしそれすら実は、というのが後から後から出てくる。

ゲームシステムとして強制されているわけではなく、「普通にプレイすると、追想編と崩壊編を自然と平行して進めていくことになる」という行動自体が、ゲームの謎解きに組み込まれているんです。そして、その通りにプレイするだけで、プレイヤーに見える景色がどんどん変わっていく。

これ、まず第一段階の「ゲームの進め方」の仕組みとしてものすげーなーと思ったんですよね。

二番目、これはすいません本当にアレな話になっちゃうんで極めてさらっと書かせてもらいたいんですが、究明編のイベントアーカイブがある法則に則って並んでいて、それが分かった瞬間にいきなり物凄い勢いで景色が開ける。長い上り坂を登って峠に出た瞬間、みたいな感じで、ぶわーーーーっと色んなことが一気に分かるんです。これも物凄い。

三番目。これも感心したところなんですが、追想編って一人のキャラクターを進めているとロックがかかって、ちょくちょく「〇〇というキャラの××というイベントをクリアしてこい」って言われるんですよね。

で、この時、キャラクター名とイベント名は公開されている。この塩梅がまた絶妙で、例えば「あれ、こいつ全然このキャラと絡んでなかったけど、なんで関係してくるの?」みたいなことが出てくるんですよ。しかもイベント名もちゃんと表示されてるんで、「なんて不穏なイベント名なんだ…いったい何が起きるんだ…」とか深読みしてわくわくしちゃったりとか。実際そのイベント行ってみると案外ほのぼのしてたりもするんですけど。

アンロック条件自体が、プレイヤーに対してシナリオ上のヒントを提示しているんですよね。このコントロール具合も物凄い。個人的には、最後の最後にとある二人だけ残るようになってまして、最後にロック条件になっていたキャラが「こいつかーーー!!こいつが残るのかーーーー!!!」ってここもものすげー衝撃を受けてしまいました。

で。

何より何より凄いと思ったのが、上記全て、「攻略をする上での必須要素は一個も含まれていない」んですよね。なんなら全部気にしないですっ飛ばしてもクリア出来るし、それはそれで充分楽しめる筈なんですよ、このゲーム。ある意味でゲームの一番美味しい部分を味わえるかどうか、それについて全くシステム的な制限をしない。

例えばAVGとかなら、基本的には「謎解き」ってシナリオを進める上での必須条件になるわけじゃないですか。「シナリオを読んでいれば、必ずこの情報を取得することになる」「だから、シナリオクリア時点で必ずここまでは明確になっている」っていうのが決まっているんです。それが普通だと思うんですよ。

けどこのゲーム、そういうのが本当に殆どなくって、なんならゲームの裏に流れている「視界」に関して何も気付かなくてもクリアだけなら普通に出来るし、楽しめるんですよね。全てはプレイヤー任せ。

これ、開発者がものすごい勇気をもって「一番美味しい部分」をプレイヤーに委託しているなーと。深読みして楽しみたい人は絶対深読みしてくれる筈だ、という信頼だな、と。

ここに私はすごーく感動した、という話なのです。


とにかく、発売してもう数か月たっている時点でアレなんですが、こういった「謎解き要素」「段々開けていく視界」「SF要素」みたいなものが好きな人は、恐らくこのゲーム遊んで後悔するってことはあまりないんじゃないかなーと思いますので、未プレイの方は是非。しんざき個人的にはPS4と合わせて買ってミリも後悔しない面白さでした。

あと薬師寺恵さんはとても可愛いのでよろしくお願いします。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 23:00 | Comment(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

秋葉原通り魔事件の母親の話から「察して」批判、ツイフェミ批判にまでつなげるのはさすがに無理筋では

どうも、切り分けちゃうぞおじさんです。

こんなTogetterまとめを読みました。


で、このまとめでは大筋幾つかの問題がいっしょくたに語られていて、ちょっとヒートアップし過ぎじゃないかなーと思ったので、問題の切り分けを試みてみたくなりました。

結論から先に申し上げると、私は上記のまとめについて、下記のように考えています。

・考えていることを言葉にするのは確かに大事だし、「察して欲しい」というスタンスは特に日常生活において弊害が大きい
・しかし、それを即「虐待」とか「教育虐待」と紐づけて語るのは行きすぎ、やり過ぎ
・秋葉原通り魔事件の母親がやっていることは「察して」以前に純然たる虐待
・子どもの夢や行動に過剰な規制を加えることと上記の話は全く別の問題
・もちろんフェミニストがどうとかも完全に別の問題
・それら全てをいっしょくたにまとめているのはあんまり肯定的に受け取れない
・「察して欲しい」という言葉に必要以上に悪いイメージを植え付けるのは反対

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまいましたので、あとはざっくばらんに行きましょう。

まず、上記セルフまとめについてなんですが、全体を概観すると、「察して欲しい」という言葉を秋葉原通り魔事件と紐づけて教育虐待にまで紐づけ、更に情報遮断教育についての批判からファミニスト批判にまで繋げようとする構成になっているように思います。

まず重要な前提として認識しておきたいことなのですが、加藤智大氏の母がやっていたことは察して欲しい」以前に純然たる虐待であって、「察して」などという言葉で表現出来るのはそのほんの僅かな一側面にすぎない、ということです。

秋葉原事件の記録については様々な記事・記録が公になっています。私が個人的に読んだのは中島岳志氏の「秋葉原事件 加藤智大の軌跡」でして、詳しくまとまっていてわかりやすいのでご興味ある方には一読をお勧めしたいのですが。


加藤氏の母親が加藤氏に対して虐待や教育遮断に近いことを行っていたのは事実のようですが、例えば「泣くと口にタオルを詰める」だとか、「10回泣くと屋根裏部屋に閉じ込める」だとか「質問に答えられないとビンタ」などというのは、「察しろ」などということ以前の問題です。「理由を説明しないで罰だけを加える」というのはもちろん子どもにとって理不尽な思いを残しやすい話ではありますが、これらはたとえ「理由を懇切丁寧に説明した上でもやってはいけないこと」です。というか、加藤氏の母親がやっていたことは殆どがそうです。

そして、これらの行為が「察して欲しい」という感情に立脚しているかどうか、などという検証はまだ誰もやっていません。虐待が行われているからといって、イコール「それは、自分がして欲しいことを言葉にして伝えられないからだ」などと短絡することは出来ません。

また、(これについては上記まとめでも&でくくって表現されてはいますが)加藤氏が「アニメ」「漫画」といった様々なコンテンツを遮断されて育ったこと、またことあるごとに人格否定をされていたことも話には挙がっています。当たり前ですが、これについては完全に「察して欲しい」とは別の問題であって、いっしょくたに語るのは適切ではありません。

更にいうと、加藤氏におけるコンテンツ遮断は記録を見る限り相当極端なレベルであって、「情報遮断」「コンテンツ遮断」の類例として考えるのもあまり適切ではないと考えます。

一方で、加藤氏の人格形成に母親の虐待が大きく影を落とした形跡は確かに見受けられますが、加藤氏の凶行は決してそれだけが原因とは言えず、それ以外にもさまざま複雑な原因がある、ということは上記書籍でも語られているところです。

それを一概に「察して母」などという言葉でくるんで即凶行と紐づけるような書き方をするのは、ちょっと話の持って行き方として乱暴すぎます。

要は、「察して」という言葉と紐づけて語るには、加藤氏の母親の例は適切ではないということ。それが最初に言うべきことです。「そういうレベルの問題じゃないよ」って話です。



これはこのまとめだけの話ではないのですが、「察してちゃん」といった言葉に代表される通り、「言葉にはしないまま相手に理解を求める」というスタンスは、現在特にweb上で、かなり悪いイメージをまといつつあるようです。

これについても、私はちょっとだけ懸念をもっています。

「察して欲しい」というスタンスが日常生活でコミュニケーションに齟齬をきたし得ること、またそれが子どもの情操教育に悪影響を与える可能性がある(飽くまで可能性の話であって、そういう方向での統計だった研究があるのかどうか確認出来ていませんが)ことについては私も賛同する立場ですが、だからといってそれが即子どもの人格を決めるわけでもありません。

子どもの成長、家庭の在り方というのは千差万別であって、一言で概括することは出来ません。中には、言葉でのコミュニケーションを苦手としている親だって子どもだっているでしょう。時には「お互いに察する」というコミュニケーションが、その人間関係では最適だった、ということもあり得るかも知れません。

これは何でもそうなんですが、あるスタンスのイメージを悪くし過ぎて、本来殴られる必要がない人まで殴りつけてしまうのはちょっと避けたいよなーと。

個人のレベルとしては「なるべく言葉にしよう」というスタンスですし、自分の子どもにもそうやって教えてはいますが、だからといって「言葉を介しないコミュニケーション」を一概にレッテル付けするのもあんまりよくないよなー、と私などは考えるのです。



で、その後、まとめ主さんはフェミニスト批判、ツイフェミ非難のツイートを積極的にピックアップされているわけですが、これはいくら何でも公平性を欠くんじゃないかなーと思うところはあります。




当たり前のことですが、いわゆる「ツイフェミ」と呼ばれる人たちにもさまざまな主張のグラデーションがあり、それらはいっしょくたに批判出来るものでもありません。

私も、子どもに対するコンテンツ遮断や、多少でも性的要素を持ったコンテンツに対するクレームといった事象には反対の立場です。だからといって、それらの事象を秋葉原通り魔事件と紐づけて、「察して妻」だ「察して母」だといったレッテリングと関連づけた上で批判することが妥当とはとても思えません。関連情報をちょっと読めば分かる話ですが、加藤氏の母がやったコンテンツ遮断は、たとえば宇崎ちゃん問題のような議論とは全くレベルが異なるものです。

極端な例と紐づけて相手のイメージを貶めて、それを持って非難して溜飲を下げるというのは、それこそ宮崎勤を例にとってオタク批判するのとどう違うの?という気がします。まあそういう議論をやっている人がいるのはお互い様なんでしょうけど、同じレベルに落ちることもないよなーと思う次第です。

色々書きましたが、書きたいことは最初に全部まとめてあるのでそれ以降のは補足です。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 12:03 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

2020/03/08 ナゾゲーランドで「関東豪楽連」が演奏してきました

恒例の傍若無人系レトロゲームイベント、「ナゾゲーランド」。クイズ大会あり、ゲーム朗読劇あり、独演会あり、ギター弾き語りあり、そしてライブ演奏あり。今回も、キャラゲーBGM演奏集団「関東豪楽連」がたっぷりと演奏させて頂いてきました。今回は新メンバー、グロッケンの@meijisoさんも参加。しんざきはいつも通りケーナを吹いてました。


今回のナゾゲーランドのテーマは「ジャンプ」。そしてジャンプと言えばドラゴンボール。そう、今回の関東豪楽連は、「ドラゴンボール縛り」でのセトリをご用意しました。

セットリストは下記のような感じです。

01.[FC]ドラゴンボール神龍の謎/ストーリー〜メイン〜ボス
02.[FC]ドラゴンボール3 悟空伝/タイトル〜フィールド〜バトル
03.[FC]ドラゴンボールZII 激神フリーザ/タイトル〜バトル
04.[SFC]ドラゴンボールZ 超武闘伝/プロローグ(効果音のみ)〜タイトル〜ピッコロステージ
05.[SFC]ドラゴンボールZ 超サイヤ伝説/バトル〜フリーザ
enc.ドラゴンボールZ スパーキングネオ ソリッドステートスカウター

いやーー。実は私「激神フリーザ」はプレイしたことがなかったんですが、めっちゃ曲いいですね…タイトル画面なんて、おしゃれな中にもちゃんとかっこよさがあって、演奏しててめちゃ楽しかったです。
超武闘伝は言うに及ばない名作ですが、ピッコロステージは格ゲーらしからぬちょっと陽性のおしゃれな雰囲気があっていいですね。
超サイヤ伝説の曲はなかなか不安になる不思議な構成。ソリッドステートスカウターは安定のかっこよさでした。

関東豪楽連は、ここ3回程「メンバーの誰かが持ち回りでテーマを決める」というのをやってまして、前回が北斗の拳、今回がドラゴンボールだったわけですが、次回の担当はしんざき。テーマは「キャラゲーの概念に挑戦」回になる予定です。

また告知出たら詳細発表しますので、日程合ったら是非聴きにきてみてくださいー。損はさせません。

今日はそれくらいです。



posted by しんざき at 23:51 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

十三機兵防衛圏クリアしてしまって虚脱しているし記憶なくしてもう一回プレイしたい(途中からネタバレあり)

ついさっきクリアしました。


もうなんていうか超いいゲームだったっていうか俺の為にあるゲームでした。このゲームの為だけに今更PS4買ったんだけど超絶いい買い物をしてしまった。多分50万円分くらいの体験した。

ただクリアしたくなかった…ものすごーーーくクリアしたくなかった…。いや、なんか、物語を収束させたくないんですよこういうゲーム、ストーリーやキャラクターがいい感じにハマればハマるほどホント。一生「これはどういうことなんだ…もしかするとこういうことか…??いやけどそうなるとこれがこういうことになるし…」みたいな感じであれこれ妄想する時間を楽しみたかった…。

ということで、ついさっきクリアしたばかりで全く感情に歯止めがかかっていない状態で、一通り前半ネタバレなし/後半ネタバレありの感想を書いてみたいと思います。あとでまたなんか別途、話題を絞ってちゃんと書きなおすかも知れません。

●ネタバレなし感想
・超面白かった
・めまいがする程のSFオマージュの質量
・特に海外SFが好きな人は、絶対「あ、これアレだ」「あ、これはアレだ」的な感覚を無数に感じる筈
・シナリオの見せ方がものすごく上手い。追想編/崩壊編/究明編という三つのパートに分かれているのだが、「追想編」がいわゆるストーリーモード、けれど最初から「追想」と言っているという、既にこの時点で割と時系列が複雑
・そしてお話が始まると怒涛の複層構造の嵐。なんかもう本当に、最初は「これ何がどうなってどう繋がってるんだ?」とわけがわからなかった
・けど、話が進むごとに本当に徐々に色んなストーリーが繋がっていき、段々と「こういうことだったのかあああああああああ!!!!」という全体像が見えてくるという構造
・この「全体像への導き方」がめちゃめちゃうまい。まじこのストーリー作った人、頭使いすぎて神経衰弱に陥ってないか心配。多分1000回以上ストーリーの矛盾点がないかチェックを繰り返してると思う
・追想編(ストーリー・ADVパート)と崩壊編(戦術SLGパート)を平行して進めなくてはいけないその平行具合も超絶うまい
・戦術パートは敵をボカスカ倒せるタイミングが非常に気持ちいい。難易度はNORMALならそこまで高くない
・ただ、たまに馬鹿みたいに耐久が高いヤツがいて、それを倒すのはやや面倒くさかった
・インターセプタ―が死ぬほど強いことにAREA3で気付いた。あれ、戦術ゲームとしてはインターセプター封印するべきだと思う(あるいは許容上限数を設けるか)
・取り敢えずSF好きな人はプレイして損しない。あとどことなくガンパレード・マーチやダンガンロンパが好きな人
・あと登場キャラがガチで全員可愛い
・薬師寺恵さんが可愛い
・如月兎美さんも可愛い
・女子高生の買い食いシーンが尊い
・話の見せ方は基本的にエロい
・機兵の起動方法もエロい
・ヴァニラウェアだからエロいのは仕方ない
・薬師寺恵さんのエプロン姿が可愛い
・如月兎美は追想編でキャラ選択した時の、「ん?」って感じで自分の体を見下ろす仕草が大変可愛い
・薬師寺恵さんが可愛い

以上がネタバレなしの客観的かつ冷静な感想です。
以降はネタバレを交えた感想になります。一応作品の根幹というかお話のしかけに関する致命的なネタバレは避けますが、EDの話やキャラクターの話は容赦なく書くので、クリアする前に読むことはお勧めしません。一応念のため折りたたみます。







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posted by しんざき at 03:16 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月03日

色んな謎が絡んだゲームで後半どんどん謎が解けて超面白いんだけど最初の頃のゆったりのんびりいちゃこらした日常パートに戻りたい症候群

あああああああもう最近十三機兵防衛圏やってて今追憶編が各キャラ大体80%越えてぼちぼち100%のキャラも出始めたって感じなんですけどもういや面白いんですけど超面白いんですけど序盤の日常シーンのゆったりのんびりいちゃいちゃっぷりがとても大好きでどんどん謎が解けていくごとに先を読み進めたいっていう欲求と同じくらいもうこれ以上進めたくないしあの頃のゆるゆる日常な感じに戻りたい感が出てきてあああああああああああああ。(これは語彙です)

ということで十三機兵防衛圏なんですけどね。めちゃ面白いですね。ちゃんとした自分なりの感想はまた改めて、自分の言葉で書こうと思ってはいるんですが。



割と色んな「たくさん謎がちりばめられていて、進んでいくごとに段々と作品全体に横たわっていた謎が解けていく系コンテンツ」に共通する問題だと思うんですけど、後半に進めば進む程、どんどんコンテンツの緊迫感は増していって面白くなっていって、けどそれに比して序盤の日常シーンがどんどん遠くなっていったりして。場合によっては、二度と日常シーンを素直な気持ちで楽しめなくなったりする場合もあるわけなんですよ。

いや、そういうのを含めてコンテンツの面白さなので仕方ない、もう完全に仕方ない話なんですけど、それでも悲しい。「ゲームを先に進めたい」という気持ちと、「これ以上進めたくない、なんなら一生序盤だけプレイしてたい」気持ちが併存している。

「ゲーム終盤まで進んでクリアしたくなくなる」ケースって時々聞きますけど、その種別って多分幾つかあると思っていて、「序盤の日常シーンが好き過ぎて謎を読み解きたくなくなる」ケースはその一角に該当すると思います。なんかこういうケース名前あるんですかね?いや、進むんだけどね!ちゃんと最後までやるけどね!!

飽くまで現時点での十三機兵防衛圏への感想をざっくりと書きなぐると、

・超面白い
・基本的にエロい
・薬師寺恵さんがとても可愛い
・如月兎美さんもとても可愛い
・というかみんな可愛い
・薬師寺恵さんのエプロン姿が本作さいかわ賞で受賞確定なのでは?
・薬師寺恵さんが自宅にいるのに理性を保てている鞍部は聖人なのか?
・このゲーム、薬師寺さんが鞍部の家でハンバーグ作り始めて鞍部がドキドキしてる時点でクリアってことにしたい
・一生薬師寺さんが鞍部に手料理作り続けて鞍部がドキドキしてるだけのゲームとか、一生五百里と兎美と美和子が買い食いしてるだけのゲーム誰か作って欲しい
・全体的にガンパレの匂いとダンガンロンパの匂いは感じるが、それ以上に色んなオマージュごった煮過ぎて物凄い
・戦闘シーン、Normalだけどようやくちょっとコツがつかめてきた
・範囲攻撃で細かい怪獣ドカドカまとめて落とすの超楽しい
・第一世代機兵最初ちょっと育てにくかったんだけど大型に近寄ってぶん殴るのがそれはそれで楽しい
・メタチップはガンガン使っていって構わないバランスっぽい

一旦そんな感じで、結論としては薬師寺恵さんが可愛いです。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 18:40 | Comment(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月29日

「幼稚園」買ってワニワニパニックを組み立ててみた(主に奥様が)



面白そうだと思ったので

買ってしまった

買ってきてみました。

以前から「児童用雑誌のおまけがガチ過ぎる」ということは聞いていたんですが、これも相当なガチでした。小学館半端ないですね。

完璧に本物

完成形はこんな感じ。
1時間くらい子ども達と一緒に遊んでみての雑感なんですが、

・見た目はすげえキャッチー、かつ再現度すごい
・動きもかなり本物っぽい
・ハンマーはきちんと作れば思ったより丈夫
・説明書の通り作っただけだとワニがとれやすく、ハンマーでたたいているとすぐ取れてしまうので、セロテープなどで補強が必要だと思う
・カウンターの判定が辛い。叩いたと思ってもちゃんとカウントしてくれないことが多い
・どうも叩き方にコツがいるっぽい。押し込むんじゃなくて叩いてすぐ離す感じにしないとダメっぽい?
・組み立てはノリ付けが必要なハメコミ&セロテープ接着タイプだが、部品数が結構ありそれなりに時間がかかる
・通常のワニワニパニックバージョンとドラえもんバージョンがあるのだが、両方組み立てると手間が二倍
・しんざきは非常に不器用で細かい作業が苦手なので、細かい作業が大好きな奥様に泣きついたら瞬く間に組み立ててくれた。女神
・というか奥様、説明書も殆ど読まないんでサクサク組み立ててしまうので、「何で何も見ないで分かるの?」って言ったら「だって同じ数字のとこ繋げるだけじゃん」って言われた。このスキル差は一体なんなのか?
・組み立てている間、待ちきれなくて横から手を出してくる子どもの手が最大のパニック要因
・取り敢えず値段分は遊べたと思う(今近所の子たちと一緒に長女次女が遊んでる)

そんな感じです。

過度な期待はお勧めしませんが、雑誌の付録というレベルは明らかに超えていると思うので、気になった方は購入されてみても良いのではないかと思いました。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 17:21 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月11日

この期に及んでPS4と「十三機兵防衛圏」を買った話と、ゆるドミが楽しかった話 20/02/11

俺の辞書に「今更」という言葉は存在しない…!!!!

ということで、なんか「十三機兵防衛圏」が凄く面白そう(面白そうという情報だけで中身は全く知らない)なのと、あと長男が「A列車で行こう9」がやりたいというので、中学受験も終わったお祝いも兼ねて(と言う理由で自分を納得させて)PS4を買ってしまいました。あ?もうすぐPS5が出る?知らねェなァ!!!

そんなわけでなんの前情報もなしに十三機兵をやっていこうと思います。まあ長男がA列車を遊ぶ合間になんで、進みは遅いかも知れませんが。大変楽しみです。面白かったら多分なんか書くと思います。タイミングとかは知らない。


〇久々にゆるドミをやってきました


今年はもうちょっと頻繁にゆるドミをやっていこうと思うので皆さんよろしくお願いします。

今回は久々にスイスドローもちゃんとやりまして、その結果も今起こしているところなんで多分上記はてなブログで書くと思います。

取り敢えず、個人的には「スカルキング」がちゃんと遊べたのと、

これがすげー面白かったのが印象に残っています。なんていうか、皆で協力をしてテーマパークを完成させるゲームなんですが、「見積もりをして、プロジェクトを進める」「はじめは「ここまでやったらプロジェクトが完成する」なのに、途中から「ここまでやらないとどうにも終わらない」に変わる」というあたりが仕事でした。普通に仕事でした。


〇何か長女次女がホットカーペットお布団の魔力に捕らわれて家庭の危機

君たち出てきたまえ。

というこよで、今日書きたいことはそれくらいです。




posted by しんざき at 18:59 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月05日

今日のしんざき 20/02/05

日記と雑感です。

〇長男の中学受験が終わりました

お蔭様で志望校の一つに合格しまして、大手を振って行きたい中学にいけることになりました。頑張ってたんでマジ良かった。

長男そもそもプラレール好きが嵩じて、「鉄道模型がいじれる部活がある中学に行きたい」という志望から、受験も塾も全部自分からやりたいって言い出しましたんで、やっぱ子どもの「やりたい」を大事に扱うことって重要だなーと。モチベーション大事ですよね。

それはそうと、中学受験は親との二人三脚とはよくいったもので、なんだかんだ親としても割と頑張ったので結構虚脱しました。解く問題選定して問題プリント印刷したりとか、一週間の勉強計画立案に付き合ったりとか。色々あって知見も多少は溜まったのでまたなんかで書こうと思います。

で、なんか長男に「信長の野望DS(烈風伝)の早解き対決(統一エンドのみ)」を挑まれているので、ちょっとちゃんと頑張ろうと思います。烈風伝超久々なんでちょっとセオリーとか思い出さないといけない。


〇今、めいっぱい運動したい子どもは公園ではなく小学校の校庭で遊んでいるかも

この話、実はちょっと体感とずれるなーと思っているところもありまして、実際そこまで窮屈になってるかな?という気も実はしないではないんですが。放言で言うと、それ程明確に運用されていない、なんか変わったルールがあった公園から、「こんなルールがあった!!」というのをやや無理やり取沙汰する側面もあるような気がしています。まあ、社会の不寛容化みたいな問題はあるっちゃあるんでしょうが。


それよりも、遊具の老朽化と予算不足・安全基準変更から、遊具が公園からなくなってしまう、減ってしまう問題の方が個人的には切実なんですけどね。ホントあれどうにかして欲しい。


ただ、それはそうと、最近の私が観測している限り、球技とか思いっきり身体を動かす遊びをしたい子は、公園ではなく「学校の校庭開放」で遊んでいるような気が結構しています。自治体によって扱いは違うと思うんですが、土日休日には結構長い間がっつり無料で遊べますし、学校によっては平日放課後も開放してるみたいです。サッカーとか遊んでました。


もしかすると、公園の持つ「遊び場」的役割が他の施設にも分散されている側面もあるのかも知れんな?と思ったので今度なんか調べてみます。


一旦それくらいです。

posted by しんざき at 09:43 | Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月21日

今日のしんざきのMHWアイスボーン進捗 20/01/21

取り敢えずラスボスっぽいの倒しました!!!!(一応折りたたみます)


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2020年01月20日

俺にとってのインターネットと、昔からのゲーム環境の変遷の話

こんな記事を拝読しました。


「ブログはオワコン」と叫ばれて久しい。今思えば、「個人がインターネットでそこそこの長文を書く」という文化は、地上での鬱屈や呪詛といった負の感情と密接な関係にあったのだろう。日常生活で溜め込んだもの、あるいは、そこでは満たされない何か。それをインターネットに「見つける」ことで、バランスを保っていた。そんな世代が確かにあったと、私は信じたい。
しかし、現実とインターネットの距離が近くなり、あるいは同一となった今、「長文を書いてまで吐き出したい何か」は、鳴りを潜めたのだろう。もうここは相対的に、昔ほど「特別な場所」ではない。Tik Tok や Instagramでエモり合うのが、今の「インターネット=現実」なのだ。

特に結論が出る話とかではないですし、返歌にすらなっていないかも知れないですが、まあ書きたくなったので書きます。

なんとなくですけど、似たような思いを昔どっかでしたなーと思いまして、ちょっと自分で考えてみたらゲーセンの話でした。

皆さん、子どもの頃ゲーセンいってました?以前も一度書いたんですけど、私、近所に凄い好きなゲーセンがあったんですよ。キャビンっていうんですけど。

昔のゲーセンって、今から思うと物凄ーくピンポイントな、スコープが限定された遊び場だったと思うんですよね。ゲームしか置いていない空間。会話なんて一切ない空間。たばこ臭くって、時には妙なもめごとがあって、怖くって、けれどそこに行かないと絶対遊べないゲームがたくさんあって。「行きづらいしハードル高いけど、いざ行ってみると底抜けに楽しくって定住したくなっちゃう」くらい面白い場所だったんです。

狭いネタ程よく刺さる、って言いますけど、当時ゲームなんて日陰の文化もいいところで、だからこそ「ゲーマー」っていう自分の属性に妙な誇りと帰属意識を感じていたんですよね。学校やら家庭やらで色々うまくいかないことがあっても、取り敢えずゲーセンでゲームをしている間は自分は「ゲーマー」でいられた。すっごい大げさにいうと、ゲーセンって自己実現の場だったんですよね。

で、当たり前のことですが、時代は変わりますし、ゲームの環境も変わります。

個人経営の小さなゲーセンは、やがてメーカー経営のアミューズメントパークに収斂していき、街から姿を消していきました。

「ゲーセンでしかできないゲーム」は、一部の大型筐体ゲームを除けばほぼなくなり、大体のゲームは家庭で、あるいはなんならスマホで出来るようになりました。

オンライン環境が想像も出来なかった程に充実し、どんなゲームでも家庭でダウンロードし、自宅ですぐ遊べる時代になりました。
ゲームのプラットフォームも大きく変遷し、スマホでお手軽に遊べるゲームが大隆盛しました。

ゲーム自体、昔よりずっと一般的になり、子どもがやっても叱られず、大人がやっても白い目で見られない文化になりました。

ゲームが一方的な都合の良い悪役にされることも、昔に比べればずっと少なくなりました。(今でも全くないわけではないですが)

これら、ゲームっていう文化について言うと、大筋「良い方向」に変化してきている部分の方が大きいと思うんですよ。ゲームが昔より遥かに手軽に遊べるようになった一方、別にディープなゲームやコアなゲームが消えた訳ではなく、Steamとかインディーズのゲームとかにアンテナを張れば幾らでもディープなゲームが見つかります。ゲーマーとしては、過去に類を見なかった程ゲームにハマりやすい時代なんですよね、今。

ただまあ、「いい時代になったなあ」と思いつつも、ほんの少し、昔を懐かしむ気持ちもあります。びくびくしながらゲーセンに通って、ゲーセンでしかできないタイトルに目を輝かせて、50円玉リソースを全霊でつぎ込んではゲームの世界に魅せられていた時代。「いい時代だった」なんて一言じゃとても括れない、タバコ臭いし血なまぐさい時代でしたが、あれはあれでまあ楽しかったなあ、と。

それは単なる思い出。私の思い出だけの話であって、正直、別段「あの頃に戻りたい」とすら思わないんです。だって今新しいゲーム遊ぶの楽しいし、昔遊んだゲームも今遊んで楽しいもん。「これから俺はどんなゲームを遊べるのか」という未来に比べれば、昔のゲーム環境がどうとか、些細な話ではあるんです。

で、私は今でもゲームを遊んでいますし、ゲームっていう文化に育てられてきたと思っていますし、ゲームに心から感謝しているし、なにがしかゲームに恩返し出来るといいなあ、とも思っていると。そういうわけなんです。

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私はブログを2004年に初めまして、それ以前から個人のwebページを作ったりはしてたんですが、まあとにかく色々書き散らしてきました。で、ゲームを取り巻く環境と同じような感覚を、インターネットにも感じているんですよ。なんか訳の分からんこと書いてる人たちがたくさんいて、お互いに手斧を投げつけあって、時にはわけのわからん炎上が始まって、去年までアルファだった人がいきなり綺麗さっぱり消失して。

あの頃から比べると、とんでもなくインターネットは身近になったけど、あの頃のアレはアレでまあ楽しかったなーと。ただ、「あのころに戻りたい」かというと、そりゃちょっと微妙だなーと。

匿名のまま好きなことを書けるという環境は確かに滅茶苦茶貴重であって、そういう意味でインターネットは今でもずっと私にとって「特別の場所」で、周囲の環境がどう変わっても、自分の中でのその位置づけになにかしら変化があったのかというと、あんまりそういう気もしないのです。

それはちょうど、私の周囲にゲーセンがなくなっても、ゲームが今でも私の一番の趣味であり続けていることと似ています。

冒頭記事で書いて頂いている、

n=1 が「許される」環境、それが、私にとってのブログなのだ。この日常を止めることなんて出来ない。


という言葉については全力で首肯するところなんですが、結局インターネットは昔より遥かに広くなったのであって、別段俺一人好きなことをだらだら書きなぐっていても、誰に遠慮することもないだろうと。

ブログはオワコンという人が何万人いようが知ったことではなく、俺はここで、俺にとってのインターネットで思いついたことを好きなように書き続けるし、読みたい人は読めばいいし読みたくない人は別に読まなければいいんじゃないの、と。

そんな風に考えているわけなのです。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 09:48 | Comment(4) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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