2018年08月21日

高知県立大学の件について、気になったところがあったので電話で確認させて頂いた

昨日書いた件の続きです。


大学側のお知らせにおける文章と、高知新聞の報道内容が一部食い違っているように思い、ちょっと詳細を確認したかったので、高知県立大学永国寺キャンパスにお電話させて頂き、お話を伺えました。お忙しい中、大変丁寧にご対応頂きました。

私が確認したかったのは3点、

大学のお知らせでは、図書館は1.5倍程度の広さに拡張され、収蔵能力も同程度と記載されているが、これが高知新聞の報道における「旧館よりも建物が小さいため全ての蔵書を引き継げない」という記載と食い違っている。これについての大学の見解。また、旧/新図書館の収蔵能力はそれぞれどの程度か

・大学のお知らせでは、除却の決定後も「池図書館への配架移転や教員研究室、学生研究室への移管などを行い、大学としての有効活用にも努めて」いると記載されている。この対象は3万8000冊の中に含まれているのか(つまり、3万8000冊が丸々焼却されたわけではないと解釈できるが、その解釈は正しいか)

・除却の際検討した基準は公開されているか

です。

それについて、担当の方から下記のようにご回答いただきました。

・お知らせの記載通り、建物は1.5倍程度に拡張されている。本の収蔵能力について、旧図書館では開架23万冊程度のところ、新図書館では開架22万冊となっており若干減少はしている。しかし、稼働棚を増やすことが出来、大きな本でなければ収蔵冊数の拡張が可能である為、同程度の収蔵能力と記載した。

・除却決定後、各研究室に書籍を引き取ってもらった分等はある。その為、3万8000冊が全て焼却されたわけではないという認識で正しい。ただし、引き取られた書籍の冊数、詳細などは把握していない為、実際に何冊が移管されたかということについては明言出来ない

・除却基準はweb等では公開していない。ただし、破損度合、価値、重複の有無などを、除却業務の範囲内で総合的に検討して判断している

ということで、概ね私の疑問については解消されました。担当の方からのご説明は大変明確で、ちゃんと仕事されているなーというか、業務として整理されているなーという印象を受けました。


以下は全部総合しての私見なのですが、

・高知新聞の記事は飛ばしに近い。少なくとも、図書館移転に伴う通常の除却を大げさに書き立てて煽る意図はあったように思える
・3万8000冊が丸々焼却されたわけではない為、その点も記事の記載に問題がある
・本は除却されるものだし、除却された本を丸々誰かに引き取ってもらえるわけでもないのだから、ある程度焼却されるのは仕方ないし叩くことじゃないんじゃないですか、という意見は変わらず
・ただ、「本が燃やされる」という事象だけを見て感情的に反応してしまう気持ちも多少分からないでもない
・図書館の移転に伴って収蔵能力を向上させるべきだったのではないか、という議論はまあ成立すると思う
・どっちにしても脊髄反射叩きはしない方がいいと思う

これくらいになります。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。
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2018年08月20日

「考え無しに愚行を行う組織」という物語と、それに魅惑される人たち

確かに、組織は時に愚行を行うものですし、愚行を行った組織は批判されるべきです。そこに文句はないんです。

ですが、「一見すると愚行のように思える行動」が本当に愚行なのかどうか、本当に考え無しで行われたものかどうかについては、それなりに慎重な検討が必要です。「本当に無能な人たちの集まり」という組織は、もしかするとあるのかも知れないですが、そこまで多数を占めている訳ではありません。大体の組織の大体の措置は、専門職の人たちのそれなりの検討と思考を経て決定されているものです。

そしてメディアは、時として「組織の検討や思考」を四捨五入して、組織の行為を「考えなしの愚行」っぽく演出することがあります。我々が「一見すると愚行のように思える行為」を見かけたとして、その裏に何かしらの検討はなかったのか、その検討が四捨五入されていないか、それらも含めて愚行といえるのかどうか、ということはちょっと考えてもよいのではないかと思うのです。

先日、こんな記事を見かけました。高知新聞の記事ですね。


高知県立大学(野嶋佐由美学長)が、永国寺キャンパスの図書館が昨春新設される際、旧館よりも建物が小さいため全ての蔵書を引き継げないとして、約3万8千冊に及ぶ図書や雑誌を焼却処分にしていたことが8月16日までに分かった。中には戦前の郷土関係の本をはじめ、現在は古書店でも入手が難しい絶版本、高値で取引されている本が多数含まれている。焼却せずに活用する方策をなぜ取らなかったのか、議論になりそうだ。

ログインすると、実際に処分された書籍についてもうちょっと細かいことが読めますが、まあ大筋、高知新聞が言いたいことは上記のセンテンスに集約されていると考えて良いでしょう。

ちなみに、上記記事に対する、はてブの反応は下記のような感じです。


人気コメントは、一部を除いて罵倒の大合唱ですね。「本を燃やした」という点に対するセンセーショナルな批判、郷土資料の保存に対する批判、「旧館よりも建物が小さい」という点にたいする非難、よりどりみどりです。

で、これに対する高知県立大学の声明が出ていまして、以下のような感じです。

本学の蔵書は、歴史的には高知女子大学、高知短期大学、旧高知女子大学保育短期大学部の図書を統合しつつ、このたび高知工科大学の一部の図書を含めたものであり、永国寺キャンパスの整備にあわせて新図書館を新しく開館いたしました。この新図書館は、広さを約1.5倍としたうえで、旧図書館にはなく、近年求められているディスカッションルームや集いスペースなどのグループ学習室を新たに設置し、座席数も大幅に増やすなど、大学図書館としての機能を充実させました。一方で、蔵書の収蔵能力は旧図書館と同程度を保ちつつ、将来も増加し続ける蔵書のことも考慮し、大学として慎重に検討を行い、3.8万冊程度を除却するという決断をいたしました。

除却にあたっては、複数の司書と分類ごとに専門性のある教員が、破損により補修不能であるものや重複しているため保存の必要がないものなど学内規程に定める除却の基準に基づき、除却候補リストを作成しました。その後、全学の教員に確認する工程を繰り返すなど、時間をかけて手続き的にも慎重に行った結果、重複図書約18,700冊、雑誌約12,700冊、書籍約6,600冊、合計約3.8万冊を除却することを決定しました。そして、この決定後、池図書館への配架移転や教員研究室、学生研究室への移管などを行い、大学としての有効活用にも努めてまいりました。

そもそも謝罪する必要あることなのかな、という気もするんですが。

これを見ていると、なんで高知新聞がああいう報道を出したのか、ちょっと疑問を感じます。少なくともこの辺の記述については、明確に報道と食い違っていると思えます。

・図書館はそもそも小さくなっておらず、蔵書能力も旧図書館と同程度にあった
・除却の判断は規定に則って検討され、決定されている
・除却せずに活用する方法の模索、他研究室への移管なども行われていた

これ見ると、端的に高知新聞の勇み足というか、ごくシンプルにただの煽りだったんじゃねえか、と思わざるをえなかったりするんですが。

ちょっと細かい点について確認してみたくて永国寺キャンパスに問い合わせのお電話をしてみたのですが、残念ながら20日までは夏季休業とのことでした。これについてはまた明日以降問い合わせをしてみます。

そもそもの前提として、「図書館において、本の除却というのは定例業務」であることは間違いないんですよね。新しい本は常に増え続けており、図書館のスペースも司書さんのリソースも無限ではない以上、新しい本を所蔵する為にはどこかで既存書籍を除却することが必要です。それがダメだという人は、場所とリソースを無限にする道具を四次元ポケットから出してきてくださいって話になります。

で、除却した本を寄贈したり売却したりという話も勿論ないわけではないと思うんですが、それだって簡単な話では決してなく、

・数万冊の本を一気に受け入れられる組織や書店や図書館がそうそうその辺に転がっているわけではない
・分散して受け入れ先を探すならそのコストや事務手続きも膨大な量になる
・その上で、そもそも受け入れ手が見つからない書籍もどうしても発生するし、その期間も時間的コスト、場所的コストは発生し続ける

となると、それ相応の量の除却というのはどうしても発生するし、その結果として焼却処理が発生することも別段不思議なことではないと思うんですよ。

除却対象の選定基準は様々ではありますが、大抵の場合きちんとした検討の上できちんと明文化されて、それに則った運用をされています。

ちなみに、この辺については匿名ダイアリーで解説をしてくれている人もいました。下記の記事です。


その辺考えると、学内での移管というのも相当な手間だったのではないかと思うんです。つまり、それ相応の手間と検討を経て、その上で決定された措置であることは間違いない。

少なくとも、

・(除却書籍の選択についての是非などで)批判の余地が全くないとまでは言えないが、大学図書館の業務としては普通に考えられる範疇であり、間違っても愚行とまでは言えない

とまでは言ってしまっていいんじゃないかなーと思うんです。


ここから先は一般論というか、webでの反応についての私見なんですが。

どうも、「組織は考えなしの愚行を行うもの」という先入観というか、「愚行を行う組織に対する強い攻撃意識」みたいなものがどっかにあって、高知新聞もそれを煽ることを狙ってああいう記事を書いたんじゃねえか、という感触があります。

焼却せずに活用する方策をなぜ取らなかったのか、議論になりそうだ。

辺りの記述を見ていると、いかにも「大した検討もなしに多くの貴重な書籍を燃やした!!これはひどいことだ!!!!」っていう感情を惹起したい、という記述に見えるんですよね。「みんな、ひどいことをした組織を叩こうぜ!」という煽りが感じられる。で、はてブとかでも、その注文通りの反応をしている人たちが多数いるわけなんです。

ただそれ、叩かれる方にとってみればたまったもんじゃないだろうなーと。検討なんて散々してきたし、活用する方策もとってきたし、その上で残った書籍を除却するっていうのに、まだなんか活用する方策があるなら実際やってみてくれよ、っていう感想なんじゃないかと、はたから見ているとそんな心配をしてしまうくらいなんです。

勿論、「愚行を行う組織」というものが世の中に存在しないわけではないですし、結果として「愚行が行われた」ならば、それは相応の批判を受けて然るべきです。そこは間違いないんです。

ただ、叩くなら叩く、批判するなら批判するで、もうちょっと慎重に構えてもいいんじゃないですか、と。本当にそれは愚行なのか、本当にそれは考えなしで行われた措置なのか、それが今見えている情報だけで判断出来るんですか、と。

「愚行を行う組織」というものは、いかにも「叩く対象」として魅力的です。名誉棄損も形成しにくいし、なんとなく改善に寄与する建設的なことが言えそうな気もするし、「正義」の側に立ちやすい。そこはまあ分かります。ただ、それだけに、「愚行を行う組織」を仕立て上げて、そこに対する批判を煽ろうとする向きも割と頻繁に発生します。

批判をダイレクトに届ける環境があるからこそ、その運用については慎重であっていいんじゃないかと。特に、いかにも炎上を煽りたそうなメディアを見ていると、私としては「条件反射で対象を叩く前に、ちょっと立ち止まってみませんか?」という思いを結構強くもってしまうわけなんですが、皆さんいかがでしょうか。


取り急ぎ、今日書きたいことはそれくらいです。
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2018年08月17日

【演奏告知】9/9、「渋谷ズンチャカ!」でフォルクローレを演奏します

演奏します。

渋谷ズンチャカは2014年に始まったイベントで、渋谷の街を音楽だらけにしてしまおうという企画です。楽しそうだったので応募させていただいたら、今回参加させていただく感じになりました。

出演するグループは、例によってサンファニート演奏集団「ロス・ガラパゴス」でして、多分ペルー・エクアドルの代表的なリズムである「サンファニート」を中心に、3曲か4曲くらい演奏します。元々フォルクローレは屋外の音楽なので、屋外イベントは大好物です。

今回は、いつかはこの曲ガラパゴスでやりたいなーと思っていた曲も放出すると思いますのでご期待ください。

演奏時間・演奏場所はこんな感じです。

【日時】
9/9(日) 13:15 〜 13:30

【場所】
「煌」ステージ (きらぼし銀行原宿支店前、ラフォーレ原宿の隣)
https://krbs.mapion.co.jp/b/kiraboshi/info/K0874/

なんか地図みてみたらめっちゃ神宮前の交差点ド真ん前でして、なかなか普段演奏出来なさそうな場所でフォルクローレの音をお聴かせ出来るのではないかと思います。いい場所振ってもらっちゃいましたね。

渋谷・原宿が音楽でいっぱいになる、とても楽しいイベントになるかと思いますので、皆さんぜひお気軽においでください。

一旦それくらいです。
posted by しんざき at 06:38 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

何故かコンテンツを終わらせたがる人たち

こんな記事を読みました。



今更風来のシレン初めて触ってすげー楽しかったんだけど、バイト先でちらっと話したらオワコン扱いされて辛い……


風来のシレン楽しいですよね。私はシレン4中毒、というかシレン4の浜辺の魔洞中毒なので、どちらかというとシレン4をやることの方が多いんですが、SFCのシレンもまだたまにやります。掛軸裏の洞窟99Fがあまりにも無理ゲー過ぎる。ただでさえ無理ゲーなのに、あれを肉なしでやる人がいるとか本当に理解の範囲外というか、人間の可能性の奥深さを感じる他ありません。

それはそうと。

私、そもそもレトロゲーマーなんで、元来この「オワコン」って言葉あんまり理解出来ないんですが、なんか妙に「〇〇はオワコン」って言いたがる人、一時期よりは減ったけどまだたまに観測出来ませんか?

個人的には、

コンテンツが終わったかどうかをなんでお前に判定されないといけないんだバーーーーーカ

と思ってやまないんですよ。お前は何か?コンテンツ終了判定委員会の委員長か何かか?オワコン村の村人か?

元より、自分が愛好し続ける限り、コンテンツに「終わり」はありません。ゲームを遊び続ければ何かを見つけることが出来るし、そこから何かを広げることが出来る。サービスが終わったオンラインゲームか何かであればまだしも、たとえ今この瞬間誰一人遊んでいないゲームであっても、だれかに再発見されて遊ばれる可能性は決してゼロにはならない訳です。

私多分ファミコン版のイーアルカンフー一生遊ぶと思いますけど、未だに「あ、こいつこういう条件でこう動くようになってるんだ」って気づくことがあって凄いですよアレ。シレンなんてむしろまだ全然ホットコンテンツな方なんじゃないでしょうか。暗黒十字架落としの派生形未だに開発されてるし。

私はゲーム好きなんでゲームをベースにして話してますけれど、別に漫画だろうがアニメだろうが小説だろうが、他のコンテンツだろうが多分事情は異ならないと思うんですよ。


元来、コンテンツを消費するというのは、基本的には「一人の体験」だと思うんです。皆で同じコンテンツを楽しむ、同じコンテンツについて語り合うというのは勿論楽しいですが、それは「コンテンツとの一対一の対面」があってこそ成立する楽しさだと思うんですよ。だから、コンテンツに対する自分の評価というのは自分だけのものであって、人がどういっていようが本来顧みる必要はないわけです。

うるせえこのコンテンツが楽しいかどうかは俺が決めるよお前は口出すんじゃねえ

って話ですよね。

だから、自分が愛好しているコンテンツに対する「オワコン」などという言葉自体、そもそも意識に載せなくていいですよといいたいところなんですが、まあ「オワコン」という心無い言葉が自分の愛好するコンテンツに投げつけられた時、悲しくなってしまうのは分からなくもないです。

観測する限り、「オワコン」という言葉を使いたがる人たちは、

・単に自分が飽きただけ
・単に自分が楽しめなかっただけ
・自分があんまり知らないだけ

のコンテンツに対し、何故か「not for me」ではなく「オワコン」という言葉を投げつけたがるだけの人たちである割合が極めて高いので、
頭の中で「オワコン大明神」というラベルでも貼って以下は放置することを強くお勧めする次第です。


今日書きたいことはそれくらいです。

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2018年08月13日

「家族サービス」が「頑張ったね」と言われることに対する違和感


いや、別に大した話じゃないんですが。

町内会の知人にちょっと年配の女性がいまして、その人に「昨日は子どもたちと〇〇に遊びに行きましてー」みたいな話をしたんですよ。
そしたら、「あらー、家族サービス大変だったわねー」みたいな言葉が返ってきたんです。「お父さん頑張ってるわねー」と。

いや、その人は100%好意で言ってくれているのは分かっているので、全然問題はないっていうか、ありがたいことではあるんですが。

ただ、「社会にとっては、「家族と遊ぶ」というのはそこまで「大変」なことなんだろうか?」「子どもを遊びに連れていく、というのはそこまで「親の犠牲」を強いるものなんだろうか?」と、ちょっと考えてしまうんですよ。

なんか、

・子どもと接する、子どもと遊ぶのは「大変」であり、どちらかというと大人にとって「辛い」こと、進んでやりたくないこと
・なんなら、「子どもを楽しませる」ことと「親の犠牲」はワンセット
・そこを敢えて頑張って遊んであげるのがいい親

という様なイメージが、かなり一般的に、広範にあるような気がします。いやまあ確かに、単純に体力的には、子どもについていくの結構大変って時もありますけどね。

ただ、「子どもと遊ぶことで、親も一緒に楽しむ」「子どもを楽しませることで親が犠牲にならない」というのが本来はあるべき姿だし、そうなってないならなんでそうなってないのかを考えて、ギャップを埋める方がどちらかというと建設的なんじゃないかと、少なくとも私は思うんですよ。一方が一方の為に犠牲になり続ける関係って、人間関係としていびつじゃないですか?


そういう意味では、そもそも「家族サービス」という言葉のニュアンスがちょっと微妙なのかも知れません。goo辞書でも、

「俗に、家族のために尽くすこと。」

とか書いてありますもんね。あ、「尽くす」ことなんだ、と。まあこれは、日本における「サービス」っていう言葉のニュアンスからちょっと歪んでるのかも知れませんが。

実際のところ、「子どもと遊ぶ」「子どもを遊びにつれていく」っていうの、楽しくないものですかね?

勿論、これは家庭それぞれ、親それぞれの話ではあって、例えばしんざきは精神年齢が小学生とそれ程異ならない為、子ども向けの遊びもかなりキャッキャ言いながら楽しめるので、子どもとの遊びを楽しむのが容易、という事情はあるのかも知れません。正直ディズニーランドめっちゃ楽しかった。

ただ、そうでないならそうでない場合でも、なんなら親と子どもで歩み寄って、親も子どももどっちも楽しめる遊び、楽しみを模索することも出来るんじゃないかなあ?あるいは、親も子どもも両方楽しめる施設とか、楽しみ方とか、そういうものがもっといろいろと提案されてもいいんじゃないかなあ?と思ったんですよ。

例えば、どっかに遊びに行くにしても、スポッチャみたいな複数の遊びが並列で楽しめるような施設が一般的であれば、子どもが遊んでいる間に親も並行して遊ぶ、みたいなことが出来るかも知れません。

親の趣味がゴルフであったら、子どもと一緒にゴルフが遊べる、みたいなことが出来ないかなー、とか。親の趣味がアナログゲームであれば、親子参加可能なアナログゲーム会がもっと一般的にならないかなー、とか。アスレチックにしても、大人用のアスレチックと子ども用のアスレチックの併設とか。

勿論、子どもの年齢によって限界もあるんでしょうけどね。

いってみれば、「家族サービス」ではなく「家族エンタメ」みたいな在り方がもっと一般的になれば、子育てというのももっと楽し気なものとして社会に認識されるのではないかと。

私は、自分自身は「育児はエンターティメント」だと思っていますし、出来ることならすべての親がそう思えるようになればいいなあと思ってはおります。

そういう点で、「親が育児の為に犠牲になって当然」というようなイメージが、どんな方向性であれ、ちょっとずつ変わっていくともっとみんなが幸せになれるんじゃないか、と。

そんな風に考えた次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。

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疾風怒濤のしんざき家夏休み一週間の記録 18/08/13


ただの日記です。

今週は一週間私が夏休みでして、普段ならどこかに数日滞在してのんびり遊ぼうかということになるんですが、今回は割と近場でのコマ切れの旅行を楽しもうという話になり、なんか割とハードな日程になりました。

大体こんな感じです。

8/5:しんざき実家と奥武蔵へ旅行、高麗川で川遊び
8/6:奥武蔵から帰還
8/7:空白日
8/8:奥様実家と大磯へ、大磯ロングビーチで泳ぐ
8/9:大磯ロングビーチから帰還、ついでに渋谷で東横ハチ公の謎解き
8/10:ディズニーリゾートへ(長男のみ別行動で函館へ)
8/11:ディズニーリゾートから帰還

これ本当に行動計画として大丈夫なのかという感じなんですが、結果から言うと子どもたちはめっっっちゃ楽しんだようですし、心配していた体調・体力もなんか割と大丈夫だったようです。ただ、私だけ大磯での日焼けでかなりのダメージを受けました。なんか昔から日焼けするとすぐに肌が真っ赤になってピリピリする体質なんですよ、私。楽しかったことは楽しかったんですが。

個人的な行動記録として、この一週間で起きたことをざーっと書いておきたいと思います。


・8/5 ~ 8/6

奥武蔵。こちらは毎年行っている吾野の休暇村で、すぐそばにある高麗川で川遊びをするのが割と最高な感じです。

恒例の夏休み川遊び!!

この二日については、先日ざっとブログを書いたのでこちらでは割愛します。


・8/7

名目上は空白日だったんですが、なんか普通に出かけていって子どもたちにネコを撫でさせてきたりとかしていました。それはそれで楽しかったです。

・8/8 ~ 8/9

台風の予報だったので流石にどうかと思ったんですが、奥様に予約をとってもらっていたのと、私は基本的に晴れ男なのでまあなんとかなるかと思い、大磯プリンスホテルに。大磯ロングビーチが併設になっていて泳ぎ倒せる施設です。


8日は流石に小雨が降っていたので、隣駅の平塚でららぽーとに行き、長男が以前から一度行ってみたいと言っていた、「チームラボ 学ぶ!未来の遊園地」に。これも、どうもお台場のチームラボだと相当並ぶらしいところ、台風ということもありあっさり入れまして、相当遊び倒せました。自分で描いた乗り物がプロジェクターマッピングで壁を飛び回るのがすごい楽しかったらしいです。

夜は大磯に移動して、大磯プリンスホテルで一泊。

で、9日は朝からロングビーチに。

プールが完全に貸し切り状態

台風予報だったから当然とは思うのですが、朝からめっちゃすいていました。特に朝イチはほぼ貸し切り状態。心配していた雨も降らず、午前中から晴れ間も見え始め、晴れ男完全勝利という風情でした。

大磯ロングビーチって定番のスライダーがあるんですが、そこが「小学生一人乗りの並び」と「二人乗り、ないし中学生以上一人乗りの並び」に分かれてまして、特に小学生の並びは殆どならんでおらず、長男はひたすらスライダーで遊び倒していました。長女次女には流れるプールでボートを借りてやって、なんだかんだでキャッキャ喜んでいた由。

楽しかったなあ

「帰りたくないなあ…」と哀愁こもった背中。帰りの時間もあるので15時くらいに撤退。午後からはもう完全に晴れたんですが、この際私が日焼けでかなりのダメージを受けました。うかつだった。

帰りの電車は流石に全員ダウンしておりまして、翌日もあるので夜は早めに就寝しました。

・8/10 〜 8/11

ここで、長男と別行動に。長男、奥様実家からの誕生日プレゼントということで、北海道は函館に連れていってもらいました。

で、私と奥様・長女次女は、家族4人でのディズニーランドへと侵攻。特に長女次女にとっては、物心ついてからの初ディズニーで、前日プールで泳ぎ倒したとは思えない程のテンションの高さでした。

初日はあまり無理をしない方針で、ランド入場も10時くらい。早めにホテルに引き上げて少し休んでから、夜にエレクトリカルパレードを観ようという作戦でした。

主に乗ったアトラクションはビッグサンダーマウンテン、ホーンテッドマンション、イッツァスモールワールドくらい。イッツァスモールワールド、以前は凄い空いてる印象があったんですが、4月に改装されてあちこちにディズニーキャラクターが配置されたんですね。こちらは長女大喜びでした。

一方のホーンテッドマンションとビッグサンダーマウンテンは、乗り物好きな次女は大はしゃぎだったんですが、長女には怖かったらしく、特にビッグサンダーマウンテンは涙目でしばらく抱っこから降りられませんでした。これは長女次女別行動の方がいいかな、と判断、翌日は私が次女担当、奥様が長女を担当することに。

ホテルはヒルトン東京ベイで、二段ベッドがある部屋でした。こちらも長女次女大はしゃぎ。子どもってなんであんなに二段ベッド好きなんでしょうね。

ディズニーリゾートきた!!二段ベッドに大興奮する長女

夕食はビュッフェ形式のフォレストガーデンへ。カレーフェアで複数のカレーが楽しめた上、ローストビーフやらお寿司やらやたら美味しく、子ども向けの料理も流石の充実っぷりで長女次女にも大評判でした。写真はわたあめ作りにドはまりする長女次女。

わたあめ作りにはまる双子の図

夜はシャトルバスでランドにいって、エレクトリカルパレードを見学。夜のディズニーランドって妙にワクワクしますよね。

その後、20:40からの「Celebrate! Tokyo Disneyland」も見物、こちらはむしろ私と奥様の方が楽しめました。「まさかシンデレラ城をそのままモニターとして使うとは…!」と、発想のスケールに軽く戦慄。ホテルに戻ってからはほぼ瞬殺で就寝。

11日は朝からランドへ。前日の計画通り、長女次女で別行動になったんですが、次女は小1女児とは思えない程にジェットコースター系が大好きで、スプラッシュマウンテン、スペースマウンテンのマウンテン系は前日分も含めて全制覇しました。他、カリブの海賊やスターツアーズもお気に入りだった様子。スターツアーズは私もかなり楽しめました。一方で、カントリーベアみたいな、歌やお芝居系はあんまり気に入らなかったようです。

一方長女の方は、ジェットコースター系や怖そうな奴はガン拒否で、トゥーンタウンを中心に回っていたみたいです。ミッキーのフィルハーマジックやプーさんのハニーハントは随分気に入ったようで、その点はなにより。15時頃、最後にパレードを見てから合流して帰りました。
こうしてみると、長女についてはもしかするとランドよりシーの方が向いていたのかなーと。今度はシーにも連れていってやろうかと思います。

ということで、戦い済んだ12日は流石にまったりしていました。私含め、家族全員楽しみ倒せたのは確かなので全体的に満足はしております。
今日からはまた平常運転に戻しててきとーに頑張ろうと思います。よろしくお願いします。

一旦それくらいです。
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posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

「本来あるべき姿」について語っただけで「現実を知らない」と罵倒する人たち

いや、「理想と現実」でも「to be とas is」でも「目標と現状」でも、なんでもいいんですが。

課題を解決する為のごく基本的な手法として、ギャップ分析ってありますよね。「本来こうあるべきだよね」という理想の状態と、現時点の状態を比較して、その差異を課題として分析する手法。多分、どんな会社、どんな組織でも一般的に行うことだと思うんですが。

ギャップ分析を行う為には、当然のことながら手順がありまして、ざっくり言うと

1.To be(あるべき姿)を想定する
2.To be に対するAs is(現状)を把握する
3.To be とAs isの間の差分をギャップとして分析する
4.解決しなくてはいけないギャップの優先順を検討する
5.ギャップを埋める為の方策を検討する

という感じで、まあ1と2の順番は順不同というのが割と一般的なやり方だと思うんですが。

人間、絶対評価よりも相対評価の方が得意なものでして、単に今ある課題を挙げて解決策を考えるだけだと結構難しいんです。「ゴールはここ」「スタートはここ」「じゃあゴールにたどり着く為にはどうすりゃいいの」という順番で考えた方が、誰にとっても分かりやすい。だからギャップ分析は重要なわけです。

とはいえ、ギャップ分析を実際に進める際には、別に上の1から5を全部ワンセットでやらなくてはいけないというわけでもなくって、細切れに進めても、どれかを部分的に先取りしても別に構わないわけです。「取り敢えず今日はto beについての合意だけ取りましょう」とか、やります。全然やります。

「ある組織にとってのゴールがどこか」「あるチームのto beは何か」なんて、ちょっと考えて簡単に答えが出るものでもなくって、人それぞれ意識は違うし価値観も違うわけで、最初からピッタリ合う方がおかしいわけです。「誰が見てもto beは明確だろ」と思っていても、実はそう思っていたのはその人一人だけで、他の人は全然違うto beを思い浮かべていたりする。ゴールがあちこちに分散しているとゴール目指して走るのも結構大変なので、「To beについて議論する」というのはそれ単体でも重要な話です。

多分、ここまでの話はごく常識的なことだと思うんですよね。


ところで、最近特に医療の話をみていて感じたんですが、「本来こうあるべきだよね」という話をしている時に、何故か「現実を知らない意見」とか「現実を見ろ」という罵倒を投げたがる人がすごい多いような気がするんです。なんなんでしょうアレ。

言ってみれば、「取り敢えずto beを明確にしましょう」という話をしている時に、「お前らAs isをなんにも知らねーな!!As isの話しろよ!!」と叫んでるような人。いや、そりゃAs isの話も必要だし、As isとTo be両方そろってないとギャップ分析が出来ないのは確かですが、別にそれでTo beの話しちゃいけないってわけじゃないでしょうという。

止めなければいけないのは、「実際に施策を考える時にAs isを無視すること」であって、「To beについて議論すること」ではありません。本来こうあるべきだよね、という話をして、それについてのコンセンサスを模索するのは、それはそれでとても重要です。なのに、なんだか「To beについて話す」だけで親の仇のようにAs isを投げつけたがる人が、割と頻繁に観測出来るような気がしているんですよ。

To beの話をする人が、実際にAs isを知らないわけではありません。いや、中にはそりゃAs isを知らない人もいるのかも知れませんが、As isを明確に認識した上で、それはそれとしてTo beの話をする人もいるわけです。それに対して、一時的な上から目線を確保する為に、十把一絡げで「現実を知らない」とかいう言葉を投げつけるのは、私にはどうも妥当なことだとは思えません。

・「To beを考える」ことと「As isを把握する」ことは全然別の話であって、
・それぞれを個別に議論することはよくある話であって、
・前者の文言を見かけたからといって、脊髄反射で後者の議論をふっかける人はちょっと落ち着いた方がいい

簡単にまとめると私はそんな風に考えるんですが、皆さんいかがでしょうか。


今日書きたいことはそれくらいです。


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2018年08月07日

今日のしんざき 18/08/07

夏休みのしんざきです。

今週は、えらい久しぶりにまとまった休みをとれまして、とはいえまだ下の子が6歳なので海外とかは避けまして、ちょこちょこ近場に旅行に行っています。

昨日一昨日は私方祖父母と旅行で、奥武蔵は高麗川で遊んでました。

恒例の夏休み川遊び!!

めっちゃ綺麗な川でして、小魚もちょこちょこ泳いでいてものすごい遊び甲斐がありました。

毎年来てるんですが、去年は涼しくってあんまり川で遊べなかったんですよね。今年は幸いというか死ぬほど暑かったので、浮き輪で川下りゴー。メインは長男でしたが、長女も次女もキャッキャしてやっていました。あんまり水嵩はなかったのでちょくちょく浅瀬で引っかかってましたが、まあ増水してると怖いしそれくらいの方が安心ですよね。

夜は星空観察の予定だったんですが、そちらは雷雲が出てきて断念。とはいえ温泉も堪能できましたし、料理もおいしかったしで大変満足でした。

ちなみにその後、旅行帰りに軽くリアル謎解きに挑戦するというアクロバティックなムーブに遷移。渋谷のロッカールームに荷物を預けて、「東横ハチ公を探せ」の謎に挑戦してきました。


東急百貨店で500円買い物をすると参加できるという謎解き。東横店と本店、二つの建物で謎を解くことになります。謎自体はどちらかというと「探索」に寄ったバランスで、易しすぎず難しすぎずという程良い難易度。先日「カトリーエイルとゲームの館」で謎解きに目覚めた長女と次女も大興奮で参加したがりまして、バランスを考えて私・長女・次女と奥様・長男という二手に分かれて挑戦しました。結局途中で合流しちゃいましたけど。

渋谷に行かれましたら、何かのついでにでも参加されるのもよろしいのではないかと。

今日は1日空白日なので、子どもたちと遊びつつ色々タスクを片付けようと思います。よろしくお願いします。


・ちらっとオクトパストラベラーのお話

ぼちぼち2章を片付け初めまして、敵が急に強くなったので大変楽しんでいます。

これも戦闘の工夫が重要そうなバランスだなあ。


ということで、今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 08:02 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月03日

長男に「オクトパストラベラー、レベルいくつになった?」と朝一で言われて

なんだか、ひどく懐かしいものを感じました。

オクトパストラベラーを始めました。レトロゲーマーとしては色々な意味でツボを突かれまくりでして、現在かなりの勢いでハマっています。


サイラス先生でプレイを始めまして、その辺をぶらぶらしている内にトレサ・オルベリク・プリムロゼが仲間になって、今朝アーフェンも仲間になったところです。多分ゲームとしてはまだ全然序盤だと思うんですが、ようやく戦闘での戦い方のコツとか、戦術の作り方みたいなものが分かってきた感じです。

ゲーム自体のちゃんとしたレビューはもうちょっと話を進めてから書こうと思っているんですが、取りあえず現時点で「ロマサガシリーズが好きだった人」「SFC時代のスクウェアRPGが好きだった人」は問答無用で買っていい、というところまでは断言していいんじゃないかと感じています。戦闘システムについて、BDFFに似ている部分もあるんですが、ゲーム自体にはそこまでBDFFみはないです。

で、このゲーム、長男が気に入るかは正直分かんなかったんですよ。長男、2DRPGって今までやったことがないんです。彼が今までやったゲームって、例えば「進め!キノピオ隊長」とか「スプラトゥーン」とか「逆転裁判」とか「ゼルダBotW」とか「ゴーストトリック」とかでして、まあ全然毛色が違うことは間違いない。少なくともターン制戦闘のRPGって一回もやってないんです。

2DRPG独特の手探り感とか、ターン制戦闘の駆け引きとか、そういうの気に入るかは正直微妙かもな、と思っていたんですが、

蓋を開けてみたら超ハマりました。長男今、わざわざ早起きしてオクトパストラベラーやってますし、この前は「テレビの時間減らすからその分ゲームやっていい時間増やして」と交渉までされました。

聞いてみると、「色々探しながらあちこち探検するのが凄い面白い!」とか「敵をブレイクした時が気持ちいい!」とか感想が返ってきまして、あー、こういうのも好きだったか、と。長男がやりたがらなかったら久々にswitch持ち出してがっつり遊べるな、と思っていた私の目論見は見事に外れた訳ですが、まあそれはそれ。楽しいゲームが生活の張り合いになるのは良いことだと思います。

で、親子の会話の1テーマに「オクトパストラベラーの話」というのが加わったわけなんですが、今朝、長男が起きてくるなり「オクトパストラベラー、レベル幾つになった?」と聞かれまして。

なんかすごく色んなものがフラッシュバックしました。

ああ、そうだった。「レベル」っていうのは、進行具合を共有する指標として、一番分かりやすいものだった。強さを比較するのに、一番端的な指標だった。

ドラクエIIで、FF3で、

小学校の土日明けに、休み明けに、学校の帰りに、友達と「今のレベル」を言い合ったものだった。

何より、「友達と自分の進行状況を比べ合う」っていうの、なんだか物凄い楽しかったんですよね。なんでしょうアレ、相手が自分より進んでいたら悔しかったし、自分が相手より進んでいればなんだか誇らしくって、それもゲームの楽しさの重要なエッセンスの一つだった。

で、「〇〇をクリアして××にいった辺り」っていうのもそれはそれで進行の共有になるんですが、何より一番分かりやすいのが「レベル」だったんですよね。このレベルなら大体どこの辺り、自分より進んでいるか進んでいないかっていうのが一瞬で分かった。


いや、正直、オクトパストラベラーにおいて「レベル」が進行度の基準になるかっていうと、ちょっと怪しいんです。オクトパストラベラーってすっごい自由なゲームなんで、人によって進め方が変わります。パーティメンバーも変われば、行く地方の順番も、稼ぎ方のスタンスも変わります。

だから、同じくらいのレベルでも、全然違う地方で別々のことをしてる、というのは全然珍しくないと思います。

ただ、かつて自分たちが満喫した「ゲームの進行状況を共有する楽しさ」というものに、長男も自分自身でたどり着いて、しかもその象徴がかつて存在した「レベル」という指標で。その「共有する楽しさ」というものに、父親である自分も参加出来ている、というのが、なんだかひどく感慨深かったのです。


いや、多分実際にはそこまでおおげさな話ではありません。長男は、例えば友達と一緒にスプラトゥーンやARMSを遊んでいますし、それぞれのタイトルで、それぞれのゲームの話を共有していました。

ただ、「レベル」という言葉をトリガーに、自分が歩んできたゲーム遍歴みたいなものを、長男も同じように歩んでいるんだなあ、ということと。

私がそうしてきたように、長男も今後、ゲームといい関係を築いていってくれればいいなあ、ということを、なんだかしみじみ感じたもので、こうして書き残しておきたくなった次第なわけです。


ちなみに、オクトパストラベラー自体については、夏休みアドバンテージを存分に生かしている長男の方が、今のところ私よりだいぶ進んでいるようです。悔しいので大人深夜夜更かしパワーで取り返そうと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 08:08 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

オクトパストラベラー始めました・1.5時間くらい遊んだ段階での第一印象

始めました。今回本当に全然情報を入れていないので、手探りでのわくわく感がすごいです。


つい先日までswitch版イース8の釣り埋めとか地図埋めとかやってたんで、まだ全然序盤なんですが、一応第一印象を書き残しておきたくなったので書きます。多分周回遅れかと思いますので、内容被りについてはご勘弁ください。

【進捗状況】
・サイラス先生で始めました
・取り敢えず第一章のイベントは終わって、アトラスダムを出てふらふらしていたらリプルタイドにたどりついて、トレサさんを仲間にしたところです
・トレサさんはかわいいと思います
・サイラス先生一人の時は結構ちまちま戦っていたんですが、二人になった瞬間戦闘が飛躍的に楽になって超楽しいです
・取り敢えずは、一つの街やマップにこだわらないで、仲間集めをどんどん進めるのが良いっぽいかなー

【第一印象】
・すごいロマサガみを感じる。今までにない、何か熱いロマサガみを
・具体的に言うと、グラフィックの雰囲気、主人公選択、HPとダメージの大体のバランス、その辺に無造作に転がっている宝箱、世界地図での移動、結構そっけない会話やシナリオなど
・最初はロマサガ4のつもりで遊んでいました
・けど、ところどころに「ロマサガを超えた何か」を感じます
・サイラスとトレサなんか、凄い簡素な会話しかしないんで、プレイヤーキャラクター同士の人間関係なんかはあまり描写しない気配
・その辺もロマサガ感を感じる
・戦闘は最初BDFFかな?と思ったんですが、思ったより感覚違いますね
・弱点を探していく過程がすごい楽しい。あと、一度分かった弱点は常時可視化されるのも親切設計
・あと一歩でブレイク出来る、という時のブレイブの使い方がポイントっぽい
・敵が結構タフ(こっちの攻撃が貧弱なだけかも知れない)
・これ、サブクエストは特技を使って解決していく感じなのかな?最初の時点ではどうにもクリアできないサブクエストもあるっぽいですね
・オープニングの音楽が無茶苦茶かっこいい。ケーナで吹きたい

うん、現時点では大体これくらいです。

取り敢えず、まだ全然序盤ではあるものの、
「超オレ好みのゲームっぽい」という気配はバシバシ感じておりますので、引き続きやりこんで参ります。と思った矢先に長男にオクトパストラベラーを発見されて今日はswitchを持ち出さないことにしました。つらい。けど長男にも遊ばせてはあげたいので我慢する。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(3) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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