2018年07月04日

小学校入学が子どもにとってどれだけしんどいイベントなのか簡単に解説します


こちらの記事を拝読しまして、ちょっと思ったことを書きます。

小学校入学というイベントは、大人で例えると「転職したら、いきなり引継ぎも何もなくタスクが3〜4倍になった」くらいの負荷になると考えてよろしいかと思います。

例えば、仮に「幼稚園から公立小学校」という環境の変化を考えるとしたら、


・幼稚園では親に送ってもらっていたのが、小学校では子どもたちだけでの集団登校、場合によっては自分ひとりで登校しないといけない
・幼稚園では基本荷物を親に用意してもらっていたのが、小学校では「ちゃんと自分で用意しなさい」と言われる
・幼稚園では時間割などというものはなかったのに、小学校ではいきなり「時間割を見ながら明日の授業の準備をする」というタスクが生じる
・幼稚園ではそこまで体系だった勉強などしていなかったのに、小学校ではいきなり「国語」やら「算数」やら「社会」やら、耳慣れない言葉と共に慣れない勉強が始まる
・幼稚園では宿題など滅多になかったのに、小学校ではいきなりほぼ毎日宿題が出るようになる
・幼稚園で3年間慣れた園舎が、いきなりバカでかい「学校」などというマップに変動し、右往左往しなくてはいけない
・幼稚園では自分が最年長だったのが、いきなり最年少になり、周囲一面に自分より大きな人たちがうようよし始める
・幼稚園で見知った顔がどかどか変動して、一から人間関係構築をやり直さないといけない
・お弁当が「給食」になり、親がしてくれていた配慮がデフォルトではなくなる。
・色んな「係」を担当しなくてはいけなくなる。
・「お道具箱」だの「ランドセル」だの、いきなり自分が管理しないといけない荷物が激増する


結構な感じではないでしょうか。しかもこれを、成長段階的には「幼稚園の年長さん」と何も変わらない子どもが求められるわけなんですよ。

勿論、家庭によっても、幼稚園の環境や子どもそれぞれの環境によっても上記は色々変わってくるとは思うんですが、基本的に「滅茶苦茶な環境の変化」であることについては例外がないと思うんですよ。うちの場合幼稚園だったんですが、恐らく「保育園→小学校」のクラスチェンジでも事情はそれ程変わらないと思います。

しかも、ただ環境が変わるだけならまだしも、やらないといけないタスク、気にしなくてはいけない注意事項がバカスカ増える。更にその上、「園児」から「小学生」にランクアップしたことで、親の態度も微妙に変わり、今までよりも色んなことを「自分で」やるように求められるようになる。

となると、幼稚園の頃にはふつうに出来ていた子どもが、ちょっと混乱してしまって色々スムーズにできなくなってしまうのは、何の不思議もないことだと思うんです。むしろ、こんな環境の変化に簡単についていける子どもがいたとしたら、その方が物凄い。相当な例外です。

転職経験がおありの方ならわかると思うんですが、基本、転職してまともに戦力になれるまでって、最低でも数週間から数か月はかかるものなんですよね。引継ぎもいれば、環境に慣れる時間も要るし、スキルやタスク処理ノウハウのキャッチアップだって必要です。どんなに「即戦力」という触れ込みの人だってそれは変わりませんで、半年経ってもまだ適応仕切れない、みたいな人だって別段珍しくありません

環境変化のキャッチアップって、基本的にめっちゃ大変なんです。誰にとってもそうです。

大人にとってみれば小学校のタスクなんて「たかが」かもしれないんですが、子どもスケールで考えればそれらはみんな恐ろしい強敵、今まで見たことも聞いたこともなかったようなおどろおどろしいタスク群なんですよ。ドラクエで例えるとすれば、今までアリアハンでちょこちょこ戦っていれば済んでいたところ、いざないの洞窟を経ずにいきなりアッサラーム周辺に放り込まれるようなものなんです。

とすれば、子どもがちょっとまごまごしてしまっても、「これは当然の引継ぎ・適応期間なんだ」と考えて、長い目で見てあげてもよろしいし、多少は甘えさせてあげてもよろしいんじゃないかなーと。大人と同様、子どもでも勿論適応の早い遅いってあると思いますが、それって別に能力とイコールの話でもないですしね。勿論、環境の変化ってこの先何度もありますし、いつかは適応しなくてはいけないことではあるんですが。

といってもまあ、準備や宿題が出来ていなければせかさないわけにはいかないし、周囲の子どもがちゃんとできてるように見えれば焦らざるを得ない、というのはそれはそれでよく分かるんですが。ただ、「小学校入学」イベントがとんでもない高難度イベントである、ということだけは、広く認識されてもいいんじゃないかなーと考えた次第です。

しんざき家の話で言うと、長女次女が今年の4月に同じく小学生になったんですが、やはり最初は色々大変でして。次女は給食の度に泣くし、長女は全然宿題やらないしで、最近ようやく改善の兆しが見えてきた、くらいのものです。

「その内慣れる」の「その内」のスパンは可能な限り長くとりつつ、適度にせかして適度に甘えさせて、まあ長い目でみてあげたいなーと思うわけです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:06 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月03日

ここ最近のしんざき 18/07/03

ただの日記です。

〇Books&Appsでご一緒させていただいている皆さんと飲んできました

金曜、はてなのシロクマ先生ことid:p_shirokumaさんが東京に来訪されるという話を伺い、飲みませんかーというお誘いを頂いたので二つ返事で参加してきました。すると、なんとBooks&Appsの安達さんと、同じくBooks&Appsに寄稿されている高須賀さんともご一緒させていただき、時ならずしてBooks&Appsブロガー飲みというような感じに。超楽しかったです。

しんざきははてなーとしては傍流も傍流というか、そもそも本拠がseesaaなんではてなユーザーといっていいかどうかも怪しいところなんですが、以前からはてなで活躍されている皆さんとはお話してみたいなーと思っていたんです。そんなこともあって、シロクマ先生とお会いできたのは願ったり叶ったりというか、大げさに言えば夢がかなったーという感じで大変感慨深かったわけです。それに加えて、Books&Appsさんで興味深いことを書いている皆さんとお話出来たのは望外という他ありません。

内容としましては、最近はてなで盛り上がっている話だとか、はてなにまつわる昔話とか、webにおける立ち回りの話だとか、ルソーの社会契約論の話とか、ゲームにおける地方-都心間の格差の話であるとか、まあカオスというかなんというか、やはり皆さんロジカルにお話される方々ばっかりで、広範囲な話題がロジカルかつ怒涛のようにカオスに展開するという感じでやたら楽しかったです。話した件については、なんかまた別途整理してちゃんとブログで書きたい。

自分でブログ書いてる人と話すのはやっぱ面白いなー、と思った次第です。ぜひまたご一緒させていただければさいわい。


〇39歳になりました

長男11歳の誕生日!のために奥さまが作ってくれたケーキ。とてもおいしかった

誕生日でした。長男と1日違いなので、長男もほぼ同タイミングで一個年をとっています。画像は奥様の力作ケーキ。美味かったです。

実をいうと、今回長男には本人のリクエストで、PS2版の「電車でGo!東急編」とマルチトレインコントローラーを贈っておりまして。


長男は元より電車好きであるうえに、東急がやたら大好きで将来は東急に就職すると固く決意しておりますので、電車でGoはそれはそれで大喜びだったんです。というか、ゲームやり始めで既に上級とか普通にクリアできてるんですけど、これは電車とバスの博物館でのシミュレーターの経験によるものとかなんでしょうか。普通に私より上手いです。

ただ、それとは別にちょっと誤算がありまして。

私、長男が電車でGo!にハマったらしばらくSwitchが空くだろうと計算して、Switch版のイース8買ったんですよ。自分用の誕生日プレゼントみたいなもんです。


そしたら、「パパがやりたいゲームは面白い」とすでに学習している長男まで、電車でGoの傍らイース8を始めてむしろそっちにハマっちゃったんですね。「スキルでばーーーん!!って敵倒すと気持ちいいよね!」とか「名無しって誰なの!?あの、最初に船で出てきたピンクの女の子!?」とか、やたら盛り上がっているわけです。

まあ、メリハリをつけてプレイが出来る限り、ゲームにハマるのは悪いことではないと思うので別段文句はないのですが、Switchが持ち出せねえというのは計算外でした。しょうがねえのでドラクエライバルズとシレン4をやってます。

まあ、39歳になったことですし、引き続き頑張ったり頑張らなかったりしつつてきとーに生きていこうと思う次第です。皆さんよろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月02日

小学一年女児に「アルゴ」と「ゴキブリポーカー」を教えたら超はまった

どっちもすげえ喜んで遊んでたんですが、ゴキポは1ゲーム辺りの時間がちょっと長かった為か、アルゴの方がより好印象な感じでした。写真撮っとけば良かった。

土曜の夜、次女がピアノ椅子に足をぶつけたか何かで怪我をしてしまいまして、日曜はお出かけせずに家で遊ぶことになりました。そこに、近所で仲良しのSちゃんが遊びに来まして、長男は目下イース8にハマっているので、じゃあパパなんかゲームして遊ぼう、ということに。

最近結構、私と長男がドミニオンを遊んでいると自分も遊びたがるので、そろそろアナログゲームを教えてもいいころ合いかと判断。それじゃあ、ということで、「ゴキブリポーカー」と「アルゴ」の二つを教えてみました。

「ゴキブリポーカー」は言わずと知れたブラフゲーム。8種類の害虫を本当・嘘取り混ぜた宣言をしつつ相手に押し付けるゲームです。ブラフを見抜くか、他の人にまわすかという判断が一つのポイント。


4人で遊んだところ、Sちゃん含めた全員が大ハマリしました。カードの見分けはすぐにつきまして、「嘘か本当か」を見抜く、見抜かれる、という駆け引きがとにかく面白かった由。ルールは割とすぐに理解できたのですが、全員カードの扱いがまだ苦手で、自分の手札がすぐ周囲に見えてしまったりするフォローがちょっとだけ大変でした。こればっかりは、まだ手が小さいうちはしょうがないですね。手札を全部配らずストックしておいて、重要な手札が見えてしまった場合は山札と交換する、という制度で乗り切りました。

このゲーム、経験上、嘘をつくのが苦手で本当のことばかり言ってしまう子とかたまにいるんですけど、今回の長女、次女、Sちゃんはそうでもなく、ちゃんと嘘と本当を取り混ぜることが出来ていました。カードを渡した後、「当てられませんように当てられませんように」と手を合わせてお祈りするというジェスチャーが流行り、かわいかったです。当たった外れたで大盛り上がりしていたので、やはりゲーム上で「嘘をつく」「それを見抜く」というのは楽しいんだなーと感心しました。

負けず嫌いの次女が負けてしまってぎゃん泣きしてましたがこればかりは仕方ない。。。


一方の「アルゴ」は、Sちゃんは見ているだけで、長女・次女と私が基本的に一対一でプレイ。


こちらも有名ゲームなのでご存じの方が多いと思うんですが、黒・白それぞれ0から11の数字カードが1枚ずつあり、伏せた相手の数字カードがなんの数字か、というのを推理して当てていくゲーム。運も絡むのですが、後半はほぼ理詰めのゲームになるので、頭の体操としても非常に良質です。

長女、次女は小学一年生ですが、20までの数字はすでにほぼ把握しています。数字の大小さえわかれば最低限遊べるのがアルゴの良いところです。

最初、「左が小さい数字、右が大きい数字に並べる」「同じ数字のカードは黒、白それぞれ1枚ずつしかないので、見えてきたカードから伏せられたカードが推理できる」というのを飲み込むのにちょっと時間がかかったのですが、そこは何度か繰り返し教えてあげて、分かってからは面白くなってきたみたいです。伏せられたカードを前に、2,3分うんうん唸って考えることもありました。

今回はチュートリアルなので、最初は勝たせてあげようと思って手加減目にプレイして、長女次女とも一回ずつ私に勝ったんですが、「パパに勝てた」というのがやたら強烈な成功体験だった由。その後は勝ったり負けたりだったのですが、何度もプレイをせがまれました。こういうのは、「2,3回に1回勝てる」くらいが子どもとしては一番いいバランスっぽいですね。

まあなんにせよ、カードゲームは頭の体操にもなるし、目も悪くならないしとてもいい趣味なので、今後も色々教えたり付き合ってあげたりしようと思う次第です。次はブラフやらせてみようかしら。

一旦それくらいです。









posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | アナログゲームいろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月29日

「興味のなさ」への言い訳なんてしないで済む世界だといいなあ

「自分の興味のなさ」を語りたがる人って結構多いな、と思うんですよ。

色んな人が話題にしている〇〇や××について、例えば「私〇〇に全然興味なくて」とか。「××興味ないからスルーしてるんだけど」とか、そういうことをわざわざ語りたがる人。いや言及してる時点でスルーしてないんじゃね?と思わないでもないんですが。

しんざきは極めて興味が偏っている人間なので、恐らく色んな「興味がないこと」があるんだろうな、と思います。普段はそもそも、興味がないことっていちいち観測しないんで、自分の興味の欠如すらよく分からないんですが、皆がそのことについて語っていると、ああ、これって興味のギャップだな、と気づくことはあります。

ただ、私個人的には、自分の「興味の無さ」について語るのってあんまり好きじゃないんです。

だってそれって、コンテンツとしてあんまり面白くないじゃないですか。興味がないってことは主体的に観測していないっていうことですし、つまりその対象についての知見が溜まっていないってことです。何も知らないことについて面白いことが言えるわけないですし、盛り上がっている周囲に対して水を差す、ないし思い切り水をぶっかける行為でもあります。

私、皆が盛り上がっている状態は割と好きなので、たとえ自分に興味がない話題であっても、盛り上がっているところに水をぶっかけたくはないんですよ。そこに水をぶっかけるのが趣味、みたいな突き抜けた人も中にはいますし、そこまでいったらむしろ敬意を払っていいと思うんですけど。

だから、私自身は、「興味のなさ」を語ることについては後ろ向きです。それを語る人を止めたりはしませんが、まああんまり面白い話じゃないよな、と思っています。そんなことを語っている暇があったら、自分が興味をもっていることについて語り倒したい。イース8の話とか。

ただ、分からないでもない部分もあって。

別にこれ、日本に特有な現象でもないと思うんですけど、世の中「興味の同調圧力」みたいなものってあると思うんですよね。皆が興味を持っているものは、当然お前も興味を持っているよな?的な。皆が興味をもっていることについて、自分が興味をもっていないと驚かれる、何か異常な状態であるように思われる。

そういう状況に対して、「頑張って興味がある振りをする」ないし、「何か自分の「興味がない事情」を説明する」という対処をとらざるを得ない場合って、結構あるんじゃないかと思うんですよ。

言ってみれば、自分の「興味のなさ」についての言い訳、理由づけですよね。

興味なんてものは人それぞれでして、人に押し付けるようなものではありません。私が興味を持っていることについて、他の人が興味を持たなかったとしても、それは全く個人の自由というものです。

それに対して、無言の圧力で、「自分が何故興味がないか」をわざわざひねり出さないといけない、説明しなくちゃいけない、というのもあんまり面白くない状況だなーと思うんですよ。

自分の興味のなさを語る時、わざわざ「盛り上がっているところに水をぶっかける」目的で語る人がたまーにいます。言ってみれば攻撃的な「興味の欠如」、オフェンシブな興味なさ語りです。

一方、周囲の盛り上がりに対して、自分を守る為に興味のなさについて理由づけをせざるを得ない、という人もいます。言ってみれば防御的な興味なさ語りです。

つまり、興味のなさを語る時には、攻撃的な語り方、防御的な語り方の二面があるのではないかなーと。勿論、それとは全然関係なく、自分語りの一環として何故か興味のなさをコンテンツにしている人もいますけど。

前者は若干趣味が悪い感じではありますが、後者の防御的な興味なさ語りが強制される向きがあるとしたら、それはあまりよろしくない状態だなーと思うわけなんですよ。興味がないものは興味がない、でいいやん、と。

興味のある、なしというのは完全に個人的な問題であって、他人に容喙するような話ではありません。

興味がある同士では遠慮なく盛り上がる、けど同時に他人の興味の無さには敬意を払う。興味の無さをわざわざ語らずに済む。

そんなスタンスが一般的になるといいなあ、と思う次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 08:11 | Comment(5) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月28日

Switch版イース8を買いました・遊んでみての第一印象

Switch版のイース8が発売されたので、さっそくポチりました。面白いです。


私は元々Vita版をプレイしておりまして、イース8が超絶面白いのはもうわかっていたんです。下記はVita版に基づく感想です。2番目の方にはネタバレが含まれるんで、未プレイの方はご注意ください。
で、Switch版を遊び始めまして、まだせいぜい2,30分くらいなんですが、その段階での第一印象を書いておこうと思いました。主にVita版と比較しての印象になります。

・ロード時間はめちゃ速くなっている
・グラフィックもVita版より綺麗になっている(PS4版と比べてどうなのかはよく分からない)
・操作感は実に良好
・追加シナリオ、クエストは基本PS4判準拠っぽい
・DLCが色々最初から入っているらしい(まだ使ってない)
・ラクシャさんが可愛い

大体こんな感じです。総じて、

・イース8をやっていない人は無条件で買っていい
・Vita版しかやっておらず、追加コンテンツに興味がある人も買っていい
・PS4版をやった人は、携帯機で欲しいというニーズがなければ買わなくていいかもしれない

という結論になると思います。

ちょっとだけ補足してみます。


・ロード時間はめちゃ速くなっている

Vita版では場面転換、画面切り替えの時に、ちょっとテンポ悪いな、と思う程度の読み込みがあったんですが、今作では殆ど気になりません。TIPSが表示されるけどそれがほぼ読めないくらい。

ロード時間、待機時間については無条件で改善されているといっていいと思います。

かつてのディスクシステムやPC-98の時代から比べると、随分遠くに来たもんだなあ…と思う次第です。


・グラフィックもVita版より綺麗になっている(PS4版と比べてどうなのかはよく分からない)

元々イース8って別にグラフィックで売ってるゲームじゃないと思うんですが、それでもVita版より綺麗になっているような気がします。

Vita版の時も書きましたけど、本作のアドル超イケメンですよね。イース7ではもうちょっと無骨な感じだったんですが。
歴代イースでのモテ具合も納得出来ようというものです。


・操作感は実に良好

これはVita版のころからそうだったんですが、キャラクターがサクサクと動きまくり、ただ敵を倒しているだけで十分面白いし気持ち良い、という圧倒的な操作感は健在です。

私個人的には二周目ということもあり、今回は難易度ハードで最初からフラガ・フラム狙いまくりでプレイしているんですが、序盤の敵相手にも十分フラムが有効だというのが実に面白いです。フラムなしの初心者プレイならそれはそれで面白い、けれど熟練者プレイでもちゃんと面白い。二周目プレイにもちゃんと配慮したつくりになっているんだなあ、と感心しきりです。


・追加シナリオ、クエストは基本PS4判準拠っぽい
・DLCが色々最初から入っているらしい

これ、私がVita版で二周目プレイを我慢した直接的な理由なんですけど、Vita版だとダーナ過去編の追加シナリオがなかったんですよ。Switch版では、ゲーム紹介の画像で光ダーナの姿が確認できたので、PS4版の追加シナリオが存在することは確定でいいと思います。また、追加衣装や便利パックなんかも追加されているので、利用したければいつでも利用できるというのもいい感じです。


・ラクシャさんが可愛い

ラクシャさんかわいい(かわいい)。

例によって出会った時のラノベ展開は健在なので、そういう展開が好きな方もニヤニヤ出来ると思います。最初の段階ですでにチョロさの片鱗を見せているラクシャさんマジちょろいん。


ということで、ゆるゆると遊んでまいりたいと思います。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 07:55 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

hagexさんに「問題」や「責任」を求めようとする全ての言説に反対します。

まず大前提として、「殺されるに値する発言」というものは世の中に存在しません。どんな人間も、「こういう発言があったから」という理由で殺傷されてはいけませんし、そんな必然性もありません。だから、同じくhagexさんも、「殺されるような言動」「殺されるに値する言動」などというものは何もしていません。

その大前提を置いたうえで、じゃあhagexさんに、僅かでも「件の人に対するこういう言動は気を付ければよかったのに」というものがあったのか?ということを考えてみます。

これも前提として、今回犯行を行ったとされる人(以下容疑者と呼びます)は、はてブ周辺でひたすら、他ユーザーに罵詈雑言を投げつけている人でした。いわゆる「荒らし」行為を日常的に行っていた、と言っていいと思います。他人にやたら「低能」という言葉を投げつけることが原因で、低能先生と呼ばれるようになっていたようです。これも、別にhagexさんが呼び始めたわけではなく、hagexさんが主体的にそういう呼び方を先導しているという事実もありません。

hagexさんから件の容疑者に対する言及は、下記エントリーでまとめてくださっています。

で、本当に分からないんですが、hagexさんが容疑者に対して「いじめ」を行っていた、と主張している人は、いったい上記のどれを見てそう判断されたんでしょうか?

hagexさんは確かに、容疑者の荒らし行為に対して通報を行っていると明言されていて、下記のような記事を書かれています。この記事が直接的な原因になった、と考える人もいるようです。

上記記事をどう読んでも、

・低能先生と呼ばれている荒らしが、自分や他のユーザーに対してどのような荒らし行為を行っているか
・自分がその行為に対して通報を行っていること
・その通報を受けて、はてなが迅速にBANを行っていること

という内容以上のことは書かれていません。

一般的に言って、荒らし行為について運営側に通報を行う、というのはごく通常の対応ですし、その対応法を知らない人に対してシェアする、ということに何か問題があるとも思えません。「容疑者に対して罵詈雑言を投げかけた」というのならまだしもですが、そんな表現はどこにもありません。

これはもしかすると「原因」かもしれませんが、そこに「問題」や「責任」があったとは私は全く思いません。これに「問題」があったとしたら、世の中のあらゆる人は、ネット荒らしについての一般的な対応法を、他人とシェアすることが出来なくなってしまいます。それはいくらなんでも理不尽というものでしょう。

これがいじめだという人は、「荒らしは通報するな、通報したとしてもそれを周囲と共有するな、それはいじめだ」と言っているのでしょうか?正直意味が分かりません。

だから私は、少なくとも容疑者に対しては、hagexさんは何も「問題」があるような発言はしていないし、百歩譲っても容疑者が行ったのはただの「逆恨みによる犯行」であって、hagexさんに落ち度は何らなかった、と主張します。じゃあ他のネット著名人についてはどうなんだ、と言われれば、やはりそれが「hagexさんが容疑者に殺される」理由にはならない、としか言いようがありません。


これで殺されるなら、あなたが殺されていたかも知れませんし、私が殺されていたかも知れません。


これに限らず、殺人被害者に何か「問題」や「責任」を求めたがる人たち一般の言説が、私は嫌いです。それは単なる体のいい切断処理でしかないと思いますし、公正世界仮説はこの世から消滅して欲しいと思います。はてなでも普段はそういう「被害者に問題や責任を求める」的構図を嫌っているように見えるんですが、こういう時はなんでそういう言説が肯定されがちになるのか、私にはさっぱりわかりません。

「原因」を分析するだけならまだしも、それを「問題」や「責任」に結び付けようとする言説には、私は強く反発します。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 06:35 | Comment(25) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月26日

何故「ドラえもん のび太の大魔境」が私にとって大長編ドラえもん最高傑作なのか


先に断っておきますが、この記事には漫画原作版「のび太の大魔境」のネタバレが含まれます。

もしまだ「ドラえもん のび太の大魔境」を読んだことがない人がいるのであれば、ひとつうそつ機で騙されたと思って買って読んでみてください。画像掲示の為にリンクは張りますが、別に下リンクからでなくてもいいので。超面白いです、のび太の大魔境。


以前も書いたんですが、私の「大長編ドラえもん」歴は、「のび太のアニマル惑星」辺りで一旦途切れて、夢幻三剣士とかブリキの迷宮とかをちょこちょこ読んで、その後長男の影響で「ひみつ道具博物館」辺りから復活した、という感じの経緯になります。最近のは漫画原作がないので読んでないんですが、漫画原作がある時代のものはすべて漫画原作で読んでいます。

その範囲内で、「私が好きな大長編ドラえもん」を順位づけすると、以下の通りとなります。

1.のび太の大魔境
2.のび太の宇宙開拓史
3.宇宙小戦争
4.海底鬼岩城
5.日本誕生

次点で鉄人兵団、魔界大冒険、竜の騎士、恐竜辺りが僅差で並んでいます。

「宇宙開拓史」や「宇宙小戦争」の最大の魅力が、なんといっても「強力な敵役と、そこに追いつめられての大ピンチからの大逆転」であることは間違いないと思います。以前もその辺については記事を書きました。以下、気が向いたらご参照ください。
ギラーミンさんとの決闘展開超熱かったですよね。

一方、のび太の大魔境は、そこまで「超強力で魅力的な敵役」というものは出てきません(いや、ダブランダーとかサベール隊長とか、それなりにいい味出してるんですが、流石にギラーミンやドラコルルに比べれば一歩譲ると思います)。それでも、大魔境は私の中で最高の名作になっています。

本記事では、「私はなぜ大魔境がそんなに好きなのか」という話を、つらつらと書いてみたいと思います。

私が考える限り、大魔境の素敵ポイントは6個くらいあります。

・冒険の動機と「未知の地域の探検」が一直線につながっていて、単純に冒険自体がわくわくする
・ひみつ道具が使えなくなる展開がごく自然で素晴らしい
・ピンチと、そこからの脱出によるカタルシスがシリーズ中でも屈指
・ピンチ脱出に係る伏線と、その伏線の回収が完璧
・キャラクターそれぞれの活躍がきっちり描かれていて素晴らしい
・食事シーンが戦慄するまでに美味そう

以下、折り畳みます。

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posted by しんざき at 07:27 | Comment(4) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月25日

増田さんへ。


お手紙ありがとうございます。

今回、しんざきさんは、しんざきさん自身が言うところの「報道を通してしか殺人被害に遭ったかどうか確認出来ない程度の知り合い」未満(しんざきさんはHagexさんの本名を存じなかった)でした。にもかかわらず、Hagexさんの遭難をすばやく確信し、このタイミングでこのようなエントリを上げることができたのは、まさに被害者の実名報道があった故でした。

この点、どうお考えですか?

Hagexさんに関する記事に貼られたリンクを読んでも明らかですが、講座参加者でさえ、Hagexさんの遭難は、実名報道があって初めて確信できているのです。
(はてこは〜の人でさえ、実名報道→実名から確認できた顔写真を見てHagexさんと確信)
言い換えると、もし実名報道がなかったならば、「Hagexさんの身に何か起こったかもしれない」といった疑念・不安こそ起これども、確信は持てなかったことでしょうし、
Hagexさんの知人から知人へ、また知人へと、いずれ遭難の情報は伝われど、その情報がデマでなく、本当に間違いなく命を奪われたと確信できるまでには、現状の比でないほどの憶測と流言が飛んだことでしょう。
お答えします。被害者の実名報道は不要だと思っていますし、その考えは今も変わっていません。

理由は主に二つあります。

・自分が今回迅速に事態を知ることが出来たことに、特に重要性を感じていないこと。
・自分の知りたいという欲求よりも遺族のプライバシーの方が一般的に重要だと感じていること。

まず、今回の件については、仮に実名報道がなくてもhagexさんと同定されていたような気もします。

ただ、確かに、実名報道がされたことで情報が誤謬を許さないものになった、という点では、「実名報道のメリットを享受した」ということになるのかも知れません。その点はご指摘の通りです。

ですが、私は、実名報道のメリットを享受した現段階でも、「自分が享受したメリットよりも遺族のプライバシーの方が大事だ」と思っています。今回hagexさんのご遺族についての報道は(恐らく幸いなことに)出ていないようですし、今後出るかどうかもわかりませんが、それでもご遺族が実名報道を望まないのであれば、実名が出るべきではなかったと思います。

その結果、たとえ自分が「hagexさんが亡くなったんだ」という情報を確信出来なかったとしても、それは仕方ないことだと思います。ご遺族や、もしかするとご本人の意向の方が、私の好奇心や確信よりも重要です。その場合、何週間か経って、巡り巡って「どうやらhagexさんが亡くなったらしい」ということが分かった時点で同じようなことを書いたかも知れませんし、書かなかったかも知れません。

つまり、「すぐに確信できた」ということは、私にとってはそれ程重要なことではありません。

ただ、私は「実名報道に反対しているのだから、実名報道のメリットは一切享受しないし、実名報道に基づいた情報については一切触れない」という程スタンスを徹底出来ておりませんし、そう宣言しているわけでもありませんので、「hagexさんの訃報」という情報を受けた時点でショックのままに書きたいことを書いてしまいましたし、その時点では「これは実名報道で分かった情報なんだ」ということ自体をきちんと認識出来ていませんでした。その点は私の不明、ないし迂闊さかも知れません。今更記事を消しても仕方ないので消しませんが。

ご提示された記事で私が言いたいことは、「遺族の意向やプライバシーの方が、他の人たちの知りたいという欲求よりも尊重されるべき」ということであって、そこは今回の件があった後でも変わっていない、ということについてはご理解いただけるでしょうか。それと今朝の記事が矛盾している、ということがおっしゃりたいのであれば、私が迂闊だったせいです、すいません、としか言いようがありません。


書きたいことは以上です。
posted by しんざき at 20:34 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ただ茫然とHagexさんについてのニュースを眺める

ドラえもんの話を書くつもりでいた。大体書くことは決めていて、あとはいつも通り適当にテキストを起こすだけだった。

その時、はてブに並ぶ記事を確認して茫然とした。
状況を考えると、刺殺された方がHagexさんであることは、残念極まることだが、どうも間違いなさそうだ。正直なところネタであって欲しかったし、今からでも「ネタでしたーー」ということになったらどんなに良いだろうかとも思う。

私自身は、Hagexさんと絡んだことはそれ程ない。Hagex-day.infoはちょくちょく見ていたので、一方的に存じ上げてはいた。時折言及したりブクマしていただけることもあったので、まあ不倒城自体は認知していただいていたのかもしれない。最近だとこの記事で言及頂いていた。


私は、Hagexさんの2ちゃん・5ちゃんまとめよりは、Hagexさんが自分の言葉で書くエントリーの方がどちらかというと好きだった。Hagexさんは、この人の言葉をもっと読みたい、と思わせてくれるブロガーの一人だった。それがどうやら失われてしまったことが、ただ単純に悲しい。

殺されるに足る理由をもった人はいない。だから、この先刺した人の動機がどう語られても、Hagexさんが不当に刺殺されたことに変わりはない。そういう意味で、私は動機にはそれ程興味をもっていない。理由がなんであれ、犯人はひとかけらの正当性もないことをした。それだけだ。

ただ、ブロガーが、ブロガーとしての活動をしている時に刺された、というのは端的に言って衝撃だ。日本ではほぼ初めてに近い事態なのではないだろうか。はてなでは間違いなく前例がない事態である筈だ。こんな「前例」が出来てしまったことを、ただひたすら残念に思う。

実名であろうがなかろうが、webで、特定の名前をもって活動している以上、大なり小なりリスクは発生する。誰にどう読まれるか分からないのだから、どのリスクがどう炸裂するのか、というのは、正直なところコントロール不能の領域だ。

我々は、リスクの目盛りを上げ下げすることしか出来ない。

けれどそれは、「何も出来ない」ということとイコールではない。

テロに対してあるべき態度は、ただただ毅然としていることだ。いつだってそうだ。

だから私は、この言論テロとでもいうべき事態に際しても、ただ毅然としていたいと思う。

Hagexさんの安らかな眠りを祈りつつ、今後もリスクの目盛りをいじり続けよう。そんな風に思う。


posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | ネットの話やブログ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

小学校の学校公開で「インタビュー」の授業を見て色々と感心した話


先日、長男・長女・次女の3人が通っている小学校で、学校公開があったんです。

学校公開って、皆さん知ってますか?いわゆる授業参観なんですけど、長男の小学校だとオープンキャンパスみたいな体裁になっていて、近所の人とかも授業を見学出来るんですよ。勿論名簿に名前とか書かないといけないんですけど。

で、今年から、しんざき家は子どもが3人同じ小学校に通い始めましたんで、まああっちに行ったりこっちに行ったり大忙しだったわけなんですが。とはいえ、長男が通っている小学校は色々と授業に工夫も多く、興味深いなーと思うケースが多いんで、毎年楽しみにしているんです。

当たり前のことなんですが、やはり小学校の教育というのも、私が小学生だったころからは随分様変わりしておりまして。これは良くなったなあと思うこともあれば、これは昔の方がよかったんじゃないかなあと思うこともあるんですが、全体的に見れば「今の小学校教育すげーな」と感心することの方が多いです。面白いです、小学校の授業。

今回個人的にいたく感心したのが、国語の授業での「きいて、きいて、きいてみよう」というタイトルの内容でして。平たく言うとインタビューの授業なんですよ。

授業の形式はこうです。


・生徒が3人一組に分かれる
・3人が、それぞれ「話し手」「聞き手」「記録役」に分かれる
・「聞き手」が「話し手」に対して、テーマに沿った質問をする。テーマは事前に相談して決めておく
・「話し手」は聞き手にされた質問に答える
・「記録役」はそれを記録する
・一回が終わったら、役目を交代して繰り返す

面白い授業ですよね?私が子どものころは、こういう授業受けた記憶がありません。調べてみると国語学習の指導案に載っていたんで、恐らくここ数年でやるようになった授業なんだろうと思うんですけど。


で、長男は同じ班の女の子に、「猫について」というテーマで聞いていたんです。ただ、例えば「猫を好きになったきっかけ」とか「どんな猫が好きか」とか、通りいっぺんの質問に一問一答で答えてしまうと、その後がなかなか続かないんですね。一回の時間は5分と設定されていたんですが、多分2分半くらいで終わってしまっていたと思います。一周目は、大体の班が3分もちませんでした。

で、これは先生がうまいのかもしれないんですが、1回終わると、先生が振り返りの時間を作って、生徒同士で振り返りをさせるんです。その時、ちょこちょこヒントになりそうな言葉を投げていくんですよ。

「みんな、なかなか質問が質問に繋がらなかったなー」と。

「みんながいつも、次から次へと色んなこと聞きたくなることって、どんなことかな?」と。

例えばゲームの話とか、サッカーの話とか声が上がる中、

「じゃあ、それとインタビューがどう違うか、どうすれば話を広げられるのか考えてみようか」と。

これって、要はブレインストーミングとPDCAサイクルですよね。短い時間でアイディア出しをして、次の回での工夫に繋げる。で、それをすぐにまた次の機会に繋げる。

で、生徒同士で色々意見を出し合って、質問の内容や記録のやり方を変えたりして。2回目、3回目では、5分ぴったりでインタビューを終えられる班も出来ていました。長男は長男で、「電車について」というテーマで質問を受けていて、うまいこと話を広げたり、質問を誘ったりということが出来ていました。

見ていて思ったこの授業のメリットって幾つかあって、

・話の広げ方、聞き方、質問の仕方など、一般的なコミュニケーションスキルについて考える機会になる
・コミュニケーションをする上で一番重要なことが、相手に対する興味・関心であることに気付く機会になる
・短いスパンでのPDCAの練習になる
・手法を自分で考えて、それを試す、ということの重要さに気づく機会になる
・クラスの友人同士の相互理解の一助にもなる

これくらいのメリットはあるなーと思ったんですよ。いや勿論、先生がどれくらいクラスを統制出来ているかとか、クラスの人間関係の状況にもよるんでしょうけど。

多分これって、この授業だけでどうこうというより、色んなスキルの「スタート地点」になる授業だと思うんですよね。自分で何かを考える種になる授業。

父母が来ていたからみんな気合入ってたのかな?と思って長男に聞いてみたところ、「いつも大体こんな感じだよ」と言ってたので、普段から生徒のみんなの授業に臨むスタンスは悪くないんだと思います。これは多分先生がうまいからだと思うんですが。

他のクラスを覗いても、どの先生も色んな工夫をされてるなーと感心することしきりでして。最近、小学校の先生とか小学校の授業って、いろんな批判にさらされるケースが多いですが、中の人たちは本当に頑張ってるんだなーと感じ入ったわけなのです。

全然余談なのですが、1年生の国語のクラスは「大きなかぶ」の朗読をしていました。

みんなが文章を忠実になぞっている中、株が抜けたシーンに独自に「すっぽーーーん!」という効果音をつけた次女のセンスは、やはり常人離れしているなーと感服した次第です。彼女の国語力の発展が楽しみです。ちなみに長女は、「足し算を続けるとどんどん数が大きくなっていく」という事象の面白さにハマっている由。

引き続き、楽しい小学校生活を送っていって欲しいなーと思うばかりです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:07 | Comment(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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