2017年01月14日

俺たちは「not for me」を配りあいながら生きている


先に断っておきますが、雑感というか、あんまりまとまった話ではないです。



「あ、ここは俺がいる場所じゃなくなったな」って思うことがあります。

「あ、この漫画、俺が読みたいって思う作品じゃなくなっちゃったな」って思うこともあります。


好みは人それぞれ、読みたいものも人それぞれ、書きたいものも人それぞれ。最初の段階で「これは俺向きじゃない」って思うことは勿論あるけれど、後から「最初は好きだったけど、最近はちょっと触れたいと思うコンテンツじゃなくなっちゃったな」と思うようになることも、そりゃあると思うんです。


それは寂しいことだけど、仕方ないことでもある。必然ですらある。変化しないコンテンツは、既に完結したコンテンツだけです。場合によっては、完結したコンテンツすら、「後からニュアンスが変化する」という形で変化することはあり得るかもしれません。

変化する限り、「向き不向き」は必ず発生する。だから、後から「not for me」になったとして、それは寂しいけれど必然のことなんです。もしかすると、昔は「not for me」だったものが、変化して自分好みのコンテンツになることだってあるかも知れない。悪いことばかりでもない。


何を書いてるんだと思われるかも知れませんが、きっかけは下記の匿名ダイアリーの記事を読んだことです。




書いてあることについては今更繰り返しませんし、私も前




こんな記事書いたんで、共感するところは共感するところなんですが。

ただ、考えてみると、「変化にともなって自分が見たいコンテンツではなくなる」ってことがあり得るのは、別にはてブみたいなwebサービスに限らんなあと。なんでもそうだと。この不倒城っていうブログだって、誰かの「not for me」になったことはそれこそ山のようにあるんだろうなあ、と。


いや、ソーシャルブックマークみたいなwebサービスと個人ブログを比べてどうすんだ、ってことは一応理解してますよ。ただ、別にブログがどうだwebサービスがどうだというよりもっと広範な、コンテンツ一般の話というか。あんま厳密な話ではないんです。


「コンテンツ」というもやっとした枠で考えると、色んな人が色んなコンテンツを抱えて生きているし、それらは生きている限り変化し続けるものだろうなあ、と。となると、お互いに「好みから外れる」ことは当然あるし、「新たに好みになる」ということも当然あるんだろうなあ、と。


不倒城を「あんまり読みたいコンテンツじゃなくなったな」と思う人はたくさんいるでしょうし、多分それと同じくらい「読みたいコンテンツになってきたな」と思ってくれる人もいるんじゃないかな、と。


それはいい悪いの話ではなく、当然、必然の変化なんだろうなあ、と。


だから、自分が誰かの「not for me」になることは、悲しいことかも知れないけれど、恐れるべきことではない。誰かが自分の「not for me」になることも、寂しいことかも知れないけれど、諦めるべきことでもある。


いつかまた「not for me」でなくなる時がくることを、あるいは別の「for me」が見つかることを期待して。今日も、誰かにとって「for me」になるといいなあと思う記事を、せっせとボトルに詰めてwebの海に放流しようと思うわけです。


それだけです。

posted by しんざき at 10:48 | Comment(3) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

ファミコン版スペランカーについてもう一度ちゃんと振り返ってみようじゃないか


ちょっと思うところがあったので、「ファミコン版スペランカーとは何だったのか」ということを、皆さんと改めて考えてみようと思います。ご存知の方には今更の話が多いと思いますが、ご勘弁ください。


皆さんよくご存知の通り、ファミコン版スペランカーは、ブローダーバンドからライセンスを受けたアイレムが、1985年の12月に発売したアクションゲームです。元々はAtari、コモドール64で発売されたタイトルだったのですが、ファミコンに移植された際、アイレムが大幅に難易度を上げたことで結果として有名になりました。


コモドール64版のプレイ動画を見つけたのでちょっと掲示させて頂きます。基本的な画面構成やゲームシステムは同じなんですが、「デブが軽快に洞窟探検をするゲーム」としてデザインされていることを見て取って頂けるでしょう。何故こんなにデブなのかは知りません。


この頃のスペランカーは、のちのファミコン版で取沙汰されるような、「自分の身長の高さから落ちたくらいで死ぬ」「ひざ丈から落ちただけで死ぬ」というような難易度デザインはされていません。死ぬときゃ死ぬんですが、1:06くらいでも、エレベーターのちょっと高いところから落ちた主人公が、その後も元気に走り回っているところを確認して頂けると思います。


さて。スペランカーは、アイレムが移植したファミコン版において、「繊細な操作をしないとすぐ死ぬ」という形での難易度アップを施されました。のちに公式を含めた様々なところでネタにされる、「虚弱体質探検家」の誕生です。


今更くだくだと書く必要はないとは思いますが、一応動画をリンクさせていただきます。エレベーターから降りた直後にキャラクターが死んでいることが分かります。


いきなり余談なんですが、スペランカーのオープニングBGMはめっちゃ名曲です。この重厚なメロディを、1985年というファミコンド初期に作り込んだアイレムのスタッフは本当に素晴らしい。



さて。ちょっとここで、ファミ通.comに掲載された、スペランカーオリジナルスタッフのインタビューを参照してみましょう。原作開発者であるティム・マーティン氏も参加している、非常に貴重なインタビューだと思います。


注目して頂きたい部分はここです。(強調筆者)

――ちなみに、ファミコンソフトの中で『スペランカー』の難しさは突出していましたが、難度設定にはどのような意図があったのでしょうか?

津村 アーケードゲームを開発していた当時、家庭用ゲームは難度調整のツメが甘いなと感じていました。我々は “数分間でおもしろさがわかって長く遊ばせない”という方針でアーケードゲームを開発していましたから、ファミコン版『スペランカー』も、おもいきり難度を高く設定しました。ですが、ただ難度を高くするのではなく、学ぶことで達成感を得られるようにしようと。試行錯誤すれば達成できるけど、達成するには根気が必要。それを我慢できない人からはつまらないゲームと言われるでしょうが、我慢強い人は“やり甲斐のあるゲーム”として評価してくれる、そういう意図を持って調整していましたね。


早い話、スペランカーの「すぐ死ぬ」という特徴は、「試行回数を増やしてだんだん学習していってね」「繊細な操作に習熟して達成感を得てね」という、開発者の意図的な仕様なのです。「スペランカー」を語るとすれば、大前提としてここを了解していないといけません。

そして、その試み自体は間違いなく成功していました。ファミコン版スペランカーは、「何度も死ぬことによってだんだん上手くなる」「上手くなればなるほど気持ちよくなることが出来る」ゲームに仕上がっていたのです。それを楽しめるかどうかは別として、後々数多くゲーム業界に送り出される、「死んで覚える」ゲームの草分けの一つとまでは言ってしまってもいいでしょう。


アクションゲームの楽しさには、「操作感」と「達成感」という二つの代表的な軸があります。

「動かしているだけで楽しい」「動かすことによって直接的な気持ちよさを得られる」というのが、操作感の軸。

「何かの課題をクリアするのが楽しい」「だんだん上手くなっていき、難しい壁を乗り越えることが出来るのが楽しい」というのが達成感の軸。

この二つは、別に矛盾する訳ではないのですが、両立させるのが難しい場合があります。達成感を得させる為には難度を上げなくてはいけない場合が多く、それが「操作しているだけで楽しい」と結びつかないことがあるんですね。


そこから考えると、ファミコン版スぺランカーでは「達成感」の軸に大きく寄せたデザインが行われていることが分かります。「ドット単位の繊細な操作を身に着けることで、困難なステージを次々クリアしていくことが出来るようになる気持ち良さ」。それがスペランカーの楽しさ、面白さの本質であることは議論を必要としないでしょう。

1985年というのは、ファミコン全体の歴史を考えれば初期も初期です。キン肉マンマッスルタッグマッチやチャレンジャー、忍者じゃじゃまるくん辺りが発売されていた時代です。「ドルアーガの塔」という先達があったとはいえ、はっきりと「達成感寄り」のゲームデザインを行ったタイトルとしては、スペランカーがかなりの先駆者だったことは間違いないでしょう。


さて。


これもみなさんよくご存知のことかと思うんですが、スペランカーは、一時期のテキストサイトの隆盛時代、「クソゲーの代表格」みたいな取沙汰をされてしまったことがありました。そのころの文脈の代表的なものは、上のような高難度のレベルデザインを取沙汰して、「ひざの高さから落ちただけで死ぬ!クソゲー!」というようなものでした。

そしてこの、「すぐ死ぬ」というところだけを面白おかしくクローズアップした文脈が、高難度レベルデザインにあまりなじんでいなかった一部のネットユーザーにウケてしまったのです。

勿論、ゲームが面白いかどうかは人それぞれです。例えばこの当時大ヒットしていたスーパーマリオブラザーズのような、「繊細な操作を意識しなくても十分楽しめる、直感的で爽快なジャンプアクション」を期待してこのゲームに触れた人が、「求めていたものと違った」という感想を抱いてしまうのは仕方がないところでしょう。そこに文句はないんです。


ただし、スペランカーは決して「UIが優れていないから遊びにくい」ゲームではない。「理不尽なゲームデザインが施されている」ゲームでもない。操作は直感的だし、レスポンスは早いし、ギミックは豊富だし、アクションゲームとしてみれば実に良く出来ています。「すぐ死ぬ」というのは開発者が達成感の演出の為に導入したデザインであって、しかもそれは間違いなく成功しているのです。


だとすれば、私はこれだけは断言できます。


未だに「すぐ死ぬからスペランカーはクソゲー」などと言っているヤツがいたとしたら、そいつは何も分かっていない。下手すると30分以上スペランカーをプレイしたことすらないスペランカード素人だ、と。



かつてのゲーム開発者たちの数々の試みが、たくさんの人々の心に残ることを願って止みません。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:12 | Comment(3) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

今日のしんざきと三国志大戦4のお話 17/01/11

連休、子どもたちと遊ぶ合間にちょこちょこ三国志大戦4をやっておりました。

現在の戦績。

三大戦績2.png

よーーやくデッキの形がほぼ定まりまして、当面下記の形の呂布ワラでいくことにしました。

SR呂布・SR雛氏・SR張角・UC陳宮・C程遠志・C波才

「色塗り重要」「負ける試合は塗りの意識が足りない」と考えることが多くなりまして、「スプラトゥーンやってた時の思考だコレ」って先日気づきました。苦手なデッキ相手でも、塗りを丁寧にやれば案外なんとかなることもあります。


【各カードの説明】
基本的な形なので今更ですが自分メモも兼ねて。

SR呂布:肉壁、突撃、天下無双・飛での戦場制圧担当。柵を飛び越えられるのと、槍迎撃や車輪を飛び越えられるのめっちゃ強いと思います。連環+号令相手にも城門を守るくらいなら楽々。一方、今回の無双は知力が上がらないのでダメ計には本気で脆弱。ダメ計持ちの兵力を減らしておいて、飛翔一撃で潰す立ち回りが求められます。

SR雛氏:迎撃、馬の牽制、誘惑担当。馬単が花盛りなので槍は2本欲しい。群雄に1コス槍は彼女と程遠志しかいないので、かなりの必須カードと化しています。対ワントップ型デッキには誘惑もかなり仕事します。ミラー対決でのキーカード。武力2なので、槍消しでもあんまり乱戦させたくないなーと思ってます。

SR張角:色塗り、伏兵踏み、端攻城、ダメ計への牽制担当。なんだかんだで太平要術があると、「少なくとも赤壁周瑜がいるだけで詰むってことはないな」という安心感があります。相手の先出しダメ計を牽制することも出来ます。足が速い歩兵で知力8なので伏兵踏みも楽々。開幕端攻城と自陣の色塗りは主に彼の担当。制圧2でかなりいい感じに塗ってくれます。

UC陳宮:伏兵、横弓、献策担当。猛将への献策は知力+4が25C程効果があるようですので、意外に先掛けがいい仕事します。無双呂布が雷銅の落雷や孫桓の火計に耐えて勝負を決めてくれたことも1度や2度じゃありません。将器知力上昇を発動させておくと、伏兵もかなりの威力になります。けど出来れば守城術が欲しい。制圧2とはいえ、武力1弓は今回マジであっという間に溶けるので、後ろ目で大事に使いたいところ。

C程遠志:迎撃、馬の牽制、槍消し担当。1コス武力3活持ち槍、というだけで必須カード感が凄いです。3の頃からの呂布ワラの伝統的ワラパーツ。基本的には、敵陣に乗り込んだらやられる前に帰城することはまずない役どころ。塗るだけ塗ってあびゃびゃびゃする重要なお仕事です。

C波才:端攻城、槍消し、色塗り、もぐり乱戦担当。今回ワラでの色塗りがひじょーーーに重要なので、制圧0の張梁よりも波才の方が強いと判断しました。張梁持ってないけど。武力4は結構固いので、槍消しでの突撃サポートやローテーション城門防衛もお手の物。敵陣の色塗りでも固さでいい仕事をしてくれます。


上記デッキで多少調子も上がりまして、三国志大戦3以来超久々七連勝とかできました。いや、五品での話ですが。勝率が低い?聞こえんなあ!!

火計入りの麻痺矢乱れ打ちデッキと当たったのでそっちの動画をとるつもりが間違えて下記動画に。気にしないことにします。



【入れ替え候補】
C張曼成:武力2活持ち1コス騎馬という、旧裴元紹ポジション。制圧上昇で色塗りにもかなりいい仕事をするんですが、現在の構成だと入れる枠がない。メタ次第で程遠志と入れ替える手もあるかも知れません。麻痺矢がこれ以上流行ったら一考の価値ありか。

UC張魯:武力2知力4とはいえ、今回何故か柵をもらうという謎のパワーアップをしているので強いと思うんですが、やはりワラ構成では太平要術の安心感には勝てない。4枚群雄とかではかなり活躍の余地がありそうです。

UC張宝:武力3弓というスペックに加え、牛歩の計はかなり強いという噂で、誘惑とはまた違った仕事が出来そうです。陳宮との入れ替え候補。一度試そうと思いつつまだ使えてない。

C牛輔:脱兎戦法はネタ計略かと思いきや、色塗りにはかなりいい仕事をしてくれるという噂。色塗り大戦の動向次第では波才との入れ替えもありかも知れません。


ということで、引き続き呂布ワラを研鑽していこうと思う次第です。よろしくお願いします。


とはいえ、ちょっと他のデッキの研究もしてみたいところだなーと思ってまして、最近話題の麻痺矢乱れ打ちは自分でもちょっと使ってみたい。


〇トレードの話

Twitterで面白い調査をしてくださっている人がいました。

桃園に出品されたカードの希望比から、現在のカードの需給関係を調査した結果です。今回ヤフオクのレートとかが存在しないものの、こういう調査も可能なんですね。

レートが高いSRは予想通り王異・関銀屏・馬超・曹操という辺りで、その後に雛氏、小喬、夏侯惇、趙雲が続いている様子です。一方、貂蝉、小虎、張角、鮑三娘あたりは供給過多の様子。

王異と関銀屏は女性武将ということに加え、最近は王異の連撃デッキがなにやら流行り始めているのと、関銀屏は武神デッキの重要パーツだから需要が高い、という感じでしょうか。あとはやはり、単独でデッキが成立するカードが強いですね。

女性カードにあるまじき需要の低さを誇っている貂蝉は、やはり傾国の舞いのあまりの逆境っぷりに煽られているんでしょうか…。その点小虎も事情は共通していそうです。張角はまだ呂布ワラの定番パーツであるだけマシ、という感じですかね。縁を使う時の参考になりそうです。

ということで、一旦この辺で。
posted by しんざき at 07:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 三国志大戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

【三国志大戦4の話】最近の呂布ワラと、よく当たるデッキについての雑感


ちょこちょこプレイしてまして、現在五品下位でございます。一回五品中位に行ったんですが落ちました。まだ五品なのに皆さん強いなーという感じで勝ったり負けたりしております。

三大戦績.png

呂布ワラになってからは勝率五割そこそこ、という感じでして、やはりはっきりした苦手デッキもあるので、もうちょっと練習しないとなかなか上に行けないなーと感じているところです。ワラの扱いが雑なのが個人的な課題。

現在使っている呂布ワラの型は

SR呂布 SR雛氏、UC陳宮、C程遠志まで固定で、後はC波才、C張曼成、UC張魯、UC張宝あたりを色々入れ替えて試しています。張梁も試したいんだけどまだ持ってねえです。簡単にトレードできそうな気もしますが。


先日アップした呂布ワラ動画。当然のことながら、上手くいった対戦の動画だけ記録しています。自分に甘く生きていきたい。相手の夏侯惇がこちらの飛翔で一喝を空ぶってくれてますが、これがなかったら勝ててた自信は全くありません。

最近よく見るデッキとしては、

・夏侯惇入り魏4
・4枚武神号令
・トウ頓ワラ
・馬超ワラ
・孫策ワラ
・呂布ワラ

辺りがありまして、恐らくこの辺を中心にメタが回っているんだろうと思います。あと、たまーに見るのが麻痺矢号令、暴虐、暴虐開幕乙、飛天ってところでしょうか。飛天以外の舞はあんまり見ません。

主要なデッキについての雑感。

〇夏侯惇入り魏4

武神号令と並んでよく見るデッキ。「(SR張遼 or SR曹操)、SR夏侯惇、R徐晃、(R賈ク or 劉曄)」の4枚が多いでしょうか。

特に夏侯惇の「隻眼の一喝」の性能が凶悪でして、超絶騎馬も余裕で止まります。制圧の為の色塗りも強いですし、全体号令も完備していて非常に完成度が高い。夏侯惇苦手です。

呂布ワラとしては、神速号令型相手にはかなり不利という印象。求心型には、足並みを崩せばまだなんとかやれないことはない、という感じでしょうか…。他のデッキ相手以上に、ワラを大事に扱わなくては戦えないデッキだと思います。特に神速型で、迎撃殆ど取れないくらい騎馬の扱い上手い人相手だと若干お手上げ感。張宝とか試してみようかしら。


〇4枚武神号令

同じくよく見るデッキ。「R関羽、SR馬超、(徐庶 or 雷銅)、あと1コス何か」という型か、「R関羽、夏侯覇、(徐庶 or 雷銅)、1.5コス何か」という型をよく見ます。

呂布ワラとしては、落雷がほぼ標準装備なのでやはり呂布に落とされまくるとなかなかつらいものがありますが、兵力上昇呂布で避雷針立てておくと知力上昇雷銅でも一発では落ちなかったりしますので、雷銅型ならまだなんぼかなんとかなります。徐庶型は勘弁。献策かけて避雷針に期待するくらいしかない。

たまに落雷が入っていない型を見かけますが、1コスにホウ統が入っていない限りは呂布ワラガン有利だと思います。武神号令には無双で対処してまあ押し負けないので。

4枚デッキで馬単程は機動力がないので、相手がラインを上げるのに対応して端を1コスに走らせておくという、ワラの基本的な嫌がらせが機能しやすい相手ではあります。


〇トウ頓ワラ

最近頻繁に当たるようになってきたデッキ。現在のトップメタの一角の様です。

群雄のRトウ頓 + 1コス1.5コス多数、という形で、定番のデッキ構成というのは多分まだないと思うんですが、呉群の型と蜀群の型を見かけることが多いです。

主力が弓超絶なんで呂布有利か、というとそういうわけでもなく、ほぼ確定で連環系ないしダメ系の計略が入ってるので、呂布を集中的に無力化されると正直かなりつらいです。こちらも雛氏の誘惑で対処するか、献策でなるべく計略耐性を高めるか。

烏に士気を使ってくれるならむしろ打開の仕様がある感じ。相手のワラを丁寧につぶしていくのがポイントになりそうです。




〇今後の課題

・ワラの扱いを丁寧に!!!

・活持ち武将でも仕事をしないで落ちたら0コスと同じ。出来るだけの仕事をさせる。

・可能な限り呂布で刺さらない。

取り敢えず頑張って四品を目指してみようと思います。

皆さんよろしくお願いします。

posted by しんざき at 16:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 三国志大戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

「究極超人あ〜る」をげんしけん好きな人に勧めるのは間違っているかも知れない

ちょっと前なんですが、こんな記事を見かけました。



究極超人あ〜る、ご存知ですか?ゆうきまさみ先生が描かれた、いわゆる写真部であるところの「光画部」と、そこに現れたアンドロイド「R・田中一郎」を中心とした高校ドタバタコメディです。サンデーへの掲載が1985年からの3年間なんで、もう30年前の漫画ってことになりますが。



私自身は「究極超人あ〜る」が好きですが、ある作品が面白いかどうかは人それぞれです。そして、「面白くない」と感じたものを無理に面白がる必要はないんじゃねーの、とも私は思います。だから、究極超人あ〜るが面白くない、という話なら全然かまわないと思うんです。

ただ、この方がどうなのかは知りませんが、私の知人でも以前、「究極超人あ〜るの何が面白いのかよくわからん」と言っている人がいたんです。

その人とちょっと話をしまして「あー」と思ったことなんですが、彼、「げんしけんが好きだったらこれも読んどけ」って言われてあ〜るを勧められたらしいんですね。

確かにありましたよね以前。「げんしけん」や「銀の匙」みたいな、緩めのサークルもののルーツとして、究極超人あ〜るが取り上げられた文脈。

それはちょっと「入り方」を間違えたかもな、と私、思ったんです。期待していたものがそこにない、というちょっと不幸な入り方。もしかしたら同じようなルートをたどってしまった人、結構いるんじゃないかと。


確かに、「オタク系サークルの日常をクローズアップした作品」として究極超人あ〜るを考えれば、げんしけんのルーツとして考えてもおかしくはないと思うんです。実際、げんしけんの作中でも、割と最初の方であ〜るのオマージュとおぼしき描写がいくつかありましたよね。


ただ、漫画の立て付けというか、物語の類型としては、げんしけんと究極超人あ〜るって全然違います。正反対に近いと思います。

何故かというと、げんしけんが「日常をクローズアップした群像劇」であるとすれば、究極超人あ〜るは「異邦人ものコメディ」であるからです。



「げんしけん」には勿論様々なキャラクターが登場し、様々な人間模様を繰り広げます。ただ、彼らはほぼ例外なく「作中の日常」にパッケージされた人達、言い方を変えると「(変わったところはあっても)普通の人達」であって、個々に色々なドラマや事情を抱えてはいるものの、それらが作品世界の枠を踏み越えることはありません。「異常」があっても「異質」はない、とでもいうんでしょうか。かつ、げんしけんは「群像劇」であり、だれか一人を中核に一本のストーリーを構成した物語ではありません。途中からはラブコメ的要素もかなり濃くなります。


一方、「究極超人あ〜る」は、R・田中一郎という「異邦人」をクローズアップして、彼が出力する異常性、異質性を物語の中核として話が進む作品です。

あーる1.png

1巻におけるあ〜るの登場シーン。学ランの自転車姿で池から飛び出してくる、というのは相当インパクトがある登場の仕方ですよね。

彼は首が抜けますし、首が周りますし、怪力を発揮して鉄格子をあっさり曲げますし、味方コートからバスケのゴールを何十本も連続して決めますし、懐から電源プラグを取り出してお米を炊きます。何故ならアンドロイドだから。

そして、あ〜るの作品中でもそれはきちんと「異常なこと、異質なこと」であり、周囲は(慣れることはあっても)きちんとそれに振り回されます。あ〜るは実にオーソドックスな「異邦人」なのです。

勿論個々のストーリーとしては、さんごやしいちゃん、鳥坂先輩やその他のキャラクターがクローズアップされることもありますし、Rの影が薄いことも勿論あるんですが、基本的なお話の作りは大体Rが何かしらのトラブルの焦点になることを起点に動きますし、Rの産みの親である成原博士は随所随所で滅茶苦茶なトラブルを起こしますし、物語はR・田中一郎が池から登場することに始まり、彼が池から登場するところで終わります。


以前も書きましたが、「異邦人もの漫画」というのはいわゆる異人類型の物語構成を使った漫画でして、勿論いろんな名作があります。オバQしかり、うる星やつらしかり、レベルEしかり、ワッハマンしかり。




定義はというと多分

・ある世界観や文化から隔絶された「異邦人」が主人公、あるいは準主人公といったメインキャラである

・異邦人が生み出す軋轢が、周囲または異邦人自身の戸惑いを生み、それが頻繁に物語の主軸になる

という辺りになるかと思います。特に初期の究極超人あ〜るはピッタリここに当てはまるんですね。中盤以降はあ〜るの影が薄いこともありますが、それでも随所随所で彼は異質性を前面に出しますし、物語の起点になります。


あ〜るは、「自分の異質性で周囲を戸惑わせる」タイプの異邦人です。彼が「周囲との軋轢に戸惑う」描写は、多分作中で1回もない筈です。あ〜るの異質性で周囲がドタバタするのを見て、読者は楽しむ。

あーる2.png

ことあるごとに首を引っこ抜かれるあ〜る。関係ないですが、「でかい頭だな君は」のコマは、遠く「機動警察パトレイバー」で、後藤隊長と太田さんの最初の会話としてセルフオマージュされます。

また、基軸がコメディだから当然と言えば当然なんですが、究極超人あ〜るの人間関係の描写はかなりさらっとしてるんですよね。光画部の面々は仲は良いんですが、個々で仲が深まったり逆に仲違いしたり、という描写は滅多にありません。唯一それっぽいのは3巻のしいちゃん光画部離脱の辺りくらいでしょうが、それもすぐ元の鞘に収まります。あ〜るが何を考えてるのかは終始よくわかりませんし、ラブコメ展開も(全くという訳ではないのですが)殆どありません。

その点も、例えばげんしけんが「緩いながらも段々と変遷していく人間関係、人間模様」を一つの重要なエッセンスにしているのとは大きく異なるところで、げんしけん好きな人にあ〜るをお勧めしにくい理由の一つでもあります。


そこから考えると、「げんしけんが好きな人」よりも「オバケのQ太郎が好きな人」の方が、究極超人あ〜るという漫画を楽しめる確率は遥かに高いのではないか、と私は考えるわけなのです。いや、私はどっちも好きですが。


最初に書いた通り、私自身は「究極超人あ〜る」が好きなんですが、内容自体は結構ベタなコメディなんで、好き嫌いは人によって分かれそうな気はします。ベタな学園ドタバタものが好きな人であれば、結構読んで損はしないんじゃないかと思いますので、未読な方はいかがでしょうか。7巻でしたっけ、京都・奈良への修学旅行編とか好きです。


あと大戸島さんごさんは可愛いと思います。



長々書いて参りました。1ミリグラムも新年っぽさがないエントリーでしたが、今更のことなので気にしないことにします。

今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 12:46 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

読者のニーズなんて一かけらも気にしないブログ書きでありたい

なんというんでしょう。正直なところ、潮流そのものはなかなか変えようがないとも思いますし、個人が頑張ってどうにかなる話でももはやない、とも思うんです。

同じようなスタンスの人に増えて欲しいとか、ブログ書きとしての矜持ということですらありません。ただ、私はこうして行きたいという話、言ってしまえば単なる所信表明というか、方針の確認です。


なんの話かというと、webにおけるPV至上主義の話です。


Twitterでこんな記事を教えて頂きました。



大統領選のようなマクロな話から、welqやまとめサイト、あるいははてブのようなミクロの話まで、2016年という年はほんとーに、
いやという程「PV至上主義」の弊害を見せつけられた年だった、と思っています。正確には、以前から山のように積みあげられていた弊害が、これ以上ないくらい可視化された年、というべきでしょうか。


興味をひく記事がいい記事だ、読まれる記事がいい記事だ、読ませたい、読まれたい。たくさんの人に話題にして欲しい。


その欲求やスタンス自体が悪いとは思いません。書いたら読んで欲しいというのは自然な欲求ですし、それが収益と結びつくなら余計そういう欲求が表出しやすくなるもんでしょう。

ただ、その結果として、剽窃や盗作が横行したり、ねつ造や炎上狙いの記事・発言が飛び交ったり、どこかで見たような記事が相互ブクマでホッテントリに載りまくったりしているのをみていると、「もうちょっと何とかならんのかなあ」と思ってしまうのは致し方ないところなのではないかと思うわけです。

てっけんさんのツイートを引用します。

これ、てっけんさんは企業のメディアやwebメディアを想定されていると思うんですが、個人のブログでもほぼ同じような状況が多々見られると思っているんですね。昔からブログやらニュースサイトやらやっている人達が警句を発しても、「え?何が悪いの?」「老害が嫉妬してなんか言ってる」くらいにしか捉えられていないことが多いように思います。


もう10年以上前のことですが、「ブログを書く目的」は、「書きたいという欲求」と「反応が欲しいという欲求」の二つに支えられている」という話を書いたことがあります。


私は当時、「書きたいという欲求と反応が欲しいという欲求、二つがバランスを崩すとあんまりよくないことが起きるんじゃないかなあ」と思っていました。そこから考えると、現在の状況、「反応が欲しいという欲求」が収益モデルと結びついて大きく肥大化し、いろんな弊害が発症してしまっているメディアやブログが多くみられる、ような気がしています。


個別個別に、たとえば剽窃や盗作を取り締まったり、著作権侵害を訴えたりといった対応をすることは可能ですが、根本的なところで「PV至上主義」とでもいうような潮流が堅持されている限りは、同じような弊害はずっと発生し続けるでしょう。Googleが根っこから検索ロジックを変更したり、あるいはアドセンスの方針がどかーーんと変わったりしない限りは、状況が大きく変わることは期待出来そうにありません。


だから、せめて自分は、そういうところに飲み込まれないでいたいなーと。


書きたいという欲求に忠実に、読者のニーズなんてひとかけらも気にせず、自分に書けること、自分にしか書けないことを書き続けていきたいなーと。読んでもらえるのはありがたいことですが、たくさんの人に読んでもらえたとしたらそれは飽くまで「私が書きたいこと」が何かを堀当てた結果であって、始めから鉱脈を狙って既存の炭鉱を掘り返しまくったり、あるいはよその炭鉱から鉱石を盗んでくるようなことはしたくないものだなあ、と。


「「ニーズ」に死を」とまでは思いませんが、元々あちこちにある「受けそうな傾向」「受けそうな記事」を探るよりは、そんなこととは全然関係ないところで好き勝手やっていた方が、新しい何かにつきあたる可能性は高いんじゃないか、と。


誰に勧めるわけでもありませんが、少なくとも自分はずっとそういうスタンスでやってきたし、今後ともそういうスタンスでやっていきたい、と思うわけなのです。


読者の皆様にこういうのも申し訳ないのですが、私はみなさんのニーズを一切斟酌しません。今までもこれからも、自分が思いついたこと、自分が書きたくなったことだけを書きます(あとレトロゲームの記事)。それでも「なんかこれ面白そうだな」と思ったら読んでやってくださいませ。



今日書きたいことはそれくらいです。


あ、あと全然関係ないですけど個人的かつピュアな欲求としてNAVERまとめには潰れて欲しいです。ご検討の程、よろしくお願いいたします。

posted by しんざき at 13:24 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

新年のしんざきとちょっと三国志大戦の話 2017/01/01

明けましてしんざきです。旧年は適当に御世話になりました。今年も旧年に遥かに勝る適当さでなんとなくやっていこうと思いますので適当によろしくお願いします。

以下、ただの日記です。

大晦日に書いた通り、年末年始は私・奥様それぞれの実家でお世話になる恒例なのですが、昨年は30日にお休みをとりまして、私実家グループで奥武蔵の休暇村に行きまして、そこで年越ししました。高麗川の近くです。

元旦の高麗川

31日はしんざき一家で西武園遊園地に行きまして、長男と二人でミライセンシをクリアしたり、雪の王国でソリをして遊びまくったり、イルミージュでイルミネーションを見物したりしてきました。大変楽しかったです。

ミライセンシはタカラッシュ企画の謎解きイベントでして、ベースキャンプで謎を入手して、遊園地に配置された謎を解きながら職業ごとに武器カードや必殺技カードを入手、最後にラスボス「マインドキラー」と戦うという形式のゲーム仕立てになっています。


職業がソルジャー・ウィザード・アルケミストの三つに分かれており、長男がソルジャー、私がアルケミストを選択しました。子供向けの簡単な謎かと思いきやあにはからんや、最初の謎は確かに楽勝なのですが、職業ごとの謎解きはそれなりの難易度で、特にアルケミストの謎は思っていたより手ごたえがありました。恐らくソルジャーが初級、ウィザードが中級、アルケミストが上級ということなのだと思います。

スタッフの方にお聞きしたところ、ラスボスのマインドキラーまでたどり着くのは1日5組いるかいないか、とのこと。結構挑戦している組はありそうだったので、途中で挫折してしまうグループもそれなりにいるということなのでしょう。謎解きに興味がある方で西武園遊園地に行かれる方はぜひ。

雪の王国については昨年も行ったのですが、ソリがやたらめったら楽しそうで、子どもたち3人で何十回も遊んでおりました。大変楽しんでくれた様子。

皆きゃっきゃいいながらソリしてる

しんざき家はいつも21時には就寝しているのですが、大晦日だけは何時まででも起きていいことになっており、私・祖父・長男の三人で「ゆく年くる年」を見ながら年越し。楽しい年末でした。


その後奥様側の実家にお邪魔しにまいりまして、今日はスーパー銭湯に入りにいく予定です。


○ちょっと三国志大戦の話

呂布ワラがようやく完成したので、試しにちょっと動画をアップさせていただきました。攻守自在大喝の4枚相手です。まだ六品ですけど。


カード構成は

SR呂布
SR雛氏
C程遠志
C張曼成
C陳宮
C波才

という構成。計略枠としては張宝、張魯、張角あたりも検討しているんですが、伏兵が欲しいということもあり今のところは陳宮を試しています。歩兵枠は制圧0が響くかなーということで張梁ではなく波才。まだいじるかもしれません。

やはり呂布ワラは手になじみまくりでして、その後3勝1敗くらいでとりあえず懐かしの五品には上がってきました。ゆるゆるやっていこうと思います。

ユーザーページ「桃園」でのURLはこちらです。


@eibeさんのチーム「相楽部」にお世話になっております。

今日書きたいことはそれくらい。
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posted by しんざき at 08:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

しんざきが個人的にオススメする2016年不倒城のおすすめエントリー

どうもしんざきです。2016年もぼちぼち終わりですね。

しんざきは年末年始は父母・義父母宅で過ごすことが恒例になっておりまして、奥様こどもたちと一緒に、昨日から私方の実家に来ております。年始は奥様実家にお邪魔する予定です。

2016年もそれなりの数の記事を書かせていただきました。今ざっと数えたら221個くらい書いたようですが数え間違いの可能性は否定しません。3個より多い数はたくさんで十分だ。

で、一応年の瀬ということで、今年書いた記事でオススメの記事をいくつかピックアップしてみたいと思います。


○レトロゲーム系でオススメの記事

当ブログのメインコンテンツです。たまに知らない人もいるんですが、しんざきはレトロゲームブロガーなんです。皆さんご存知でしたか?
基本的に当ブログでもっともパワーを注ぐ記事なんですが、パワーを注げば注ぐほど読まれにくくなります。不思議。



任天堂初期のゲームの中で、「協力プレイの体裁だけど実は対戦の方が熱い」ゲームって色々ありますよね。マリオブラザーズ然り、アイスクライマー然り、クルクルランド然り。うっかりするとアーバンチャンピオンみたいな正式な対戦ゲーより熱かったりする。

そんな中でもバルーンファイトは本当に出色なんで、日本全国のバルーンファイト対戦シーンにもっと盛り上がって欲しいと思って書きました。皆さんバルーンファイト対戦しましょう。



ふと必勝作戦メチャガイドを読みながら思ったことを書きました。この経験をした人はほんとーにたくさんいる、と私は信じている。俺たちは一人じゃない。
ゲームが変わっても、プレイヤーが変わっても、あのころの攻略本は変わらない。



このテーマ、いつかやろうやろうと思ってずーっと忘れてたんですよね。もうちょっと勢力が分散してくれればもっと面白かったんですが、結果的には黒圧勝という感じでした。けど俺は白派閥だ。



SFC版幽白本当に面白かったし、もっとこのタイプのゲーム出ていいとつくづく思ってるんですよ。妖力アップ系の特技は熱い。熱いが隙がでかすぎて正直あんまり使えない。「邪眼の力をなめるなよ!」はなんだかんだで名言だと思います。



プレイした上で語りたいですね。今までも、これからも。


○子育て系でオススメの記事

なんだかんだで育児系の記事も結構書いてます。レトロゲームブロガーですが三児の父です。


電車の中はマジカルワールド。長男はほっといても電車好きとして楽しめるようになりましたが、長女次女はまだまだ退屈しています。今後とも技を磨いていきたい。



これ、個人的には本当に理解できなかったんですが、読者の反応を見ると「あーいるいる」って感じで結構びっくりしました。礼儀をきちんと子供に伝える子育てがしたいなあ。



スプラトゥーンのお話。適度にかかわるのであれば、ゲームをすることだっていい経験になるんじゃないかと思ってます。


○漫画とかその他のゲームについてのオススメ記事


新しいゲームが出た時の攻略界隈はいつも本当にわくわくしますが、civ6のスタートダッシュは本当に感動しました。直近だとちょっと停滞しちゃってる感はありますが、今後も期待したい。



ドラえもんは本当に偉大です。魔境編についてもまたその内書きたい。



ダラバーCS、本当に最高ですマジで。ダライアスの新作が遊べて、しかもちゃんと面白いとか幸せすぎる。



そんな大した話ではないんですが。神トラの氷の神殿はホント難関だった。



本当に!!面白いので!!!あと内膳の奥さんかわいい。


○それ以外のオススメ記事


切なる願いとして。私は、私に書けることしか書けないし、私に書けることは私にしか書けないと思っています。



こういうくだらない記事の方が正直筆は乗ります。20分くらいで書いたんじゃなかったっけか。



昔のMMORPGは結構色んな意味で魔境だったみたいです。最近どうなのかは知りません。


その他、たくさんの人にブックマークされた記事についてはこちらなど参照していただければ。正直ブックマーク数の多寡ってその記事が面白いかどうかをあまり保証しないとは最近思うようになってきたんですが。

はてなブックマーク:不倒城の人気エントリー

あと、今年はBooks & Appsさんに寄稿するようになりました。何書いてもいいといわれているので思いついたことを適当に書いてます。たまに「これメディアの方向性的に大丈夫なのか?」と思うことも結構あるんですが、心広く許容していただいてます。よかったらどうぞ。


この辺は結構たくさんの人に読んでいただいたみたいです。






ということで。今年書いた内でのオススメ記事についててきとーに書いてみました。

来年もくだらない記事をいろいろ書いていきたいと思いますので、皆さんよろしくお願いします。よいお年を。

posted by しんざき at 17:03 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

まなめはうすが存在しない世界で

雑感です。

いや、まなめはうすは「ニュースサイトとしての」まなめはうすが運営を停止されただけであって、ブログとしてのまなめはうすはちゃんと存続しているわけで、そちらはそちらで楽しみにさせて頂いているわけですが。


もう色々言われていることなのかも知れませんが。2016年ほど、「情報取得を他者に依存することの危うさ」を感じた年はありませんでした。

いや、ちょっと違いますね。

正確に言うと、「情報取得を他者に依存している状態であることを、自分で認識していないことの危うさ」と言うべきでしょうか。

はてなブログのもろもろとか。まとめサイトのもろもろとか。キュレーションメディアのもろもろとか。特に2016年後半からは、あっちでもこっちでもGoogleさん何やってんスかというか、パクリ問題とかねつ造問題とか、「低品質な情報流布」と「低品質なのに強制的にアンテナに引っかかってきてしまう問題」が可視化されまくっておりました。

パクリ問題もさることながら、以前なら「興味深い記事」を探す際に役立っていた「はてなブックマーク」が最近本当に有効に動作しなくなってしまいまして、個人的には人気エントリーすら見る意義がなくなりつつある状況です。

どうやって、自分にとって価値がある、あるいは面白い、あるいは興味深い、あるいは妥当な情報を探してくるのか。

シロクマ先生はこのテーマについて、「結局のところ、信頼出来る「人」を探すのが一番である」とおっしゃっておりまして、私もそれに同意するところなのですが。


ただ、シロクマ先生は多分それを含意して書いているとも思うのですが、さらにもう一歩安全装置は用意しておいた方がいいような気が最近はしています。「自分独自の観測範囲」「自分独自の観測ノウハウ」というものは、使うか使わないかは別として、少なくとも持っておいた方がいい。出来ることなら、検索エンジンからすら離れた方法で。

「観測範囲を全面的に他者に依拠している状態」というのは、もしそれを自覚的にやっていない場合、極めて危険です。自分が主体的に情報を観測しているつもりで、実はそれは「他人の関心フィルター」を通した情報しか見れていない、ということでもある。

そしてそれは同時に、「そのフィルターがなくなってしまった時」「そのフィルターが変質してしまった時」に、気づかない内に道に迷っている原因にもなりかねないということでもあるのです。


「他者に依存しちゃいけません」という話ではないんですよ。「普段は他者に依存していてなんの問題も発生しないけれど、時にはそこから離れてみてもいいし、そこから離れて動ける方法は持っといた方がいいかもな」という話なんです。


私は以前、「まなめはうす」「かとゆー家断絶」「かーずSP」の3つのニュースサイトを、主に情報収集の参考にさせて頂いていました。前者二つは現在は運営を停止されております。大変お世話になりました。かーずさんには現在もお世話になっております。

かとゆーさんやまなめさんの観測範囲というものは、もとより私自身が興味を持っている範囲とも大方一致していた、あるいは観測範囲自体がむやみに広かったですし、精度自体も高かったので、情報収集をそこに頼っていてもさして問題が生じなかったのです。というか、少なくとも問題を認識してはいませんでした。


ただ、「興味」というのは固定するものなんですよね。興味を持った情報を集める。入ってきた情報から、新たな興味が形成される。適切なバランス感覚を持ったフィルターでなければ、どんどん視野が狭まることにすらなりかねないかも知れません。

まなめさんやかとゆーさんのバランス感覚は優れていたから、多分あまり問題が生じなかった。ただ、人によってはそのフィルターがもっとずっと偏った、あるいは低品質なものだったかも知れず、それが例えばwelqとか、2chまとめサイトとか、その辺の問題の最も大きなところだったと思うのです。

自分の「主要な情報取得手段」として一部の偏ったフィルターを採用してしまって、かつその状態の危険性に全く気付いていない人、というのはおそらく今でもたくさん、たくさんいるのだろうと思います。


お世話になっていたニュースサイトが停止して、自分で「新しいフィルター」を探し始めた時、「うわ、これはアカン」と思うことが増えました。そして、自分の視野がいかに「容易に偏る状態にあったか」ということにも改めて気づきました。

一つの解決手段として、「なるべく信頼性の高い、かつ複数のフィルタを用意しておく」というものがあり、これはもちろんはてブのお気に入り機能とか、そういうものである程度解決出来るとは思うのですが。

「人に依存しない、自分だけのフィルタ」「自分独自の情報収集ノウハウ」というものは、それはそれで用意しておかないと色々怖いなーとも思っており、言ってみれば自分自身がぷちまなめさんやぷちかとゆーさんにならなくてはいかんのではないか、と、今では私はそんな風に考えている次第なのです。

じゃあ実際その独自のノウハウってなんなのよ?というと、まだ色々模索中です、としか言えない状態なのですが。またもうちょっと固まってきたら色々書きたいと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。
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posted by しんざき at 12:22 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

岩明均作品で一番美人なヒロインは「雪の峠・剣の舞」の渋江内膳の奥さんではないのか

いや、私、岩明ヒロインって全般的にすげー可愛いと思っている派閥なんですが、その中でもトップなのが内膳奥さんなのではないか、という意見の持ち主でございまして。


「雪の峠、剣の舞」については以前も書きました。私自身はこの作品を、岩明先生の短中編の中でも、いや日本の一巻完結型の短中編全部を見渡してもトップクラスに面白い一作だと考えております。

以前書いたエントリーは↓です。


以下、一応画像が多いので折りたたみます。

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posted by しんざき at 21:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする