2017年08月13日

何度も何度も何度も何度も何度も壁に突き当たって絶望に苛まれるようなゲーム

ちょっととりとめもない話をします。


本当にこういうゲーム、偏愛する人でなければ「それ何が楽しいの?」「なんでゲームでそんなに苦しまなくちゃいけないの?バカじゃないの?」としか思わないと思うんですよ。単なるマゾゲー、としか思われないと思うんですよ。そう思う気分はわかります。

多分、ある種の麻薬みたいなものなんだと思います。突き詰めて、突き詰めて突き詰めて突き詰めて、ついに障害を突破した時の達成感、爽快感があまりにも素晴らし過ぎるから。だからそういうゲームが好きになる。やればやるほど疲れ果てて、リソースも気力も吸い込まれて、ひたすら疲弊するだけだってことが分かってるのに、それでもまたやりこみたくなる。

R-TYPEがそうでした。グラディウスIIIもそうだったし、ガンフロンティアもそうだったし、ダライアス外伝も私にとってはそうだったし、レイストームもそうだったし、Gダライアスも、蒼穹紅蓮隊も、勿論バトルガレッガなんてこの典型みたいなゲームでした。私にとっては、90年代のSTGなんて大体そんな感じだったんです。


けど、今この時代に、そんな「遊ぶ度に自分の未熟さを思い知らされるようなゲーム」を出して、果たして売れるのか?って言われたら、そりゃまあやっぱり難しいんだろうなーと。もしかしたら、今の私自身だって、今新しく「バトルガレッガみたいなゲーム」に出会ったとして、そこにリソースのすべてを突っ込めるかって言われれば難しいかも知れない。

だから、例えばちょっと前に書いた、「負けの言い訳が極めてしやすいゲーム」だってちゃんと評価するべきだと思うんです。



ただ、たまーに、本当にたまーーに、あの絶望感がふと懐かしくなることがあります。

あとちょっと、本当にあとちょっとで障害を突破できそうな、その最後の一瞬で力尽きて撃墜された時の、あの目がくらむような悔しさ。自分自身の実力の無さ以外に何一つ責めることが出来ない、あの閉塞感。

そして、そんな障害を乗り越えることが出来た時の、あの凄まじいまでの達成感。

なんだろうアレは。「若かった」「パワーがあった」「情熱があった」なんて軽い言葉だけで、アレを説明出来る気がしません。今でもあの絶望感は、私の体のどこか深いところに蟠っているような気がしますし、あれを乗り越えた時のとんでもない喜びは、今でも私の体のどこかに推進力として残っているような気がします。

あれが消えてしまうのは、あれをだれも味わえなくなってしまうのは、そりゃ勿体ないなーと。

出来ることならまたいつか、あれと同じことがしたいなーと。


そんなことを思いながら、今日もちょこちょことSwitch版のストライカーズ1945を遊び、6ボスあたりで彩京弾で死んでブチ切れる私がいるわけです。彩京弾開発した人おなかこわせ。

あと、全然関係ないんですが19XXをSwitchに移植してください。全力で買うし布教に走ります。ぜひ。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 01:13 | Comment(5) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

長男のゼルダで「パパ召還チケット」が発行されました

3回分発行されました。最初の1回は水のカースガノンを倒す為に使用されました。

パパ召還チケット.png

まあゲームに詰まるのも、詰まったところで試行錯誤するのも、試行錯誤の結果挫折するのも長いゲーム人生よくあることだとは思いますし、そういう経験もいい経験になるのかもなーと思いはしたんですが。

ただ、考えてみると、私も子どもの頃は難しいところを兄に手伝ってもらったこととかあったなーと。長男にとって、多分今回のゼルダってほぼ初の本格的なアクションゲームですし、どうしてもクリア出来ない時の救済措置くらいあってもいいのかなーと。

ということで、どうしても詰まった場合、パパを召還して手伝ってもらえるチケットを回数制限つきで発行する運びになったわけです。多分、マスターモード剣の試練とかでない限りは大体対応できると思います。

長男のゼルダプレイを横から見ていると、相変わらず色々気づくところもありますし、面白いところもありまして。

・相変わらず塔を探さないプレイをしている。本人曰く、「地図がない方がワクワクする」とのこと。
・色んな人に斬り付けて反応を楽しんでいる。
・ヴァ・ルッタ戦に苦戦しているようで、「飛んでくる氷どうやればよけられるのーー!」と言っていたので「アイスメーカーで壊せばええやん」「あ」ってなってた
・水のカースガノンがかなり怖かったらしく、「こんなのずるいじゃん…無敵じゃん…」と若干泣きが入っていた
・ジャストガード、ジャスト回避はまだうまく出来ないらしく、力の試練は基本飛ばしている
・ゾーラの里の下の水面から上まで登れるかどうか勝負とかしていた。自分で遊び方を考えられるのはいいことだと思う

こんな感じでした。

あと、長男先日初めて馬を入手しまして、登録するときに「ぼくのだいじな馬だから…」とかいいつつ20分くらいなんて名前つけるか悩んでました。結局、長男が一番好きなものということで馬の名前は「でんしゃ」になりました。

ゲーム内のキャラクターの名づけに悩む、というのもあるあるというか、あれこれ真剣に考えてみるのもいいことだと思います。

全体的に、長男とゼルダ話するのめっちゃ楽しいなーという印象です。

スプラトゥーン2もやってますが、まあTPOはおさえつつ、健やかなゲーム生活を送っていってくれればと思います。今のところ、ちゃんと夏休みの宿題とも両立出来ているようで偉いと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

時をかける少女がSFだったことを、皆は覚えているのだろうか。


こんな話を読みました。





これ、ガルパンがSFかどうかということ自体は定義論になっちゃうと思うんでここでは触れないんですが、納得感がある部分はありまして。

つまり、

「かつてはガチガチのSFだったものが、他のジャンルに取り込まれ過ぎてSFとして認識されなくなってしまった現象」

というものは確かに、かなり広範にみられるんじゃねえかと思ったんです。

例えば、時をかける少女、ありますよね。2006年にリメイク版がアニメ化されたヤツ。

あれ、元をたどれば原作筒井康隆先生ですし、正真正銘のSF小説に分類されると思うんですが、2007年にロングラン興行になった時、アレを「SFの復権」って受け取った人、いたかな?って話なんです。

少なくとも私の認識では、アレ全く「SF映画」としては扱われてなかったですよね。もう完全に、ジュヴナイル、青春映画、恋愛映画としてのカテゴライズだった。宣伝にも批評にも、SFのエの字もなかった。原作そのまんまの映画化ではないとはいえ、タイムリープっていうテーマは作品の主軸になってるのにですよ?

勿論、元々「製作者がSFとして見せようとしてない」ということではあると思うんです。ただ、それってつまり「タイムリープ」というネタ自体が、特に「SF」というカテゴリーの元でなくても見せられるくらい「身近」なネタになった、ということですよね。


「SFというカテゴリーでなきゃ使えないネタ」「そのネタをメインテーマにした時点で、勝手にSFになってしまうネタ」というものがある、ないしあった、と思います。

けれどそれが、

A.頻繁に使われることで、ネタとして身近になり過ぎてしまった
B.現実世界でも実現された、ないし実現され得る状況になってしまった

といった事情で、必ずしもSFと不可分でなくなってしまった。

だから、「これよく考えるとSFだよな」という作品でも、SFとして認識されない。


多分、こういうことって結構色んなネタで発生してると思うんです。


例えば、かつて「超能力」「サイキック」というものは、SF小説の代表的な題材の一つでした。超能力というもの自体が、理屈づけはされているものの奇想天外なものであって、物語の題材として「超能力」という言葉をつかうとすれば、それはもうSFでやるしかなかったんです。例えば「虎よ、虎よ!」とか、スランとか、スキャナーズとか、SFの古典には超能力が前面に出てくる作品多いですよね。

けど今、テレパスやサイコキネシスなんてお手軽過ぎてその辺のコンビニでも買えちゃいそうなくらい身近な題材ですし、ごく普通の青春小説やらコメディやら、なんならファンタジ−でも普通に出てきます。

多分、「ミュータント」とか「動物の知性化」とか「並行宇宙」「ナノテクノロジー」といった言葉についても、今では「SFと不可分」ではぜーーんぜんなくなってると思います。それを出せばまあSFだよね、というテーマではなくなってしまった。「人格の置換」なんかもかつてはSFの題材だったと思うんですが、「君の名は。」なんて誰もSFとして考えてないですよね。

これが、「A.頻繁に使われることで、ネタとして身近になり過ぎてしまった」の例の一つだと思います。



例えば、かつて「海底二万哩」は正真正銘のヴェルヌのSF小説でした。それは何故かというと、「潜水艦」とか「海底の旅」といったものが別世界、異次元の話であって、「海底の旅」というテーマ自体SFというカテゴリーでないと扱えなかったからです。

けれど今、例えば「沈黙の艦隊」をSF漫画として認識する人は多くない、というか殆どいないでしょう。潜水艦というものは、実際に実現されて、しかもそれなりに身近なものになってしまった。SFではない、現実世界のリアルな物語として受け入れられるテーマになってしまった。ロボットとか、アンドロイドとか、サイボーグといったテーマもこれに準ずるのではないかと。

これは、「B.現実世界でも実現された、ないし実現され得る状況になってしまった」の代表的な例の一つだと思います。


これって多分、「SFでないと出来ないテーマ」というのは日々縮小され続けている、ということを意味してはいますよね。勿論SFで書いてもいいんだけど、別にSFでなくても出来るよな、という。

今「これをやったらほぼSFになるテーマ」ってどんなのがあるでしょう?星間宇宙旅行?サイバーパンク?ディストピアや、コンピューターの反乱は流石にまだSFでしょうか?異星生命との遭遇はぼちぼち怪しいかも知れないですね。


ただ、これ、別に悪いことじゃなくって、「現実がだんだんSFに追いついてきた」と考えると、結構面白い側面もあると思うんですよ。時代が追いついてきた。多分、かつてのSFの巨匠たちはみんな、「いつかホントにこういう世界になれば面白いのになあ」と思いながら作品を書いていた、と思うんです。


近い将来、ガチで宇宙旅行の話を書いてもSFとして認識されなくなりました、とかなったらすげえなあ、と皆さん思いませんか。多分そういうのが、昔からの「SFの醍醐味」っていうべきものなんだと思うんですよ。


今後の「あれ、これはSFだった筈…」という展開を今から楽しみにしているわけです。いや、コンピューターの反乱とかはちょっとノーサンキューですけど。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:55 | Comment(11) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

中学の昼食時間の話やら部活の話についての雑感

雑感です。

こんな記事を読みました。


横浜市の中学校での給食の時間配分が問題になってるみたいですね。
午前の授業が終わってから午後の授業が始まるまでの時間はそれぞれの学校で決めることができますが、多くの場合およそ45分だということです。

内訳を見ると、「準備」が5分、「食べる時間」が15分、「昼休み」が20分、「次の授業の準備や移動」が5分となっています。
私は中学時代名古屋にいたんですが、正直なところ、自分が中学生の時どんな感じだったかあまり記憶にありません。どうでしたっけ?

そこまで昼食の時間がギリギリだったという記憶はないのですが、これは単に私の食べる速度が割と速い方だからかも知れません。食べるのに時間がかかる子はそりゃ大変だろうなと思いました。

「よく噛んで食べる」といった食育の意味でも、第一感としては15分という時間は短すぎのようにも思います。例えば給食の前後は教室での授業に限定するとか、移動の時間を省く工夫とかって難しいものですかね?

それはそうと、この時間配分の理由が話題になっているようで。

実は、小学校から進学したばかりの中学1年生は、それまでより5分から10分ほど短い時間で給食や弁当を食べなければならなくなります。
授業や部活の時間を確保する必要があるからです。
中1“給食”ショック
横浜市の教育委員会は、部活について「日が長い夏でも午後6時半ごろまでしか行えず、十分な時間を確保するためには昼食の時間はこれ以上取れない」と話していました。
また、広島市や北九州市は、「授業や補習の時間を確保するにはしかたがない」と話していました。

授業や部活の時間を確保する必要性からの時間割になっているようです。授業はともかくとして、部活の時間ってわざわざ学校が確保しなきゃいけないようなもんでしたっけ?なんか、私が学生の頃はもうちょっとてきとーだった気もするんですが、学校側がわざわざ部活の時間を確保しないといけない、というのはちょっと私の印象と違います。

部活なんてものはやりたい人がやるものであって、その為にわざわざ学校がスケジュール調整するようなものじゃなかった記憶もあるんですが…最近の中高だとその辺ちょっと違うんですかね。

これ、もしかして部活動全員加入が前提となってたりするのかな、と思ったのでちょっと調べてみました。下記は、ちょっと古いですが2008年の調査です。



下の表をみるとわかるように、調査時期はやや古いものの2008年の時点で、部活動の参加を生徒に義務付けている学校が、岩手県では99.1%を占めている。岩手県ほどではないにしても、静岡県では54.1%、香川県では50.0%で半数を超えている。
県によってかなりバラつきはあるようですが、全員加入の学校もそれなりの率あるようです。そもそも部活動は「自主的な活動」である筈なので、全員に加入義務があるっていう制度には違和感がありますね。


そういえば、先日は「部活動顧問」という立ち位置のブラックさが随分話題になっていましたね。どうも最近、部活動がなにかと問題になることが多いような印象です。



それはそうと、冒頭の記事の反応を見ていると、「部活動なんてやめてしまえ」という意見がかなりの率見受けられて、これについては流石にちょっと短絡的なんじゃないかなー、と思いました。



私の考えを端的にまとめると、以下の通りです。

・部活動への加入強制、全員加入はそもそも部活動の主旨に反しているので改めるべきである
・勿論、「内申に影響があるから」といった理由で結果として反強制になっている、といったことも改めるべきである
・自由に部活を選んだりやめたり出来るということを前提として、「クラス以外の居場所」としての部活動は重要だと思う
・それはそれとして、部活動顧問の労働条件の問題は改善されるべきである


まあ読んで字の如くなんですが。

どうも部活というものに嫌な記憶をお持ちの方は多いようで、運動部的なしごきや加入義務みたいな問題がその背景にあるのかも知れないですが、それはそれぞれ個別の問題として解決するべきであって、「部活動自体を廃止するべき」という向きについては流石に違和感が強いです。


私が特に重要だと思っているのは、「クラス以外の居場所」「クラス以外の人間関係」という話でして、部活動がなくなってしまうと、基本的には「学校における人間関係」がクラスのそれに限定されてしまうと思うんですね。

以前、「人間は複数のコミュニティに所属していると精神が安定しやすい」という話をどこかで読みました。なんか社会心理の本だったと思うんですが、パーソンズでしたっけ?違うかも。まあ、「あるコミュニティでの人間関係が悪化しても、他のコミュニティに避難することが出来る」という点は、直感的にも理解しやすいと思います。

クラスで人間関係が上手くいっていない子が、部活で共通の趣味をもつ友人との会話を救いにする、みたいなケース、昔から結構あると思うんですよ。勿論、それと同じくらい「部活で上手くいかないケース」もあるのかも知れませんが、それにしたって「退部、転部が自由」という前提であればそこから逃げてしまえばいいだけの話です。

大事なのは多分、選択肢の広さだと思うんですね。部活に入ってもいいし、入らなくてもいい。けれど、クラスの人間関係が煮詰まってしまったら部活に逃げることも出来る。多分、そういう状況の方が望ましいんじゃないかなーと思うんです。


ちなみに私自身は、主に陸上部に所属しており、卓球と五目並べとモノポリーを専門的にやっておりました。

何を言ってるかわからねーと思うが、何故か陸上部の部室に卓球台と碁盤とモノポリーがあったんです。割と楽しかったです。


今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

スプラトゥーン2の「負けた言い訳のしやすさ」に感心した話


特に対戦ゲームにおいて、「負けた言い訳のしやすさ」ってかなり重要な要素なんじゃないかなあ、と最近考えています。負けた時、「何のせい」と言えるか。「何のせい」に出来るか。


例えば、囲碁や将棋のような完全情報ゲームでは、基本的に「負けの理由」を「相手が強かった」ないし「自分が弱かった」にしか出来ません。負けの言い訳をしにくい。負けが即「自分の実力不足の認識」に直結するんですね。

これがポーカーやブラックジャック、あるいや麻雀のようなランダム性が絡むゲームになると、程度の差こそあれ「引き運のせい」「運が悪かった」といった言い訳が可能になってきます。


一方、これが例えば対戦格闘ゲームや対戦型パズルなんかだと、まあ「レバー/コンパネのせい」とか「キャラ差やキャラ相性のせい」といった言い訳の余地はあるんですが、基本的には「自分の実力」に敗因が寄りやすい。ゲームタイトルにもよるんですけどね。


「負けの言い訳がしやすい」ゲームと、「負けの言い訳がしにくい」ゲームがあるような気がしています。そして、「負けの言い訳がしにくい」ゲームというのは、実力の判断がしやすい代わりに、負けた時にかかるストレス、負けた時に必要な精神的コストが大きい。

一方、「負けの言い訳がしやすい」ゲームは、言ってしまえば「負けても自分を直接責めなくて済む」側面が大きいわけです。勿論これも良し悪しなんですが、ここではその話はしません。


負けの言い訳っていうとちょっと聞こえが悪いですが。今の時代、「ライトユーザー向きかどうか」ということを判断する尺度で、「負けの言い訳がしやすいかどうか」って結構大きいと思うんですよ。


自分の実力不足を何度も味わいつつ、少しずつ上手くなる、ということに慣れているガチゲーマーの人には、ちょっと感覚が分かりづらいかも知れないんですが。


世の中、皆が皆「お前が悪い」「お前は弱い」という言葉を受け続けて、それをバネにして成長出来る人ばかりではありません。「何かのせい」にしつつゆるく続けたい、「何かのせい」に出来た方が結局続けられる、という人って結構多いような気がするんですね。多分、いわゆるライトユーザーという層ほど、そういう人が多い。



ところで。


ここからが本題なんですが、スプラトゥーン2をプレイしていると、極めて「負けの言い訳」がしやすい構造になっているなあと感じます。前作から既にそうだったんですけれど、今作は更にそれが進行しているような気がする。


・そもそもチーム戦である
・勝利/敗北条件が「塗り面積」「ヤグラの進行」「エリア占拠のカウント」など、一人一人の責任範囲が不明確なものである
・ゲーム進行がスピーディで、(特に慣れていない人にとっては)一人一人の戦果や行動を正確に把握しにくい
・勝つ為のノウハウが定型ではなく、他人の行動がノウハウに沿ったものであるかどうか判断しにくい
・今作からは、デス数もゲーム上では確認出来なくなっており、自分の「敗因に繋がる行動」がより不明確になっている。また、キル数もサポート込の数字になっている


多分他にもあると思うんです。変な言い方ですが、「自分の責任」が極めて隠蔽されやすい構造に、多分意図的にされているんじゃないかという印象があります。

そもそも、スプラトゥーンはチーム戦なので、元々「一人で勝つ」「一人で負ける」というゲームではありません。協力しないと勝てないし、負けたからといって即「自分が弱かったから」ということにはならない。

更に、スプラトゥーンはいわゆる「キル/デス」が即勝敗に紐づく構造にはなっていません。勿論キルされればその分不利にはなるんですが、キル数やデス数がそのまま勝ち負けに繋がるルールではない。実際、きちんと仕事をした上で敵をひきつけてキルされる、なんて行動であればちゃんと勝利に紐づいた行動になっていたりします。

とはいっても勿論「キル/デス数」というのはある程度は客観的な指標になり得るわけですが、それが「2」ではリザルト画面で出てこない。キル数はサポ―ト込みの数字だし、デス数はイカリングがないと確認出来ないんです。「なんか何回か死んだなー」という印象はあっても、それが明確な結果として突きつけられない。

しかも、スプラトゥーンのゲーム構造は、慣れていない人程「味方の行動」を把握しにくい作りになっている。誰がどこで何やってんのか、というのは、ちょくちょくマップをチェックして、ある程度ゲームに通じていないと理解出来ないわけです。味方が勝利に貢献しているのか、それとも足を引っ張っているのか分かりにくい。


以上のような仕様の結果どうなるかというと。これもちょっと言い方がアレですが、スプラトゥーン2は、ものすっごく「味方が弱かったから負けた」という言い訳がしやすい構造になっている、と思うんです。

実際、「スプラトゥーン 味方運」とか「スプラトゥーン 味方が弱い」とかで検索してみると、わらわらそれっぽいページが引っかかります。負けた時、まず「味方のせいで負けた」と思いやすい、そう思えるようなシステムになっているのではないかと。


これ、ガチゲーマーの人にとってみれば「言い訳すんな!お前が弱いんだろ!」と言いたくなる状況かも知れません。「自分が弱い、ということを見つめないと強くなれない」とか言いたくなる人もいるかも知れません。それはそれでもっともです。


ただ、繰り返しになりますが、世の中「お前は下手だ」と言われ続けながらそのゲームをプレイし続けられる人ばかりじゃない、と思うんですよ。適度に「自分のせい」が隠蔽されるからこそ続けられるし、結果として続けている内に強くなれる。そういう人も結構な数いると思うんです。


間口を広げる為に、「いかに負けの言い訳をしやすくするか」というデザインがあってもいい。かつ、スプラトゥーン2は、(リザルト画面とか特に)それをかなり意識しているように見えるなあ、と。


「負けの言い訳のしやすさ」という視点でゲームを見てみるのも結構面白いですよ、と、そんな話でした。


余談ですが、私が大好きなSTGというジャンルも、どちらかというと「負けの言い訳」がしにくいジャンルだと思います。そんな中でも、「彩京弾は人間が反応出来るように作られていない!!つまり俺が今死んだのは開発者が悪い!!」と大っぴらに主張するシューターは存在しました。逆に清々しいと思います。


今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 12:14 | Comment(7) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

スプラトゥーン2で、初心者が急に勝てるようになる(かも知れない)考え方ひとつ

スプラトゥーン2始めました。長男ともどもハマっています。


超面白いですよね。スプラ2。個別の感想はまた別に書くつもりなんですが、今のところは非常に良好な感じです。特にサーモンランが楽しい。

で、一応前作経験者ではありながら、久々のプレイで何もかも忘れて完全にド初心者に戻っていたこともあり、ナワバリバトルでしばらく負けまくっていたんです。皆さんごめんなさい。

あれーこんなに負けまくるもんだっけ?と首をひねっていたんですが、とある方の投稿イラストに書いてあった言葉を見て、「あ、そりゃそうだな…」と納得した後、いきなりさくさく勝てるようになりました。ちょっと感動したので紹介させていただきます。

その言葉は、「強い人は敵に突っ込みますか?いや、待つ」というものでした。

そうだった、そうでした。私は、「待ち方を考える」ということを、完全に頭の中から消失させていたのでした。勝てないわけです。

かつて、ストIIで「待ち軍人」という言葉が猛威を振るった例を顧みるまでもなく、「待つ」というのは戦いの基本です。

「待つ」っていっても、「自陣に引きこもって出てこない」という意味ではないですよ。


・相手を視認してから行動する
・自分が不利な状況で前に出ない
・自分が有利な状況に相手を引きずりこむ
・有利な状況を作ってから行動する

こういうことです。

およそ、ナワバリバトルで何が一番ダメかって、当たり前みたいですけど「無意味に死ぬこと」(ガチバトルでもですが)なんですよね。死ぬと自分の周囲に敵インクが飛びますし、その間フリーになった敵にナワバリを塗られまくります。

「周囲を確認せずに行動して、敵インクのエリアに突っ込んでってあっさりやられる」というのは、スプラ初心者(私含む)が一番やりがちな「無意味な死に方」です。これだと相手にとっては思惑通りで、相手陣営をどんどん楽にしてしまうだけです。

生きている限りはやれることは色々あります。なにより、スプラトゥーンでもっとも重要な「塗る」という仕事が出来ます。死なないで仕事すること大事。超大事。

スプラトゥーンの基本は、当たり前のようですが「自陣のインクの中で行動する」ことです。いきなり突っ込むのではなく、まず「インクがちゃんと塗られている」「周囲に味方がいる」という有利な状況の中で行動するべきなんですよね。

・仲間と連携して、周囲をしっかり塗る
・敵が来たら出来るだけ2対1、3対1などの数的有利の状況で対応する
・相手が視認出来ていなかったら、壁に隠れてまず視認を試みる
・突っ込んできた相手を待ち伏せで倒す

で、たとえ初心者であろうとも、この「数的有利の状況を作る」ということにはちゃんと役立つことが出来ます。相手を突っ込ませる囮になることも出来るし、ちょっとでもダメージを与えて味方のキルのサポートをすることも、もちろん周囲のエリアを塗ることだってできる。

「相手を見てから行動する」ことを心がけるだけで、当たり前ですが不意打ちで死ぬことは激減しました。重要な気がします。

こうして考えると、かつてのアタリメ司令やホタルが言っていた「壁の後ろで深呼吸」というのは文字通りの鉄則だったんだなあ、と、改めて深く感心した次第なのです。


まあ勿論死ぬときゃ死ぬし、負ける時は負けるんですが。頑張ります。

あと、ちょっと気が付いたTIPSなんですが、

・インク回復中、イカジャンプ中など、ちょっとした空きタイミングでXボタンを押して一瞬だけ地図を確認する
・自分の前方と横など、空きスペースが複数ある時は、片方にボムを投げ込んでから行動する
・最前線へのスーパージャンプは避ける(場合にもよる)

などは覚えておくのがよいような気がしてきました。

まあ何はともあれ、今後もスプラ2を楽しんでいきたいと思いますので、皆さんよろしくお願いします。

ということで、今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 08:27 | Comment(4) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

読書感想文は、ただちに「面白かった本のお勧め文」に名目を変えるべきだと思う

以前、長男が読書感想文にえらく苦戦していた時、いろいろアドバイスをしたことがありました。Books&Appsさんに、その時の顛末を寄稿しました。リンクは下記です。


これ、小見出しがどうとか、サンプル的な構成とか、細かい話も色々したんですけれど。

一番のポイントは「読書感想文」ではなく、「面白かった本を他人にお勧めする、お勧め文」という風にとらえ方を変えたこと、だったんじゃないかなあと思うんです。

大体どんな層を観測しても、読書感想文に対する最大のハードルは、「何を書けばいいか分からない」でした。これについてはほぼ紛れがないと思います。

「書き方」というより、「書く内容」の話なんです。書き方はとっかかりにはなりますが、「何を書きたい」ということが明確でないとあまり意味はありません。

けれど、「誰かにその本をお勧めしたい?」と聞いてみると、長男からはすぐ「したい!」という言葉が帰ってくるんです。つまり、「面白さを誰かに伝える」という方向性であれば、長男はすぐに「書きたい内容」を思い浮かべることが出来る。

これについては、多分割と色んな子どもに共通した話だと思います。「面白かったものを、他の誰かにもお勧めしたい」という欲求は、多分誰にでもある。マニア気質というのか、共有欲求とでもいうんでしょうか。基本的な動機付けがあるとないとでは大違いです。

なにより、「誰かにお勧めしたいと思えるくらい面白いかどうか」という視点で本を探してほしいし、本に出会って欲しいと思うんですよね。

「感想」という言葉は、率直にいって難しいです。方向性が曖昧でよくわかりません。「感じ、思ったこと」というのはちょっともやっとし過ぎているんです。

勿論、「もやっとしたもの」を明確な形にまとめ上げる、という能力は、それはそれで必要です。ただ、それにはある程度慣れも要れば技術も必要で、「何かを読んで、それについてを文章に出力する」という行為をし始めたばかりの子どもが、いきなり要求されるべきハードルではありません。


方向性が曖昧だと書きにくい。だから方向性は明確にしてあげた方がいいし、子ども共通の欲求がそれに使えるならもっといい。

私はこれを当たり前のことだと思うんですが、どういうわけか、読書感想文についての指導はそんな感じになっていないように思います。

以下はwikipediaからの引用です。

「興味深く面白い」「とても共感した」「これまでの考えを反省した」などの肯定的、主観的または道徳的な意見・感想は良い評価を受けやすい。このような読書感想文の評価基準は青少年読書感想文全国コンクールにおいて好成績を収めた読書感想文からも読み取れる。
これなあ。いや、心当たりもないことはないんですが、興味深いとか面白いとかはともかくとして、「これまでの考えを反省」とか「とても共感」なんてことが読書に必要かなあ?と思うんですが。何故か読書感想文って、「素晴らしい本に出会って今までと変わった自分」「こんなに成長した私」を出力させたがるような気がするんですよね。

いや、RPGのステータスアップアイテムじゃないんだから、本一冊読んだだけでぐぐんと成長出来るわきゃないし、本一冊読んだ程度でころころ考え方が変わるなら、個人的にはそっちの方が心配です。

「この本に出会ってこんなに成長した私」よりも、「この本面白いぜ!!ほら!!ここが!!!こことか特に!!!!」の方がずっと書きやすいし、読んでいても面白いし、更に読書体験をつなげることが出来る、と少なくとも私は思うんですが、どうなんでしょう。


なんにせよ、今年も長男には読書感想文の宿題があるようですし、今はどの本について書こうかあれこれ考えているようですし、もし困っているようならまた様子を見つつちょこちょこアドバイスしてあげようかなあと、そんな風に考えている次第なのです。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 11:19 | Comment(6) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北海道にいってきたらすずらん丘陵公園が超楽しかったです

どうもしんざきです。私+奥様+しんざキッズ3人+奥様のお母さま、の6人パーティで、4日間くらい北海道にいってきました。札幌とか小樽とかうごうごしてました。全体的に超楽しかったです。

初日:小樽をうろついて海産物を食べる。その後、自由時間をもらって札幌ゲー音部の皆様とセッション。ロマサガ3のポドールイとか、その場のノリで色々やる。

二日目:旭川にいって旭山動物園に特攻し、猿に観察されたりペンギンが泳ぐのを下から見たりする。夜はCIRCOでイタリアンをいただく。チーズフォンデュとチキンウィングがおいしかった。あとアコーディオン生演奏でドラえもんを演奏していただいたりした。

三日目:ホテルのバイキングで普通にいくら丼やねぎトロ丼が食べられることに感動しつつ、朝からすずらん丘陵公園にいって夕方まで遊び倒す。流石に子どもたち疲労困憊、ホテルに戻ってお風呂だけ入って夜は速攻寝る。

四日目:奥様リクエストで四つ葉ホワイトコージでパフェを食べた後、しばらく新千歳空港で遊んでから東京へ帰還。暑いだろうなーと思ったら22度とかで、むしろ札幌級に涼しかった。ありがたい。

こんな感じの行程でした。


で、そんな中でも、札幌は真駒内からバスで30分、すずらん丘陵公園が超楽しかったので紹介させていただこうと思います。


マップを見ていただければわかる通り、ものすっげえ広いわけですが。この内、こどもの谷ゾーンだけでも2日間くらい遊ぶキャパシティがあります。


すずらん公園・入ってすぐ.jpg

中央ゲートから入ってすぐの光景。すげえ広い。全面積でいうと、神奈川のこどもの国の3倍くらいあるそうです。

で、ちょっと気合入れてこどもの谷まで歩くと、

すずらん公園・すべり台.png

こんな感じの滑り台とか、

すずらん公園・ありづかの塔.png

こんな感じのアリ塚状の建物とか。この中も登っていくと二つくらい滑り台がありまして、幾つかの出口から出られたり、ちょっとしたダンジョン探検の雰囲気です。

すずらん公園・謎の隠れ家.jpg

これはアリ塚の塔のすぐ横、なんか謎の建造物。こういうの大好きな長男がすぐに突入しまして、


すずらん公園・中はこんな感じ.jpg

中はこんな感じになってました。これだけでも、普通の公園なら十分メイン遊具になりそうな感じ。

すずらん公園・アリの巣トンネル.jpg

ありの巣トンネルというのがありまして、中はこんな感じ。ちょっとした迷路になってまして、子供たちーズは3人でキャッキャ言いながら探検してました。ここだけでもしばらく遊べそうだったんですが、これ色んな場所への連絡通路にもなってまして、

すずらん公園・虹の巣ドーム.png

ついた先ではこんな感じのネット遊具も。虹の巣ドームっていうところです。小学生が超絶楽しめそうな全面ネット遊具の他にも、上が開いている3歳以下の子供用のネットもあるので小さい子も安心。普通にハイハイして遊んでる子もいました。

また、ここの隣接エリアには「森のすみか」というちょっとした森散策が楽しめるゾーンもありまして、ところどころに

すずらん公園・森の隠れ家.jpg

こんな感じの木造遊具も。ここでは長女と次女がおうちごっこ(いわゆるおままごと)を始め、ここだけでも1時間くらい潰れたりしました。どのエリアも子ども誘因力高杉。

あと、「ひたすら広大な坂に、玉転がしみたいなでかい球がいくつも用意されている」というゾーンがありまして、

すずらん公園・玉転がし.png

この発想のスケール。球を坂の上まで運んでいってそれを転がすだけ、という非常にシンプルな遊びなんですが、これが超楽しい。けど超疲れる。

他、定番のふわふわエッグ(トランポリンみたいな遊具)とか、水遊びが出来るゾーンとか、本当に二日間丸々入り浸っても遊びつくせそうにない超絶ボリュームでした。

出口付近で.jpg

出口付近でしぶとく走り回って遊ぶ長女次女。平日だったこともあり、どこも空いていて非常に快適に遊べました。近所にあったら月1で通うんだけどなーー。

正直今回遊べたのは本当に公園の一部分でして、まだまだキャパシティがすげーありそうだったんですが。また札幌に遊びにいったときはヘビロテしたいと思いました。


取り敢えず、今日書きたいことはそれくらいです。
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2017年07月21日

「Googleに最適化していないメディア」に隆盛して欲しい

特にまとまった内容ではないです。

ここ最近、「検索エンジンに最適化した低品質な情報」という話をあちこちで見かけて、正直ちょっと気が滅入っていました。

いろんなクリニックをじっくり比較してから施術を受けたいと思って検索してみたら本当にアフィリエイトの息がかかっていない体験談なんて一切見つからない。よくよく考えたら金をもらわずに自分の恥部の脱毛の話をする人なんて少ないだろうけど、もしかしたら居るかもしれないその人たちの体験談もアフィサイトによって全部埋められてる。さらには「脱毛のアフィリエイトは稼げるジャンルです!」とか検索結果に出てくんの!ばーーーか!

なんか昔はインターネットってもっと有用なかんじだと信じてたというか、個人の利害が関係ない情報をたくさん見れた気がするんだけどそういうのも幻想だったんだろうか。

これ、実のところ私、結構同感でして。

いや、そんな統計的な根拠があるわけでもないので雑感で話すんですけど、昔だってしょーもないコンテンツとか、でたらめなコンテンツとか、悪意を持ったコンテンツとか、完全に詐欺のコンテンツとか、いろいろ玉石混交だったと思うんですよ。その玉石混交具合自体は、今と同じか、もしかするとそれよりもっとずっとひどかったかも知れない。

ただ、「今程SEO対策が洗練されていなかった」というのは明確に言えると思うんですよね。どうすればGoogleをHack出来るのか、今程セオリーが確立されていなかったし、そのセオリーにしても一般人が気軽に手を出せるところではなかった。だから、「個人(ないし小規模な組織)がアフィリエイト収益目当てで量産した紙っぺらみたいなサイトがバシバシ上位に」なんてことは、多分今程は起きていなかった、と思うんです。

まあ、Googleの検索ロジックも時代を経るごとに変わっているんで、イタチごっこっていうか波はあったと思うんですけど。はてなキーワードが軒並み上位に来る時代とかもありましたし。

正直、Google結果がここまでアフィリエイトに侵食されちゃったインターネットを、俺たちは子どもの世代に引き継がなくてはいけないのか…ってことまで考えちゃいまして。もう「ぐぐれ」とか安易に言えない時代になったなあ、と。


ここで話は全然変わるんですが。


そういう意味で、Google検索に特化していない、検索流入に期待していない、検索とは別のところで勝負しているメディアには、どんどん頑張ってもらいたいなーと思ったわけです。そういうメディアがどんどん隆盛して、結果としてGoogle検索の影響度の割合が低減すれば、まだ何かしら救いがあるなあ、と。


この記事を読みました。


最近ちょくちょく寄稿させて頂いている、Books&Appsさんの話が出ています。

安達裕哉氏(以下、安達) 実はですね、うちはGoogle八分を食らってる感じです。検索エンジンからの流入は10%しかないですね。この原因について単純に言えば、キーワードをぜんぜん意識して書いてないからっていうのもあるのですが。
その代わり、SNSからの流入が50%あります。あと、ダイレクトがその残りという感じになっています。かなりSNSを意識して集客というか、記事を書くことはよくあります。

Books&Appsの安達さんって、寄稿する時にホント「何書いてもいいです」って言ってくださってるんですね。Books&Appsって、サイトの方向性からすると、どちらかというと仕事とかマネジメントの話が多そうに見えるんですが、全くそれに合わせる必要はないと。

なので、私マジで仕事ともBooksともAppsともなんっっっの関係もない記事書きまくってますからね。大航海時代の話とか、civ4の話とか、三匹の子豚の話とか本当にその時思いついたことしか書いてないですからね。そりゃキーワードなんて1ミリも意識してなかろーって感じではあります。

そろそろ、「Google検索に最適化して当たり前、勝負はそこから」みたいな文化と関係ないところがもうちょっと盛り上がってもいいんじゃないかなあと。

専門特化、キーワード出しまくり、内容よりもまずは検索流入、みたいなコンテンツは流石に食傷気味だなあ、と。

ぶっちゃけて言えばそんな風に思うわけです。

正直、Books&Appsさんの記事読んでて、「これちょっと違うんじゃないかなー」みたいに思うこともちょくちょくあるんですよ。ただそれも、書いている人それぞれが、自分の考えをストレートに出している結果とはいえるんじゃないかなーと。

Books&Appsさんのような、「ブロガーが、流入とか何も意識しないで書きたいこと書ける」みたいなメディアは貴重だなーと個人的にも思っておりまして、そういう意味で引き続き協力させていただければなーと考えているわけです。

今日書きたいことはそれくらい。


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2017年07月20日

「好奇心は女子高生を殺す」の高橋聖一先生から色紙を頂きました

単なる自慢記事です。

ゲッサンで「好奇心は女子高生を殺す」を連載されている、高橋聖一先生からサイン色紙を頂きました。わーい。許可を頂いたので、折角なのでブログに掲載させて頂きます。

高橋聖一先生から色紙いただいたーー!

shikisi.png

ゲームやってるみかんとあかね子がかわいいですよね!

何で色紙を頂くことになったのかといいますと。

「好奇心は女子高生を殺す」の12話、上記リンクから読めるんですが、そちらでとあるパスワードが掲載されていたんですね。どういう風に出ているかについては、是非読んで頂ければと思うんですが。

「ぬたたて はんなな
ぬはほて こりこや」

んーーなんか見覚えがあるパスワード構成やな、と思っていたところ、高橋聖一先生がこんなツイートをされていたんです。

おお、楽しそう。ということで考えてみることにしました。
何はともあれゲームタイトルが分からないことには話になりません。

上記パスワードを見ると、

・パスワードはひらがなのみの16文字
・構成的に、8文字 × 2 桁として意図的に書かれているように見える
・つまり固定長っぽい。RPGのパスワードは可変長か、あるいは固定長でももう少し長いものが多いので、アクションRPG、AVG、STG、ないしパズルゲーム辺りのような気がする
・「クリア直前」とあるところからも可変長っぽくない。可変長でクリア直前なら多分もう少し長い
・かなりやり込んでおられるっぽいこともあり、そこまでマイナーなゲームではないような気がする

上記条件から、エッガーランドか、月風魔伝か、さんまの名探偵か、飛龍の拳2か、ガーディック外伝辺りが候補として思い浮かびました(後ろ二つは桁数は近いけど固定長じゃなかったかも)。で、問題の条件に「おかね」とあるところから、おかねの概念がないゲームは候補から外れます。

となると月風魔伝かなあ?そういえば月風魔伝のパスワード桁数ってちょうどこれくらいだったような。

と思って3DSを立ち上げて、バーチャルコンソールの月風魔伝で入力してみるとこれがビンゴでしたびっくり。珍しく冴えてましたね。

内容については伏せますが、相当やりこんでおられるデータでした。展開的にはクリア直前と推察します。皆さんもバーチャルコンソールで月風魔伝遊びましょう。楽しいですよ月風魔伝。源平討魔伝派としては複雑な部分もあるんですが、ゲームとして超面白いことは保証します。

それはそうと、ゲッサンは「からかい上手の高木さん」や「アオイホノオ」がちょくちょくブレイクしているように見受けられ、以前から読んでいたんですが、「好奇心は女子高生を殺す」も今回せっかくなので単行本買わせていただきました。発売おめでとうございます。


展開としては、「女子高生二人が毎回エキセントリックな展開に遭遇して、なんか割と冷静に順応しつつエキセントリックな状況を解決する」というお話で、どこかに理不尽感を残しつつもゆるい解決に着地させる、非日常系日常漫画というような作風を楽しませて頂きました。ご興味ある方は是非。

単なる自慢記事でしたが、今日書きたいことはそれくらいです。
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posted by しんざき at 12:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする