なんだか聞いていると、「面白くないこと」を言うことを凄く恐れている様だった。
そもそも「面白いことを言える様になりたい」という発想自体がよく分からないっちゃ分からない。別にネタ芸人やって生きてる訳じゃあるまいし、静かに飲む酒にも味がある。彼は確かにあまり口数の多い方ではないし、私は彼と静かにぽつりぽつりと飲むのも割と好きなので、むしろそういう欲求を彼が持っていることの方に意外さを感じた。身勝手な意外さなのだろう。
ただ、敢えて「面白いことを言う」ということについて考えてみると。話が面白い人ってそこまで面白くないことも実はたくさん言っていて、でもそれを全然恐れていないから、結果的に「面白い言葉」が映えている様な気がした。
「面白い話をする人」は、多分純度100%で面白い訳ではないのだ。ただ、彼らは「面白くないことを言うこと」を恐れない。
多分色んな理由があるんだと思う。数うちゃ当たる的な側面、外すことを恐れていない態度的な側面。話すことそれ自体によって引き出しが広がる側面なんてのもあるのかなあ、とか。
「面白いこと」を言う為には、「面白くないことでもいいからとにかく色々話すこと」が第一歩なのかなあ、と思った訳である。これは飲み会だろうがWebだろうがブログだろうがTwitterだろうが、何でもそうなんだろうと思う。勿論場面によって加減は必要だろうし、たまにぽつりという一言が凄く面白い人、というのもいるけれど。あれは多分才能か何かなんだと思う。
まず表現しよう、というのは通俗的なスタンス論に過ぎないかも知れないけれど、スタート地点がそこ以外にない、ということも確かなんだろう。そりゃそうだ。Webは、そういう意味では凄く「スタート」しやすい場所なんだと思う。
で。個人的には、話す以上と同じくらい重要、というか難易度の比重が高いのは「流す技術」の様な気がする。面白くない話が発生しようが、場の雰囲気がちょっと静まろうが、ナニゴトもなかった様に次のシーンに移行して場を引っ張れる人はホント凄いなあ、とか思う。
Webの話に移ると、Twitterがここまで盛り上がっている理由の一つに、「流れやすさ」「流しやすさ」というものがある様な気がする。一つの発言がいつまでもその場にいない。興味深い発言が色んな人に拾われて再消費される。すぐ流れるから安心して面白いんだか面白くないんだかよく分からないことが書ける。こんな環境でのコミュニケーションはそりゃ面白いわ、と思う。
普通の飲み会でtwitter的な流れの速さを実現出来たらすげえ面白い様な気もするが、目が回りそうな気もする。まあ私は酒さえ飲めればなんでもいいんですけどね。
ブログ的に、Web方面での話を一行でまとめるとするならば。
「怖がらないでまず書こう。そこから色んなことが始まる。」
2009年08月24日
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人が言ったことを面白く展開できるような会話ができるようになりたいなあ、とは思うけど、面白いことを言いたいとはあまり思わないなあ。
というわけでまた飲みに行きましょう!日程とか考えてみる〜。
存在性の主張(存在意義を深める)とか使命感(面白い話をする→人を笑わせる→幸福を与える)等でもし責任を感じての事であれば、『今のあなたと飲むのも嫌な気分はしない』と言ってあげると彼にとっての選択肢もひとつ増えるのではないでしょうか。
話の内容が面白いかどうかは別として、酒の席では場の雰囲気、空気で笑ってしまうもの。
面白い話や鉄板ネタがあっても話し方が下手では面白い話になりえないと私は思います。
逆にそれほど面白いと思えない内容でも、話し方次第では周りが笑えるような話を展開することは可能なのではないかと考えますね。
飲みましょう飲みましょう∩( ・ω・)∩
>クロマルさん
>『今のあなたと飲むのも嫌な気分はしない』と言ってあげると彼にとっての選択肢もひとつ増えるのではないでしょうか。
むう、それは言ってるんですけどね。話題を引っ張れる人になりたい、という意識の様な気がする。
表情筋を鍛えて一日中いろいろな人の話に等しい笑顔で答えてあげる方が人として好かれるって偉い人が言ってた。
女子と話がしたくてもきっかけが分からなくてモンモンとしている人は、その場の状況に応じて女子と関わる人を判断して、一緒にいれば必然的に女子との繋がりがもてると思う。