以前Twitterでも書いたことだが、カップル間のセックスの後には、「今のセックスは気持ちよかったか」「どの辺りに不満を感じたか」「技術的にはどういった改善の余地があるか」「今後の方向性とその対策」などを話し合う技術ミーティングの時間を設けるべきだと真面目に、真剣に思う。
海外においてどうなのかは良く知らないが、少なくとも日本においては、「技術的な意味での正しい性知識」が子どもに渡る機会は非常に少ない。
妊娠に関する知識、性病に関する知識、それは非常に重要だ。それを教えることは親、あるいは教育機関の重要な義務である。
しかし、本来性生活において、それに比する程重要である筈の「どうすれば正しく相手を気持ちよくすることが出来るのか」という情報については、徹底的に隠蔽されているというのが現実であるように感じられる。
確かに、そういったセックス技術的な話は、少なくとも親や教育機関が教えるべき話ではない、とは思える。しかし、エロビデオだのエロ漫画だのエロ小説だのエロ情報誌だの、セックス的なチート環境における情報のみが妄想いっぱい夢いっぱいの若者に詰め込まれ、しかもそれが矯正されないまま残ってしまうとしたら、その環境はそんじょそこらの教育問題とは比較出来ない程危機的だ。害悪である。日本のセックス率の低さがどうのこうの言っている場合ではないのである。
世の男性が、エロビデオ由来の性知識を本気にしているが為に、多大な被害を蒙っている女性が世にいかに多いことか。エロビデオで見知った「テクニック」などドブに捨ててしまえ。それはチート環境でのみ役にたつものである。
では、われわれは一体何に学べばいいのか。というか、セックスにおける「正しい技術」とは何なのか?
格ゲーにおける「最高の師匠」というのは、対人戦であり、対戦相手である。
セックスは極めて個人的な問題であり、「どうすれば気持ちいいか」というのは人、及びタイミングや状況によって全く異なる。
つまり、セックスにおいて気持ち良くしなければならないのは、その時その時点のパートナーであり、まさにそのパートナーにこそ学ぶべきである、と私は思うのだ。
私は提言する。セックスの後には、多少時間をおいてもいいので、必ず「技術ミーティング」の時間を設けるべきであると。
男性にせよ、女性にせよ、恐れることなく、恥ずかしがることなく、遠慮することなく「気持ちよかったかどうか」「今後どうすればより気持ちよくなれそうか」「体調や気分の影響はどうだったか」について語り合うべきであると。
「あんまり気持ちよくなかった」というのは、誰よりも相手の為に言ってあげるべきことである、と。
幻想が障害になっているのであれば、まずその幻想を打ち砕かなくてはならない。
性行為中の、特に女性の「快感を感じている演技」というものについて云々言われることがある。私は演技それ自体が悪いことだとは全く思わないし、むしろそれは相手を気持ちよくする為の手法の一つだと思うが、演技によって相手を勘違いさせてしまうことには問題がある。
「それは間違っている」と思えばはっきりそう指摘するべきなのだ。長く続けたい関係であればある程、どんなことにおいてもそうだ。そこから全ては始まる。
つまり、大切な関係であればある程、お互いに対しての「性行為巧者」になることが、カップルにとっては非常に重要なことである、と。その為にこそ、遠慮のない厳しい性行為ミーティングが必要である、と。まとめると、私はそのように思うのである。
以上、マジレスでした。
(注:ミーティング相手がいないという問題は当主張の守備範囲外です)
この記事は、ブログ企画NoBorderに投稿したものです。
2011年09月23日
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