先に断っておきますが、雑感というか、あんまりまとまった話ではないです。
「あ、ここは俺がいる場所じゃなくなったな」って思うことがあります。
「あ、この漫画、俺が読みたいって思う作品じゃなくなっちゃったな」って思うこともあります。
好みは人それぞれ、読みたいものも人それぞれ、書きたいものも人それぞれ。最初の段階で「これは俺向きじゃない」って思うことは勿論あるけれど、後から「最初は好きだったけど、最近はちょっと触れたいと思うコンテンツじゃなくなっちゃったな」と思うようになることも、そりゃあると思うんです。
それは寂しいことだけど、仕方ないことでもある。必然ですらある。変化しないコンテンツは、既に完結したコンテンツだけです。場合によっては、完結したコンテンツすら、「後からニュアンスが変化する」という形で変化することはあり得るかもしれません。
変化する限り、「向き不向き」は必ず発生する。だから、後から「not for me」になったとして、それは寂しいけれど必然のことなんです。もしかすると、昔は「not for me」だったものが、変化して自分好みのコンテンツになることだってあるかも知れない。悪いことばかりでもない。
何を書いてるんだと思われるかも知れませんが、きっかけは下記の匿名ダイアリーの記事を読んだことです。
書いてあることについては今更繰り返しませんし、私も前
こんな記事書いたんで、共感するところは共感するところなんですが。
ただ、考えてみると、「変化にともなって自分が見たいコンテンツではなくなる」ってことがあり得るのは、別にはてブみたいなwebサービスに限らんなあと。なんでもそうだと。この不倒城っていうブログだって、誰かの「not for me」になったことはそれこそ山のようにあるんだろうなあ、と。
いや、ソーシャルブックマークみたいなwebサービスと個人ブログを比べてどうすんだ、ってことは一応理解してますよ。ただ、別にブログがどうだwebサービスがどうだというよりもっと広範な、コンテンツ一般の話というか。あんま厳密な話ではないんです。
「コンテンツ」というもやっとした枠で考えると、色んな人が色んなコンテンツを抱えて生きているし、それらは生きている限り変化し続けるものだろうなあ、と。となると、お互いに「好みから外れる」ことは当然あるし、「新たに好みになる」ということも当然あるんだろうなあ、と。
不倒城を「あんまり読みたいコンテンツじゃなくなったな」と思う人はたくさんいるでしょうし、多分それと同じくらい「読みたいコンテンツになってきたな」と思ってくれる人もいるんじゃないかな、と。
それはいい悪いの話ではなく、当然、必然の変化なんだろうなあ、と。
だから、自分が誰かの「not for me」になることは、悲しいことかも知れないけれど、恐れるべきことではない。誰かが自分の「not for me」になることも、寂しいことかも知れないけれど、諦めるべきことでもある。
いつかまた「not for me」でなくなる時がくることを、あるいは別の「for me」が見つかることを期待して。今日も、誰かにとって「for me」になるといいなあと思う記事を、せっせとボトルに詰めてwebの海に放流しようと思うわけです。
それだけです。



読者のニーズを気にせんと自分がオモロいと思うたこと書く言うとったやろ
何いきなりセンチな文章書いとるんや、けったいやなあ
具体例を出すと、その作品が好きな人からすれば
なんでそんなこと書くの? って思われるところ。
読者のニーズを気にしないとも反するし、
「読むと不快になる文章」をわざわざ作成してしまう危険性もあって、
どうしてもふわっふわになってしまう。
でも、いいたいことはわかる。