こんな記事を読みました。
今更風来のシレン初めて触ってすげー楽しかったんだけど、バイト先でちらっと話したらオワコン扱いされて辛い……
風来のシレン楽しいですよね。私はシレン4中毒、というかシレン4の浜辺の魔洞中毒なので、どちらかというとシレン4をやることの方が多いんですが、SFCのシレンもまだたまにやります。掛軸裏の洞窟99Fがあまりにも無理ゲー過ぎる。ただでさえ無理ゲーなのに、あれを肉なしでやる人がいるとか本当に理解の範囲外というか、人間の可能性の奥深さを感じる他ありません。
それはそうと。
私、そもそもレトロゲーマーなんで、元来この「オワコン」って言葉あんまり理解出来ないんですが、なんか妙に「〇〇はオワコン」って言いたがる人、一時期よりは減ったけどまだたまに観測出来ませんか?
個人的には、
コンテンツが終わったかどうかをなんでお前に判定されないといけないんだバーーーーーカ
と思ってやまないんですよ。お前は何か?コンテンツ終了判定委員会の委員長か何かか?オワコン村の村人か?
元より、自分が愛好し続ける限り、コンテンツに「終わり」はありません。ゲームを遊び続ければ何かを見つけることが出来るし、そこから何かを広げることが出来る。サービスが終わったオンラインゲームか何かであればまだしも、たとえ今この瞬間誰一人遊んでいないゲームであっても、だれかに再発見されて遊ばれる可能性は決してゼロにはならない訳です。
私多分ファミコン版のイーアルカンフー一生遊ぶと思いますけど、未だに「あ、こいつこういう条件でこう動くようになってるんだ」って気づくことがあって凄いですよアレ。シレンなんてむしろまだ全然ホットコンテンツな方なんじゃないでしょうか。暗黒十字架落としの派生形未だに開発されてるし。
私はゲーム好きなんでゲームをベースにして話してますけれど、別に漫画だろうがアニメだろうが小説だろうが、他のコンテンツだろうが多分事情は異ならないと思うんですよ。
元来、コンテンツを消費するというのは、基本的には「一人の体験」だと思うんです。皆で同じコンテンツを楽しむ、同じコンテンツについて語り合うというのは勿論楽しいですが、それは「コンテンツとの一対一の対面」があってこそ成立する楽しさだと思うんですよ。だから、コンテンツに対する自分の評価というのは自分だけのものであって、人がどういっていようが本来顧みる必要はないわけです。
うるせえこのコンテンツが楽しいかどうかは俺が決めるよお前は口出すんじゃねえ
って話ですよね。
だから、自分が愛好しているコンテンツに対する「オワコン」などという言葉自体、そもそも意識に載せなくていいですよといいたいところなんですが、まあ「オワコン」という心無い言葉が自分の愛好するコンテンツに投げつけられた時、悲しくなってしまうのは分からなくもないです。
観測する限り、「オワコン」という言葉を使いたがる人たちは、
・単に自分が飽きただけ
・単に自分が楽しめなかっただけ
・単に自分が楽しめなかっただけ
・自分があんまり知らないだけ
のコンテンツに対し、何故か「not for me」ではなく「オワコン」という言葉を投げつけたがるだけの人たちである割合が極めて高いので、
頭の中で「オワコン大明神」というラベルでも貼って以下は放置することを強くお勧めする次第です。
今日書きたいことはそれくらいです。



だから短期的にブームを作り出し、過ぎれば使い捨てるという淡白な風潮になってしまっているというか。
不祥事にせよ「その話はもう終わったから」なんて空気を一方的に作る人には憤りを覚えますよ。
ちなみに自他共に認めるオワコンを題材にした「一発屋芸人列伝」は面白かったですね。
見えないところで再ブレイクを果たした芸人たちの底力に感服させられます。
コンテンツその物より、コンテンツをネタにして人の反応を見る事が楽しいんでしょ
オワコン呼びも内容の事や人の愛着など知った事ではなくて
そう言えば相手は憤慨する、または相手を貶められるからしてるだけにしか過ぎない
一言で済んだだけでも幸運で、「なんで?」と聞き返そうものなら怒涛の愚痴が待っていることでしょう
シレンジャーか否かで反応が二分するポストだと思う
オワコンという言葉を使う人はまず何よりも「マウントを取りたい」んですね。
「マウントを取りたい」が先にあって、「単に自分が飽きただけ」のものを見つけてオワコンという言葉を投げかける。
根っこにあるのは何かにマウント取らないと生きていけない病気だと思います。
全てではないと思うが、いつまでも古いコンテンツで遊ばれてると儲からない連中っているだろ?
開発販売はもとより(まぁ大抵の開発者は喜ぶらしいが)、宣伝の為に旧作のネガキャンが仕事って因果な連中がいるって噂も――、おっと誰か来たみたいだw
というより、根底は"コンテンツを楽しむより人の反応を見た方が楽しい"という事だと思います
ネット時代になって、オタクはネットでコミュニケーションという楽しみを得たんだけど
そうなってくるとコンテンツを引きこもって楽しむ、という従来のオタク以外に
コンテンツをネタにしてコミュニケーションを楽しむ、というオタクが発生するわけで
その駄目な表れが、こういう人をけなして反応を引き出す、そしてマウンティングをとる、という事なんだろうと思います
妬ましかったり目障りだったりでそのコンテンツを攻撃的に貶めたいから使ってる人が今のネット上では多い感覚です
・単に自分が嫌いなただけ
・単に自分が納得できなかっただけ
・自分があんまり知らないだけ
という印象がありますのでこちらも「not for me」に変えたほうがいいと思われます。
相手を嫌な奴だと決めつけてレッテル貼り終わったら好き放題書きなぐっていいという考え方は「オワコン大明神」なるものと大差ないのでは?
世の中を綺麗にしたいならまず自分から綺麗な人間になっていくべきでしょう
コンテンツを他人とのつながりとして使ってるだけの人なんていくらでもいると思うけど観測範囲にいらっしゃらないの?
圧倒的多数派だと思うけどどういう環境で生きてると無視できるんだろう
いちいちオワコンと煽る人は確かに悪辣、でも「コミュニティで語ることのできる時期が終わったらやめよう」って価値観はごく一般的だと思うんだけど
少数派が多数派の価値観で見下されてムカついたのはわかるけど、
多数派を少数派の価値観で見下してやろうってのはそりゃ滑稽ですよ 力関係で負けてるのに見下したつもりになってるんだもの
そんな滑稽さなど知った事ではないから、自分の価値観を高らかに歌う
でもなければ、こんな文章は成立しないと思うんだけど
これがねえ
そうでもないって人は結構多いんだと思う
コンテンツを消費することより、その消費体験をみんなと共有するのが楽しいっていう
ソシャゲの隆盛ってまさにそれ
ただそれは単にその人だけとは限らなくて同じように終わったゲームと感じている人は何人もいるわけです。
個人として面白いと決める権利があるのと同じようにつまらないと決める権利もある。
おもしろいねーってみんなと盛り上がる権利があるのと同じように、つまらなかったねーって盛り上がる権利もあるわけです。
さもみんなが終わってると感じるような物言いが不愉快だという気持ちは分かりますが、それなら自分も面白いと言うときにさもみんなが面白いと感じているような物言いは避けなければならなくなります。いちいち「私は」面白かったと言わないといけなくなります。
みんな思っていることを素直に言い合って、価値観が合う人を探しましょう。
オワコンオワコン言う人も反論や同意が欲しい、否定や承認が欲しい、構って欲しいって感情で動いてんのかな。
だから強い言葉を使いたがるのかな。
そういう意味でのオワコンは有意義かなと。
実際、課金ガチャが原因で強盗殺人とか発生しているし、WHO(世界保健機関)でもゲーム依存が精神疾患の一つとしてカウントされているので。
自分は被害にあったけれど、お前は被害に遭うな、
ゲースによってはそういう意味合いもありそうです。